秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
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鉄の剣と水の爪 3
 扉を蹴破った先の部屋は、巨大な池がコの字を描くように作られていた。随所に手の凝った彫刻が彫られ、大教会の名に恥じぬ荘厳な空間がそこにあった。
 本来であれば、此処を訪れた人間は美しい場所だと思うであろう。この場所に居るだけで、身が清められていくような気になってくる。
 バリセラスとて、単なる一般人であれば、そう感じたのかもしれない。しかし此処は、今彼と対峙している一人の男が使う、武器そのものなのだ。
「……来たか。『蒼髪の悪魔』」
「……お前がセグラ・トーク総司だな」
 肩まである薄い茶色の髪を揺らしながら頷き、「そうだ」と答えるセグラ。
「まさか此処まで大きい集団だったとは思わなかった。完全に読み損ねていた。いや、そこまで考えが至らなかっただけだろう」
「……」
「確か、バリセラスという名だそうだな。……クィーミンとリィーキ。私の大切な恋人と友人に刃を向けた事、ここで後悔させてやらねばならない」
 右腕を外側へ突き出し、手を広げる。その手に覆いかぶさるように、セグラの背後にある池から水が浮き上がってきた。
「行くぞ!」
 その右手を一閃させる。すると、残像すら見えそうな速度で、人の胴と同じほどの水が飛ぶ。
「くっ!」
 反射的に左側へ跳び、飛来してくる水を避けるバリセラス。当たりもかすりもしなかったが、彼が今まで立っていた場所に命中する。
 すると、まるで元々バターなどで出来ていたと思わせるほど、綺麗に切り裂かれていた。
「水の…剣……」
 セグラの持つ『水の爪を作り出して放つ』O・H。これは、自らの周りにある水を、切れ味が鋭い爪へと形を変え、射出する。
 水の爪が持つ切断力は高く、単なる壁程度なら楽に両断するし、人間の身体など、数人が束になっていても、まとめて真っ二つにされる。
 まともに受ければ、即死は免れない。
「……どうする」
 第1射を避けたバリセラスであったが、セグラは次々に水の爪を放つ。動きを先読みし、バリセラスが足を出すであろう方向に向けて、牽制や誘いも含めながら、巧みに水の爪が襲い掛かってくる。
 避けられた水の爪は、床に綺麗な傷を付け、水溜りとなっていく。その水溜りも、少しずつ増えてきている。
 このままでは近づけない。それどころか、下手に退く方向を誤れば、即刻切り刻まれるだろう。
「攻めない訳にもいかないか……」
 ただ避けるだけでは、いずれ逃げ場が無くなる。そう考えたバリセラスは、剣を抜いて前へと踏み出した。
「間合いには入れさせん!」
 それをセグラが許す訳が無い。今までの3倍はある水の爪を作り、バリセラスの真正面に向かって放った。
「はあぁぁ!」
 それをバリセラスは避けず、自らの剣で受ける。そして、振りぬいた。
 水の爪は逆に両断され、その場にただの水となって落ちる。
「……今のを受けたか」
「剣の硬度を保てば、何とかなる様だな」
 速くて鋭いとはいえ、質量的にはそれほど多くない、所詮は単なる水だ。使用者の手から離れている以上、手に持って直接硬度を強化しているバリセラスの剣と打ち合えば、直に力を注がれている方に軍配が上がるのは当然。
「とはいえ、持久戦には不利。ならば!」
 一気に駆け、更に距離を縮める。
 次々とセグラの放つ水の爪を、回避出来る物は回避し、直撃するものは先ほど同様、強引に切り落とす。
 セグラとの距離が目前となり、もう直ぐバリセラスの剣が間合いに入る所まで来た。
