秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
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家出少年の進行 3
「ほらゲイン、起きなさい」
 早朝特有の清々しい朝日が差し込む部屋で、まどろんでいるゲインを起こす声が聞こえる。
 あまりに聞き慣れた、女性の声。
「う~ん……うるさいなぁ……もうちょっと寝かせてくれよー……」
 しかしゲインには動く気力など無く、まだまだ眠っていたい。
 そんな声を無視し、再び眠りの世界へと向かおうとしているゲインだったが、無理やりかけている布団を引きはがされて、起きる事を強要される。
「うわぁ! 何すんだよかーちゃん!」
「いいから起きなさい。父さんはもう、畑に出たんだよ。朝ごはんも用意してあるんだからね」
 その女性――ゲインの母親は、ゲインの布団を持ったまま、ゲインの部屋を出て行った。天気が良いようなので、そのまま干すのだろう。
「う~……」
 母親の後ろ姿を、恨みがましく睨みながら、しぶしぶ身体を起こす。
 寝巻を脱ぎ、普段着を取り出して着替える。寝起きも寝起きなので、身体が重い。
 部屋から出て、そのまま外へ向かう。溜めてある水で顔を洗い、さっぱりとした所で家の中へ戻った。
 家の中へ戻ると、いつもの簡単な朝食が用意されていた。
「いただきまーす」
 母親も父親も既に朝食を終えて、仕事をしているのだろう。周りには誰も居ない。ゲインには兄弟も居ないので、朝はいつもこんな感じだ。
「……」
 朝食を食べ終えると、食器を重ねて持ち上げる。再び外へ出ると、先ほどの溜めてある水で洗い流し、棚へ戻した。
「仕事か……」
 気だるげにそう言うと、家の横に立て掛けてある、長い木の棒の両端に繋がれている桶を持ち上げて、棒の部分を肩にかける。
 1日に使う水を、川から汲んでくるのが、ゲインが行う最初の仕事だ。村の中心に澄んだ大きな川があるので、井戸などは無いのである。
「はぁ……」
 水を汲みに行く川まではやや遠く、十回も往復すれば午前の半分は過ぎてしまう。とはいえ、大体いつも3~4往復程度だ。
 それでも十分重労働には分類されるだろう。それなりに慣れていないと、1往復でもばててしまう。ゲインにとって、この仕事は何年も続けている、日課の様な仕事であった。
「いつまで続くんだろうな……」
 退屈だった。毎日毎日、朝起きて食事を摂ったら、水を汲みに行く。それから父親の畑へ手伝いに行き、昼時に昼食を食べる。終えたらまた畑だ。
 変わらない毎日、変わらない生活。
 楽しみと言えば、時折訪れる行商人から、他の街などの話を聞くことであった。
「外の街かー……」
 大勢の人が住み、様々な物が集まり、毎日がお祭りの様に賑やかな街。そんな街へ行ってみたいと憧れる。
 そして、格好いい鎧を着て、堂々と街の中を歩く。
 想像すれば想像するほど、心が躍る。
 全く届かないと最初から分かっているなら、諦めも付いたのだろう。だが、簡単に諦められるほど、ゲインは聞きわけの良い利口な少年ではなかった。
「いつかオレだって……」
 最近考えるのは、村を飛び出す算段であった。
 実行はいつでも良い。きっかけさえあれば。
「おっと、こっちだった」
 あまりに考え込んでいた為、水汲み場を通り過ぎるところだった。
「まあ、なんとかなるよな」
 そう楽観視して、ゲインは川の水を桶に組み上げたのだった。


 目が覚める。身体を起こすと、窓から差し込んでいるのが分かった。その日差しを浴びて、既に日が昇っている事に気づく。
「やべぇ! 水!」
 普段なら水を汲みに行っている時間くらいなのを思い出し、跳ね起きた。どうして母親は起こしてくれなかったのか。などと悩みながら、着替えて外へ出ようとする。
「あれ?」
 そこでやっと気が付いた。今居るのが自分の部屋では無いことを。
「そっか、オレ軍に……」
