秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
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仮面の少女 2
「……暇」
 絶対に部屋の外へは出るな。と、少女は言われていた。間違っても騒動を起こしてはならないと、コルセスは何度も何度も繰り返して言っていた。
「……暇」
 しかし、ただ部屋の中でじっとしているにも限度があった。なにせ手持無沙汰で、やることが無いのだ。
 少女の名前はファルク・ウィックレー。コルセスが護送中の少女である。
 癖のない長い髪を持ち、色は青色。背は150センチ前後で歳は16。体格は華奢だ。
 それだけなら単に普通の少女であるが、何より目を引くのが頭に張り付いている奇怪というに他ないほど異様な仮面と、氷付いて固まってしまったかのように、半眼で一切の表情を作らない顔だ。
 顔立ちを見れば間違いなく可憐な少女なのだが、その仮面と表情のお陰でどこか異質な雰囲気を醸し出している。
「……暇」
 表情が変わらないので、何を考えているかを見るのは不可能だが、言葉として発する事はできる。だからこうして不満を垂れ流しているのだ。どうやら余程退屈しているのだろう。
「……暇」
 もう何度「……暇」と口にしたか、分からないほど繰り返している。それ以外に何も言わないが、視線の先は外へ出る為のドアへ向いている。
「……」
 ついには何も口にしなくなった。
 そしてそのまま数十秒、ドアを無言で眺めると。
「……行こ」
 ゆっくりとした動作で立ち上がり、ファルクは言いつけを破って、ドアを開け外に出るのだった。
 ドアを越えた先は、特にこれと言う飾りのない簡素な廊下。なにせ此処は軍の客室だ。ドアの先は廊下に決まっている。
 ファルクはそのまま後ろ手でドアを閉め、外に向かって廊下を歩く。
「どうしたんだいファルクちゃん」
 そんなファルクを見つけた軍人が声をかける物の、ファルクは無反応でそのまま進む。
「おーい、どこに行くんだー?」
 軍人はさらに声をかける物の、当人は気にも留めない。
「……まいったな。ベリンペル大佐には、『何があっても絶対に触れるな』って命令受けてるし……って、待ちなさい!」
 彼の階級は上等兵なので、まだまだ下っ端だ。コルセスから受けた命令を無視して行動するほど、彼は命知らずな人間ではなかった。
 このまま放っておくのは気が引けるが、触るなという命令がある以上は下手に扱えない。それに今の彼は、訓練場へ移動中の身だ。
「このまま放っておくしかないか。流石に此処から出る事も無いだろう」
 そう結論すると、向こうの曲がり角を曲がって行ったファルクを、好きにさせる事にした。
「……面白く、ない」
 そういう訳で、コルセスが戻ってくるまでではあるが、自由を得たファルクは、取り敢えず何も考えないまま廊下を歩いて行く。しかし残念ながら、これと言って興味を引く物が無かった。
 ファルクの好きなものと言うと、その無表情からは分かりにくいが、ファルクと同年齢の少女たちが着るような服飾関係なのであった。実際にファルクの服装を見てみると、それが良く分かる。
 上半身は黒いノースリーブの上に丈の短い薄茶色の半袖シャツを纏い、二の腕を少し露出させながらも、肘から手の甲まで覆う黄色のアームカバーを付けている。下半身は丈の短いねずみ色のプリーツスカートで、脚には黒と灰で縞模様になったサイハイソックスを履いている。全体的に見てやや暗めだが落ち着いた配色だ。
 ファルクを含めた年頃の少女たちは、こういった服を好んでいているらしい。
 そのため頭の仮面と無表情さえ気にしなければ、ファルクは容姿に合うような可愛らしい格好なのである。
 そんな少女が歩くには、軍の支部とはあまりに簡素で無骨な場所だった。
 折角部屋から出たというのに、この状況では面白くないのも当然。だからと言って、引き返すという選択肢は、彼女の中に存在しない。
 当ても無いまま、適当に道を曲がり、やがて外へ繋がるドアを見つける。
 表情こそ変わらないが、ようやく自分の好みに合いそうな場所に出るのか期待でもしているのだろう。彼女の足取りは、ほんの少しだが軽い。
 ドア開け、外に出る。しかし、そこに存在したのはあまりに無味乾燥な風景だった。質実剛健と言って良いほど、簡素で丈夫そうな建物が並び、少し先の広場の様な場所では、何人もの男たちが汗だくで走り回っている。
 所詮は軍なのだ。敷地から出ない限りは、見える風景なぞあまり変わらない。
「……何、此処……」
 それを理解しているのかいないのか、不服そうな声を漏らすファルク。頭を左右に振り、辺りを眺めているのだが、面白そうなものは一切見えない。位置的にも、丁度ファルクが居たのは中心の建物なので、周りは他の建物で囲ってあるのだ。
