秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
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エピローグ
「んんー……」
 怠い。とにかく怠い。
 どうやら少しばかり寝過ぎた様だ。怠過ぎて目を開ける気力も沸いて来ない。
 しかしそういう訳にも行かないだろう。起きたばかりで寝ぼけているとはいえ、意識があるということは、起きねばならない。
 仕方ないので目を開けると、何故だか目の前には若い女性の顔があり、しっかりと目が合ってしまった。
「……誰だ?」
 と、思わず誰何するリィーキ。
「気が付いたのですね」
 しかしリィーキの誰何なぞ、聞いていないのか、女性は顔をほころばせている。
 何か心当たりは無いかと頭を働かせることで、少しずつ寝ぼけていた意識が覚醒し、自らの記憶の中から女性の名前と顔を掘り起こした。
「ああ、サナリィだっけか。村長の娘さんだったな」
 その女性とは、自分がハガラズの群れから救った人物であるようだ。
「はい、あの時は有難う御座いました。まさか助けてくださったのが、元大神官のリィーキ様だと聞いたときには驚きましたけれど」
「そりゃなぁ。相手は竜な訳だし、普通は夢にも思わないだろ」
 などと言いながら、身体を起こす。どうやらベッドの上だった様だ。しかし、身体の傷は治りきっていないらしく、鈍痛がせり上がって来た。
「痛てて……」
 そんな様子を見て、サナリィは心配そうにリィーキに触れる。
「まだ横になっていないと駄目ですよ。ネィグ先生に治療してもらって3日間ほど眠り続けたとはいえ、まだ完治していないのですから」
「そうか……って、3日!?」
 どうやら余程体力を消耗していたらしい。気を抜いたら血が吹き出て倒れた所までは覚えているので、そこから寝続けたのだろう。
「目覚めだけは良い、ってのは自慢だったんだがな……まあ、それは置いておくとして、シルグを呼んで貰えねぇかな?」
「その事なのですが……」
 リィーキは何の気なしに訊いたのだが、サナリィは少し表情を曇らせながら説明をした。
 サナリィの話によると、シルグはもうサヌ村にはおらず、既にリーアへと発ったらしい。
 サヌ村でリィーキの回復を待っているより、先にリーアで情報収集などを行いながら待つというのだ。
「確かに合理的っちゃ合理的だな……」
 とは言え、置いてきぼりを食らったのは間違いない。少しばかり気を落とすリィーキであった。
「それでシルグ様からの言付けなのですが、『私は先にリーアで待っている。動けるようになったら、なるべく早めに後を追って来い』だそうです」
 しっかりと言付けを頼んである所を考えると、それなりに気を使ってくれたのだろう。
「そうか。3日も待たせたんじゃ、早く行かねぇとな」
 痛みは無視し、ベッドから降りる。
 上半身は裸で、包帯は既に取れたらしい。見たところ大きな痕(あと)は出来ているが傷口は完全に塞がり、後は痛みが引くのを待つだけのようだ。
「大丈夫なのですか?」
「ああ、このくらい問題無いさ」
 サナリィが心配そうに見守る中、リィーキは笑顔を作って見せた。釣られてサナリィも笑う。
「あの……リィーキ様」
「何だ?」
 リィーキがベッドの横の机に折り畳んであった服に袖を通していると、サナリィはなにやらもじもじとし始めた。
「いつか……またこの村に来てもらえませんか……? 私、待っています」
 言われてきょとんとしたリィーキだったが、「分かった」と頷く。それを聞くと、サナリィは顔を真っ赤にする。
「有難う御座います! あ、お腹空いていますよね。今御用意致しますから!」
 そうして弾むような笑顔となったサナリィは、同じく弾むようにして部屋を出て行った。
 残されたリィーキは、サナリィが出て行った戸を見ながら。
「ま、大神官って怨まれるくらいは覚悟してたが、慕われてるっぽくて良かったな」
 などと独りごちるのであった。