 ゲインは軍に招かれたのだ。詳しい話は難しくて良く分からなかったが、簡単に言えばそうだと昨日ティンリーに教えて貰った。
「憧れの軍隊」
 そう思うと、嬉しさが込み上げてくる。家出した時にも感じたが、どうしようも無いほどの高揚感があった。
 その喜びをどこに向けて良いか分からないので、取り敢えず窓を開けて外を眺め、朝の陽ざしを浴びてみる。するとなんだか、無性に叫びたい気分になってきた。
「ヨッシャー! これで軍人になれるんだ!」
「良いから着替えろ、クソガキ」
 すると突然、背後から声がかけられた。
 驚いて振り向くと、そこには煙草を咥えたコルセスが、ドアを開けてこちらを眺めているのだった。
「起きるのが遅いんだよ。軍人になりたいなら、朝日が昇るくらいには起きやがれ」
「疲れてたんだよ! いつもはそのくらいに起きるっての」
 ゲインの日課は、早朝の水汲みだ。たまに起こされはするが、基本は朝日が昇って直ぐくらいに目が覚める。今日寝坊したのは、昨日は色々あって疲れたのが原因だ。
「あの程度で疲れたとか言ってんじゃねぇ。ほら、さっさと着替えろ。一応まだ客人扱いだから、無償で朝食が用意されてんだ、有り難く食いに行け。場所は一階まで降りたら大体分かる」
 それだけを言い残して、コルセスは部屋を出て行った。残ったのは、コルセスが吸っていた煙草の煙だけである。
「なんだよ……ったく。つーか煙いんだよアイツ、いつまであんな火が付いた棒咥えてんだっつうの」
 ゲインの育った街には、煙草という物が無いのであった。ゲインの村は都会から遠く、あまりこの様な嗜好品は入ってこない為、存在そのものを知らないのだ。入ってきたとしても、結構値が張る物なので手を出す人は少ない。
 昨日は嫌な臭いを発して虫避けか獣避けにでも使っているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「……まあいいや、それより腹減ったな」
 コルセスの文句を口にしていたら、何だかお腹が空いてきた。
 朝食が用意されている様だし、さっさと着替えて食べようと思い、来ている寝巻を脱ぎ、自分の服に袖を通す。
「一階って言ってたっけ。確か此処三階だったよな」
 部屋から出れば、直ぐに階段が見える筈だ。
「どんな朝食が出されるんだろう。かーちゃんの飯より、きっと美味いんだろうなー」
 期待に胸を膨らませながら、ゲインは部屋を後にした。


「食糧は1週間分、大体道のりは王都まで一月ってとこだが……まあ十分路銀も間に合うだけ貰ったから問題ないか」
 ゲインより食事を先に済ませていたコルセスは、支給された物を確認していた。
 元々は小隊で移動していた為、移動用の馬車や寝袋、その他備品の類は揃っている。ファルクの力に巻き込まれた物もいくつかあったが、それも補充してもらえた。
「ただ一番なのは、こいつだな」
 そう言いながら、コルセスは馬車に繋がれている一頭の馬に手を伸ばし、首を撫でた。
 単独で王都へ走らせた部下に、二頭の内一頭を預けた為に、今まで一頭の馬に引かせていたのだ。
「馬一頭支給してくれるとはな。どこまで気前が良いんだか」
 移動用の足というのは、大変貴重なものだ。部下を一人死なせてしまっていると言うのに、こうやって必要なものを揃えて貰えるのは大変有り難い。
「まあ、それだけ重く受け止めてくれてるのか、さっさと追いだしたいのか……」
 理由はどうあれ、馬が二頭になるのはこの上なく喜ばしいことだった。
 ファルクが居た村から此処まで、実に半月はかけている。確かに遠かったが、最後の数日は一頭になった為の遅延が理由だろう。おそらく二頭なら一週間で到着している。
「大体目算、王都まであとひと月って所か……」
 直線距離なら二週間という所だが、大きく山を迂回しなければならないので、まだまだ道のりは遠い。
「だから、コルっちが気張って行かないとね~。頼りにしてるからね」
 突然後ろから声が聞こえる。普段なら気配で気付くのだが、全く気が付かなかった。どうや少し気を抜き過ぎていたようだ。
「ティンリー、準備は良いのか?」
