秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
家出少年の進行 2
 ティンリーや状況説明を求めている者達に、今までの経緯を話すため、コルセスはゲインとファルクを連れて応接間まで通された。
 それなりの人数が入れるやや広めの部屋の真ん中には、長いテーブルが設置されており、そのテーブルを挟むように向かい合って長いソファーが設置されている。
 来客ではあるが、あまり歓迎されているような状況でも無いので、どこに座れば良いか悩んだものの……途中で面倒になり、適当に入口のから遠い方のソファーへ周り、入口から最も遠い場所へファルクを座らせた。その横にコルセスが座り、更に隣にゲインを座らせる。ゲインはファルクの隣が良いと文句を言ったが、多少威圧しながら「黙って座ってろ」と言い放ち、おとなしくさせた。
 それから特に待つことも無くティンリーが部屋に入り、ゲインの隣に座ると、何やら大量の書類を広げ始めた。それを眺めていると、更に続々と人が訪れてくる。
 少将の階級を付けた初老の男性が先頭に立ち、部屋の中へ入る。おそらく、ここの支部を統率する人物だろう。国からの重要機密としての任務という名目の為、敢えて自ら出向いてきたと見える。
 その後には、書記係りなどの事務系な人物と、恐らく護衛役の人物が数人ほど付いてくる。
 少将はファルクと対面する場所へ腰をかけ、書記係りがその隣に座る。護衛役は少将の後ろと、ファルクの後ろに1人ずつ移動し、立ったままだ。入口や窓周辺にも居る。
 状況が状況なので仕方ないとは言え、落ち着かない気分になるコルセスであった。
「さて、それでは……コルセス君だったね。前置きはいらないだろう、私も報告は受けている。詳しい事を説明してくれないだろうか」
 全員が椅子に腰かけ、引き連れてきた書記係りの書類準備が整ったのを確認すると、少将はコルセスに説明をするよう促した。
「……分かりました」
 コルセスは一度良気を吐き、気を落ち着かせてから少将の目を見る。
「自分の任務は、『第一級危険分子』と目される人物と接触し、可能な限り説得し王都まで連れ帰る事。もし対象が受け入れない場合、ないし敵対する態度を取った場合、対象を殺害し遺体を持ち帰る事です」
 ここで一旦言葉を切った。何か反応があるかと待ったが、少将はコルセスの顔を真剣な顔で見ているだけで特に反応は無く、書記係りは黙々と書類にペンを走らせている。
「なあ、何か怖い事言ってないか? 殺害とか聞こえたんだけど……それに第一級ナントカって何だ? つーか、コルセスの喋り方が変なんだけど」
「ゲインちゃん、ちょっと静かにしていてもらえないかな。後でちゃんと解る様に説明してあげるからね」
 そんなコルセスの横で、空気を読んでないゲインがどうでも良い質問をしていたが、ティンリーに窘められている。ティンリーは口元さえ笑っているが、目は真剣だ。
 ファルクは、自分の話をされているというのに、無言でただ座っている。聞いているのかいないのかすら分からないほど、ぼーっと腰かけたまま動かない。
「その人物に接触する為、自分たちは国の境目にある小さな村を訪れました。そして、『第一級危険分子』と目される人物とされるが、この『ファルク・ウィックレー』という少女です。
 この少女は、魔法としか言い様のない不可思議な力を扱う事が出来、非常に危険な人物である事には間違いありません」
「魔法か……まるで陳腐な小説を読んでいる気分だ。だが、実際に私の部下が1人信じられないような死に方をしている。それは事実だと言うしか無いのだろうな」
 ここで少将が口を挟んできた。呆れているような、しかし諦めも入っているかのような、何とも形容し難い表情だ。ファルクを眺めながら鼻で大きく息を吐くと、背もたれに寄り掛かる。それでもファルクは、少将を一瞥しただけで、言葉を発する様子が無い。
「それで現在の状況は? 確か金銭難の為に、ここの支部へ立ち寄ったのだと聞いたが、第一級などと称されている以上、かなりの金額が支給されていると思うのだが。それに君は大佐の筈だ。本来なら何らかの部隊を指揮する立場だろうし、とても単独には見えん。目立つのを嫌って少数精鋭での行動だと思うが、時に部下はどこに居るのだね?」
