秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
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交通事故で思う事
職場に張ってあった掲示板に、同系列の会社の社員が引き起こしてしまった交通事故に関しての、詳細内容が書いてあった。

特に関心も無かったが、ふと目にとまったのでそのまま読んでいたんじゃが……少々思う事があってな。

全て車での交通事故じゃ。

今回は、人によっては真っ向から否定するような内容になるかもしれんが、これは飽く迄もわしの意見じゃ。

これを読んで、不快になったら申し訳ないが、読むか読まんかその辺は自己判断で頼む。文句を言われても、わしは知らん。


まず1件目。

信号の無い交差点を走行中、右側から「止まれ」の標識を無視して直進してくる車と衝突。
被害者は社員で、加害者は標識無視の車。

しかし、加害者側は老人体力も衰えていたんじゃろう、事故後に死亡したらしい。被害者の方は幸い、命に別条はなかったそうな。


2件目。

ゆるやかなカーブを、法定速度の範囲で走行中、突然横断してきた老人を撥ねてしまう。
当然車側が加害者であり、被害者は横断した老人。

そのまま老人は死亡してしまったらしい。


3件目。

暗い夜道、3台の車が走行。しかし、老人が道の真ん中で車に背を向けながら立っているのに、先頭の車が気付き、急ハンドルに回避。後続車の2台目は、当然先頭より反応が遅れるので、急ハンドルで回避するも、勢いを殺しきれずに反対側の田んぼに突っ込む。そして最後の3台目は、更に反応が遅れる為、避け切れずに撥ねてしまった。

2件目同様、老人は死亡。



さてさて、あまり気分の良い話ではないが、そのまま続ける。

どれもこれも、悲惨な事故じゃろう。実際自分が当事者なら、全く笑い物にもならん。

しかし、この3件。共通するところがあるな。

1つは、全て老人が関わっており、尚且つ原因となっている。

もう1つは、社員側の車は、ほぼ回避不可能という事じゃ。


要するに、どうあっても避けられん。『法律を守って、安全運転をしていても無理』という事じゃ。

1件目はまあ、社員側が被害者なのでまだ良い。

しかし2件目と3件目はどうじゃ? 原因を作った方は被害者となり、そのまま死亡した。

法律は弱者の味方、とは言うが……本当に車は強者なのか? この後、轢いてしまった方は、刑事的にも社会的にも罰せられる。下手すると会社をクビにされる可能性もあるんじゃぞ。
一生を棒に振ると言っても、過言ではない。ついでに世間からは犯罪者、殺人犯として見られるじゃろう。

わしははっきり言う。この場合、本当に巻き込まれて可哀想なのは、車を運転していた方じゃと。撥ねられて死んだ方? んなのは自業自得じゃ、あの世で悔いろ。

歩行者や自転車で移動している方は、あまり気付かんじゃろう。それに「車の方が止まってくれる」あるいは「歩行者優先、車は止まって当然」と考えている事が多い。

しかしのう。車は「そう簡単には止まれない」んじゃよ。自分で運転すると、よく分かる。

信号ならそれも分かる。信号などで歩行者を待つのは、(まあ、わざわざゆっくり歩く輩もおるから頭にはくるが)車として仕方ない。しかし、信号も横断歩道も無い場所で、道路を横切るのはどうなんじゃ?

車が全く来ないなら、さしたる問題も無い。じゃが、2件目の場合は車が来てるのに渡っているんじゃ。車の運転手は前方不注意と言う事で罰せられるが、果たして不注意はどちらなのかのう。

更に3件目なんか最悪じゃ。

夜中に、道路の真ん中で突っ立ってるのは、何の意味がある? どうぞ撥ねてくださいと言ってるようなもんじゃろう。
しかも書いてある文章をよく読むと、被害者になってる老人は、暗い色合いの服を着ていたそうじゃ。いくらライトを点けてても、夜は夜。見えんものは見えん。

よく先頭走ってた車は避けられたのう。そのくらいに分かりづらい。

何も悪い事をしていない、安全を守って運転していた、なのに交通事故を引き起こした加害者として扱われる。
確かに人一人の命を奪ってしまったのかもしれない。じゃが、奪われてしまった『本人』が気をつけなかった為に、起こってしまった事故じゃろう。

わしは心底、ただ車に乗っていただけで加害者にされてしまった方に同情する。

飲酒運転とか、危険運転をして事故を起こしたなら、それは車が悪い。これは当り前じゃ。なのに安全運転をしていて事故を起こしても、罪に問われる。軽くなったりはするじゃろうが、それでも罪は罪じゃし、傷も残る。

