秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
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2人目の悪魔 4
「おりゃあぁぁぁ!」
 リィーキはO・Hを発動させ、思い切り壁へ体当たりをした。同時に身体へ激痛が走る。牢屋で壁を殴ったときは気付かなかったが、激しい動きが出来るほど回復はしていないらしい。
 斬られた身体は、鋼で固める事で出血を止め、傷口が開かないようにしてはある。だが痛みが無くなる訳ではない。激しく動けば、動く分だけ痛むだろうし、悪化もする。
 しかし思ったより簡単に壁は壊れたので、痛みは無視してそこを抜け勢い良く外へ出る。今まで暗がりに居たお陰で外光が眩しい。
 目が完全に慣れる前に、竜の輪郭を見つけ、更に走り出す。
「ギャオォォウゥゥ」
 こちらに突撃してくる人の姿に気付いた一頭のハガラズは、目標をリィーキに定めた。逞しい前肢を広げ、飛び掛る。
 ハガラズの持つ鋭い爪は、普通の人間ならいとも簡単に貫き、引き千切るのさえも容易い。
 だがリィーキの体はO・Hによって鋼だ。いくら鋭い爪とはいえ、傷を付けるのは難しい。
 飛び掛ってきたハガラズを、リィーキは己が身体で受け止める。ハガラズは大きく口を開いて噛み砕こうとするが、文字通り歯が立たない。
「うおおおぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁ!」
 強靭な顎で噛み砕かれようとしている最中、リィーキは大声を上げて身体全体に力をこめた。ハガラズを抱き潰しているのだ。
 ハガラズからミシミシと、骨が軋む音が鳴る。
「ギ……ギェェェ……」
「はあああぁぁぁぁ!」
 ハガラズの咽喉からか細い声が漏れるが、リィーキの叫び声に塗りつぶされた。そして、骨が砕け、肉が潰れる嫌な音がする。腕の中の餓竜はぐったりとして動かなくなった。
「これで、一頭目だな……」
 もはや興奮状態にあるリィーキにとって、身体の傷の痛みなど感じなくなってきた。
 抱き潰して圧殺した竜を放り、鋭い目線を別の竜達へ向ける。群れをなしてはいるが、仲間意識が薄いハガラズにとって、仲間が死ぬことなどどうでもいい事だ。直ぐに別の竜がリィーキへ襲い掛かる。
 大地を力強く蹴り、放物線を描きながら飛び掛るハガラズ。開いた口から覗く牙が、太陽の光を反射して薄く光っている。
 リィーキは自らに飛び掛ってくるハガラズに反応すると、大きく腕を振りかぶった。
「うおぉぉりゃあぁぁ!」
 鋼の拳が、ハガラズの口腔に突き刺さる。
 力任せの非常に無駄が多い動きだが、それを考えても有り余る威力だ。加えてハガラズ自身の脚力で作り出したエネルギーもあり、更には口内という動物にとって弱点足りうる場所へ入った。
 リィーキの拳はハガラズの首を貫通する。大量の血液が流れ落ち、リィーキの腕を深紅に染めていく。
「あいつ……大神官のリィーキだよな……? コルドの人間が、竜を殺すなんて……」
 今しがた2頭目のハガラズを屠(ほふ)ったリィーキに気づいた村人は、信じられないものを見るような目で、竜の血に濡れた大神官を眺めた。
 コルドは竜を崇める。リィーキが行っている行為、それは間違いなくコルドへの反逆だ。たとえどんな理由があろうとも、竜の血を滴らせ、なおも竜相手に立ち向かっていくコルド信者など、どこの世界にも存在しない。
「一体何が……」
 たださえ、餓竜などという村周辺には生息しない筈の竜から襲われているというのに、竜を殺さないはずのコルド教会大神官が竜を駆除している。あり得ない事が同時に起こっているこんな状況だ、混乱しないほうがおかしい。
 村人は皆、わけが分からず呆けている。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
 そんな中、突如女性の悲鳴が上がった。呆けていた村人も、3頭目の竜の頭骨を踏み砕いていたリィーキも、そちらを向く。
 そこには、風に乗って空中を逃げている、一人の女性の姿があった。
 その女性は、O・Hを使って飛んでいるのであろうが、あまり高くに行く事が出来ないらしく、数頭のハガラズに囲まれて身動きがとれないでいる。
 ハガラズの跳躍力は高く、民家の屋根程度の高さなら軽々飛び越える。この跳躍から逃れる為には、女性のO・Hは力不足であった。
「あれって、サナリィじゃないのか?」
 竜に囲まれている女性は、バリセラスに風に乗った舞いを披露した村長の娘こと、サナリィ・ニルスツなのであった。
 どうやら、何らかの理由で逃げ遅れてしまい、竜に囲まれてしまったらしい。何度もハガラズに飛び掛られて、身体は傷だらけになり、所々に赤色と透明な血が滲んでいる。
 血を、特に透明な血液を失う事は、O・Hが弱体する事を意味する。出血すれば出血するだけ、体力もO・Hも果ててくるのだ。このままでは、風に乗る事も出来なくなり、やがては力尽きて地に落ちる。そうすれば、サナリィに助かる術は無い。
「待ってろ!」
 リィーキはサナリィに向かって走り出す。現在サナリィは4頭のハガラズに襲われており、空にいるとは言え四方を囲まれている。
 全力疾走でサナリィの元へ駆けつけんとするリィーキではあるが、サナリィの体力がほぼ限界らしく、持ちそうに無い。弱弱しく浮遊し、今にも落ちそうだ。
 少しずつ高度を落して行き、ついにはハガラズが飛びかかれる程度まで下がってしまった。リィーキが到着するにはあと数秒かかるが、ハガラズであれば一瞬で襲える。
 そして、彼女の背後で狙いをつけていたハガラズが、腕と口を広げて飛び掛った。
「幻光閃(げんこうせん)」
 残像を残して、何かが飛来する。
 それは空中にいるハガラズを通過すると、そのまま空へと消えていった。
 