 これは尤もだ。本来大佐クラスの人物となると、一定の大部隊を率いての活動が基本であり、部下の数は数百人単位の筈である。僻地へ派遣されるのならば、普通は大佐などではなく、もっと下位の人物が行う。
「はい、その通り、極秘行動のため少数精鋭での任務でした。メンバーは、自分を含み6人。いずれも自分が選んだ精鋭です。
 しかし……人に触れるのが嫌なのか、少しでもファルクに触れた者は、その場で謎の力によって死亡してしまいました。最終的には自分と1人の部下だけとなってしまい、その部下には報告の為先に王都へ向かわせております。そして支給された旅費の殆どは……被害に遭った部下の一人が身に付けており、一緒に……」
「つまり、不慮の事故だったという訳か。金については分かった、それは仕方ないと言えよう。それにしても、君はたった一人で彼女を連れて行くと言うのかね。随分と危険な判断と言えるな。いつ自分が死ぬかも分からん状況で、ほぼ単独の行動を選択とは」
 もしここでコルセスが死んでしまえば、ファルクを連れていく者が居なくなると言う事だ。確かに部下の命は確実に助かるだろうが、あまりにリスクは大きい。
「危険なのは承知しております。しかし、これ以上いたずらに部下を死なせる訳にもいきませんでしたし、自分は一度ファルクの力から回避することに成功しました。気を抜かなければ、むしろファルクと2人だけで行動した方が、死人は出ないと判断したためです」
 コルセスは一度、不慮の事故でファルクに触れてしまった事が、実はあるのだった。
その時は文字通り死ぬ覚悟で、大きく後ろへ跳んだ。その瞬間、今まで自分が居た空間が揺らいだのを、今でもはっきりと覚えている。だがファルクが追撃を放ってくる様子は見られなかった。
 どうやらファルクの能力は瞬間的な様で、力を一度出すと連続では出せないらしいのだ。
「だが、今回は気を抜いてしまったと。そうだね?」
「……はい。自分の落ち度でした」
「何故、その少女を閉じ込めておくという選択肢は取らなかったのだね」
「無意味だからです。今まで、何度かその様な手段でファルクの動きを封じようとしましたが、我慢が出来なくなると、たとえ牢屋であっても謎の力で破壊して外へ逃げ出してしまいます」
「ふむ……」
 ここまでの話を聞いて、少将は大きく息を吐いた。背もたれに寄りかかっていた身体を起こし、今度はテーブルに両肘を付き、両手を組む。その上に顎を乗せ、ファルクをしばし眺めた後、再びコルセスの目を見る。
「何故、殺さなかったのかね」
「……」
 そう言われるのは覚悟していた。そこまで危険なのなら、何故殺さなかったのか。『対象を殺害し、遺体を持ち帰る』という選択肢は既に与えられているのである。任務として優先するなら、先にファルクを殺してしまえば良いだけの話だ。
 その方が、余計な人命も金も失う事は無い。
「……生きたまま連れ帰る方が、国には有益になると判断した為です」
 目をそらすことなく、コルセスは少将の目を合わせ続けた。少将は無言でコルセスの視線を受けていたが……鼻息を漏らすとともに、目を瞑った。
「本音か、建前か。それは問わないでおこう。確かにこんな特殊な力を持った人物、出来る事なら生きて連れ帰った方が喜ばれる。そうだろう、アンス博士」
「そうですね。遺体を調べるより、生きたサンプルの方が望ましいのは確かです」
 唐突に話を振られたティンリーだったが、真剣な表情で答えを返す。普段の砕けた言動とは裏腹に、今のティンリーは『博士』という肩書に似あうほど、ふざけた様子が一切ない。そのギャップに、話の内容が理解できずにティンリーがペンを走らせている書類を眺めていたゲインは(とはいえ何が書いてあるか全く分からなかったのだが)、ポカーンと口を開けながら唖然としている。
「分かった。国には有益と言われたのならば、援助してやる他ないだろうな。それに君自身が依頼を受けた分の報酬もあるし、君をファルクから離す原因を作ったのは、依頼を押しつけたこちら側にもあるのだしな。君だけに責任を背負わせる訳にもいくまい。極秘任務を簡単に話すような人物になど、任務は任せられん。
……先ほど被害に遭った者の遺族へ書く手紙は、私の方で書いておこう。君は、知らずに逝ってしまった彼に、祈りでも捧げてやってくれ」
「……お気遣い、非常に痛み入ります。ですが……手紙は自分に書かせて下さい」