それでも、本当に車が悪だと言えるのか? 被害者は本当に可哀想な弱者なのか?
それが理不尽でならん。流石にお咎め無しにしろ、とまでは言えんが。轢いたのには変わりないし。


実際わしもこの前な、自転車に乗ってた老人を轢きそうになった。信号の無い交差点で、かなり大きい道路なんじゃが、そこを直進中にいきなり横切ってきた。自転車なのでかなりの速度じゃ。

かなり焦ったな。大きい道路、と言ったが、当然ながら交通量も多い。その時は幸い空いていたが、時間帯によってはかなり通る。

そんな道を平然と横切って行くんじゃぞ。いつか轢かれるのは必然じゃ。今回はまあわしの車がたどり着く前に、渡りきって行ったから良かったものの……少しでもタイミングがずれていたら、アウトじゃったな。


……少し話を戻すが、この悉く原因を作った老人たち。特に3件目辺りは、認知症ではないじゃろうかと思ってる。

よく、認知症になって徘徊癖がある老人とかいるじゃろう。あまりに唐突な行動をするため、ベッドに縛り付けて動けなくする。という事件は、よくあるな。

人権がどうとかで、非難されるが……その認知症の老人が出歩き、上記のような事故を起こす引き金になると考えると、縛った人を非難する事を、わしは出来ない。

知恵の無い動物と違って、下手に閉じ込めるだけでは出てきてしまう。ならもう、縛るしかない。それは、そうなったら、どうしても避けられない時があると、わしは思う。

それは子供でも同じじゃよ。よく、子供が車に撥ねられて死亡し、親は「絶対に許さない」とか喚き散らす。

子を失った親の悲しみは、それは深いじゃろう。

じゃが、では「何故子供が車に撥ねられる様な所に居る?」と。
小学生とか、親の目を離れてきた頃なら、居る事も多い。それなりに危険も理解してきているし、車も子供の横では無茶をせん。それを轢いたら車が悪い。

んでは、もっと幼い子供ではどうじゃ?

危険というものを理解出来ないほど、幼い子供ならどうじゃ?

そのくらいだと、親が見張ってやらねば、何やらかすか分からん。確かにずっと見てるのは無理じゃが、外に連れ出す時は絶対に目を放すな。

子供放って四方山話に花を咲かせるなんぞ、言語道断じゃな。それで子供が轢かれて死んでも、親は轢いた相手を責められるだけ責めるじゃろう。しかし、その時お主は何をしていた?

これはわしの意見もあるが、同時にわしの母親の意見でもある。3人の子供を育てた母親の、な。それが当り前で、然るべきなんじゃ。

これもこの間経験した事じゃが、母親を横に乗せて走行中、路地に入った。そこで幼い子供を連れた母親がおってな。
子供がふらふらふらふらと歩いているので、かなり手前から徐行していたんじゃが……車がもう少しでたどり着くって時に、子供がこちらに寄ってきた。

流石に母親もあわてて子供を抱えて端に寄ったんじゃが、対処が遅すぎじゃろう。

その時の横に乗ってる母親の意見が「ベビーカーに荷物乗せるなら、子供を乗せろ」と。「荷物なんか轢かれてもどうだって良いけど、子供はそうはいかない」とも言っていたな。

これはたかだか20数年しか生きてないわしではなく、もう直ぐ60になる『母親』の言葉じゃからな。

泣き喚くほど大事なら、どうして守ってやらなかったのかと。本来、それが母親なんじゃろうな。


今の世の中、これだけ車が走ってる。車やバイクは、交通ルールを守らねば運転すら出来んし、免許も取れん。
じゃが、道を使うのは何も車だけではない。

今なら思うが、学生の頃のわしは、随分と自転車で危険な事をしていたんじゃなとつくづく思う。

車は、誰も轢きたいなどと思っておらん。なら、歩行者と自転車も、轢かれたくなければ気をつけろという所じゃな。

さて長々書いたので、そろそろ締めるか。

取り敢えずわしが言いたいのはじゃな。
交通事故とは、何も全部車が悪い訳ではない。危険な運転をしない限り、車が歩行者や自転車を轢く事なんぞほぼ有り得ないんじゃ。
当然、車の中身は人間じゃ。ミスはある。それで罰せられたら、自業自得、身から出た錆。

それ以外での事故なら、原因は車では無い。轢かれた方じゃ。
車は大きいので見た目は強者じゃが、ある意味社会的には弱者である事を、自転車や歩行者にも分かってもらいたい所じゃ。
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