秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
仮面の少女 1
 少年は、途方に暮れていた。
「……はぁ…………」
 町中の、人が多く通るその往来を眺めながら、端に捨てられている朽ちかけた木材の上に座り、ため息をつく。
 少年の名前はゲイン。ゲイン・カシュール。
 白色のシャツの上に、丈の短いジャケット。動物の皮で作られたらしい頑丈そうなベルトを付け、やや泥で汚れた濃い紺色のズボンに、厚手のブーツという出で立ちだ。
 何を隠そうこのゲインという少年、勢いだけで自分の住んでいた村を飛び出した、単なる家出少年である。
 行く当ても無ければ、明確な目標も無い。路銀であるなけなしの小遣いは心許なく、旅をするための技術などある筈もない。
 まあつまり、家出をした子供が例外なく辿る道を、逸れること無く通過中なのだ。
「どうすっかな……」
 手元にあるものと言えば、自分の家から勝手に持ってきた多少の生活用品と、村を出て少し歩いた所で拾った、刃が欠けてボロボロになったひと振りの剣だけ。
 家が農家だったお陰か、手持ちの道具に砥石が入っていたので、農具の手入れをする感覚で研いだ。その為現状では研いだせいで少しばかり小さくなったが、刃を取り戻した剣は片手剣として十分通用する代物となっている。
 とはいえ、捨てられていたくらいなので、粗悪品に変わりはないのだが。因みに剣の鞘は無いので、適当な布を巻いて持ち歩いている。
 ゲインは自ら磨いた剣を、適当に両手で弄びながら今後のことを考える。しかし、腹からグゥ、と間の抜けた音が出て、がっくりと肩を落とした。
「腹減ったなぁ」
 村を出てかれこれ丸一週間。勢いとは言え、何気に2~3日分の食糧をくすねて来ていたゲインであったが、それも食べつくしてしまっている。
 どうあっても消費する食料を、2~3日から1週間も持たせたのは大した計画性だが、根本的な計画が無いので、単なる無謀になっているだけなのが悲しい所か。なにせ、もう村に戻るだけの食糧は無いのだ。要は性格が、ただ貧乏性なだけなのだろう。
 更に深いため息を吐き出し、周りに鬱々とした空気をまき散らしていく。ここはそれなりに大きな街という事もあって、道には人が多く通る。そんな場所で暗くなっていられては、道行く通行人にまで伝播しそうである。現に軽く周りから避けられていた。
「……せめて傭兵って事で、雇ってくれる所でもあれば良いんだけどな」
 ゲインの夢は、軍に入って活躍し、称賛を受ける事であった。我流な上に使っていたのは単なる木の棒ではあったが、毎日続けてきた素振りによって、それなりの腕になったのではないかと自負している。
 軍に入る前に経験を積み、いずれは出世して『前線』で戦うのだと、希望に胸を膨らませていたのだ。無知とは恐ろしいものである。
 それには足がかりが必要になるのと金を稼ぐ為、町に着いてすぐ軍の支部に仕事をくれと掛け合ったが、まったく相手にされなかった。仕事の紹介所なども回ったが、どこも似たり寄ったりだ。どこの誰とも分からない子供を雇うほど、世間は甘くない。
 だからと言って諦めてしまえば、餓死するだけには変わりない。どうして駄目なのだろうと、こうやって悩んでいるだけでも、腹は空く。
「……仕方ない。街道から少し離れた所に森があるみたいだし、そこで食べられそうな物でも探してみるか」
 ここで悩んでいても始まらない。そう思い立ったゲインは、来た道を戻る。良くも悪くも前向きだ。
 ゲインはここに来る途中に通った街道から、少し離れた所に森があるのを見ていた。家が農家なこともあり、食物に関しては割と詳しい方だ。食べられるものくらいは探せるだろう。
 その辺に生えている物を食べる、というのはあまり聞こえが宜しくない。しか、ゲインの家は、何度も言うが農家なのである。つまり住んでいた町は田舎という事なので、その辺に生えている物を食べるという事も多いのだ。本人にとってそれほど抵抗も無い。
 荷物を背負い、剣を抱え、とぼとぼと来た道を返す。満たされないと鳴るお腹をさすりながらなので、足取りは重い。
 こんな事なら、もう少し計画を立ててから家出すれば良かったな。などと考えているゲインなのであった。


 鬱蒼と茂る森の奥。周辺の気配を窺いながら、静かに呼吸をする男が一人。
 男は咥えている煙草を指で挟み口から離すと、地面に捨て、踏み消す。
 辺りは静寂。風で草木が揺れる音もせず、鎮火した煙草の火から出る弱々しい煙のみが揺らめいている。
 男の周りには、男を狙うモノ達が潜んでいる。そのモノ達が発する気配で空気が重くなり、少しずつ張り詰めていく
 相手は息をひそめてこちらを見ているだろう。そしてこちらからは相手の姿が見えない。
 相手の数は、恐らく3、もしくは4。囲みつつも草蔭に隠れ、こちらの隙を窺っている。下手に動けは、背後から一気に襲われるだろう。いや、むしろ一斉に別方向から襲いかかってくる可能性もある。
 神経を研ぎ澄ませる。聞こえないなら、感じ取れ。相手の息遣いを、そして気配を。
 腰を落とし、構えを取り、深く、静かに深呼吸をする。気を落ち着かせ、肌という感覚器官を総動員して相手の動きを探る。
(……来る!)