「ほい終わり」
 コクロウの民宿のダイニングの椅子にバリセラスを座らせて治療していたメラウは、そう言ってバリセラスの背中を、バシンと叩いた。
「……助かった」
 全身の傷を治して貰ったとは言え、今の一発がかなり痛いらしく、顔を顰めながらバリセラスは礼を口にした。
 セグラを倒した後、バリセラスは身体を引きずりながらメラウの居るところまで歩いた所で力尽きた。その後は聖印の無い神官たちに保護されて、コクロウの民宿に運ばれたのだ。
 メラウはバリセラスの治療をするため、一緒に付いてきたのである。
 既にあれから半日以上経っており、もう真夜中である。現在セネラやコクロウの様な反コルドの人間は、後始末の真っ最中なのであった。
 コルドの人間を全て拘束し、レルの実栽培に加担していた町民の検挙も行う必要がある。かなりの大仕事であり、そう簡単に終わりそうも無い。カイシも、今はそちらの手伝いを行っているようだ。
「……メラウ。お前は変だとは思わないのか」
 唐突に、バリセラスはメラウに質問をし始めた。メラウは何の事かさっぱり分からないらしく、首を捻って疑問符を頭に浮かべた。
「変って、何がよ」
「あまりの手際の良さに。だ」
 やはりバリセラスが何の事に対して言っているのか分からず、浮かべている疑問符を更に増やすメラウ。そんな姿を見て、バリセラスはため息を吐きながら話を続ける。
「完成されていた下準備、攻め入る段取り、そして実際の行動。飽く迄も本来、俺たちは唐突に訪れた異分子な筈だ。それなのにも関わらず、事が上手く運びすぎている。俺は、最初から全て計画に入っているかの様な動きに思えてならない」
「んーでも、誰がそんな計画立てるのよ」
 バリセラスの言うことは分かるが、そんな計画をするならかなり手の込んだ手回しが必要になるだろう。
 なら、誰がそんなことをするのだろうか。
「カイシだ」
 しかしバリセラスは即答した。
「何でカイシ?」
「……アイツは何かを知っている。知っている上で、行動している。目的は分からないが、確実に何かを企んでいる」
「……」
 バリセラスの真剣な雰囲気に飲まれ、思わずメラウも深刻な顔になる。だが、直ぐに馬鹿らしくなり、普段どおりの顔に戻る。
「ふーん、まいいや。ところでさ、これからどーするの? 反コルドに入って活動?」
 メラウの様子を見て、バリセラスもやや気を緩める。
「いや……俺は反コルドに入る積もりはない」
「んじゃどうするのよ」
「恐らくこれからも、カイシは何か言ってくるだろう。だから、それに乗ることにする」
「うい!? 何か言ってることおかしくない?」
 バリセラスの言葉に、今までで一番大きな疑問符を浮かべるメラウ。
 先ほどまでの言葉を聞いてると、カイシを危険視しているという風にしか聞こえない。なのに敢えてカイシと関わろうと言うのだ。
「……所々で不穏な言動は多いし、実際信用できない。しかし……何故か敵意は感じない。それに、一度関わってしまったからには、ここで終わりと言う気もしない」
「よーするに、『毒を食らわば皿まで』って事?」
「そういう事だ」
 椅子から立ち上がり、ダイニングから廊下へ出ようとするバリセラス。
「どっか行くの?」
「今日はもう疲れた。寝る」
 メラウの質問に答えた後、バリセラスは廊下に出て、ベッドのある部屋へと向かった。
「私は何か食べてから寝よっと」
 一人になったメラウは、食べ物を探して民宿内を漁りに出るのであった。
 