 ――ベチャ――
 
 赤黒い液体を垂らしながら、ハガラズの骸(むくろ)が地面に落下した。
 飛来した何かは、サナリィに飛び掛っていたハガラズを、上半身と下半身に斬断していたのだ。
 その骸に、残った3頭が食らい付いている。ただの死骸など、ハガラズにとってはただの餌でしかない。
「何とか間に合ったようだな」
 リィーキよりも遥か後方で、謎の斬撃を放ったシルグは、軽く息を吐いた。
 無事ハガラズに命中したのを見届けると、未だ好き放題暴れている別方向のハガラズの群れを駆逐しに走り出す。
 シルグの見ている先には、バリセラスに絡んできたあの5兄弟が必死に応戦している。狩はしていても本格的な戦闘の経験が無いのだろう、足元がおぼつかない。シルグはサナリィをリィーキに任せ、彼らを助けに行くことを選んだらしい。
 シルグに辛くも命を救われたサナリィは、何が起こったのか分っておらず、放心状態のまま地面に落ちていく。そこへリィーキが到着して抱きとめる。
「大丈夫か、確か村長の娘さんだったよな」
「え……? は、はい……」
 返事はしたが、サナリィの目は虚ろで、リィーキが近寄ると全身の力を失ったかのように崩れ落ちた。
 慌てて抱きなおすリィーキ。彼女の顔を良く見ると、かなり憔悴している。体中に爪痕があり、出血もかなり多い。
 そんな中、死んだ仲間を食らい尽したハガラズは、再びサナリィを狙って襲い掛かってきた。
「仲間食ったってのに、まだ食うのかよ!」
 サナリィを左腕で抱え、右腕を大きく振るう。それによって1頭のハガラズが跳ね飛ばされた。だがそれは打ち払ったに過ぎず、立ち上がってまだ襲い掛かってくる。
「……ちょっとばかり一人にしちまうが、我慢してくれよ」
 リィーキは抱えていたサナリィをその場に横たえると、一歩前に出て、3頭のハガラズ達の前へ仁王立になった。
「あんまり時間が取れないからな。さっさと終わらせるぜ! はああぁぁぁぁ!」
 叫ぶと同時に、両手の拳を胸の前で打ちつけた。
 自らのO・Hをフルに稼動させるリィーキ。皮膚はおろか、爪も、体毛も、身体のありとあらゆる部位が鋼となる。
 『身体を鋼に変える』O・H、今の彼は鋼そのもの。いかに硬い物でもぶち抜ける攻撃力と、どんな攻撃をも弾き飛ばす防御力を持つ、完全に戦闘型の能力。『鉄壁』という二つ名の指す通り、本気になったリィーキが守れぬ物など無い。


