秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
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3月11日から今までのことを克明に(1日目)
電気も通って落ち着いてきたので、地震が起こってから今までのことを克明に書こうと思う。

何かに書き記しておきたいんじゃよ。もっと悲惨な状況に陥っている人も多いと思うが、中々に大変な体験じゃったからのう。

まあまず、11日は普通に仕事じゃ。面接を受けた次の日じゃが、前日に出ていた不良品の件で始末書を書いていた。

結局後工程に不良品は流れてなかったので、実際の所わしは不良品を流していない事になるんじゃが、今後絶対にこういう事が発生しないようにするようなシステムを作れ、という事で書いていたわけじゃ。

全く、わし個人は何にもやらかしていないというのに、何故か一番責任取ってるんじゃが。わしの周りに居た人間がやからした後始末なんじゃがなー……

というか寸前で流失止めたのがわしで、再投入したのは別な人で、この元凶作ったのはまた別な人で誰だか不明。

何この完全な貧乏くじ……


再投入したのはもうクビ決まってる人じゃし、どうせ書けといっても書かないじゃろうからどの道わしが責任取るしかない。元凶は後々特定して、しなくても前工程やってた人全員くらいでまた別に責任取る事になるじゃろう。

そんな訳で、仕方がなく始末書を作成していた。

同じ班の親しい人が居るんじゃが、その人が比較的フリーだったのでラインのことは手伝ってもらいながら作成し、チーフに色々と意見を貰いながら大体完成して行った。

大体14時少し過ぎくらいにある程度まとまったので、あとは代行員にこれを見てもらって判断を貰えば終わりじゃな。って所まで来たのう。

ただ14時半からゴミ捨て当番だったので、カートに乗ったゴミを押してゴミ捨て場へ。

10分くらいで終えて帰り、もう少しで仕事も終わりじゃなーとか考えながらカートを戻してラインへと帰っていく時じゃった。

近くでパソコン作業をしていた人が「あ、地震だ」と呟いたんじゃよ。

その時わしは全然気付かなくてのう。多少大きな地震が来ても気づかなかったりすることが多いので、今日はどんなもんだか気付くように、意識集中しながら歩いてた。

するとだんだん揺れが大きくなっていき、さすがにわしでも気付いた。じゃが、そんなもんでは済まず、かなり揺れが大きくなっていった。

天井ではダクトがガタガタと左右に揺れてる。その揺れも震えてるとかではなく、ブランコの様に動いてるんじゃよ。
当然立ってられる様な地震ではなくなっており、近くの柱にしがみ付いて揺れが収まるのを待っていた。

しかしどんどん揺れは大きくなる一方で、『ドーン』というような音がずっと響き、目の前のラインの中で作っている製品は揺れに耐え切れずにガラガラと落ちて行き、挙句目の前で空調のカバーが外れる。

中々揺れは収まらないが、自分の居る場所をよく見るとシャッターの下だったんじゃよな。コレが落ちてきたら冗談抜きで死ぬとと思い、未だ揺れている中移動する。

今考えると、200キロのドラム缶が大量に置いてある場所を通って移動したので、かなり危険じゃったな……とはいえ、そんな事を考えいる余裕は無い。

揺れている中考えている事と言ったら、自分の家が倒壊してないかどうか、って事だけじゃったな。家族の安否も気になったが、自分の家が大丈夫かどうかってのだけが頭にあった。