 
 反コルドの人間が、コルドの神官達や町民達を拘束していく姿を、大教会内の窓から眺めながら、カイシとセネラは椅子に座って休んでいた。
 部屋は薄暗いが、月の光が窓から差しているので、明かりが無くとも良く見える。
「皆さん良く働いてくれますねぇ。僕なんか、もう疲れて動く気もありませんよ」
 などと、気の抜けた感想を述べるカイシ。
「よく言うよ。あんた一人で何人殺したさ。少なくとも全体の1割は行ってるよ」
 呆れながら、セネラはカイシを眺めた。顔は相変わらず微笑で、何を考えてるか分からない。
「ソルスク連合王国第1特務部隊隊長補佐官、送風のセネラにお褒めいただけるとは、光栄の極みです」
 手に持った酒を傾けながら、気楽そうにしているカイシを見て、セネラは軽く息をついた。
「全く……あんたには適わないよ。あたしは国から派遣されてきただけだけど、今回の事は殆どあんたが決めて仕切ってたんだろ? 手回しして最初から最後まで、ほぼ全部。一体どこまで知ってるんだい。コルドも反コルドも含めてさ。内情知らなきゃ、こんな作戦立てられないよ」
「いえいえ、滅相も無いですよ。僕はただの情報屋ですから」
 飲み干した酒が入っていた杯を、槍の変わりにくるくると手のひらで回しながら、暢気にのたまう姿を見て、訊くだけ無駄だとセネラは悟った。
 セネラも自分の酒を一気に煽ると、椅子から立ち上がる。
「もう行かれるので?」
「ああ。あたしは明日から忙しくなるし、国に戻らなきゃならないからね。今日はさっさと寝る事にするよ。あんたはどうするんだい?」
 するとカイシも立ち上がる。セネラと共に行くのかと思いきや、棚に置いてあった酒瓶を持ち上げ、空になっていた自分の杯に注ぎ始めた。
「僕はもう少し、外を眺めてますよ」
「……そうかい。じゃあね、またいつか会うだろうけどさ」
 肩をすくめながら、カイシに背を向けるセネラ。すると、掻き消えるようにして姿を消した。
「……一先ず、終了と言った所でしょうか」
 セネラが去った後、窓へ近付き月を見る。青白く光る月は、少々物悲しい。
「それにしても……あのセネラさんに気付かれないとは、流石と言えますね」
 誰も居なくなった筈の場所なのに、カイシは誰かに語りかけるようにつぶやいた。
「……それに気付くお前はどうなのだ、メストーノ」
 すると、月の光が当たるだけで何も無い背後から、仮面の男が現れた。
「おやおや、それ分かってて言ってません? 僕のファミリーネームはクレパイグです。メストーノではありませんよ。
 それで貴方は、何とお呼びすれば良いのでしょうか? なんなら本名で呼びますけれど」
 背後から現れた仮面の男の方を振り向くと、親しげに会話を始めるカイシ。
「シルグだ。これから暫くは、そう名乗ることになる」
「分かりましたシルグさん。ところで、シルガ半島だからシルグですか? 安直な名前ですねぇ」
 棚にある別の杯を取り、差し出すカイシ。
「……呼び名など、分かれば良い」
 シルグはそれを断り、今までセネラが座っていた椅子へ腰掛ける。
「……それで、これから貴方はどうなさるお積りなのでしょうか」
 今までの表情とは打って変わり、真剣な顔となるカイシ。気配も引き締まり、彼も本気で会話する積もりなのだろう。
「……お前に任せることにした。私は私で準備を始める。お前は、バリセラスを導いてくれ。
 あれは思慮深く見えて、短絡的な所がある。お前が守ってやってほしい」
 シルグは顔を伏せる。月の光に照らされて微妙な影となっている為か、心なしか仮面が寂しそうな表情に見える。
「唯一の肉親である弟を殺した、透明な剣を使う男に復讐を果たす。面白い話ですよね。何故女性に危害を加えられないのかも分からず、復讐の事ばかり考えているのですから」
「……」
 無表情で皮肉を口にするカイシに、シルグは押し黙った。
 そのまま顔を上げ、窓から見える月を眺める。それに合わせて、カイシも振り返って月を見上げる。
「三日月じゃなくて、残念ですか?」
 窓から見える月は、半月だ。カイシの言う三日月は、もう終わってしまっている。彼らにとって、三日月とは反コルドの象徴なのである。
「……カイシ・クレパイグ。お前はこれからどうする積りだ」
 互いに月を見上げた状態のまま、シルグは問いかけた。
「まずは、サミナルコ王国の首都へ向かおうと思っています」
「首都……エクセーナか」
「ええ。バリセラスさんにはまず、反コルド側の姿勢と理念を見てもらわねばなりません。そして少しずつ……コルドの持つ理想を、伝えて行こうと考えています。
 これからは大変ですよ。バリセラスさんが自分でO・Hなどを名乗っても問題無い様に、情報伝達を悉く潰して来ましたが、ここまでの事を起こしたんです。近い内には知れてしまうでしょうし、エクセーナに行く以上はもう隠せません」
「……そうだな。なら私は、コルド側の国に行く。暫くはお前と会うことも無いだろう。だから……バリセラスを頼む、カイシ・クレパイグ」
 そう言い残し、シルグは再び解けるようにして姿を消した。気配も消え、もう近くには居ないだろう。
「……分かりましたよ。最後まで、僕が守ります。命に代えても」
 完全に誰も居なくなった部屋で、カイシは月に向かって呟く。
 これからは道を示してやらねばならない。だた、それを悟られるのはまだ早い。まだ信用させてはならない。
 これはバリセラスが選ぶ道。人々が描くさまざまな想いを見て、一体彼は何を思い、何を得るのか。
 それは、誰にも分からないだろう。その時が来るまでは。
「それにしても……追加能力者(イーター)か……。この呼び方、僕は好きじゃありませんねぇ」
 自らの半身とも言えるべき親しい物の白臓を喰らう事で、ごく稀にその者のO・Hを受け継ぐ事が出来る。
 だが他人の命を喰らうことで得たその力を、得た者は蔑む様にして自らを喰らいし者(イーター)と呼ぶ。自らに刻み付ける様に。決して忘れぬ様に。
「貴方の得た力は、希望なのでしょうか、それとも絶望だったのでしょうか。それは貴方が決める事ですね」
 カイシは一気に手に持っていた杯を月に掲げ、一度深い笑みを作ってから、自らの口に運んだ。
 今夜は取り敢えず、ゆっくり酒を飲もう。