 背後を取っていた相手が、静寂を切り裂く。荒々しく足を踏み出し、こちらに牙をむき出しにし、飛びかかってきた。
 まだ避けない。ぎりぎりまで引き付ける。
 相手の前足がもう少しで届きそうになる所で、即座に軸をずらし身体を転換、回転させて逆に背後を取る。
 未だ空中に留まるソレの背に体重を乗せて腰を入れた肘を落とし、地面に叩き落とす。それと同時に、残り3頭が一斉に襲い掛かってきた。どうやら4の方が当たりらしい。
 腰に付けている鞭を右手で掴み、右足を勢いよく踏み込みながら横薙ぎに一閃。鞭によって3頭が同時に弾かれ、空中で悶えながら地面に転がる。先ほど地面にたたき落とした1頭は、今行った右足の踏み込みを脳髄に受けており、完全に頭蓋が陥没して息絶えている。
 残りは3頭。
 ダメージから先に回復した前と右に位置を取っていた2頭が、もう一度こちらに飛び掛ってくる。今度は1頭に鞭を直接振るう。脳天を直撃する鞭の威力は、見た目よりも高い。死んではいないようだが、脳が揺れたのか気を失ったようだ。
1頭に鞭を放っている間に、もう1頭はもう間近に迫っていた。それを空いた左腕で、下から打ち上げるように振る。殴ったのではなく、喉を鷲掴みにしている。
 鍛えられた握力により、掴んだ喉を握り潰し、そのまま地面に叩き付けた。まだ息は残っているが、か細く呻き声を上げたモノは、放っておいても長く持つまい。
 そうして最後に残った1頭に、目を向ける。丁度相手も起き上がってきたところらしく、目が合う。
 その最後の1頭としばしにらみ合った後、相手は低く喉を鳴らし、踵を返して逃げ去っていった。勝てないと悟ったらしい。
「……こんなもんか」
 戦闘を終えると、面倒臭そうにぼやき、少しだけズレたサングラスを直しつつ懐から新しい煙草を取り出して火を点ける。煙草から出される煙を深く吸い込みながら堪能した後、口から吐き出した。
「ふぅ……」
 口に煙草をくわえたまま、気を失っているだけの1頭に近づく。放っておいて襲いかかられても面倒な上に、今回の目的はこいつだ。動かないよう、念入りに縛り付ける。
 この動物はイヌ科に近い肉食獣で、森に入らない限りは襲ってこないが、獰猛なので人も襲う。
「ったくよ。金持ちの道楽ってのは、俺には分かりそうにねーな。こんな肉食動物の硬い毛皮なんぞ、どこが良いんだか」
 そんな4頭の肉食動物に襲われていながら、楽々と退けたこの男の名前は、コルセス・ベリンペル。年齢は35歳。
 濃い茶色の軍服を纏った職業軍人であり、胸には大佐の階級証が輝いている。軍服姿でサングラスを掛け、腰に長い鞭が吊るされているその姿は、かなり威圧的だ。
 本来ならば、とある少女の護衛中であるため、こんな場所に居るはずが無いコルセス。そんな男が森の中で何をしているのかと言うと。
「態のいい雑用に使いやがって」
 ある事情により金銭的に心許なくなってきたのだ。その為、移動費を軍の支部に申し込んだところ、丁度良いとばかりにこんな仕事を押し付けられた。
 この一帯を管理している貴族が、どうしてもこの肉食獣の毛皮が欲しいという要望を、軍に申し込んできたのだ。
 いくら貴族の頼みでも、そう簡単に人を派遣できるほど人数的余裕はそれほど無いし、下手な人物を送れば帰らぬ人となる可能性もある。
 この程度の依頼なら、金を積めば引き受けるだろう傭兵などが適任なのだが、毛皮に変な傷が付いても嫌らしいのだ。以前似たような事があったのか、依頼主は露骨に傭兵を嫌悪しているという話。
 そんな時にコルセスが軍を訪れたので、丁度良いとばかり仕事を回したのだった。これを終わらせている間に手配するとか、上手い具合に。
 任務に必要とはいえ、いきなり金を要求してきた人間に対し、簡単に渡すのも嫌だったのだろう。後で本部にかけ合えば、渡した分の金は戻ってくるだろうが、その前に一仕事こなし、自分で稼いでいけという事だろう。
「まあいい、少しは多めにふんだくってやるか」
 解けないように四肢と口を強く縛り、完全に縛り終えた所で、太い木の棒に固定して肩に担いだ。