移動していた頃にだんだん揺れが収まっていったが、至るところに色んなものが落ちておった。ラインは警報を鳴らし続けておったし、地面にへたり込んでいる人も多かった。


ある程度地震が収まってきた所で、課長やチーフが集合をかけていた。エレベーターホールに現在居る人間を集めるらしい。

調度次の班へ交替する時間が近かったので、わしらの班と次の班の2班と日勤が居ることになるな。ちなみに次の班にはやる夫が居た。

避難訓練ではなく、ガチで避難するのは生まれて初めてじゃな……

ただわしらは何故か意外と冷静に指示を待っていたが、一部の女性陣がパニック起して、集合と叫んでいるチーフの横を通って外に逃げていってしまったらしい。

これでは点呼もままならないので、仕方なく全員で外へ避難することに。外の家は倒壊している様子は無いのでまずは一安心。

外に出たのは良いが、まず寒い。地震の影響かどうかは知らんが、雨が降ってきたし、それが少しずつ雪になり、挙句には吹雪いて来た。

どこから持ってきたのかは知らんが、多少の毛布と防寒具を女性に配っていたようじゃ。こういうとき冷え性のわしはかなり辛い。

このまま何の情報も無く外に出されていたので、取り合えず携帯を出してネットやらワンセグやらで情報を集める。

案の定通信規制がかかっているようで、通信機能は一切死んでる。メールも、送れはするがサーバに溜まってるだけで届いていない様子。

余震は来るし、吹雪で寒いし、何もできんしで体力だけが奪われていったな。

他の人の状況はどうだったのかというと、目の前で壁に亀裂が入った時は「俺ら今日で死んだな」って本気で思ったらしい。実際そのくらい酷かった。

そのまま1時間半くらい放置された後に、屋根のある所へという事で建物の下まで移動。そちらはまだ暖房が生きていたので凍えずに済んだ。

30分後帰宅命令が出されたので、早番だったわしらがまず先に帰り、次に出勤していた遅番、最後に日勤という順番で此処を出るらしい。

取り合えず明日は自宅待機にするので、出勤はしなくて良いとのこと。まあ職場内の被害を見れば仕方ないんじゃがのう……

家に帰るために、職場内の荷物を取りに一旦中へ。

しかしまあ改めてみると酷いな……

これ何? ってのが落ちているし、壁も一部崩れておる場所も結構あったし、至るところに亀裂が走ってる。

さすがに耐震対策はある程度されておるので、棚が倒れてきたとかそういう事は無かった。

荷物を取り、職場を出て車に乗り、一息ついた。

とはいえ、車で家に向かう途中も結構酷くてな。

電気の供給が止まっているらしく、信号が機能していない場所が幾つかあった。地面が陥没したりして段差が出来ている場所もあったしな。

驚いたのが、マンホールが地面から20センチくらい飛び出していたことじゃった。周りが陥没したのか、マンホールが出てきたのかは知らんが、これに車が突っ込んだら確実に動けなくなるな。

普段よりかなり時間をかけながら家に着くと、母親と姉が外にいた。建物も特に壊れて居なさそうじゃ。
ただ父親は今日に限って郡山というちと遠い場所に行っており、連絡が付かない。

車を止めようとしたら、「トランス(電柱の上にバケツ型の奴)が落ちそうだから、家の近くに止めないほうが良い」といわれたので、離れた場所に停める。

母親と姉が外に居たのは、余震がかなり頻繁に来るので家の中は危険だと判断したらしい。

取り合えず中の状況を見たかったので、家に入ると……まあ本当に酷い状態だった。

殆ど倒れておったな。タンスやらなにやら、足の踏み場も無い。というかわしの部屋が開かない。

何とか無理やり開けて入ると、本棚が倒れて中の本でベッドが埋まってた。PCは倒れていたが、TVは何故だか倒れずに立っていた。

どうやら、キャスター付きの台に乗っていたのが理由らしい。地震のエネルギーをキャスターが全て散らしていたお陰で、上の物は倒れずに済んだらしい。逆に動かないようになっているものは、上のものがほぼ全部倒れていたな。

動くかどうか確認したかったが、電気が供給されていないようで何も出来ん。

一先ず外へ出て、母親と姉の場所へ戻る。

向かいのおばちゃんも出ていたので、まずは無事でよかったと安否の確認じゃ。

とはいえ余震が多く、家の中が危険だというので家の中を片付けられん。

んじゃがやらないわけにも行かないので、姉と共に茶の間の片付けを開始。

取り合えず倒れたタンスの周りを片付け、持ち上げる。中に入っていたらしきものは、適当に放り込む。
ってかわしの部屋に続く戸の前がある意味最悪で、裁縫箱が散乱していてな……

拾おうにも、段々と暗くなってきてよく見えなくなってきた。


こういう時に役に立つのが懐中電灯なんじゃが、現在使えるような懐中電灯が無かった。

まあ姉が災害用のときに使う箱だかを貰っていて、その中にLEDの懐中電灯が入っていたんじゃが、電池が一切無い。
単三が3本欲しかったが、わしの方で直ぐに出せるのが2本しかなくてのう。

姉の勤務先がかなり近い場所なので、そこに余ってる乾電池があるというので、大至急取りに行ってもらった。

何故に乾電池がそんなに無いのかというと、理由として父親が「そんなに電池あったって使わないんだから買うな」と、買い置きを全否定してたせい。お陰でこのザマじゃ。

おあつらえ向きの大きな懐中電灯とかあるんじゃが、単一4本欲しいので、ただの置物になってるしな。

握ると発電して光る、災害用の懐中電灯を母親が見つけてきたんじゃが、やはり点灯しっぱなしにはできないので見づらい。

どうにかならんものか……と、思ったとき、仕事場から持って帰ってきた制服の中に、100均で買ったLEDライトが入ってたのを思い出してな。仕事でたまに使うので、ポケットに入れっぱなしにしてあるんじゃよ。