 コルセスに連れられて来た時は、ただ黙々と後ろを付いてきただけなので、自分がどんな場所にいるかなど、全く把握していないのだった。
「ね~ね~、女の子がこんなトコにいるなんて珍しいよね。どっから来たの? 名前は?」
 すると、後ろから頭の上で、やや甲高い声が聞こえる。
「……誰?」
 声をかけられたので、後ろを振り向きながら誰何で応えるファルク。
「あはははは~。そうだね、こっちから自己紹介しなっきゃね」
 そうあっけらかんと笑う、ファルクの後ろから話しかけてきた人物は、ハードカバーの分厚い本を抱えて、満面の笑みを浮かべている、身長約165センチ前後の女性であった。肉付きが良く成熟した身体だが、少女の様な表情をしているために年齢が量れない。それでもまあ、恐らくは20代だろう。
 癖の強い緑の髪に、大きめの帽子。濃い緑のノースリーブに殆ど丈が無いズボンという格好で、非常に肌の露出が多い。
 いや、露出というよりは、単に動きやすさを追求した結果、余計な布を排除しましたという感じだ。いやらしさや艶やかさは無く、明朗快活という言葉がよく似合う。
「あたしはティンリーだよ。ティンリー・アンス。よろしく~!」
 そう言ってニカッと歯を見せて、親指を立てた。
「ん。私は、ファルク・ウィックレー」
 自己紹介、と言われたので、相変わらず無表情のまま、淡々と自分の名前を言うファルク。
「OK、ファルちゃんね。そんで、こんなむっさい場所で今は何してんの?」
 そんなファルクとは対照的に、さらっとあだ名まで作って、ティンリーはやけに馴れ馴れしい口調だ。
「何も、してない。連れて、こられたから、此処に、いるだけ。暇だから、少し、歩いてた」
「なるほどー。なんか軍の機密っぽい臭いがする。ちょっと面白そう!」
 単にファルクは、自分の状況だけを口に下に過ぎないが、それだけで色々と勝手に察したらしいティンリーは、興味津津と言った様子でファルクを眺める。
 大きな双眸は爛々と輝き、欲しい玩具を買ってもらった子供の様だ。
「おお、その仮面がちょーっと臭いわねー。どれどれ~」
 抱えていた本を、邪魔とばかりに放り、ファルクの額に付いている仮面に両手を伸ばす。
 だが、ファルクはその手を、後ろに下がって避けた。
「あれれ、触っちゃ駄目?」
「駄目」
「ちっ、残念だなー」
 ファルクに断られて、悔しそうにパチンと指を鳴らす。だが、未だ食い入るようにファルクの仮面を見ている。
「ちょっとで良いから調べさせてくれないかなー」
「嫌」
 両手を合わせ、尚も食い下がるが、ファルクはそれを拒否する。しかしティンリーは、ジリジリとファルクに近寄って行く。そのまま肉食獣のように飛び掛って行きそうだ。
「博士! アンス博士! 何をしていらっしゃるのですか!」
 するとそこへ、全身汗だくになって駆けてくる一人の男性。歳は20代前半くらいだろうか。
 その男性は、息を乱しながらもティンリーの側までやってくる。
「何か用?」
「何か用? じゃないでしょう! どこを遊び歩いているのですか! ああもう大切な資料をこんな所に置いて」
 先ほどティンリーが放り投げた分厚い本を拾い、カバーに付いた汚れを払い落している男性。
「だってそれ全部覚えたし、もういらないかなーってねー。それに論文はもうまとめたじゃない、あたしがあそこにいる必要ないっしょ」
「覚えたって……それでも書かれた論文は誰が発表するのですか! お願いですから最後まで責任を持って下さい」
「しゃーないわねー……あ、ファルちゃん、また会った時は今度こそその仮面見せてねー」
 最後にファルクへ笑顔で手を振り、男性に連行されて行くティンリー。連衡と言うよりは、どちらかと言うと首根っこを掴まれて引きずられている形に近いのではあるが。
「何、あれ?」
 そんな様子を、変わらずの無表情で眺めるファルクであったが、それも直ぐに飽きて再び歩き始めた。


「へぇ、今は任務で帝都に向かうとこなのか」
「まーな。一応これでも大佐だ」
「大佐ってなんだ?」
「あー……隊長って言えば分かるか?」
「なるほどー、そりゃすげーなー」
 コルセスから貰った簡易食糧を胃に収めながら、コルセスの話を興味深そうに聞くゲイン。襲われていた森から離れ、今は街道を歩いている途中だ。
「軍人って、もっと格好良い服着てるのかと思ってけど、結構地味なんだな」
 獣を2頭括りつけた棒を担ぎ、煙草をふかしているコルセスの格好は、標準的な軍服だ。暗い緑を基調とした色合いは、物陰に隠れる時に目立たなくする効果もある。
「……お前の想像している軍人って、一体どんな服だ?」
「そんなの決ってるだろ! あの強そうな鉄の服だよ」
「鎧かぁ……? あのなぁ、訓練とか戦争の時なら分かるが、あんなもん四六時中着てたら、無駄に疲れるだけだ」
 物にもよるが、身体を守る鎧の類は、当然ながら非常に重い。門番などなら装着を義務付けられているが、用事が無い限りは付ける意味が無い。
