秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
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蒼髪の悪魔 1
 うっすらと開けた目で少年が見た世界は、まるで終わりを告げるかの様に、真っ赤に染まっていた。
 世界を赤く染めているもの、それは本来の人の体を流れている筈の血であった。
 幾人も、幾人も、その場に倒れ伏している。その中の誰一人として例外なく、全身から赤い血を流し、辺りを侵食している。
 唯一立っている人はたった二人。
 どんな人が立っているかは分からない。ただ分かることがあるのは、片方が片方を、今世界を赤く染めている人間の一部にしようとしている。それだけのこと。
 目に見えない透明な刃を握り、幾度も幾度も斬り付けている。
 少しずつその光景が良く見えるようになってきた。相変わらず姿ははっきりとはわからないのだが。ただ違和感がある。
 少年はその違和感を片隅に置きながら、今斬られている人物を、出来る限り目を凝らして確認しようとする。
 
少年は、己がその目を疑った。
 
 なぜなら今まさに斬り付けられている人間は、少年の大切な人であったからだ。それは、はっきりと見えない目でも確信できた。
 思わず手を伸ばし、その人の名を呼ぼうとする。

――…………―― 
 
 声が出ない。体も全く動かない。
 ようやく少年は、自分も地面にうつ伏せに転がっていることに気が付いた。
 痛みは無い。ただ、体が動かない。声も出せない。耳も……音を拾ってはくれていない。
 ただぼんやりと、見えているだけ。
 少年は自分が何をしていたのかを、記憶の中から探る。
 そして得たのは、とてつもない高熱を出して、体が動かないという答えだけ。
 それ以上の事は何一つ分からない。何故こんなにも人が倒れているのか。何故大事な人が斬られているのか。今最も知りたい問題の答えは、いくら記憶の中を探っても、得ることが出来なかった。
 
――(動け、動け、動け!動けーーーー!!!)――
 
 動いてくれない体を、口を、必死に動かそうとしてみる。今なら、まだ助けることが出来るかもしれない。その程度の希望なら持てる。
 目の前の少年の大切な人は、血を流して冷たくなっていこうとしているのだ。
 少年は動かない自らの体を呪った。
 いくら呪っても、体は動かない。
 悔しい、悔しい。こんな状況でも、自分の体が動かないこと、目の前の人間を助けることが出来ないことが、何より悔しい。
 動かないのならば、こんな体、朽ちてしまっても良い。

――ズシュリー―

 何の音も聞こえない中、そんな音を聞いたような気がした。
 見ると、唯一立っている二人が重なって見えた。〕
 そして、大切な人の胸に、透明な剣が生えている。
 剣の先には、滴っている赤い血。生えている場所は、心臓があるべき場所。
 その光景は、一体どれほど続いていたのか。
 絶望する事さえ忘れ、少年は時間が止まったかのように見入っていた。
 時が動き出したと感じた瞬間には、少年の大切な人は、周りに倒れ伏している人の一部となるかの様に、より世界を赤く染めながら倒れていった。