「届け!」
 この攻撃さえ通れば、勝機はバリセラスの物だ。
 剣を伸ばして突き崩そうとした時、一瞬バリセラスの目には、セグラが笑みを見せた気がした。
 同時に、背筋に悪寒が走る。
 気付いた時には、背後から風を切る音が聞こえていた。
「っ!?」
 伸ばした剣が届く前に、バリセラスから赤と透明の鮮血が舞った。

「せあぁ、はあぁ、たあぁ」
 ステップを踏み、クィーミンの拳が高速でメラウへと襲い掛かる。
「うりゃー!」
それをバリセラスに付けてもらった手甲(ガントレット)で防ぎつつ、メラウは重い拳をクィーミンに
繰り出す。
 前回は硬い服に阻まれて逆にダメージを受けたメラウであったが、手甲(ガントレット)のお陰でそのまま攻撃出来るようになっている。メラウにとって、この装備は攻防共に有効な装備なのだ。
「本当、バリスに感謝ね!」
「くっ!」
 メラウの拳がクィーミンの左肩に命中する。鎧より硬いと言うクィーミンの服の前にはダメージとして通りづらい。だが、ほんの少し体制を崩した。
「もらったー!」
 それを見逃さず、クィーミンの頭部に後ろ回し蹴りを放つ。辛うじてガードが間に合ったクィーミンだったが、直接的なダメージは無くとも、衝撃を完全に殺すことは出来ない。
「……っ!」
 後ろに跳んで体制を立て直そうとするクィーミンだったが、既にメラウは地面を蹴る動作に移っており、離れようとしているクィーミンの懐に入る。
「ぶっとべー!」
 両手の掌を、踏み込みと身体の重心移動で同時に放つ。要するに、両手で掌底(しょうてい)を出したのだ。
「ぐ……かはっ……」
 避けることが出来ず腹部に直撃し、クィーミンは大きく吹き飛ばされる。
 拳と異なり、掌底は衝撃が逃げにくい。そのため、防具である服を通しても十分ダメージとして相手に与えられる。それをまともに受けたクィーミンは、背中から地面に着地して転がった。
「うぅ……ゲホッ……くぅ……まだ、終わってない……」
 かなりのダメージを負ったらしく、かなり苦しそうだ。だがそれでも、クィーミンは立ち上がる。
「何か動き悪そうね。見た感じ、左手かな? 打ち出すとき、若干震えてるわよ」
 そんなクィーミンの弱点を、正確に言い当てるメラウ。クィーミンの左手には、カイシから火だるまにされた時の後遺症が残っている。治療をしたとはいえ、本来安静にしているべき状態だ。
「セグラ様は、私がお守りする……ここで倒れる訳にはいかないのだ……!」
 メラウに向かって突進するクィーミン。拳を振り上げ、メラウに襲い掛かった。
「……守るものがあるって、大変ね」
 軽々しく避けながら、どこか詰まらなそうな声を出すメラウ。
「お前も、守るものがあるからこそ、反コルドとして活動しているのだろう!」
「ううん。無いわよそんなの。ただの気まぐれ。それ以上でもそれ以下でも無いけど」
「なん……だと……?」
 思わず、攻撃の手が止まるクィーミン。攻撃するには大きすぎる隙を見せているのだが、メラウは手を出そうとはしない。
「コルドがどうなろうと、私の知ったことじゃないし。ただ好きなようにやってるだけ」
「……思想無き者がぁぁ!」
 怒りを露にしたクィーミンは、右手を大きく振りかぶり、打ち出す。しかし、メラウはそれを事も無げに受け止めた。
「……思想を持ってるから、何だって言うのよ」
 受け止めていた手を引き寄せ、左足で回し蹴りを放つ。引き寄せられたことで体勢を崩したクィーミンは、そのままメラウの蹴りを、防御もない状態で頭部に受けた。
「セグ……ラ……」
 倒れながら、愛する人の名を口にしつつ、意識を失うクィーミン。そんな彼女を、メラウは冷めた目で眺める。