 仕事も終えたので街に戻ろうかとして、ふと、何かが引っ掛かった。気のせいか、森の奥が騒がしい。先ほど逃がした1頭が、獲物を見つけて追いかけているのかと思ったが、それだけにしては少し妙だ。
 というのも、どこか人の、それも若い男の悲鳴が混じっている様な気がするのだ。
「んだ? どっかの馬鹿でも迷い込んだか?」
 吸い終わった煙草を踏み消し、最後に大きく煙を吐きながらその方向を眺めてみる。
 ただしそうは思うものの、確証はあまりない。確かめるにも、下手に帰るのが遅くなると、待たせている護衛中の少女こと、ファルクから文句を受けることになる。きつく言い聞かせたので部屋からは出ていないと思うが、急いで帰るに越したことは無い。
 しかし軍人として、もし一般人が襲われているとすれば、放って帰ることは許されないだろう。また後で面倒な事になる。
 さてどうしたものか、と思考していると、騒いでいる元凶がこちらに向かって来ている。しかも中々速い。
「……こりゃ確実に人間の声だな。仕方ねぇ、助けてくるか」
 木々に阻まれて視認は出来ないが、こちらに向かっているのは間違いなく人間の声だ。こうなってしまっては、助けざるを得ない。
 まだ気を失っている、木の棒に縛り付けた獲物を担いだまま、コルセスは声のする方へと走り出した。
 草木が邪魔で走りづらいが、比較的体が大きい獣も生息する場所のようで、小さな獣道は所々に出来ている。担いでいる木の棒に枝などが引っ掛からないよう、なるべく足元以外も気にかけながら進む。
 簡単にできる事ではないが、その辺りはコルセスが軍人たる所以だろう。大荷物を担いだまま警戒しつつ進むなど、訓練として一般的行われている。
 だたしあまり悠長にしていると、手遅れになっていることもあり得る。出来るだけ早く動いた方がいいだろう。
「マチェットくらい、持ってきた方が良かったかもな」
 獣道はあっても、それには高さが無いのが難点だ。
 コルセスは武器として剣を所持していないので、木の枝や垂れ下がるツタなどを切りはらう刃物などが欲しい所である。
 大型の動物は、基本的に四足で歩く。どうあっても人間の腰より高くなることはあまりない。つまりは、頭付近にはどうしても障害物が出来てしまう。
 仕方ないので、姿勢を低くしながら素早く動く。担いでいる獲物つきの棒が、かなり邪魔だ。いっそこれで枝をなぎ倒して進んだ方が早いかと考えるが、残念ながらこれは傷物には出来ない。とはいえその辺に放置していくと、別の肉食獣に襲われてしまう可能性もあるので、やはり持っていかなければならない。
「面倒くせーな……ったくよー」
 ぼやきながらも、足を進める。口ぶりの割には、動きは機敏である。
 騒いでいる方も、こちらに向かっている。どうやら死ぬ気で全力疾走しているらしいので、速度は速い。
 お陰で意外と早く、声の発生源が目の前まで現れた。
 適当に切りそろえたぐちゃぐちゃの髪に、質素な服装。身長は約160センチ弱で、体格は並み。見たところ、まだ幼さを残した10代中盤の少年だ。
 手には剣を持っているので、それを威嚇に使いつつ逃げているようだ。そのお陰で長距離を逃げてこられたらしいが、時間の問題だっただろう。実際闇雲に振り回しているだけなので、体力の無駄が多いし森を抜けるにはまだ距離がある。
「た、助けてくれーーーー!!」
 少年はコルセスの姿を確認するや否や、喉から絞り出すように声を上げた。かなり限界が近づいているようだ。
「分かったから止まれ」
 勢いが付き過ぎていたのか、そのままコルセスを抜かして進んで行きそうだったので、コルセスは空いている左手を伸ばし、少年の襟首を掴む。片手の腕力だけで、少年の勢いは全て殺される。
「ぐぇ……」
 少年は鈍い音を出し急停止。そしてそのまま地面にへたり込む。既に限界を超えつつあったのだろう。剣を放り出し、ぜえぜえと顔面蒼白で荒々しく喘いでいる。
 少年を追いかけていたのは、今担いでいる獣と同じ種類の肉食獣の様だ。群れを作る習性がある獣なのに一頭だけなのを見ると、先ほどコルセスがやり合った群れからはぐれた一頭なのかもしれない。