 気を引き締めつつ後ろを振り向くと、大きめな荷物を抱えたティンリーが、こちらを見ながら笑みを浮かべていた。
「うん、長旅になるだろうから、色々と持って行くものは多いしね。元々昨日乗る筈だった馬車に用意してあったから、殆ど入れ替えるだけだったけど、結構量多くてそれだけでもちょい大変だったな~。これでもなるべく削った積りだけど、やっぱり同じ服をずっと着てるのは嫌だからね~」
「まあ、女だしな。その辺りは仕方ないだろう」
 元々ファルクも含む7人で使用していた馬車だ。多少の荷物を乗せるくらいなら、十分余裕がある。
 ティンリーは手に持っていた荷物を、馬車の中へ積み込むと、こちらに寄ってきてコルセス同様に馬の首を撫で始めた。
「よしよし、可愛い子だね。名前はなんて言うの?」
「名前? んなの考えた事も無かったが」
 軍から支給された移動用の馬。という認識しか、今までしてこなかった。それなりに仲間意識はあったが、可愛がるという思考は無かったのだ。
「名前は有った方が良いっしょ? その方が愛着も湧くしね」
「名前か……」
 突然言われても、とっさには出てこないものである。
「分かり易く、それでいて可愛げのある名前が良いかな。あ、両方男の子だから格好良い名前でもOKだよ」
 そんなことを言われると、余計に思いつかなくなるものだ。
「……駄目だ。俺には浮かんでこねぇ。ティンリー、お前が言い出したんだ、お前が付けろ」
 結局は考えるのを放棄した。元々名前なんかを付ける気は無かったのだ、自分で付けることも無いだろう。
「そっか、分かった。でもそんなこと言ってると、自分の子供が出来た時に困るよ~」
「……うるせぇ。子供と馬を一緒にすんな」
 苦虫を噛み潰したような顔をするコルセスを一瞥した後、ティンリーは2頭の馬の顔をそれぞれ見比べる。
「うーん。そんじゃあ、こっちの凛々しい顔の子がグローリーで、こっちのあどけない顔の子がフランクでどうかな?」
 それぞれの顔を優しく撫でながら、コルセスに聞くティンリー。
「良いんじゃねーのか? にしても、馬の顔なんか一緒に見えるから、どっちがどっちか何か分からねーが」
「まあ、見慣れてないとそうなるだろうね。でも、その内分かる様になるよ」
「そんなもんか」
 嬉しそうに二頭の馬を撫でながら、楽しそうにするティンリーを暫し眺めた後、煙草を咥えながら出発準備にコルセスは戻ろうとした。
「咥えるのは良いけど、火は付けないでね~。荷物に臭い付くと嫌だし」
「……ちっ、仕方ねーな」
 咥えた煙草をケースに戻し、不服そうな顔をしながら作業を再開するのであった。


「それじゃ、張りきって出発進行―!」
「黙ってろ!」
 馬車の御者台に乗り、大声を出したゲインは、コルセスに後ろから蹴り飛ばされた。
「おわっ、わわっ」
 行き成りなので、そのまま御者台から放りだされる。受け身などが取れる訳が無いので、無様にも地面に転がってしまった。
「いてて……何すんだよ!」
「まだこっちの話が終わってねーんだ、おとなしくその辺に座ってろ」
 そう言ってコルセスは、ゲインから目を放し、馬車の下で待機している数人の軍人達の方へ降りて行く。
「蹴ることねーだろ」
 などと文句を言いながら、立ち上がって服に着いた砂を落とす。すると、後ろから服が引っ張られる。
「なん……って、うお!」
 誰が後ろから引いているのか確認しようとしたら、急に強く引っ張られる。いや、引っ張られるどこから、身体ごと持って行かれているような浮遊感がある。
 だが直ぐに背中から地面に叩きつけられ、鈍い痛みが走る。
「いってー……何なんだ?」
 痛みを何とか散らしながら、顔を上げると、そこにあったのは。
「……フンッ」
 大きな鼻先だった。
「わぁ! う、馬?」
 ゲインを後ろから引っ張ったのは、この鼻の持ち主である、2頭の馬車を引く馬の片方であった。
「ゲインちゃん、フランクに気に入られたみたいだねー」
 などと言いながら、馬車の中から顔を出したのはティンリーだ。ゲインが馬に引っ張られる姿の一部始終を見ていたらしく、顔が物凄く笑っている。