O・H~オリジナル・ハート~ 了
鉄の剣と水の爪 4
(ここ……までか……)
 迫ってくる水の柱を見ながら、バリセラスは死を覚悟した。自分の能力は基本的に接近戦だ。壁まで吹き飛ばされた今、どう足掻いても攻撃は届かない。
(俺は、結局弱かっただけなのか……)
 目の前で唯一の肉親を殺され、怒りに任せて剣を取った。
 しかしあの時も、透明な剣を使う男に負けた。
 何の思惑が有ったのかは分からないが、あの時殺されずに今まで生きていた、
 だからせめて、一矢だけでも報いようと無駄な足掻きを今までやってきた。
 わざと自分の名前や能力名を大きく出し、あの男の耳に少しでも入れば、また相見(あいまみ)えるかも知れないと。
 だがもう、ここまでの様だ。

『バリスさん。『馬足頼りて目途(もくと)を損ずる』、という諺は知っていますよね?』

 諦めて死を受け入れようとした時、頭の中で最も信用できない人物の声が聞こえた。いや、ただ記憶の中にあった言葉が幻聴として聞こえたのだろう。
 この期に及んで、まだ自分は生きる意志があるらしい。
(馬足頼りて目途(もくと)を損ずる……プライドや過程を優先すると、その先には失敗が待っている……か……)

『貴方には、死んでもらっては困るのです』
 
 頭の中で聞こえるのは、昨日バリセラスが一人で乗り込もうとした時に、カイシが発した言葉。そう、此処で死を選べば、反コルドの人間も全滅するだろう。
 それにまだ、復讐を果たしたどころか、目的の男に剣を向けてさえいないのだ。
(……死ぬ覚悟くらいは、出来ているつもりだったんだがな……まだ……俺は死ねない……)
 それにしても、死に掛けの時に思い浮かぶ人物があの男なのには辟易ものだが、今死んでも意味が無いのは確かだ。
 だがバリセラスの身体もO・Hも、迫ってくる水の柱に対抗できるものではない。
(この現状……打破するならもうアレしかないか……)
 戦いが嫌いだったアイツの力。絶対に戦いの中では使わないと決めていた力。だが、今ここに在るこの力。
(すまないグリドラス……お前の力、借りるぞ!)
 バリセラスは、戦いには絶対に使わないと決めていた力を、解き放つ腹を決めた。
 自らのプライドを、命を守るために曲げる決意を。