 気を失ったことでO・Hが解除され、クィーミンの硬質化していた服は、元の柔らかい普通のドレスに戻った。
「……何か興ざめしちゃったなー」
 完全に意識のを手放し仰向けに倒れているクィーミンを、詰まらなそうに一瞥した後、先ほど悲鳴が聞こえていた方向を見る。よろよろと起き上がっているところを見ると、特に問題はなさそうだ。
「……これからどーしよっかな。バリスのトコ行っても、手を出すなーって怒られそうだし」
 カイシ辺りを手伝いに行っても良いのだが、どうも気が乗らずに自分が倒した相手の横に座りつつ、ため息を吐くメラウ。
「思想なんか持ってたって、死んだら終わりじゃない……」


 左の肩口から鋭い痛みが走り、赤と透明の飛沫が舞う。
 反射的に右側へ飛ぶことで直撃さえ逃れたものの、受けたダメージは大きい。
セグラはバリセラスが接近してきたところを狙って、バリセラスの背後を取るように水の爪を放っていたのだ。
「……くっ!」
 しかし、休んでいる暇など与えてもらえない。情況から考えて、セグラの能力は自らの手から射出しなくとも、別な方法で撃てるらしい。
「……逃したか。だが、その状況では長くは持つまい!」
 前後左右、あらゆる方向から水の爪が飛来してくる。少しでも気を抜けば、その時点で全てが終わってしまう。ただでさえ負傷して血液が流れ出しているバリセラスにとって、単に逃げ続けるだけの状況ほど苦しいものは無い。
 動きは悪くならざるを得ない為、完全には避けきれない。右の二の腕、左の太腿、腹部、顔……さまざまな場所を切り裂かれる。
 それでも、彼は避け続けた。致命傷だけは避けるように。
「逃げ続けるか、蒼髪の悪魔」
 セグラは大きく腕を広げた。すると、部屋中に溜まった水が波打ち、バリセラスに向けて一斉に爪となり襲い掛かった。
「全方位、水狩(みずが)り!」
 バリセラスを囲むように、四方八方から一斉に水の爪が飛来する。逃げ場の無い、必中攻撃だ。避けられる場所は……無い。
「いや、まだだ!」
 そうバリセラスが叫んだ瞬間、彼が居た場所へ水の爪が殺到する。激しく水がぶつかり合い、打ちつける激しい音が響く。
「鉄紙舞踏(てっしぶとう)!」
 上空から、髪の毛ほどの銀色をした紐が、何十本と降り注いでくる。あまりに儚く輝くそれは、怒涛の力強さを持って踊り狂うようにセグラに襲い掛かった。
 バリセラスは水の爪が直撃する寸前、天井へ鎖状にした鉄を飛ばし、上空へ跳躍すると同時に体を鉄で巻き上げたのだ。
「流石、避けたか!」
 自らを覆うように迫ってくる大量の鉄の紐に対し、水の爪を幾重も放つ。
 全てが鉄で出来ているとはいえ、所詮引き伸ばして細くした物だ。強度はどうしても落ちる。
 セグラの放った水の爪は、ほぼ鉄の紐と相殺する形で全て霧散した。
 だが、セグラの見上げる先には、キラキラと光を反射する水と鉄が、幻想的に思えるほど煌びやかに落ちていくだけで、人影は一切見当たらない。
 目眩(めくらま)し。
そう直感し、反射的に後ろを向くと、眼前に白刃が迫っていた。
 防御は間に合わないし、身体を捻っても直撃する。最後の防衛策として、セグラは思い切り後ろへ跳んだ。

――ザシュッ――

 降りぬかれたバリセラスの剣は、セグラの胸を切り裂いた。
「くっ……だが、まだ致命傷ではない!」
 出血は多いが、表面を切り裂いたに過ぎない。セグラはそのままバリセラスを迎撃せんと、水の爪を飛ばそうとする。
「ぜあぁ!」
 しかし、その暇をバリセラスは与えない。足を止めることなく踏み入り、更に剣を振るう。
 攻撃に回ることの出来ないセグラは、やむを得ず水の爪を飛ばすのではなく、剣として使いバリセラスの攻撃を受けた。