 少しずつ薄れていく意識の中サナリィは、ただ自分が逃がした自らの教え子である子供達の心配をしていた。
 授業中に非難警告が出され、必死に逃がそうとしたものの、ハガラズの脚力には勝てずに追い詰められてしまったのだった。
 サナリィはせめて子供達でも逃がそうと、自らを囮にすることでなんとか逃がすことに成功したのだが、一度囮になってしまっては、自分が逃げ出す術は殆ど無かった。
 何とかO・Hで空中に留まり続けたが、逃げる途中に負った傷や体力的問題で高度が保てなくなってきている。
 意識も朦朧とし、もう限界になりつつある身体は、少しずつ地面に落ちて行く。視界の端には、両腕を大きく広げたハガラズが迫っている。もう助かる希望は無いだろうと、覚悟を決める。
 彼女は、せめて最後に子供達の笑顔が見たいと心で願いながら、意識を手放そうとした。子供達に、頑張って生きてねと心で思いながら。
 しかし意識を失う直前何かが、迫ってきているハガラズの1頭を両断した。あまりの事に驚き、意識を手放さずにそのまま落下しつつ放心していると、目の前に見覚えがある人物が現れ、完全に落下する前に抱きとめられた。
 一瞬あの蒼髪の人物が頭を過ぎったものの、顔は逆光でよく見えないが、この人物の髪色は蒼ではないようだ。
 自分の安否を聞かれたので、「はい」とだけ口にしたが、正直に言うと、どうして良いか分からなかったし、状況もよく分からなかった。
 けれどもこの人は、きっと自分を守ろうと必死に戦ってくれている人なのだと、それだけは分かった気がする。抱かれている腕が温かかったからなのかもしれないが、きっととても優しい人なのだと思えた。
 抱きかかえたままだと戦いづらいのか、地面に横たえられる。最後の力で薄く眼を開けると、そこには己を守らんと立ちはだかる大きな背中が見えた。それを見ているだけで、何故だか心が安らいでいくのが分かる。
 誰がこの背中の持ち主なのか、彼女はまだ知らない。しかし恐怖は全く無く、とても穏やかな気持ちでいられる。この人なら大丈夫なのだと、確証なんて物は無いが、強くそう思えた。
 ずっとその背中を見ていたいと思いながらも、サナリィは意識を少しずつ手放して行く。
 きっと次に目が覚めた時には、この人が自分を守りきってくれた後なのだと信じて。
 目が覚めたら、お礼を言おう。


「がぁぁぁぁぁ!」
 牙を剥いて飛び掛るハガラズの首を掴み、曲がる限り身体を仰け反らせて力を蓄え、思い切り頭突きを放つ。
 鋼の頭髪が、ハガラズの顔面をズタズタに裂く。眼球が潰れ、頭蓋が割れ、更には首が陥没する。ここまでダメージを受ければ、生きている事は出来ないだろう。
 あと2頭。
 リィーキは掴んでいるハガラズを振り回す。リィーキの身体には劣るが、ハガラズの身体も硬い。十分な武器となるだろう。
 振り回されたハガラズの尻尾を、ハガラズの頭をしたたかに打ち付ける。しかしこれでは致命傷にはならない。ただ弾くだけだ。直ぐに起き上がってくるだろう。
 手に掴んでいるハガラズを、弾き飛ばしたハガラズが起き上がる前に投げつける。食欲旺盛なハガラズのことだ、目の前に骸があれば食らう筈なので、時間稼ぎくらいにはなるだろう。
 その隙にもう1頭のハガラズを倒す。頭が弱いハガラズはただ飛び掛ってくる事しかしないため、リィーキに飛び掛ってあっけなく叩き潰された。
 そしてリィーキの目論見通りに、飛んできた仲間の骸に食いついているハガラズを蹴り潰し、サナリィを襲っていた4頭の竜は全滅した。
「……はぁ」
 深く息を吐いて、地面に横たえているサナリィを抱きかかえる。医者か誰かの所へ運ぶのだろう。リィーキの体にこびり付いた竜の血でサナリィが汚れてしまうが、それを気にしている場合でもない。
「終わったようだな」
 そこへ、別の場所でハガラズを駆逐していたシルグが、リィーキの前へ現れた。遠距離からの攻撃をしていたのか、その姿は一滴も竜の血に濡れていない。射出系か、それに近いO・Hを所持しているのだろう。
「なんとかな……もうへとへとだ」
「……それにしても、仮にも大神官だった人間が竜相手にここまで戦うとは、正直思っていなかった」
 事情があるとしても、コルド信者が竜を殺す事はほぼ無いに等しい。コルドにとって竜は象徴であり神だ。リィーキの体は、あまりに竜の血で濡れている。今の彼を見て、コルド信者だと思える人間は皆無だろう。
「少しは信用してもらえたか?」
「……此処まで暴れた人間が、そのままコルドへ戻るのは不可能だろうな」
 コルド神官が竜を殺した場合、自衛の理由であったとしても通常の倍額近い罰金を科せられ、更には位を下げられる。それが自衛意外で有った場合は5年以上の禁固刑。因みにどちらも1頭のみである場合だ。
 リィーキが行った行為。これは完全に竜の惨殺。地位剥奪どころか、即決で死罪決定なほどの重罪。ハガラズに出会ってしまったコルド信者の正しい行動は、速やかに逃げること。滅多に人里に現れる事の無いハガラズは、こういった状況を想定されてはいないものの、普通のコルド信者なら村を捨ててでも逃げるだろう。
「……信用した訳ではない。だが、コルドに戻る事も出来ないだろう」
「これだけやりゃ、隠してコルドに戻るのも無理だな」
 自分が今まで居た組織に殺される事が確定していると言うのに、当のリィーキはなんでも無いような表情をしている。
 そんなリィーキの姿を見て、シルグはため息を吐いた。
「仕方ない……分った。ただし、少しでも疑わしい動きをしたら、即刻殺す」
 シルグのこの言葉を聞いて、リィーキは満面の笑みを浮かべた。
「ああ、よろしく頼む」
 握手を求めるため右手を差し出そうとするリィーキであったが、サナリィを抱えているため彼女を落としそうになった。慌てて右手を引っ込めて崩したバランスをとろうとする。