「フランク? この馬の名前か?」
「そうだよ。えーとね、ゲインちゃんから見て左側がグローリー、右側がフランク。これから王都まで運んでくれる仲間だから、仲良くしてねあげて~」
「あ、ああ!」
 ティンリーに釣られる形でゲインも笑顔を作ながら立ち上がり、右側の馬に手を伸ばす。
「よろしくなー、フランクー」
「……フンッ」
 するとフランクは、伸ばされたゲインの手を、躊躇うことなく齧り付いた。
「んな! 痛てぇ!」
 あまりの痛さに思わず腕を引くと、フランクはあっさりと噛んでいる手を放した。
「なんなんだよ一体……」
 涙目になりながら、もう一度手を伸ばすゲイン。だが、再び容赦なく齧り付かれた。
「痛てぇ! 放せー!」
 再び腕を引くと、またもやあっさり噛んでいる手を放すフランク。
「あははー。ゲインちゃん、思いっきりバカにされてるっぽいよね~」
 手を出せば必ず噛まれると理解したゲインは、背を向けて届かない所へ行こうとしたが、襟首を咥えられて引っ張られ、先ほどと同じように地面へ転がった。
「……ん」
 そんなゲインの姿を見て、恐らく馬車の中にでもいたのだろう、ファルクが近づいてきてフランクへ手を伸ばす。
「ブルルッ……」
 するとフランクは、咥えていたゲインの襟首を放し、気持ち良さそうに目を細めた。
「ファルちゃんは大丈夫みたいだね。それに力も出してないみたいだし、やっぱり動物は大丈夫ってことなのかな……それとも自分から行くのには抵抗が無いのかな」
 などと、軽い口調で言ってはいるものの、真剣にファルクの挙動を観察しているティンリー。
 何に対して力が発動するのかを見極めれば、グンと危険度が下がるし、扱いやすくなる。彼女は彼女なりに、自分の役割をこなしているのであった。
「イテテテ……」
 身体に付いた砂を落としながら立ち上がったゲインは、フランクがファルクに撫でられている姿を見ると、ファルクの所まで歩いて行く。
「ファルク、下手に触ると噛まれるんじゃないか?」
「分か、らない。でも、大人、しい」
「そうか?」
 ファルクの姿を見て、もう一度フランクに手を伸ばすゲインだったが。
「フン!」
 またもやガプっと噛みつかれるのであった。


 コルセスの話が終わると、ゲイン達は馬車へ乗りこむ。御者台にコルセスが座り、ファルクとティンリーは中へ入る。ゲインも中に入ろうとしたが、コルセスに捕まり、一部の荷物と一緒に馬車から降ろされた。
「何でオレだけ馬車から降りるんだよ!」
 当然ながらゲインは、コルセスに対して文句を言うのだが。
「お前、軍人になりたいんだったな?」
 コルセスの落ち着いた一言に、ゲインは口をつぐんで頷いた。
「なら、王都に着くまで俺が鍛えてやる。俺相手なら文句言うくらいは許してやる。だが、妥協は一切しねぇ。分かったらそれ背負って歩け、これも訓練だ」
 そう言うと、コルセスは馬車を発進させた。
 行進ともなれば、下っ端は重装備で長距離を歩く事もある。これも重要な歩行訓練だ。
「は?! 何だよそれ! ちょ、待てって!」
 一緒に降ろされた荷物を背負いながら、慌てて馬車を追うゲイン。しかしコルセスは、ゲインに追いつかれない様に馬を操り、速度を上げる。
 馬車を引いているとは言え、馬の足と人の足では歩行速度が違う。どう足掻いても、ゲインに追いつける訳が無かった。
 当然暫くするとゲインの速度が落ちるのだが、それに合わせるようにコルセスも馬の速度を落とす。だが、完全にゲインが止まった時のみ、無視してそのまま馬を進ませる。ゲインも置いていかれるのは嫌なので、必死に後を追う形になるのだった。
 訓練とはいえ、旅をしている最中なので置いていく訳にも行かない。しかし、さぼらせては訓練に成らない為、止まるのは許さない。
コルセスはエリートなどでは無く、地道に功績を上げて大佐に任命された人物だ。新兵訓練の教官として、指導を行っていた事もある。十分すぎるほどの経験を持っているコルセスは、動きを見ればゲインが限界かどうかの見極めが出来るのであった。