 両者の剣が鍔迫り合い、視線は交差する。
「……バリセラスと言ったな。お前は何故、反コルドとして教会を破壊している」
 互いに手負いで、鍔迫り合いという緊迫した状況なのにも関わらず、セグラはバリセラスに向けてこんな質問をした。
 疑問符を浮かべながらも、バリセラスは答える。
「……コルドに恨みがある、ただそれだけだ!」
 セグラにどんな思惑があるのかは分からないが、今は命をかける戦いの中だ。問いかけられた事など気にせず、果敢に攻め入るバリセラス。
相手の剣を打ち払い、下段から返すように斬りかかるが、それも受け止められた。
 鉄と水が打ち合い、互いの力がぶつかり合う最中、尚もセグラは口を開いた。
「……私も、今のコルドは嫌いだ」
 次の瞬間、セグラからありえない言葉が出る。
「……どういう、意味だ」
 セグラの口から出たこの言葉に、流石のバリセラスも困惑した。
一瞬緩めそうになる剣を握る力を、慌てて入れなおす。
 宗教とは神を信仰するもの。それを嫌いという人間は、コルドに属する者として失格。しかし、目の前にいる総司は、平然とそう口にしたのだ。
「この状況で頭でもおかしくなったか」
 改めて力を入れなおした所為で、最も大きい左肩の傷口から血が溢れる。痛みを無理やり無視し、セグラを睨み付けた。
 セグラも胸から、大量の血を流している。それでも、バリセラスの剣を受けながら、言葉を続ける。
「コルドという宗教そのものは、愛していると言って良い。だが、今のコルドが行っている所業は嫌いだと言っているのだ」
「どういう……事だ……」
 困惑しつつも、加えなおした力は緩めず、鍔迫り合いを続ける。
「コルドの教えとは、争いを嫌い、戦争を憎む事。私もそれには賛同しているし、それの為なら身を捧げる覚悟もある。しかし、コルドの取った行動とは、自らが争いの種や争い自体を、武力を持って摘み取る事だ」
 今度はセグラがバリセラスの剣を打ち払う。返す力で切り払おうとするも、バリセラスは剣の形を変え、杖(じょう)にして受けた。
 そうしながらも、セグラは言葉を続ける。
「確かにここ数十年、どの国も戦争を行なわなくなった程に効果的ではあった。だがやがてその力がいつしか傲慢な物と変わり、象徴というだけで竜を放置し、襲われているコルドに属さない人間を捨て置く。……今のコルドは、腐っている」
「腐っていると思うなら、なぜコルドに属する」
 バリセラスの言葉に、顔を伏せるセグラ。しばし沈黙した後、バリセラスの顔を正面から見据える。
「変えたいからだ。コルドを。その為に、自らの地位を上げようと必死に足掻いて、今ここに居る」
「……だから、レルの実を栽培しているのか!」
 杖(じょう)の先を鎌に変え、強引に相手の防御を越えて攻撃するバリセラス。少し後ろに飛び、避けつつ距離を稼ごうとするセグラであったが、バリセラスは鎌を槍状に変えて尚距離を詰める。
 手に持っている水の剣を伸ばすことで、セグラは槍の攻撃を受ける。
「……そうだ。この町はレルの実を栽培するためだけに作られた。就任する時も、それを承知で自ら進んで引き受けた。お陰で、近い内に昇格も約束された」
「……姑息な手段だ」
 槍を再び剣に戻し、鍔迫り合いにまで状況を戻す。
「百も承知だ。それでも……私は、人々を守りたい。ただそれだけなのだ。お前も、守りたいものがあるのだろう、青髪の悪魔バリセラスよ」
 戦いの最中であるというのにも関わらず、バリセラスに語りかけるセグラ。その顔は真剣そのものであり、瞳は確固たる光に満ちている。
 これがセグラの信念なのだろう。宗教に身を置くものとして、その宗教を変えようとしている。半端な覚悟で行動出来るほど、簡単なことではない。