――…………――

 少年は、我に返ると、声にならない悲鳴を上げた。
 信じられなかった。信じたくなかった。だが、大切な人は二度と動いてはくれない。
 少年の目から、無意識に涙が流れた。悲しみの涙か、それとも悔し涙か……それとも両方なのか。拭う腕も動かぬ今、せき止めるものも無く、ただただそれは流れ落ちる。
 少年は睨んだ。涙が流れているその目で、自分の大切なものを奪った人間を。何故、何のために殺した?そう心の中で問いながら。
 するとその人間はこちらを向いた。まさか少年の心の声を聞いたわけではないだろうが、少しずつこちらに向かって歩いてくる。
今までは分からなかったが、男のようだ。
 男は少年のすぐ隣まで来ると、手に持っていた透明な剣を消滅させ、徐に腰を下ろした。何か言っているらしいが、耳は相変わらずだ。
 少年は横目で男を見ていると、男は懐から何かを取り出した。少年は男が取り出した物が何なのか確かめようとするが、そんな間も無く、いきなり少年の口の中にそれを押し込んだ。
 とっさの事で混乱したものの、必死に吐き出そうとする。だが男は、何かの液体も口の中に入れ、強引に飲み込ませた。
「げほ、げほ……」
 思わず咳き込む。するとなぜか体が軽くなった気がした。
 体がに力が入り、動く様になっていく。咳が出たということは、声も出るようになったと言うことだろうか。
 何を飲まされたのか、何が起こったのか、毒ではないのか、毒ならば何故斬り殺すことを選らばないのか。
 さまざまな疑問が頭の中を巡る。しかし、そんなことは些細な問題だった。
 少年は好機とばかりに、男を振り払い、自分の腰に手を掛ける。記憶が正しければ、そこには剣が挿してある筈だ。
 男は後ろに跳ぶ。表情はよく分からない。ただ、これ以上戦う気がないのか、「やめろ」と叫んでいるように聞こえた。
 声が聞こえたということは、耳も正常に戻ったらしい。少しずつ視界も晴れていき、あれほど不自由だった先ほどが、今では嘘だと思えてくるほど。
 いっそ全てが嘘であれば、どれほど嬉しいことか。実は全て嘘で、周りの人々や大切な人が、笑いながら起き上がってきてくれるのではないか。
 一瞬だけ、そんなありえない希望を抱いたが、腰の剣を抜くと共に切り捨てた。
 少年は渾身の力を持って剣を振るう。自分の大切なものを奪った男を、許してやるつもりは全くなかった。
 男は最初こそかわしていたが、直ぐに先ほど消滅させた剣を出現させ、少年に斬りかかってくる。
 少年は負ける訳にはいかなかった。必ずこの男の息の根を止める。それだけを考えて剣を振るった。
 しかし残念なことだが、少年の剣は男にはじかれ宙を舞い、遠くの地面に突き刺さる。
 少年の目には、突き刺さった剣が、赤い世界の中心に立てられた墓標に見えた。そして呆然と、剣を握っていた両手を見つめる。同時に全身の力がぬけ、その場にへたり込んでしまう。
 男は少年のその姿を見ると、意味ありげな視線を残しながら、この場から走り去っていった。
「う……う、うおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー」
 後には、顔を涙でぐしゃぐしゃした少年の、怒りと絶望にまみれた叫び声だけが、赤い世界の中で、こだますのだった。


「…………くっ!……」
 バリセラスは木の上で目を覚ました。
「また、この夢か……」
 前髪をかき上げながら言う。かなり寝汗を掻いているらしく、髪も服もびっしょりと濡れている。
 ふぅ、と息をつく。
 一体何度この夢を見れば気がすむんだ、三日に一度は必ず見ている。はっきり言って二度と見たくないと思っているのに、なぜこうも嫌な事を思い出させる。
「……取り敢えず着替えるか。このままじゃ気持ち悪いな」
 少年は荷物を持って木の枝から飛び降り、着地。そのままの体制で荷物の中に入っている着替えを取り出して、着替える。
 ところで何故バリセラスは木の上で寝ているかと言うと、結局サヌの宿屋で床に就くのは許されなかったのである。
 あの後、あの手この手でバリセラスとサナリィを結婚させんと、村人全員で襲い掛かってきたのだ。何とか報酬を受け取ることは出来たのだか、宿で休もうものなら何故かサナリィが夜這いに現れた。
 流石に堪忍袋の緒が切れたバリセラスは、後ろで手を引いていた村長ら数人の男どもを制圧して、サヌを早々に立ち去った。
 本来リーアとサヌは、徒歩で丸一日かかるほど距離がある。まだ到着していないとは言え、肉眼でリーアが確認できるほどの場所まで数時間で踏破したのだ、疲労が溜まってもおかしくはない。
 バリセラスは休憩を取るため、近くにあった巨木によじ登り睡眠をとることを決めた。木に登ったのは用心のためだ。まさかとは思うが、村長たちが追いかけてくるかもしれない。
 着替えが終わり、再び木に登って睡眠をとろうと横になるが、どうも目が覚めてしまった。
「……」
 バリセラスは徐(おもむろ)に右手を開くと、そこからかすかに光が漏れる。だが2、3回ほど弾けた後、消滅してしまった。
「まだ、無理か」
 開いた右手を強く握り締め、己の心臓に当て、
「もう少しだけ、待っていてくれ……」
 と、まるで祈るかのように頭を下げ、目を閉じた。
 そのまま静止していたバリセラスは、数分後にようやく右手を下げた。
 息を吐き、軽く頭を振るうとバリセラスは再び木に身を預けた。しかし眠ることが出来たのは、夜が明けてからであった。


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