 
 震える足に力を入れ、今まさに襲い掛かってこようとしている水の柱を、正面から見据える。
 飛び退いても、剣で防いでも、結果は同じだろう。万全であっても助かる可能性は低い。
 だからこそバリセラスは、死ぬ気で白臓の内に眠るもう一つの力を発動させた。
「雷飛(らいひ)!」
 そう叫んだ瞬間、バリセラスに向かって水の柱が襲い掛かる。
 後ろの壁にめり込み、大穴を空けながらのたうつ大量の水。これを受けたのなら、瀕死のバリセラスに命は無かっただろう。
 しかし彼は、水の柱が直撃した場所からやや外れた、空中に静止していた。
 また鉄の鎖で避けたのか、とセグラは3つ目の水の柱を放とうとして、目を疑った。
「支えて……いない……?」
 バリセラスは、手に剣は持っているものの、本来身体を支えているべき鉄の鎖が、天井から生えていない。完全に生身のまま空中にいるのだ。
「いや……そんなもの、所詮は虚仮威(こけおど)しだろう!」
 一瞬迷ったセグラであったが、気を取り直し3つ目の水の柱を、空中に居るバリセラスに向けて放った。
 水の柱は、直接セグラが軌道を操れる。例え空中に居ようと、簡単に避けることは出来ない。
「雷(らい)……速真骸(そくしんがい)!」
 そんなセグラに対するように、バリセラスは空中を無秩序かつ小刻みに飛び回る。これでは狙いが付けられない。
 それに、セグラへと確実に迫っていく。
「……くぅっ!」
 だがバこんな激しい動きをすれば、負担がかからない訳が無い。左手は動かないよう右手に添える形で固定してあるが、剣を持った右手で胸を、心臓がある場所を押さえている。
「そうか……お前も最後の力なのだな……私も、負ける訳にはいかん!」
 3つ目の水の柱をそのままに置き、4つ目の水の柱を自らの前へと移動させる。
「くふっ……!」
 するとふいに、セグラは血を吐いた。
 左手で心臓付近を掴み、顔を苦痛に歪ませながらも、右手をバリセラスの居る空間へ向ける。
 本来の上限を越えるO・H使用は、その能力を使用する白臓に負担がかかる。そして白臓の負担は、身体全てへと渡る。
 セグラとて、もう長くは動けまい。
「……っ……終わりにする……水……狩り!」
バリセラスを挟むように立つ水の柱から、大量の爪が吐き出された。
「うおおおぉぉぉぉぁぁぁぁ!」
 それをバリセラスは、避けずに、一気に加速して突き進む。目の前に迫る水の爪のみを剣で強引に切り落とし、それ以外の水の爪は捨て置く。半ば捨て身の、致命傷のみを避ける最小限以下の動き。全身を切り刻まれながらも、包囲を抜ける。
「天より降る……鋼鉄の雨……」
 抜けて尚、バリセラスを追わんとする水の爪が、背後から迫る。その中で、バリセラスは唯一の武器を、自分ごと包むように薄く広げた。
「爆雨鉄針(ばくうてっしん)!」
 手のひらに残る程度の鉄だけを残し、広げられた剣は無数の針となり、暴風雨の如くグラと迫ってくる水の爪へと降り注ぐ。
「その程度の攻撃など……!」
 セグラを多い尽くすように迫る鉄の針を、水の爪で迎撃に入る。これを相殺しきれば、バリセラスにもう武器は無い。
 打ち出される水の爪で、次々と鉄の針は相殺される。同時にバリセラスに向かっていた水の爪も、鉄の針によって相殺された。
 バリセラスとセグラの間には、相殺しあって無力化された水と鉄が、飛沫のように舞う。
 セグラが上空に居るバリセラスに水の爪を放とうと構えを取る中、バリセラスも両手を振り上げ、鉄で包むようにして1つに固定する。
 そして、水の爪が射出されると同時に、バリセラスは急降下した。
 最後の力を振り絞り、固定した両手へ込める。その両手はかすかに光を帯び始めた。
「天翔(てんしょう)……」
 セグラの放ってきた水の爪を持ち前の動体視力を生かし、紙一重で避ける。切り裂いたのは数本の髪のみ。もう水の爪を放つ時間的余裕は無い筈だ。
 セグラも元より避けられると感じていたのだろう。既に手に水の爪で作る剣を握り、迎え撃つ構えを見せている。
「高雷(こうらい)!」
 その剣に向かって、バリセラスは渾身の力を持って腕を振り下ろした。
 バリセラスの手と、セグラの水の剣が打ち合うと同時に、激しく迸る光が放たれる。
 青白く輝く光は、波打つ波動のように広がり、獣が雄叫びを上げたように轟く。
「がああぁぁぁぁ!」
 同時に、悲鳴が響いた。
 
――バシャン――

 バリセラス、セグラ、共に辺りに飛び散っている水へと倒れた。
「雷の力……か……。お前は……二重能力者(ダブラー)だったの、だな……」
 水の中に倒れたまま、独り言のようにこう口にしたセグラは、そのまま意識を手放す。
 バリセラスの使った力は、紛れも無く『雷』の力だ。絶縁体でも挟まない限り、逃れるすべの無い力。特に水は、非常に良く電気を通す。セグラにとっては、不可避たる攻撃だろう。
 だがどうあっても鉄を操る力とは結びつかない。それを用いたという事は、つまり複数の能力を持つという事である。複数の能力を持つということ、即ちそれは、二重能力者(ダブラー)。
「違う……」
 しかしバリセラスは、それを否定した。
 バリセラスは重々しく身体を持ち上げ、何とか立ち上がる。全身から血を流し、顔は青ざめ、足元は覚束無い。だが、確実に立ち上がった。
 勝者は、間違いなくバリセラスなのだ。
「俺は……二重能力者(ダブラー)なんかじゃ、無い。俺は……追加能力者(イーター)だ……」
 けれどもバリセラスは、喜ぶどころか、寂しげに自ら付けた忌むべきその称号を口にする。もう完全に気を失っているセグラに向けて。
 勝利した歓喜などは無い。ただその内には、どうしようもない虚しさだけが残るのであった。