「……そんな事を聞いて何になる」
「知りたいのだ。確かにお前はリィーキを倒しはしたが、殺さなかった。報告を聞く限り、ここに来る過程でも、お前は誰も殺さなかった」
 セグラは強引に押し飛ばし、同時に水の爪を放って距離を取る。それをバリセラスは紙一重で避け、剣を糸状にして飛ばす。
「始めリィーキを倒した男と聞いて、殺意が沸いた。だが、その次に来たのは疑問だった」
 足元で巻きつこうと襲ってくる鉄の糸に水の爪を撃ち、切断しつつ再びバリセラスを囲むように放つ。
 囲まれる前に、バリセラスは複数の水の爪同士の間にある隙間を辛うじて通り、接近戦に戻す。
「決してお前とは相容れないだろう」
 眼前まで迫ってくる剣を、身体を捻りながら避け、下段から水の爪で作った剣を振り上げる。
 左にステップをすることで回避したバリセラスは、横なぎに剣を振るう。セグラも同時に剣を振るい、互いに打ち合う。
「だからこそ聞いておきたい。お前は何を守りたいのかを。ここでお前を倒してしまえば、お前の理想は叶うまい。ならば、それを胸に私は目標を進もう」
 バリセラスの目を正面から見据える。
セグラは飽く迄真剣にバリセラスを見る。敵である蒼髪の悪魔と呼ばれる男を。しかし、バリセラスは逆に、目を伏せた。そして震える口で、思いを語った。
「守りたいものは……もう、居ない……俺は……俺の守りたい人はもう、この世には居ない」
「なに……」
「俺はただ復讐を果たしたいだけだ。唯一の肉親を、俺の目の前で殺した男を!」
 伏せた目を上げたバリセラスの瞳は、殺意でも憎悪でもなく、ただ悲愴に満ちている。
 人は何かを守るために戦う。だがバリセラスには、もう守るものが無い。
「コルドであると言う事と、透明な剣を使う男という事しか分からない。だから確かめる意味でもここに来た。だが……剣を合わせて分かった。お前は違う……違うが、コルドも許せない。お前個人に怨みは無い。だから誰も殺さない。その代わり、コルドであるなら潰す。それだけだ!」
 バリセラスの言葉を聞き、哀れむような目で彼を見た後、セグラは想いを決めた。
「……そうか。やはり、私とは相容れぬ様だ。ならば!」
 今まで剣として手に持っていた水の爪を、打ち合っている状況で射出する。相手を斬るのではなく、自らを後ろへ飛ばす為に。
 射出された水の爪を受け流しているバリセラスに向け、不自然な体勢ながら連射する。当然無理があり、地面に背中から着地する。
 その隙にバリセラスは斬りかかろうとするが、突然彼の足元から、巨大な水柱が立った。
「!?」
 そのまま突き上げられそうになったので、後ろに飛びのくが、足元からの攻撃という事でバランスを崩している。強制的に体制を立て直そうと無理に身体を捻り、着地をはかる。
 普段の彼なら、何の問題も無く着地できただろう。しかし、地面に足が触れた瞬間、急に力が抜ける。
 左肩を筆頭とし、全身の傷からの出血がかなり酷く体力を消耗しているのだ。その為に足に力が入らない。いや、足だけではない。末端器官である手足が麻痺しかけているのだ。
 成す術なく、そのまま地面に這い蹲るように転がる。
 それほど意識していなかったが、バリセラスの体力はあまり残っていないようだ。まだ少しなら誤魔化しが利くだろうが、限界が来た途端に、動けなくなるだろう。
「……どうやら、お前の方が先に体力が尽きるようだな。それだけの傷を負って、よく今までよくぞそれだけの動きを見せてくれた」