 少年を追いかけていた獣は、コルセスを無視し、へたり込んでいる少年の方へ向かっていった。どちらが弱っているかを察して、標的を絞っているのだ。
「おらよっと」
 そんな獣の横面を、コルセスは気軽そうな雰囲気で蹴り飛ばした。雰囲気は軽いが、軸足をしっかりと固定し、遠心力を乗せて繰り出す強烈な蹴りだ。獣はたまらず吹っ飛ばされる。
 少し離れたところに転がった獣を、目だけで確認する。ダメージはあるだろうが、まだ向かってくるのは確実だ。
「ちっと剣借りるぞ」
 そこでへたり込んでいる少年が放った剣を左手で拾い、逆手に持ちかえながら振りかぶる。
 振りかぶったそれを、起き上がってこちらに敵意を向けてくる獣に向かって投擲した。
 一直線に投げられた剣は、見事に獣の顔面へ突き刺さる。そのまま獣は、バタリと倒れて動かなくなった。
「まあ、流石に少し可哀想だな」
 いとも簡単に退けたコルセスではあったが、こうして動物の命を絶つのは忍びない。相手はただ、生きるのに必死なだけだ。食わねばこの獣も生きていけなかったし、その為には他の命を食らわねばならない。その結果、人間が襲われるのは仕方ないのかもしれない。
「とはいえ、こっちも生きるのに必死なんだよ。わりぃな」
 こうして息絶えた獣の骸も、また別の命を繋ぐ糧となる。死とは無駄な物ではない。可哀想ではあるが、それが自然という物なのである。
「さてと。おいボウズ、怪我はねーのか?」
 気持ちを切り替え、横でへばっているだろう少年に向かって声をかける。
「……」
 しかし返事が返ってこない。まさか疲れきって気を失ったのかと、しゃがんで顔を覗き込んで見ると。
「……くー……すー……」
 まあ、ある意味気を失っているのには近いが、どう見ても寝ているだけだった。涎を垂らし、おまけに立派な鼻ちょうちんまで膨れている。よくもまあ、こんな典型的な寝顔が出来るものだと、ある種の感動を覚えるコルセスであった。
「いや、それにしたってどんだけ寝んのはえーんだよ。あれからまだ数分も経ってねーぞオイ」
 安心したのか単に疲れきったのかは分からないが、非常に気持ちよさそうである。
 だがこのまま置いておくわけにはいかない。ここは獣たちが狩りをする森なのだ。放っておいたら、また襲われるのがオチだ。
「ほれ起きろ」
 軽く頭を小突いてやるが、起きる気配がない。少し強めに揺すっても同様。
 それを見てコルセスは、徐に左拳を握りしめ、熟睡している少年の脳天めがけて垂直に振り下ろした。

 ――ゴッ――

 頭蓋が陥没したのではないかと言う程、中々危険な音が響く。
「んぐぁ……い……ってーーーーーー!」
 ここまで痛烈な起こされ方をすれば、当然眼も覚めるだろう。少年は頭を抱えて、ゴロゴロと地面を転がりながら悶えている。
「起きたかクソガキ。んで、怪我はねーのか?」
 地面を転がっている少年を眺めつつ、煙草を立ち上がりながら取り出し、火を点けつつも一応問うておくコルセス。
「あ、頭が……頭が割れたかと思うほどイテェ……」
「ああ、それなら気のせいだ。安心しろ」
 口から紫煙を吐き出し、一服しながら平然と言ってのけるのだった。
「それはそうと、こんな森の中に何の用だ? 此処の森には肉食獣が出るって事くらい、この辺に住んでる奴なら知ってんだろ」
 ようやく痛みが引いてきたのか、コルセスは少年が落ち付いてきた所を見計らって事情を聞こうとする。この森はコルセスが狩りに来た肉食獣の他にも、何種類か凶暴な動物が生息している。
 街道から見ればそれほど広く見えないが、見た目よりもかなり奥行きがあり、入ってみると思ったより広大な森なのだ。獣を退ける自身が無いなら、地元の人間はあまり近づかないと、街の軍支部からコルセスは話を聞いている。
 少年の出で立ちは、どこからどうみても素人のそれだ。とても獣を退けるほどの技量があるとは思えないし、実際こうやって命からがら遁走している。
「あー……ちょっと食糧難で。何か食べられる物でもないか、探しに来たんだ。食べられそうな木の実とか、結構見つかったから喜んでたんだけど、気が付いたらあの犬みたいなのに追いかけられてて……」