「自責の念に囚われるのは分かるが、君には無理だろう? 死んでしまった彼の事はよく知らないだろうし、少しばかり書いてもらう書類もある。君は直ぐに準備でもして、明日の早朝にでもアンス博士たちと出発したまえ」
「はい……はい?」
 一度返事してから、言われた意味に疑問を持ち、聞き返す。
「アンス博士から聞いていないのかね。これから君達は、そちら側に座っている4人で行動すると彼女は言っていたが」
 まったくもって聞いていない話だった。そんな話を聞いていない、と言おうとしたと所で。
「はい。私が王都より召集された主な理由は、このファルク・ウィックレーの持つ特殊な能力についての分析だと思われます。コルセス大佐が受けた任務を考えると、恐らく間違いはありません。
 それを踏まえて考えますと、私がコルセス大佐に同行し、ファルクを調査しながら移動をする事でより重要なデータが採れるかと。
 尚且つ、先ほどの事例により私とこのゲイン少年には、ファルクの能力が発動しませんでした。その理由を調べるのも非常に重要な事項ですが、何より能力の適用外として判断すれば、コルセス大佐が与えられた任務の安全性も確保されます」
 ここまでスラスラと、至極真面目な口調で答えるティンリー。最初合った時の砕けた口調はどこへやら。今のティンリーだけを見ると、全く別人だった。
「という事だそうだ。コルセス君」
「し、しかし……危険な事には変わり無いのですし、女性と子供を同行させるのは……」
「研究者が同行するのは、ファルク君の能力を良く知るためにも必要なのだろう。それに、君はファルクの能力を避けたと言っていたね? しかしアンス博士とゲイン少年は発動しなかったと聞いている。むしろこの2人預けた方が安全とは言えないだろうか。だが女性と少年には変わりない、王都までとは言え旅には危険が付きまとうだろう。その為に君が護衛として同行する。何も不満は無い筈だと思うがね」
「確かに……そうです……」
 完全に不利だった。コルセスも半ば意地で否定したい気分だが、何も難点は無いのだ。コルセスの気分的に嫌なだけなのである。
「貴重なデータを採りながら、より安全にファルクを王都まで送る。これこそ、『国には有益』なのではないのかね?」
「はい……分かりました」
コルセスには、受け入れるしか出来ないのであった。



「『邪剣のコルセス』などと呼ばれているので、どんな者かと思っていたが……存外、甘さの抜けん普通な男だったな」
 コルセスからの報告を聞き終え、応接室から出た少将は、そんな言葉を漏らした。
「あの大佐を、御存じなのですか?」
 飽く迄独り言程度の大きさだったが、横を歩く部下はそれを聞いてしまい、なんとなく質問をした。少将は、別段気分を害することも無く、部下の疑問に答え始めた。
「7年前の戦争の話だ。君も知っているだろう」
「7年前というと、南の隣国との戦争でしたね。はい、前線には出ませんでしたが、私も戦地へ送られました」
 部下は遠くを見つめ、昔を思い出す。まだ新米兵士であった彼は、戦地で出撃を待っていた。出撃命令が出る前に、休戦に入ってしまったため、戦場に出た事はないのであった。
「その時の話だ。劣勢な状態から持ち直し、多大な戦果を挙げていた部隊があった。全体で見れば微々たるものであっただろうが、その部隊のお陰で気力を持ち直した者がどれだけあった事か」
 戦争という極限状態で、味方の勝利を告げられることほど、気力を奮い立たせられる報告は無い。そんな部隊が居るだけで、心の支えになるのは間違いないだろう。
「その戦果を挙げた部隊で活躍したのが、彼という訳ですか?」
「その通りだ。当時の彼は尉官だった筈だが、まだ戦場に出ていた筈だ。7年でよくも出世したものだと思うがね、彼の活躍を見れば、それも頷けるだろう。君も聞いたことくらいは無いかね? 奇抜な姿をした剣をかざし、立ちはだかる敵を一撃で切り刻む男の話を」
 そう言われて、当時の事を思い出す。だが、7年前は他の事など考えている余裕などなかった頃だった筈だ。残念ながら、彼の記憶から掘り出すことは出来なかった。
「覚えていないか、それも仕方ないだろう。飽く迄戦果を挙げていた部隊の1つだった程度だ。指揮官クラスには話も良く通るが、大まかな戦況くらいしか知らされていないのも分かる」
「……申し訳ありません」
「気にするな。まあ、今の彼は……もしかしたら、あまりに人を殺し過ぎた事に、嫌気がさしたのかもしれないな。よくある話だ」