 セグラは周りを囲むように4つの水の柱を作り出しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「お前の能力はよく分かった。本来、戦闘には向かない金属を操るというO・Hを、自ら鍛錬を積むことで攻防共に有効な戦闘の手段とする。だが、この圧倒的な質量には勝てまい」
「水があればあるほど、威力を増すO・H……」
 うめきながらも、剣で身体を支えながら立ち上がるバリセラス。
 高く聳え立つように形を成して行く水の柱は、少しずつ反り返るように形を変え、巨大な水の爪となる。
 こういった力は、本来ならば自らの筋力で支えきれる量でしか扱えない。しかし、それを可能とするのならば、無茶をするに他ならない。
 通常の体力だけではまかないきれない力であるなら、当然ながら代わりとして生命力を奪う。その余波として全ての負荷が全身に渡り、度が過ぎれば死にも至る。
「コルドによって家族を奪われたと言うならば、全力を出して報いねばなるまい。……これが私の、最強奥義だ!」
 右手を振り上げると、それに答えるように水の柱の1つがうねりながらバリセラスに迫る。
 横幅は人の胴で2つ分。高さなら2人分はあるであろう巨大な水の柱。その大きさ故に今までより速度は圧倒的に遅いが、大きさ故に、回避も難しい。
「水竜の爪よ、全て打壊せ……水砕き!」
 上げた腕を振り下ろすと、水の柱は一気に加速する。
「くぅ!」
 力が入らず震える両足に檄を飛ばし、無理やり回避行動へ移るバリセラス。鉄を飛ばして身体を巻き上げ避けようにも、先ほどの『鉄紙舞踏(てっしぶとう)』で手持ちの鉄は殆ど打ち出してしまった。バリセラスの能力とは、直接触るか、間に金属を挟んで間接的に操るしか方法はない。手元に金属が無ければ、どうする事も出来ないのである。武器として使う為、手には抜き身の剣があるものの、天井はやや高くこれでは届いても身体を全て引き上げるには強度不足だ。
 身体を投げ出すように、前転をしての回避。しかし、追い縋るように水の柱は迫る。
 どう足掻いても避けきれないと悟ったバリセラスは、手に持っている剣を盾状に広げ、せめてもの防御として、水の柱を受けた。
「……ぐぅ」
 受け、という動作は本来、腰や足を使って踏ん張ることにある。受けきれないものなら、軸移動などをして逸らす事で力を流す。この攻撃の場合、受けるとするなら後者を選ぶのが正しい選択だ。バリセラスもそう思った。
 ただし、今の彼の身体は、自らの持ち主の言う事を聞かなかった。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!」
 巨大な水の柱に身体ごと部屋の端まで打ち飛ばされ、最も大きい傷がある左肩から壁に激突する。
 剣を盾状に展開していたことで両断さえ免れたが、左肩を庇うあまり、右半身に構えていたのが仇になったのだ。これでもう、左腕は完全に動かなくなり、力なく垂れ下がった。
「うぅ……くっ……」
 盾を剣へと戻しながら、まだ動く右腕で剣を支えにしながら立ち上がるものの、それだけで精一杯だ。もう走れそうにも無い。
 まだ無理をしない程度になら、身体もO・Hも使える。使えるが、使えるだけである。
「守るものが無いなら、生きる希望ももう無いのだろう。悲しいことだ。ならもう良い、ここで眠ってくれ」
 これ以上の戦闘は不可能だろうと判断したセグラは、再び右手を挙げて2つ目の水の柱を動かす。せめてもの手向けとして、完全にバリセラスの息の根を止める積りなのだろう。
「すまない……蒼髪の悪魔、バリセラスよ」
 右手を振り下ろすと、2つ目の水の柱が先ほど同様にバリセラスへ向かって放たれた。

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