秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
家出少年の進行 4
 日が暮れて、辺りが闇に包まれていく中、ファルクは意味も無く、馬達を眺めていた。
 服が汚れるのが嫌なのか、草を食んでいる時には近づきたくないらしく、やや馬からは離れている。
 ファルクは飽きやすい方なのだが、馬を眺めるのは好きなようだ。
 月以外の明かりは無いが、逆に強い光が無いだけあって良く見える。月明かりに照らされながら馬を眺める少女というのは、中々幻想的で絵になる。
 そんな彼女を見つけたティンリーは、近寄って声をかけた。
「馬を見ているのは楽しい?」
「楽しい、訳じゃ、無いけど。見て、るのは、好き」
「ふーん、そっか」
 ティンリーはそのまま片方の馬、グローリーに近寄り、手を伸ばす。すると、グローリーはティンリーに顔を寄せてくる。
「きっとファルちゃんは、動物が好きなんだろうね。他には何か好きなものはある?」
 そう言われ、考えているらしく暫く黙ったファルクは、「服、とか……」と口にした。
「そっか、ファルちゃんの来てる服って可愛いもんね。服が好きって事は、アクセサリーとかはどうかな?」
 そう言うとティンリーはグローリーから離れてファルクの所へ戻り、どこから持ってきたのか、幾つかのアクセサリーを取り出した。イヤリング、ピアス、バングル、ネックレス、指輪等々、年相応の女性が身につける様な装飾品の数々を取り出して見せる。何気にそれぞれの種類も豊富である。
「あたしはほら、飾り付けるの面倒であんまり付けないんだけどさ。だから殆ど貰いもんなんだよね~。ファルちゃんの好きな物とかあるかな?」
「ん……」
 ファルクは見せられたアクセサリーの数々を眺めると、小さなイヤリングを指差した。
「これ」
「気に入った? どれどれ~」
 ティンリーはファルクが選んだイヤリングを摘まむと、徐に近寄ってファルクの耳に付ける。
 ティンリーが触れると、仮面からあの光が漏れ始めるが……例の力が発動する事はやはり無い。
「うん、おっけ~。ファルちゃんがもっと可愛くなったよ!」
 仮面から未だ光が漏れ続けているファルクの姿を、笑みを浮かべながら眺めるティンリー。彼女も嬉しそうである。
「ん……」
 相変わらず顔の表情は変わらないファルクだったが、どこか喜んでいるように見える。
「ところでさ、イヤリング選んだって事は、やっぱり穴を開けるピアスは嫌なのかな?」
「痛い、のは、嫌」
 イヤリングの横に有ったピアスを、摘まんで持ち上げるティンリー。それを見たファルクは、首を横に振った。
「そっかー」
 ティンリーは摘まんでいたピアスを仕舞うと、思案顔で軽くファルクから視線を外す。
(……好きと嫌いの判断はしっかりしてる。痛みが嫌って認識もある……んー、線引きは難しいけど、結局は好きに分類されるものならおっけーって事かな。後は……)
 ファルクの頭に付いている仮面を見る。笑っている様な、怒っている様な、そのどちらでもない様な不思議な表情をした、その仮面。何かを示すかのように光を放つ、目に当たる部分を凝視する。
(この仮面、見た目は凄く薄いのに、穴から反対側が見えない)
 仮面の目と口には、人間の顔に付けた時に使う穴が空いている。仮面は顔を蔽い隠すものだが、目と口を、特に目を塞いでしまっては前が見えない。この仮面にも穴が空いている様に見えるのだが、反対側を覗く事が何故か出来ないのだ。
(……)
 思わずティンリーは、ファルクの額に付いている仮面に、手を伸ばしていた。
 この仮面こそが、最大の鍵なのだと。そうして仮面に手が触れようとした瞬間。
「触らないで!」
 はっとして、ティンリーは腕を引っ込めた。我に返ってファルクの姿を見ると、彼女は――相変わらずその顔は無表情だが――仮面を押さえて後ろに下がっていた。
 そして何より驚いたのが、ファルクが一言で叫んだ事だ。淡々と、感情が読めない口調で話した彼女が、声を荒げたのだ。
「あ、ごめんねファルちゃん。その仮面に触られるの、そんなに嫌?」
「……」
 ファルクは変わらずの無表情で、無言。だが、肯定だろう。
 此処でファルクに近づけは、決定的な亀裂になると、ティンリーは感じた。ここで何としてでもファルクの機嫌を良くしなければならない。

――バキバキバキッ――

 と、そんな時、遠くの方で大きな音がした。この辺りはテント場にするために選んだ比較的開けた場所なのだが、背の低い木でそれなりに茂っている。恐らくそういった木が折れる音だろう。
「きっとゲインちゃんとコルっちが何かやったんだろうね。ねえ、ファルちゃん。二人の様子、見に行ってみない?」
 調度良いタイミングなのを察し、話題を切りかえるティンリー。
「……」
 しかしまだファルクは戸惑っている様に、答えを返してこない。
「ね? 行こっか」
 飽く迄慎重に、刺激をしないよう穏やかに右手を差し出し、笑顔を向ける。
 暫く無言でその右手を見ていたファルクだったが、ゆっくりと自らの左手を乗せた。