 そう言いながら感慨深く頷く少将。彼もまた、人を殺すのに嫌気がさした人物なのであろうか。その顔は何を考えているか計り知れない。
「ファルクか……可哀想な娘だ。きっとこれから、腐りきった人間に利用されるだろうな。何にしても、幸福な未来は無いだろう。残念だよ。恨むなら、神を恨むしかないのだから」
 少将はそれ以上口を開くことなく、廊下を進んでいった。横を歩いていた部下は、なんとなく今自分たちが出てきた応接室がある方を振り向いたのであった。


 今までの経緯を少将達に話し終えたコルセスは、未だ応接間に残っていた。
 事務処理に必要だからと、幾つかの書類を作成しなければならないからである。さほど多い量ではなく一部の報告書以外は、殆どが記名だけだ。
 現時点では軍人ではなく客人であるファルクとゲインは、空いている宿舎で、今頃寝ているだろう。大分日も暮れてきたので、今日は軍で泊めて貰えることになったのだ。
 コルセスの横には、同じように書類作成を行っているティンリーの姿もある。とはいえ、その表情はいかにも“面倒くさい”と書いてあるのだった。
「ねぇコルっち」
 コルセスが最後の書類に名前を書き終えたのを察したティンリーは、待ってましたとばかりに声をかけた。コルセスの書類は少ないが、ティンリーの書類はかなり多い様だ。許可は既に出ているとはいえ、処理を行うためには申請書が必要なのだろう。
「……何だ?」
 手に持っていたペンを置き、書類をまとめながらティンリーの方を向く。こちら側を見ているのかと思ったが、彼女は作成している書類からは目を話さずに、作業を続けている。一度に複数の事が出来る、女性ならではの器用な芸当だ。
「あたしとゲインちゃんを連れていくの、そんなに嫌?」
 その姿は、面倒くさそうに仕事を片付けている様にしか見えないが、声色だけは妙に真剣だった。その差に驚きながら、コルセスは思ったことを言う事にした。
「ああ。ただでさえファルクに手を焼いてんだ。お前らの面倒なんて、見てられねーよ」
「それだけかな?」
 間違いなく本音だった筈だが、ティンリーは「もっとあるよね」などと言う。
「なんて言うかね。コルっち、なるべく表には出さないようにしてるみたいだけど、ゲインちゃんの事凄く嫌ってるでしょ。多分、そこが一番引っかかってる問題なんじゃないかと思うんだけどね~」
「……どういう事だ?」
 ティンリーこうして言われて、コルセスは妙に苛々してきた。気にしていたことをハッキリと指摘されたような、そんな不快感が訪れる。
「ほら、やっぱり」
 そんなコルセスの雰囲気を感じ取り、更に指摘するティンリー。
コルセスは思わず殺気を出しそうになって、慌てて押さえた。相手はどう見ても素人なのだ、殺気を当てて良い相手ではない。
「……悪りぃ」
「大丈夫、気にしてないから。それより、こっちもごめんね。でも、これから一緒に旅するんだし、コルっちの心境ってのは大事だよ。なんて言ったって、ゲインちゃんのお守をしなっきゃならないんだから」
 これからは嫌でもゲインの顔を見続けることになるのだ。少なくとも、王都に着くまでは。意味も無く嫌っていては、無駄に疲れてしまうだけである。
「だからさ。何で嫌なのか少しくらい教えて貰えると、あたしの方でもフォロー出来るでしょ」
 そう言うと、ティンリーは作業の手を止め、コルセスの方を向きながら笑顔を作って見せた。
 色々と適当な振る舞いを見せるティンリーだったが、よく人を見ており、気遣いも出来る人物なのだと、コルセスは感心した。同時に、何だか気が楽になった。
「そうだな……何かよ、あいつ見てると、似てる奴を思い出すんだよ。軍に入るんだって息巻いてた……馬鹿な奴が」
 コルセスは、昔を思い出しながら遠くを見た。あれはもう何年前だったか……
「へぇ~、なるほど。もしかして、それってコルっち自身の事?」
「さあな。それより、手が止まってるぞ。明日の出発に間に合わなくても、俺は待たねーからな」
「それもそーだね」
 ティンリーが作業を再開するのを横目で見てから、コルセスはまとめた書類を持ち上げ、部屋を後にした。
「……でもね、コルっち。多分だけどさ、コルっちはいつか、もっとゲインちゃんを嫌いになる日が来ると思うよ」
 コルセスが居なくなった部屋で、ティンリーはぽつりと独り言を漏らしたのであった。


次へ