秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
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3月11日から今までのことを克明に(3日目)
大震災より、さらに1日が過ぎた。

夜中にトランスを直している様子があったので、今日こそは電気が復旧したのではないかという期待を胸に眼を覚ましたのじゃが、未だ電気は復旧されてこない。

しかし幸いにも天気が良く、気温も高いので暖かい。

結構周りは復旧されてきたという話を聞くんじゃがのう。調度ドーナツの様な感じで電気が復旧している。

真ん中だけ取り残されて復旧されていないようで、比較的近所に住んでいる兄貴家族は昨日の夜に電気が復旧したと言っていた。

ガスだけは出るってのが、唯一の救いじゃ。これで昼食も普通に食べることが出来た。

カップラーメンじゃったがな。

飲み水は昨日確保したのは良いんじゃが、問題はトイレの水じゃ。

トイレを流すために使う水は、かなりの量を使う。そこそこ流れるくらいの量にするには、最低バケツ2杯くらいは欲しいんじゃよ。

そのためなるべくトイレを流さず、大の時にのみ流すようにしていた。

ただトイレがあまり使えないと思っていた所為か、大は今までの2日間は全然出なかった。

しかしそんなに長く出ないという訳もないじゃろうし、いつ水が出るようになるのか分からない。風呂に溜まっていた水もそんなに残っていないので、どうにかしなければならなかった。

飲み水にするわけではないので、飲めないような川の水でもトイレ用なら問題ない。昨日、そう警察官の方が言っていたので、姉と共に川へ水を汲みに行くことにした。

容器は無いが、ゴミ袋を2重にすれば汲めないことは無いからのう。


ゴミ袋を持って、近くの川へ向けて車を走らせたのは良いんじゃが……どっから汲めば良いのやら、ってのが一番悩んだ。

一度適当に止めて川に出たら、結構距離がある上に細い木が植わっていてな。ここを袋を持ったまま歩いたら、確実に破ける。

すると逆側で、川の近くまで車で降りられる場所があるようで、何台か止まって同じように水を汲んでいる人たちの姿を発見する。

あちら側ならいけるだろうと、もう一度車で移動。

だたこれが難儀で、どっからそこにいけるのかさっぱりでな。普段川になんぞ行かないしのう。この川、生活排水が流れているような川なので、見た目からして汚いし。

この辺かと思って細い道を行ったが、行き止まりでな。バックで細い道を戻らねばならなくなったりと、かなり難航した。

結構時間をかけてようやくそれらしい所に到着し、水を汲む。

わしがバケツで汲み、姉が袋を広げている状態じゃな。

それを2袋分。

隣でも川の水を汲みにきた人たちが車できていたのう。

しかし結構重いもんじゃ。どのくらい入ったかは分からんが、袋ということで乱暴に持ち上げるわけにも行かず、車に入れるのも大変じゃったな。

タンクとかあれば良かったんじゃがのう。水用のポリタンクあったんじゃが、前に父親が間違えて石油を入れてしまい使えなくなってたんじゃよ。

2袋を後ろに積んで、それを姉が支えながら帰宅。

取り合えず風呂に入れようとしたが、父親が帰ってくるまで待とうという事になり玄関先へ一先ず放置。ちなみに父親は、仕事が出来る状態なのかどうか連絡が来ないので、取り合えず行ってくると郡山だかに行った。

さて家に帰ってきて落ち着いたものの、非常に暇。特にやる事も無い。

ラジオ聞いてるくらいしかないが、情報は入ってくるものの面白いわけでもない。電池も無駄に消費するしな。

電気はまだ来ないので、TVも見れないし。

とはいえ寝て時間を潰すと、夜に寝られなくなってしまうので寝られないし。

眠気と戦いながらなんとか時間を過ごすと、暫くして父親が帰宅する。どうやら仕事は案の定出来ない状態だったらしい。

帰り際に祖母の家で水を汲めるだけ汲んできたらしく、トイレ用に使える水や食器を洗う用の水をかなり大量に持ってきていた。

今まで使っていた仕事用の車は、ガソリンが無くなって来たんじゃと。しかし祖母の家においてある軽トラック(父親の所有物)に、バケツやらなにやらでかなりの量を確保してきた。