 
 背後の建物から、地面を揺るがすような轟音が聞こえてくる。
 その音を聴いて、戦いが終了した事を悟ったカイシは、満足げに頷いた。
「お疲れ様です、バリスさん。貴方は、セグラ総司と刃を交えたことで、何を感じましたか?」
 今は疲弊して、動くのもままならないであろうバリセラスを想像しながら、力を抜いて槍を降ろした。
 周りは既に、動いている者は誰も居ない。カイシを突破しようと襲い掛かってくる神官を、悉く斬り捨ててそこに立っている。
 バリセラスがセグラと一対一で戦えたのは、カイシの力によるものが大きい。だが、彼を取り囲んだ人数は少なくとも50人は軽く越えている。場を守りながら、動かずに、である。
「とは言え、まだまだですよ」
 カイシは後ろを振り向き、大教会を眺める。セグラという司令塔を失った此処は、もう長くは持つまい。
 他の場所でも、セグラからの命令が無くなり再び混乱状態となったコルドは、瞬く間に劣勢へと成っている。
 この戦いが終わるのは、もう直ぐだろう。反コルド側の勝利として。


『エピローグ』へ
鉄の剣と水の爪 3
 扉を蹴破った先の部屋は、巨大な池がコの字を描くように作られていた。随所に手の凝った彫刻が彫られ、大教会の名に恥じぬ荘厳な空間がそこにあった。
 本来であれば、此処を訪れた人間は美しい場所だと思うであろう。この場所に居るだけで、身が清められていくような気になってくる。
 バリセラスとて、単なる一般人であれば、そう感じたのかもしれない。しかし此処は、今彼と対峙している一人の男が使う、武器そのものなのだ。
「……来たか。『蒼髪の悪魔』」
「……お前がセグラ・トーク総司だな」
 肩まである薄い茶色の髪を揺らしながら頷き、「そうだ」と答えるセグラ。
「まさか此処まで大きい集団だったとは思わなかった。完全に読み損ねていた。いや、そこまで考えが至らなかっただけだろう」
「……」
「確か、バリセラスという名だそうだな。……クィーミンとリィーキ。私の大切な恋人と友人に刃を向けた事、ここで後悔させてやらねばならない」
 右腕を外側へ突き出し、手を広げる。その手に覆いかぶさるように、セグラの背後にある池から水が浮き上がってきた。
「行くぞ!」
 その右手を一閃させる。すると、残像すら見えそうな速度で、人の胴と同じほどの水が飛ぶ。
「くっ!」
 反射的に左側へ跳び、飛来してくる水を避けるバリセラス。当たりもかすりもしなかったが、彼が今まで立っていた場所に命中する。
 すると、まるで元々バターなどで出来ていたと思わせるほど、綺麗に切り裂かれていた。
「水の…剣……」
 セグラの持つ『水の爪を作り出して放つ』O・H。これは、自らの周りにある水を、切れ味が鋭い爪へと形を変え、射出する。
 水の爪が持つ切断力は高く、単なる壁程度なら楽に両断するし、人間の身体など、数人が束になっていても、まとめて真っ二つにされる。
 まともに受ければ、即死は免れない。
「……どうする」
 第1射を避けたバリセラスであったが、セグラは次々に水の爪を放つ。動きを先読みし、バリセラスが足を出すであろう方向に向けて、牽制や誘いも含めながら、巧みに水の爪が襲い掛かってくる。
 避けられた水の爪は、床に綺麗な傷を付け、水溜りとなっていく。その水溜りも、少しずつ増えてきている。
 このままでは近づけない。それどころか、下手に退く方向を誤れば、即刻切り刻まれるだろう。
「攻めない訳にもいかないか……」
 ただ避けるだけでは、いずれ逃げ場が無くなる。そう考えたバリセラスは、剣を抜いて前へと踏み出した。
「間合いには入れさせん!」
 それをセグラが許す訳が無い。今までの3倍はある水の爪を作り、バリセラスの真正面に向かって放った。
「はあぁぁ!」
 それをバリセラスは避けず、自らの剣で受ける。そして、振りぬいた。
 水の爪は逆に両断され、その場にただの水となって落ちる。
「……今のを受けたか」
「剣の硬度を保てば、何とかなる様だな」
 速くて鋭いとはいえ、質量的にはそれほど多くない、所詮は単なる水だ。使用者の手から離れている以上、手に持って直接硬度を強化しているバリセラスの剣と打ち合えば、直に力を注がれている方に軍配が上がるのは当然。
「とはいえ、持久戦には不利。ならば!」
 一気に駆け、更に距離を縮める。
 次々とセグラの放つ水の爪を、回避出来る物は回避し、直撃するものは先ほど同様、強引に切り落とす。
 セグラとの距離が目前となり、もう直ぐバリセラスの剣が間合いに入る所まで来た。
「届け!」
 この攻撃さえ通れば、勝機はバリセラスの物だ。
 剣を伸ばして突き崩そうとした時、一瞬バリセラスの目には、セグラが笑みを見せた気がした。
 同時に、背筋に悪寒が走る。
 気付いた時には、背後から風を切る音が聞こえていた。
「っ!?」
 伸ばした剣が届く前に、バリセラスから赤と透明の鮮血が舞った。

