秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
プロローグ
 寒村。
 部下を引き連れた男が訪れたのは、そんな言葉が似合うほど、何も無い村だった。
 まばらに建っている家と、あまり豊かとは言えない田畑。村人は細々と生活し、生きているだけで精一杯な毎日を送っている。
 それでも村人達の顔には暗い影など無く、むしろ快活とした表情が窺える。
 それがこの村の姿だった。どこにでもある、普通の村。貧しくはあるだろうが、滅びに面している訳ではない。
 とはいえ、それは村という範囲で見た場合だ。個々の人々それぞれを見るのであれば、まさに滅びようとしている者も、当然ながら存在する。
 この村に建つ、ごく小さな孤児院は、そんな状況に陥り、生きる事が困難になった家の子供を引き取る施設であった。勿論無償で育てる訳ではない。預けられた子供は相応の歳になると、生きる為に農作業などの仕事を与えられて働くのだ。当然ながら、生きるだけで精一杯だ。
 男が国から派遣されて訪れた、そんな小さな孤児院。今にも崩れ落ちそうなほど古びたその建物の中で生活している、1人の少女に用事があったのだ。
「こいつが……第一級危険分子……?」
 笑顔になれば愛らしいのであろうが、表情というものがあるのか疑いたくなるほど、無表情が張り付いている顔。光が灯っておらず、冷たさすら感じられる瞳。そして頭には、おおよそその少女には不釣り合いなほど不気味な造形をしている、謎の仮面。
 薄気味悪い笑顔を湛えたその仮面は、まるで少女が見るものすべてを睥睨してるかのようだ。
「何、私に、用事?」
 少女は表情を変えず、自らの前に立つ数人の大人たちを見上げる。
 全員軍服に身を包み、武器を携帯している大人たちを相手にしているというのに、全くと言って良いほど怯えも恐怖も無いし、だからと言って逆に歓喜や羨望も無い。
 目の前に居るのは、年端もいかない少女だというのに、男はなにか肌寒いものを感じた。
 容姿は間違いない、華奢な普通の少女なのだ。しかしその雰囲気や佇まいだけが異様。
「一体何なんだこのガキ……それに、こいつが危険分子……?」
 男は小隊の隊長であり、第一級危険分子に成り得る人物の確保という命令を受けていた。だが、こんな少女が対象だとは聞かされていない。それに、間違いなく異様な少女ではあるが、どう見ても危険を孕んだ存在には見えない。
「……一体何が危険だっつうんだよ」
 この時彼が、少女についての報告を聞かされていたのなら、まだ対処のしようもあっただろう。
 彼の部下の一人が、受けた命令を遂行しようと、少女の腕を掴んだのだ。少女は先ほど述べたとおり、華奢だ。そんな少女の腕を、軍で訓練した屈強な人間が掴んだ事となる。
 少女にしてみれば、それが不快であり、多少の痛みも発生したのだろう。だから自らの視線を、掴んでいる者へ向けて、一言こう言ったのだった。
「……変態」
 一瞬、男には何が起こったのか分からなかった。少女が部下に向かって言葉を発したと思ったら、少女が頭に付けている仮面の目から光が漏れ始めた。分かったのはそれだけである。
 男が少女の腕を掴んだ部下に視線を向けると、その時にはもう部下は真っ黒く炭化していたのだ。
 何が起こったのか理解できた者は居ない。この場にいる人間全てが、状況を飲み込めていない。
「……それで、何?」
 少女は腕に残った人間であったものの腕を払いながら、再び男たちに質問をする。炭化した身体はボロボロと崩れ、地面には単なる黒い山が出来上がった。これが元々人間であったと思う者は、居ないだろう。
 そう。この少女には、人としての大切な感情が、大きく欠落しているのであった。喜怒哀楽という、最も簡単な感情そのものが『無い』のだ。
 当然ながら、そこには他人を労わる心も芽生えない。
「……ああ、そうだな。お前を迎えに来た。一緒に来てくれ」
 第一級危険分子。その意味を理解した男は、自分に与えられた命令の危険性を再確認した。
 そしてそれを踏まえ、この少女に向けて、男は手を差し出す。
 男の部下たちは、冷や汗を流しながら男を凝視する。男の行為は、誰の目から見ても自殺行為としか思えなかった。
 ここで少女の機嫌を損ねれば、確実に男も部下と同じ道を辿るだろう。だが、少しでも話が通じるのかどうか、男は知りたかったのだ。もし拒絶するようであれば、即刻息の根を止めろという命令も来ている。
 しかしたとえ危険な人物だとしても、男には年端もいかない少女に手をかけたくは無かった。
 ここで少女が、先ほどと同じような行動を取ったのならば、残った男の部下が少女を葬る。
 だからこそ男は、少女に手を差し出したのだ。
 そんな差し出された手を眺めながら、少女は答えた。
「分かった。どこまで、行くの?」
 その手を取りはしないものの、少女は応じた。
「ああ、ちっと遠いが、王都だ。安心しな、悪いようにはしねーぜ」
 出していた手を降ろし、内心安堵をしながら、男は笑顔を作って見せた。
 会話は通じるのだ。感情が無いのなら、教えて行ってやればいい。やがてこの少女も、笑って答えてくれるだろう。

 この少女の名前は、ファルク・ウィックレーという。
 その身に持つ危険性から、産みの親に見捨てられ、孤児院の中でも化け物同様に扱われてきた女の子。
 そんな少女を命令により王都へ連れて行くと、孤児院の管理者に伝えた時に、その管理者が浮かべた心の底から安堵するような顔を、男は一生忘れないだろうと思った。


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