 コルセスに吹っ飛ばされたゲインは、腰くらいの高さまでしか無い小さな木に、背中から突っ込んでいた。
「いてててて……」
 小枝がチクチクと刺さって痛い。しかも、自分の姿を確認すると、どんな突っ込み方をしたのか、頭が下で足が上になったまま木にはまり込んでいるらしい。完全に身動きが取れない。
「なるべく腕だけで振ろうとするな。剣が体の一部になるように、とまでは言わねーが、意識だけはしてろ」
 木剣を肩に乗せたコルセスが近づいてくる。軽く模擬戦を頼んだのだが、見事にぶっ飛ばされたのだ。
「早く起きろ。って、あー、動けねーのか。ほらよ」
 と、左足を掴まれて引っこ抜かれる。大量の小枝に引っ掛かっているので物凄く痛い。
「もっと優しく抜いてくれよ!」
「無茶言うな。ほら、さっさと起きろ。……ん? なんだ、見てても面白くねーぞ」
 コルセスがそう言いつつ振り向いたので、ゲインも釣られてそちらを見る。そこにいたのは、ティンリーとファルクだ。
「やっほー」
「……」
 二人は手をつないだまま、こちらに向かって歩いてきている。
「どんな様子なのか気になってね~。どうコルっち、ゲインちゃん見込みある?」
「それなりってとこだな。取りあえず才能は無いな、凡庸ってトコだ」
 ティンリーとコルセスが言葉を交わす中、ティンリーの手を離したファルクは、木から抜かれた姿のまま、地面に座っているゲインに近づいた。
「……葉っぱ、一杯、付いてる」
「ああ、まったくコルセスも手加減してくれたって、良いと思うよなー」
 少し恥ずかしい所を見られた、と思いながらも、ファルクが気にかけてくれたことに対して喜ぶゲイン。微笑を浮かべたまま、立ち上がって身体に付いている砂や葉を払い落した。
「……ねえ、コルっち、もう訓練終わりで良いかな? ちょっと話あるからさ」
「あ? まあ、やりすぎてゲインがぶっ倒れても、後々面倒くせーだけだから、そろそろ切り上げようと思ってたとこだ。お前がそう言うんなら、重要な話なんだろう」
「おっけ、んじゃあちょっと付いてきてよ」
 すると、ティンリーは笑顔のままコルセスを連れてどこかに行ってしまった。ただ、去り際に「ゲインちゃん、ファルちゃん、そんじゃ頑張ってね!」などというセリフを残して。
「なんだ? 訓練終わりって事で良いのか。疲れたー……」
 コルセスがいなくなったのを見たゲインは、再びその場に座った。
「……」
 しかしファルクは立ったまま、ゲインを上から眺める。
「なぁ、ファルクも座ったらどうだ?」
「服が、汚れる、から、嫌」
「そっか」
 ゲインは今まで頭から突っ込んでいた背の低い木に寄りかかり、遠くの空を見た。完全に日が落ちた空は、暗いものの星明かりが美しく輝いている。
「なあ、ファルクは王都に行ってどうするんだ?」
「分から、ない。コルセスに、連れられて、行くだけ。来てくれって、言われた、から」
「なるほどなー。でもきっと、ファルクの事だから、きっと凄い事するんだろうな!」
 そう言うと、ゲインは木剣を杖にしながら勢いよく立ち上がった。疲れてはいるが、若いだけあってまだまだ体力が有り余っているのだ。拳を握り締め、ファルクに近寄る。
「王都に着いたら、一緒に頑張ろうな。ファルクが困った事があったらオレ、絶対助けてやるからさ!」
 などと高らかに宣言した。
 それを聞いたファルクは、無表情のまま、コクッと頷くのであった。


「助けてやる、か……その言葉、絶対忘れないで欲しいな」
 ファルクとゲインの会話を、少し離れた所でファルクとコルセスは聞いていた。
「んで、結局重要な話ってのは無いんだな?」
 コルセスは火を点けていない煙草を咥えながら、半眼で二人の様子を眺めながらそう零した。
「うん、そーだね。ちょっとした布石みたいなものかな。一応、あの二人はあのままそっとしておこうよ。危険は無いと思うからさ」
 ティンリーは、あえてゲインとファルクを二人だけにしたかったらしい。
「まあ、博士の考えてることは俺には分からねぇが……そうしたいなら、お前に任せる」
 ティンリーの考えている事はコルセスに理解出来なかったが、あまり深く考えないことにする。なにせ分野が違うのだ、踏み行っても無駄だろう。
「さてそろそろ、晩飯の用意でもすっか。もう日も暮れちまってるしな」
「さんせーい。あ、じゃあさ、あたしが作ろっか?」
「お前料理得意なのか?」
「ん? やったこと無いよ。まあ、大丈夫っしょ!」
 溌剌(はつらつ)と答えたティンリーを見て、コルセスは非常に嫌な予感がした。しかし本人がやる気になっている様なので、取りあえず任せることにした。
 その日の夕食は、筆舌に尽くし難いほどに凄惨な夕食が出来上がったという。傍から眺めていたコルセスも、何をどうしたか分からない程に、常軌を逸している調理方法だったらしい。ゲインですら絶句していたほどだ。味も酷く、あまりの不味さにファルクが調理器具ごと吹き飛ばそうとして、慌ててティンリーがなだめに入っていた。
 コルセスは、ティンリーに食事を作らせることだけは、二度とさせないと心に誓った。