「ギャオォォォウゥゥ」

 と、その瞬間リィーキの背後。完全に死角からハガラズが襲い掛かってきた。頭が弱いはずのハガラズだが、少しは頭が回る固体もいるらしい。相手が無防備になったところを狙ったのだろう。鋼になれるリィーキに傷を負わせることは無理だが、満身創痍のサナリィを狙うのであれば効果はある。
 一瞬何が起こったのか分からなかったリィーキは、思わず後を向いてしまった。彼の目に映ったのは、腕を伸ばせば届くほど近くに迫っているハガラズだ。シルグとハガラズの位置はリィーキを挟んで反対側なので、先ほどサナリィを助けたような斬撃が期待できない。
「くっそっ!」
 身を屈め、何とかサナリィを守ろうとするリィーキ。間に合うかどうか、時間的にぎりぎりだろう。
「……遅い。幻速真骸(げんそくしんがい)」
 だが、ハガラズはリィーキに届く前に、首と胴体を切り離されていた。鮮血を撒き散らせて、力なく地面に転がる。
「相手が竜だとは言え、気配が読めない様では、未熟なのも甚だしいところだ」
 リィーキとハガラズの間に、シルグが立っていた。
「お前……どうやって」
 リィーキが見たのは、何者かが割り込んできて腕を一閃させた、という姿の影だけ。しかしシルグの手には何も握られておらず、返り血すら浴びていない。状況から見ればどう考えてもシルグが行ったのであろうが、彼は今まで反対側にいたのだ。
「……強えーんだな」
 蒼髪の悪魔の様な、かなりの体術使いなのだと解釈し、素直に賞賛するリィーキ。
「お前が力任せすぎるだけだ」
 それに驕るでもなく、シルグは淡々と答えた。もしかしたらこれが彼のO・Hなのかもしれないが、飛ぶ斬撃などを含めて考えると、現段階で何のO・Hか判断する事は、リィーキに出来はしまい。
「……」
 仮面で顔は見えないが、この黒い髪の男をまじまじと眺めるリィーキ。「んー」と首を唸って、O・Hの事ではなく何か別のことを考えている様子だ。
「……何だ?」
 見られている事に気付いていたシルグは、訝しげな声を出す。
「いやよう。お前の雰囲気とか今の動きとか、何か気になってたんだが……蒼髪の悪魔ってのに、似てる気がすんだよな。まあ蒼髪の悪魔自体、長々と会話した訳じゃないから思い違いだと思うんだが」
「……それがどうかしたのか」
 蒼髪の悪魔に似ていると言われ、シルグは少し俯いた。やはり仮面で表情は分からないが、声のトーンが少し落ちている。
「別に意味はねーよ。そんじゃ、これからよろしく頼むぜ、黒髪の悪魔さんよ」
 リィーキはシルグのことをそう呼ぶと、高らかに笑い声を上げた。
 そんな彼らを照らしていた太陽は、そろそろ傾き始めてきていたのであった。
 
第4話『レルの実』へ
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