「なんでオレだけ歩かなきゃならねーんだよ……」
 とはいえ、訓練する理由を理解していないゲインは、ひたすらに文句を垂れ流しながら歩いて行く。
「ゲインちゃん、どんな感じかな?」
 ゲインから離れないような速度を維持しながら、馬車を走らせているコルセスに向かって、馬車の中で寛いでいたティンリーが話しかけた。
「……まあ、田舎のガキって感じだな。農作業で身体動かしてる分、体力はある見てぇだな。荷物を持ち運ぶのにも、慣れてるらしく動きが安定してる」
 動きが安定していると言う事は、それだけ体力が温存出来て疲れにくいという事だ。
「磨けばそれなりに光りそう?」
 しかし体力があるからと言って、優秀な軍人に慣れるとも限らない。
「どうだかな、まだ判断は出来ねぇ。瞬発力より持久力型だろうから、軍人向きって言えば軍人向きだが、あいつの場合は……」
「農作業の方が似合う?」
「……その通りだ」
 一つため息を吐きながら、ゲインの様子を眺めるコルセス。それに釣られて、ティンリーもゲインの方を見た。
「後はあいつ次第だな」
「頑張って欲しいけどね~」
 まだ文句を言いながら、馬車を追いかけてくるゲインは、まだまだ若いのだ。自分で軍人に成りたいと言った以上、素質より本人の気持ちが問題だ。光るかどうかは、全てがゲイン次第である。
「いつまで歩けばいいんだよー!」
 今はまだ、道は遠そうではあるのだが。


 馬車から降ろされ、一人だけ徒歩での移動を強制されたゲイン。
 そもそも体力には自信がある方なのだ。ただ黙々と歩くだけの訓練など、くだらないとしか言いようが無い。
 家出をしてから街に着くまで、ずっと歩きだったのだ。それに最初は食糧も持っていた上に、なるべく早く家から遠ざかろうとして休むことなく歩き続けたりもしたほど。毎日の水汲みが、良い訓練になっていたのだろう。
 確かに疲れはするが、数時間休まず歩くだけなど、ゲインにとってはそれほど苦では無かった。
 昼食の休憩以外は、一日歩きっぱなしだったのにも関わらず、ゲインはへばること無く馬車に付いてきた。
「意外に体力はあるんだな」
 と、火を点けた煙草を咥えたコルセスが、ゲインを評価した。
「当り前だ。あんな歩くだけの訓練、何の役に立つんだよ」
 ぶつくさと文句を言いながら、簡易式のテントを張る。もう直ぐ日が落ちるので、今日の移動は終了し、野営の準備をしているのだ。
「大荷物を背負ったまま、行進に合わせて歩くってのは、下っ端の役割だ。やっていて損は無ぇ」
「オレはずっと下っ端なんかやらない。直ぐに出世してやるんだ。出世して、一番前で戦うんだからよ」
 その言葉に、コルセスは首を捻った。
「なんだそりゃ?」
「なんだそりゃって、だから、オレは直ぐに出世するって言ってんだよ」
 軍というのは、国を守るために戦う人達の事を言うとゲインは聞かされていた。剣や槍を振りかざし、雄々しく敵に向かって行くその姿は、想像だけであったがゲインの憧れなのだ。いつかは自分も、そうなってやると心に誓って家を出た。
 なのではあるのだが。
「お前馬鹿だろう」
 そのことを熱く語った瞬間、コルセスに一蹴された。
「なんでだよ!」
 自分が思い描いていた姿を、即否定されれば頭にも来る。
「そう簡単に出世できたら誰も困らねーよ。ほれ、さっさとテント貼っちまえ。そのペグ打てば終わりだろう」
 色々と釈然としないゲインだったが、その腹立たしさを手に持つ木槌に込めて、テントを固定するペグに向け、力強く何度も打ちつけた。
「あ、やべ……打ち過ぎて埋まっちまった……」
 むきになってやり過ぎてしまい、気付いた時にはペグは完全に埋没してしまう。
「何馬鹿やってんだよお前は……あー、こりゃ簡単には抜けねーな。仕方ねぇ、明日の朝にスコップで掘り起こすか。それじゃ、テントの設置はこれで終わりだな」
 今掘り出すとまた打ち直しになるだけなので、明日の朝に出発する時に掘れば良いと判断したのだろう。
「さてゲイン。訓練始めるぞ」