「せあぁ、はあぁ、たあぁ」
 ステップを踏み、クィーミンの拳が高速でメラウへと襲い掛かる。
「うりゃー!」
それをバリセラスに付けてもらった手甲(ガントレット)で防ぎつつ、メラウは重い拳をクィーミンに
繰り出す。
 前回は硬い服に阻まれて逆にダメージを受けたメラウであったが、手甲(ガントレット)のお陰でそのまま攻撃出来るようになっている。メラウにとって、この装備は攻防共に有効な装備なのだ。
「本当、バリスに感謝ね!」
「くっ!」
 メラウの拳がクィーミンの左肩に命中する。鎧より硬いと言うクィーミンの服の前にはダメージとして通りづらい。だが、ほんの少し体制を崩した。
「もらったー!」
 それを見逃さず、クィーミンの頭部に後ろ回し蹴りを放つ。辛うじてガードが間に合ったクィーミンだったが、直接的なダメージは無くとも、衝撃を完全に殺すことは出来ない。
「……っ!」
 後ろに跳んで体制を立て直そうとするクィーミンだったが、既にメラウは地面を蹴る動作に移っており、離れようとしているクィーミンの懐に入る。
「ぶっとべー!」
 両手の掌を、踏み込みと身体の重心移動で同時に放つ。要するに、両手で掌底(しょうてい)を出したのだ。
「ぐ……かはっ……」
 避けることが出来ず腹部に直撃し、クィーミンは大きく吹き飛ばされる。
 拳と異なり、掌底は衝撃が逃げにくい。そのため、防具である服を通しても十分ダメージとして相手に与えられる。それをまともに受けたクィーミンは、背中から地面に着地して転がった。
「うぅ……ゲホッ……くぅ……まだ、終わってない……」
 かなりのダメージを負ったらしく、かなり苦しそうだ。だがそれでも、クィーミンは立ち上がる。
「何か動き悪そうね。見た感じ、左手かな? 打ち出すとき、若干震えてるわよ」
 そんなクィーミンの弱点を、正確に言い当てるメラウ。クィーミンの左手には、カイシから火だるまにされた時の後遺症が残っている。治療をしたとはいえ、本来安静にしているべき状態だ。
「セグラ様は、私がお守りする……ここで倒れる訳にはいかないのだ……!」
 メラウに向かって突進するクィーミン。拳を振り上げ、メラウに襲い掛かった。
「……守るものがあるって、大変ね」
 軽々しく避けながら、どこか詰まらなそうな声を出すメラウ。
「お前も、守るものがあるからこそ、反コルドとして活動しているのだろう!」
「ううん。無いわよそんなの。ただの気まぐれ。それ以上でもそれ以下でも無いけど」
「なん……だと……?」
 思わず、攻撃の手が止まるクィーミン。攻撃するには大きすぎる隙を見せているのだが、メラウは手を出そうとはしない。
「コルドがどうなろうと、私の知ったことじゃないし。ただ好きなようにやってるだけ」
「……思想無き者がぁぁ!」
 怒りを露にしたクィーミンは、右手を大きく振りかぶり、打ち出す。しかし、メラウはそれを事も無げに受け止めた。
「……思想を持ってるから、何だって言うのよ」
 受け止めていた手を引き寄せ、左足で回し蹴りを放つ。引き寄せられたことで体勢を崩したクィーミンは、そのままメラウの蹴りを、防御もない状態で頭部に受けた。
「セグ……ラ……」
 倒れながら、愛する人の名を口にしつつ、意識を失うクィーミン。そんな彼女を、メラウは冷めた目で眺める。
 気を失ったことでO・Hが解除され、クィーミンの硬質化していた服は、元の柔らかい普通のドレスに戻った。
「……何か興ざめしちゃったなー」
 完全に意識のを手放し仰向けに倒れているクィーミンを、詰まらなそうに一瞥した後、先ほど悲鳴が聞こえていた方向を見る。よろよろと起き上がっているところを見ると、特に問題はなさそうだ。
「……これからどーしよっかな。バリスのトコ行っても、手を出すなーって怒られそうだし」
 カイシ辺りを手伝いに行っても良いのだが、どうも気が乗らずに自分が倒した相手の横に座りつつ、ため息を吐くメラウ。
「思想なんか持ってたって、死んだら終わりじゃない……」