「そうなのか。俺が見たことある軍人って言うと、いっつもあの服着てたけどなぁー」
「……」
 ゲインの言葉を聞き、訝しげな視線を送るコルセス。そんな視線には気付けずに、ゲインは話を続けた。
「ガチャガチャってちょっとうるさいけどさ、ああいう服のまま並んで歩いてるの、格好良いって思うんだよな」
「そりゃ戦争に行ってんだよ」
「やっぱそうなのか! しばらくは危険だからなるべく家の外には出るなよとか言われたから、何か変だと思ってたんだよなー。2~3日でいなくなっちゃったしさ」
 ふかしている煙草を口から放し、呆れながら煙と一緒に息を吐くコルセス。その眼はゲインではなく、少しばかり遠くを眺めていた。
「……こりゃ確実だな……」
「ん? なんか言ったか?」
 コルセスが小声で、独り言を口にした。それにゲインは反応したが、コルセスは「空耳だろ」と言い返し、再び煙草を咥えた。
 すると、ゲイン達の前には、大きな門扉を構えた建物が見えてくる。その前には今話に出ていた鎧を着込んだ兵士が2人、門を挟むように立っている。
「おお、そうそうあんな感じ」
「ここは軍の支部だからな。あれは門番だ。変な輩が来ても対処できるように、門を固めてるんだよ」
「へぇ~、すげーんだなー」
 目を輝かせながら、全身鎧を身に纏っている門番を眺めるゲイン。その様子は、ヒーローを眺める子供そのものだ。
 そのまま門の前まで行くと、片方の門番に呼び止められる。もう片方が動かないのは、同時に動く必要が無いからだ。
「身分証の提示を」
「ああ、ほらよ」
 コルセスは軍服の右胸部分に縫い付けられている、階級と名前の掘られたエンブレムを軽く持ち上げる。
 それを確認した門番は、姿勢を正して敬礼をする。
「失礼しました、ベリンペル大佐。軍務、お疲れ様であります」
「お疲れ。まあ、重装備で立ちっぱの門番の方が、辛いと思うけどな。交替の時間まで頑張れ」
「はい、有り難う御座います」
 敬礼していた腕を降ろし、門番はコルセスの後ろにいるゲインに目を向けた。
「こちらの少年は?」
「ちっとばかり話があるんでな。そのまま通してやってくれ」
「分かりました」
 ゲインを余所に、話を進めるコルセスであったが、実際ゲインは門番とコルセスのやり取りなど聞いていない。
 憧れの軍、という事で瞳を輝かせているのだ。
「ほれ、行くぞ」
「ああ!」
 因みに言うと、ゲインはコルセスと軍の中に連れて行ってもらう、などと言う約束を交わしていない。単にコルセスの後をゲインが付いて来ただけである。
 普通なら軍人がその辺の民間人を、支部とはいえ施設の中に招き入れることは無いのだが、ゲインの頭にそんな考えは無い。
 何の疑いも無く、ゲインはコルセスの後を付いて行く。
 ゲインは喜々として軍の内部を眺めながら歩いている横で、コルセスは道行く適当な軍人を捕まえ、「少し場所を訊きたいんだが」と何か言葉を交わしている。
 そうして着いたのは、狭くて簡素な部屋であった。
「ん? なんだココ?」
「尋問室だ」
「じんもんしつ?」
「いいからそこに座って待ってろ」
 とだけ言い残し、コルセスは部屋を出て行く。部屋にただ独り残されたゲインは、きょとんとしてしばらく固まったが、取り敢えず大人しく椅子に座ってみるのであった。
 一方コルセスはというと。
「ああ、どうやらここの街出身じゃねぇみたいだ。言ってることが、田舎のガキそのものだかんな。見た所ありゃ家出だな、すまんがそっちの方で少し面倒みてやってくれ」
 近くの執務室でデクスワークを行っている軍人に、事情を説明していた。相手は恰幅の良い、朗らかそうな男性だ。
 ゲインが今まで放った考えなしの言動を見て、おおよその状況を察したコルセスは、ここに居る人間に処理を頼もうと思ったのである。ゲインに何も説明しなかったのは、話がややこしくなるのを嫌ったためだ。
「分かりました。こちらで事情を訊き、自宅へ帰すようにします」
「頼む。俺は急ぎの用事抱えてるもんでな。それじゃ、俺は任務に戻る。あー、一応尋問質の部屋のカギは閉めておいた。多分逃げねーとは思うが、なるべく早く頼むな」
「了解しました」
 説明を終えたコルセスは、執務室を出ると護衛の少女ファルクを待たせてある部屋へ、急いで戻ろうと少しばかり早足で進む。
「さて、さっさと戻らねーと、ファルクがどっかに行ってるとヤベーからな」
 しかし数分後、獲った獣を引き渡し終えて、ファルクを待たせてある部屋へ行くのだが……コルセスは蛻の殻(もぬけのから)になった部屋を見て愕然とし、手当たり次第に人を捕まえて「仮面を付けた女を見なかったか?!」と聞き回りながら、施設の中を駆けずり回る羽目になるのであった。


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