軽トラ最強。このときばかりは軽トラの輝きが半端じゃなかった。水も、簡易的な蓋だったにもかかわらず、全然水が零れていない。

という事でかなりの量を確保できたので、わしらが汲んできた水の片方を風呂へ。もう片方を向かいのおばさんに渡す。

そうして水の心配を暫くしなくても良いと思ったのか、大地震後初めてマトモにトイレに入った。なんともまあ、環境に優しい腹じゃ。普段はよく下すというに。

そうしているうちに母親も仕事から帰ってきており、多少の食料を買って帰ってきた。

スーパーのパートで、売れるものを店頭販売していたそうなんじゃよ。そこで多少は回してもらったらしい。

しかし店はもう暫く営業できそうにはないそうじゃ。電気も死んでるし、水も駄目じゃしな。

買ってきた物。まあデザート品じゃな。ロールケーキみたいなやつじゃった。
というか、そういうのしか無かったらしく、悉く甘いものじゃったのう。甘いの苦手ではあるが、食えるだけマシと食ってた。

お湯さえガスで沸かせば、お茶とかは飲めるのでなんとか食えたしのう。


やがて段々と日が暮れ、蝋燭の出番となる。

夕飯の時、蝋燭の灯りをお椀に入れながらでないと、中にどのくらい入ってるのか分からんから食うのも難儀じゃな。

ちゃんとしたランタンでもあれば楽なんじゃが、そんな装備はうちに無い。

……山岳装備一式揃えるかのう、そのうち。使い方は知ってるんじゃし。


夕食を終えて、さてこれからどうするか。って感じじゃのう。

日が落ちると寒くなるので、父親が寝る時に使っている湯たんぽをコタツに入れて使ってる。これに足を当てていれば、取り合えず寒さで震えることは無いし。

だたやはり、やることがない。そもそも暗いので、何かあったとしてもやってられん。

仕方ないので、さっさと寝ようという事になり、湯たんぽにお湯を再び入れなおして父親はさっさと寝てしまった。

湯たんぽなくなると寒くなるんじゃが、自分が寝るんだからさっさと周りも寝ろという、相変わらずの自分の基準で家族を巻き込むのはやめて欲しいもんじゃ。

確か22時の少し前じゃったかのう。

まあ実際やることもないし、んじゃまたペットボトル湯たんぽを作って寝よう。ってことで、ベッドの中からペットボトル湯たんぽを取り出して準備をする。

と、唐突に『ピッ』という音が鳴る。

それに間髪いれず、電気が点き、部屋を明るく照らし出してくれた。電気が着たかどうか、度々適当にカチカチやってたからのう。電気が点くようになってたんじゃな。

つまりこれで、電気が復旧したという事になる。

ようやく寒いままでやっと寝なくても済む……電気が使えるありがたさを、これほど痛感したことは無いな。

そのまま勢いでPCを点けると、お師匠様やりいたさんからメッセが届く。電気って素晴らしいのう。

こうして一番の山は越えた様な感じで、3日間は終えた。

まあまだ現在も被災状況にいるんじゃがな。今は特に、原発のせいでろくに外へ出て歩くことも出来ない。

この辺はまだ問題ないとされているが、出ないほうが良いというのに越したことは無いし。

仕事は22日まで無い、という連絡も来たしな。

なにはともあれ、後は原発か。原発の放射能が怖くて、こちらに配送したくないと言っている業者も多いんじゃし。

東電の人間は、福島には今もこうして生活している人間がいることを頭に置きながら行動して欲しい。現場で必死に活動している人たちではなく、東電社員の人たちじゃな。

放射能が怖いから逃げてもいいかとかほざいているらしいが、あやつらはその身を挺して原発の不安を取り除くことが、全福島県民に贖う方法だと知れ。

わしら福島県の人間がなぜ、あのふざけた連中の不手際のせいで怯えねばならんのか。

今も必死で原発で作業している人たちには本当に頭が下がるが、東電の人間は許さん。それだけじゃな。
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