 少年は、ばつが悪そうな表情をしながら語る。死ぬ気で全力疾走した為だろう、未だ膝が笑って立ち上がれない様子だ。
「食糧難だ? 家が貧しいのか」
「ま、まあそんなとこかな。あはははは……」
 くわえ煙草をふかしながら、半眼で見下ろしてくるコルセスの視線に耐えかねるように、少年は目をそらして乾いた笑い声をあげる。
 その様子を訝しげに眺めながら、コルセスは一度深く息を吐いた。吐き出された息に含まれた大量の煙が、コルセスの顔を覆う。
「とにかく、早いところ街に戻るぞ。ここにいればまた襲われる。ま、こんな風にな」
 と、突然コルセスが少年の背後に向かって、担いでいた木の棒(獣付き)を、思いっきり放り投げた。
 投げられた棒は、少年の頭上を通り越え、ガツーンと硬い物に当たる様な音がする。
 何をしたのか気になった少年が、上半身と首だけを捻って後ろを振り向くと、先ほど自分が追いかけられていた獣と、同じような外見の獣が2頭ほど転がっていた。
 一頭は今コルセスが投げた棒に縛られていた獣だが、もう一頭はどうやらその棒に頭を撃ち抜かれて気絶したものだ。
 ただし、その状況を見ても、少年には何が起こったのかさっぱり分からないのだった。気を失っている獣と、コルセスの顔を交互に眺めながら疑問符を浮かべている。
「こいつは……さっき逃がした奴だな。丁度良い、こいつもオマケで持って帰るか」
 そんな少年を余所に、コルセスは気を失った獣を確認してから、持っていた棒に新たな一頭を加える為に縛り付けている。今の衝撃で、棒に縛られていた方の獣が起き出してもがいているようだが、コルセスは全く気にしていない。
「えーと、もしかしてオレを助けてくれたのって、あんたなのか?」
 コルセスが手際よく獣を扱っている所を見て、直感的にそう感じた少年は、思ったことを正直に発言してみた。
「あ? 今更気がついたのか? 他に誰が助けんだよ」
 ここには少年とコルセスしかいない。どう考えても、他に助けてくれるような人物は居ない。
「あそっか。助かった、サンキュー。あ、オレはゲイン・カシュールだ。あんたは?」
 そう言いながら、未だ立てないでいる少年、ゲインは、コルセスに向かって自己紹介をした。
 だが、獣を縛り終えた棒を肩に担いだコルセスは、ゲインに近づくと、無言で頭に拳骨を振り下ろした。
「いってー! 何すんだよ!」
 再び頭を押さえて、涙目になりながら文句を言うゲイン。
「うるせぇ。言葉づかいに少しは気をつけろ、クソガキ」
 そう言うコルセスこそ、お世辞にも言葉づかいが上品と言えない。
「あんただって似たようなモンだろ」
 というゲインの主張は尤もであるが。
「お前みたいなクソガキに、敬語使う理由があんのかよ。助けてやったんだ、文句言うな」
 吸い終わった煙草を口から放し、地面に落して踏みつぶしながら、ゲインの主張を一蹴するコルセスであった。
「思ったんだけど。ところであんたは、何やってんだ? そんな犬二匹も捕まえて。食うのか?」
 指摘されても直す気はないのか、懲りずに先ほど同様の口調でゲインは話しかける。そもそも、敬語というのがどういったものなのか、殆ど分かっていないのかもしれない。
 呆れたように息を吐くと、コルセスは左手でゲインの襟首を鷲掴みし、そのまま無理矢理立ち上がらせた。
「うわ!」
「あんまり長居すっと、また余計なのが寄ってくる。歩きながら教えてやっから、さっさと行くぞ」
 まだゲインの膝は笑っているので、無理やり立たせても簡単には立っていられない。再び膝から崩れ落ちるように、ゲインは地面にへたり込んでしまう。
「言っておくが、このままそこに座ってんなら、俺はもう知らねぇ。また襲われんのが嫌なら、さくさく歩け」
 それだけ言うと、新しい煙草を懐から取り出し、火を付けながらコルセスはゲインに背を向けて歩いて行く。それを見て焦ったゲインは、無理やり膝に力を入れて後を追った。


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