「えー、また何かやるのかよ。また歩くだけとか飽きたんだけどよー」
「うるせぇ、今度は剣の訓練だよ。しゃきっとしやがれ」
 剣の訓練と聞き、ゲインは勢いよく立ちあがった。歩くだけは飽きるが、剣と聞けば話は別だ。それでこそ、軍に入るという気がしてくる。
「おし、そんじゃ行こうぜ!」
「ホント、お前クソガキだな……まあ良い。ちっとこっち来い」
 水を得た魚のようにはしゃぎ出したゲインを、呆れたようにコルセスは眺めながら、吸っていた煙草を地面に落として踏み消す。
 テント場から離れ、それなりに動きが取れる場所へ移動する。広大とは行かないが、剣を振り回しても問題無いくらいには広い場所が、テント場から少し離れた場所にあるのだった。
「あ、そーだ。剣を持ってこなきゃな!」
 剣の訓練なのだ、当然剣が欲しい。家出をした時に道中で拾った剣は、布に包んで馬車の中へしまってある。さっそくそれを取りに行こうとして、コルセスに止められた。
「なんだよ」
「刃が付いてる剣なんか使わねーよ。ほら、コレ持て」
 そうして手渡されたのは、120センチほどの木剣だった。刃にあたる部分がひし形に削られているだけで、柄は付いていない完全に練習用の木剣だ。それでも柄になる部分には布が巻かれてあるので、掴んでみた感覚は悪くない。
「なん……」
「先に言っておくが、お前が持ってたあの剣は使うな。元々かなりの粗悪品だったみてーだし、研がれた分鋭いが脆すぎる。俺の見立てでは、あと1~2回、上手く流したとしても10回も受けたら確実に折れる」
 文句を言おうとした所でそう言われてしまえば、流石に反論出来ない。
「んじゃ、本物の剣はいつ使うんだよ」
「正式な軍人になりゃ、最低限の武器くらい支給されたりする。剣だけじゃなく、槍や斧って選択肢もあるが……まあ、基本は剣だな。お前の場合、一先ず片手半剣(ハンドアンドアハーフソード)って所だな。剣としては中途半端って言えばそうだが、その分汎用性がある」
 片手半剣(ハンドアンドアハーフソード)。俗に言う、バスタードソードという剣だ。柄の部分が一握り半の剣であり、片手でも両手でも使えるように作られている。ただし汎用性がある分バランスが悪く、まともに扱うのには慣れが必要であり、扱い方を知らない初心者などでは、剣に振り回されることも多い剣である。
 しかし剣は剣としか知らないゲインにとって、いきなりそんな名前を言われてもぱっとしないのであった。
「ハン……なんだ?」
「……ああ、気にすんな。取り敢えず構えて振ってみろ」
 ゲインに詳しく説明するのが面倒らしく、適当に話を切って訓練を始めるコルセス。
 ゲインが持たされている木剣は、片手半剣(ハンドアンドアハーフソード)とほぼ同じ長さだ。良くも悪くも中間的な剣なので、慣らすのには調度良いのだろう。
「よっしゃ、んじゃ行くぜ!」
 意気揚々と声を上げながら、柄の部分を両手で強く握り、思い切り振りかぶり、そして渾身の力を持って振り下ろした。
 ブオォン、と強く風を切る音が聞こえる。ゲイン自身も、中々良く振れたと思うほど大きな風切り音だ。これならコルセスも文句は言うまい。
「どうだ!」
 自身に満ち溢れた笑顔を浮かべながら、コルセスの方を向く。これで少しは見直して貰えただろう。
「……はぁ」
 コルセスは頭に手を当てながら、盛大に大きなため息を吐き出していた。そんなに見事だったのだろうかと、ますます有頂天になるゲイン。
「なかなかのもんだろう!」
「10点って所だな」
「へぇ?」
 ぼそっとコルセスが発した言葉に、素っ頓狂な声を出してしまうゲイン。言われた意味が全然分からないのだ。
「技術が0点。筋力だけは平均点だからオマケで10点だ。分かってねーようだから言っておくが、最高にヘタクソって言ってんだ」
 頭を押さえた時にずれたのか、サングラスの位置を直しながらゲインの動きの評価を下すコルセス。その様子は、物凄く面倒臭そうである。
「なんでだよ、中々良い音したじゃねぇか!」
「あんな鈍い音立てて、どこが良い音だ」