そのライトがかなり大活躍じゃ。なにせ光源がないんじゃし、電池消費量が少なく明るいLEDライトがこの時は本当に輝いていたな。

単四3本で動くライトだったんじゃが、使ってない小さなマッサージ器具も同じ単四3本だったのでこの際拝借し、更には以前わしが買いっぱなしで放ってあった単四4本入りのパックを発掘し、以前3本ずつ使った残りの1本が2つ出てきた。

これでたとえこのライトが切れても、後3回は交換できる。お陰で気兼ねなくライトを使えることが出来た。

更に、以前職場で貰ったLEDライトが有ったのを思い出し、それも発掘。このライトは電池交換が不可能な変わりに、先ほど母親が持ってきた握ると発電する機構が点いている。ただ充電が一切出来ないので使い捨てなんじゃが、こういう時こそ使う物じゃな。

それから姉が自分の職場から持ってきたライトで、件の懐中電灯も点く様になったのでこれで安心じゃ。

懐中電灯の明かりを頼りにしながら片付けを進める。蝋燭も点けたんじゃが、この状況で点けると倒れて火事になりそうなので片付けるときはライト頼りじゃのう。

一先ず、茶の間の普段座っている場所と、自分の部屋のベッド上をある程度片付け一旦終了。わしの部屋の戸は、本棚が倒れたときに外れて引っかかっていただけらしい。戻したら普通に動くようになった。

そんな中、災害時の備えに関して一切の役に立ってなかった父親が帰宅。今回のことでさすがに買い置きが如何にに大事か思い知ったじゃろう。

帰ってくるのがかなり遅かったが、道路の渋滞が恐ろしいことになっているらしい。全然動かないそうで、3時間ほど余計にかかったみたいじゃな。

まあまずは腹が減ったので、夕飯に。ガスが通っており、この時点ではまだ水も出ていたので普通にご飯を炊き、今日は納豆で食べる。

こういう時でも食べるものがある、というのは心の底から嬉しいと思ったな。食料に関しては、母親が結構買い置きしてあったので暫く問題ないらしい。

電気が来ないので暗いし、コタツも点かないので唯一ある石油ストーブを点けて暖を取り、蝋燭を立てる。

蝋燭は、神棚に上がっていたものと、姉が持っていたアロマ用のキャンドル(アロマは別にたらすので、蝋燭だけ)を使って灯りにしていた。

後はライトなどでご飯を食べる。

食べた後、少しはなれた場所なら電気が通っており、営業しているコンビニがあったと父親が言うので、電池でも売っていれば買って来ようと車に乗って一人で出発。

結論から言えば、人が多すぎて店の中は何も無かった。特に電池や食料関係はほぼ全滅と言って良い状態だったな。

買える物がないので仕方なく帰ってきた。



この時点でも余震が多く、かなり揺れるが……最初のデカイのがあるので、多少揺れてもなんかもう感じなくなってきた。殆ど常に揺れてる感じがするくらい頻繁に来るからな。
まあ怖いのはあるが、どうしても慣れてきてしまった。これでデカイのが来たら危険じゃよな……


さて暗くてやることも無い。ラジオは見つけたのでそれを聞きながら情報を集めているが、TVも付けられないし携帯の充電も尽きかけていて使えんし。

仕方ないので寝るしかないんじゃが、問題があってな。

寒いんじゃ。とにかく。

普段は『電気』アンカやら『電気』毛布やらで暖かくして寝られていたが、今回はその電気が無い。

父親だけ、自分は普段から湯たんぽだからと意気揚々と自分の湯たんぽを作って寝ていたがな。他の人のベッドを暖めてから、とかそういう概念はこの人には無いらしい。

ってか今日に至ってはこの父親なんも役に立ってないな。考え様によっては妨害すらしてるぞ。

まあペットボトルにお湯を入れて、それを湯たんぽ代わりにすれば良いと思っていたので、なんとかなったんじゃがな。

というか、父親が役に立たない分わしが筆頭で色々役立ってる気がするぞ……ライトの件やら、片付けもわしが大半やってたし、ペットボトル湯たんぽもわしの提案じゃ。

ちなみに空ペットボトルの提供もわしじゃった。捨てずに放ってたペットボトルがこんな所で役に立つとは。

これのお陰で寒くなく寝られたと、後に母親が絶賛しておったのう。


そうして着替えることなく、まずは床についた。着替えないのは、いざという時そのまま避難するためと、下手に着替えると余計寒くなるからという2つの理由じゃな。

こうして地震初日は終えた。

明日には電気が復旧すればいいな……という願いを込めながら。
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