 そう言うと、コルセスは指導用に持っていたのだろう、同じ長さの木剣を両手で構え、一歩踏み出しつつ勢いよく振り下ろした。
 その動きは力強く、それでいて非常に安定している。そしてゲインと異なり、フォン、と濁りのない綺麗な風切り音が響く。
「良いか? 音が鈍いってことは、それだけ余分な力が入って、余計な空気を巻き込んでる証拠だ。遅い上に消費も大きいし、何より刃がぶれて上手く斬れない」
 確かに元々、力で叩き斬る使い方をする剣だが、だからと言って振り回せば良いと言う物でもない。
「……じゃあ、どうすりゃ良いんだよ」
 寝ていて姿は見ていないものの、コルセスが自分より強いのは明らかなのだ。逆らっても無意味だと判断したゲインは、剣をおろしながら渋々理由を聞いてみる。
「まず足だ」
「はぁ? 何で足なんだよ。剣振るのは腕だろ? 足で敵の所に向かって行って、腕を振り下ろして剣を使うだけじゃないのかよ?」
 今まで独自に練習してきて、足の動きを意識したことなど無い。それでも振り下ろす力が増している自覚があったので、必要などと思えないのだ。
「……最悪だな。その状態で癖がついてんのかよ……マジ面倒くせぇ……」
 そんな事を言われても、ゲインにはさっぱり分からない。ふてくされた様な顔をし、もう一度木剣を構えて、振り降ろす。
 と、そこでコルセスが近づいてきて、軽く横から押した。
「うわ、ととっ!」
 押された事でバランスを崩し、盛大に転倒する。
「何すんだよ!」
 立ち上がりつつ、コルセスに向かって文句を言う。
「まあ、当然か……」
 しかし行き成り転ばされた事に文句を言うゲインの声など、コルセスは全く聞いていないようだ。
「横から軽く押されただけで転ぶって事は、それだけ軸がブレてる証拠だ。そんなにコケやすいんじゃ話にならねぇ」
 コルセスは深くため息を吐き出し、向かい合う形では無く、ゲインの横に並んで剣を構える。
「基本中の基本だが、剣は腕だけで振るうもんじゃねぇ。身体全体を使って振るうもんだ。足、膝、腰、脇、腕と、なるべく下から動かした方がバランスは崩れにくい。特に膝と腰の動きは重要だ。後、背筋は伸ばして、余計に身体は傾けるな」
「あー、あ? んーと……」
 などと言われて、分かる訳が無かった。疑問符を頭の上に次々と浮かべながら、ただ首を捻るゲイン。
「……分かった、もっと噛み砕いて教えてやる。まず構えてみろ、剣は振らなくて良い」
「あ、ああ」
 言われた通り、いつものように構えて見せる。
「重心が高い。もう少し低く」
 足の位置を、少しずつ蹴られながら、体勢を低くされる。思わず蹴られていない方の足を動かしてバランスを取ろうとしたが、止められて更に上から押さえつけられ、重心を下げられた。へっぴり腰に成った腰を叩いて引かせ、無理やり背筋も伸ばさせる。
「これが基本の構えだ。よく覚えておけ」
「……逆に辛くねーか?」
「少しやりゃ慣れてくる」
 そこからゲインは、剣を握る手や、剣の持ち方も細かく指導された。
「よし、構えはこんなもんだ。次に剣を振りかぶれ。振らなくて良い、その場で止めろ」
 指導された構えのまま、真っ直ぐ腕を振り上げる。
「右足を一歩前に出せ、そうしたら剣を振れ」
 言われたように、右足を出した後に剣を振るう。それと同時に、再びコルセスに横から軽く押された。
 だが、今回は倒れる事が無かった。足でしっかり踏み止まれたのだ。
「あれ?」
「これがまず基本だ。腕より足を先に出すだけで、安定感がまるで違うだろう。まあ、本来剣を持たせる前に教える事も端折ってるが、今はあんまり時間が無い。だから今日はこれから基本的な動きを徹底的に身体へ叩きこむ。覚悟しろよ、クソガキ」
 そしてコルセスによる本格的な指導が始まった。
 今まで何の知識も無く、我流の素振りを行ってきたゲインにとって、コルセスの教えは的確ながらも、拷問に近いほど過酷なのであった。



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