 左の肩口から鋭い痛みが走り、赤と透明の飛沫が舞う。
 反射的に右側へ飛ぶことで直撃さえ逃れたものの、受けたダメージは大きい。
セグラはバリセラスが接近してきたところを狙って、バリセラスの背後を取るように水の爪を放っていたのだ。
「……くっ!」
 しかし、休んでいる暇など与えてもらえない。情況から考えて、セグラの能力は自らの手から射出しなくとも、別な方法で撃てるらしい。
「……逃したか。だが、その状況では長くは持つまい!」
 前後左右、あらゆる方向から水の爪が飛来してくる。少しでも気を抜けば、その時点で全てが終わってしまう。ただでさえ負傷して血液が流れ出しているバリセラスにとって、単に逃げ続けるだけの状況ほど苦しいものは無い。
 動きは悪くならざるを得ない為、完全には避けきれない。右の二の腕、左の太腿、腹部、顔……さまざまな場所を切り裂かれる。
 それでも、彼は避け続けた。致命傷だけは避けるように。
「逃げ続けるか、蒼髪の悪魔」
 セグラは大きく腕を広げた。すると、部屋中に溜まった水が波打ち、バリセラスに向けて一斉に爪となり襲い掛かった。
「全方位、水狩(みずが)り!」
 バリセラスを囲むように、四方八方から一斉に水の爪が飛来する。逃げ場の無い、必中攻撃だ。避けられる場所は……無い。
「いや、まだだ!」
 そうバリセラスが叫んだ瞬間、彼が居た場所へ水の爪が殺到する。激しく水がぶつかり合い、打ちつける激しい音が響く。
「鉄紙舞踏(てっしぶとう)!」
 上空から、髪の毛ほどの銀色をした紐が、何十本と降り注いでくる。あまりに儚く輝くそれは、怒涛の力強さを持って踊り狂うようにセグラに襲い掛かった。
 バリセラスは水の爪が直撃する寸前、天井へ鎖状にした鉄を飛ばし、上空へ跳躍すると同時に体を鉄で巻き上げたのだ。
「流石、避けたか!」
 自らを覆うように迫ってくる大量の鉄の紐に対し、水の爪を幾重も放つ。
 全てが鉄で出来ているとはいえ、所詮引き伸ばして細くした物だ。強度はどうしても落ちる。
 セグラの放った水の爪は、ほぼ鉄の紐と相殺する形で全て霧散した。
 だが、セグラの見上げる先には、キラキラと光を反射する水と鉄が、幻想的に思えるほど煌びやかに落ちていくだけで、人影は一切見当たらない。
 目眩(めくらま)し。
そう直感し、反射的に後ろを向くと、眼前に白刃が迫っていた。
 防御は間に合わないし、身体を捻っても直撃する。最後の防衛策として、セグラは思い切り後ろへ跳んだ。

――ザシュッ――

 降りぬかれたバリセラスの剣は、セグラの胸を切り裂いた。
「くっ……だが、まだ致命傷ではない!」
 出血は多いが、表面を切り裂いたに過ぎない。セグラはそのままバリセラスを迎撃せんと、水の爪を飛ばそうとする。
「ぜあぁ!」
 しかし、その暇をバリセラスは与えない。足を止めることなく踏み入り、更に剣を振るう。
 攻撃に回ることの出来ないセグラは、やむを得ず水の爪を飛ばすのではなく、剣として使いバリセラスの攻撃を受けた。
 両者の剣が鍔迫り合い、視線は交差する。
「……バリセラスと言ったな。お前は何故、反コルドとして教会を破壊している」
 互いに手負いで、鍔迫り合いという緊迫した状況なのにも関わらず、セグラはバリセラスに向けてこんな質問をした。
 疑問符を浮かべながらも、バリセラスは答える。
「……コルドに恨みがある、ただそれだけだ!」
 セグラにどんな思惑があるのかは分からないが、今は命をかける戦いの中だ。問いかけられた事など気にせず、果敢に攻め入るバリセラス。
相手の剣を打ち払い、下段から返すように斬りかかるが、それも受け止められた。
 鉄と水が打ち合い、互いの力がぶつかり合う最中、尚もセグラは口を開いた。
「……私も、今のコルドは嫌いだ」
 次の瞬間、セグラからありえない言葉が出る。
「……どういう、意味だ」
 セグラの口から出たこの言葉に、流石のバリセラスも困惑した。
一瞬緩めそうになる剣を握る力を、慌てて入れなおす。
 宗教とは神を信仰するもの。それを嫌いという人間は、コルドに属する者として失格。しかし、目の前にいる総司は、平然とそう口にしたのだ。
「この状況で頭でもおかしくなったか」
 改めて力を入れなおした所為で、最も大きい左肩の傷口から血が溢れる。痛みを無理やり無視し、セグラを睨み付けた。
 セグラも胸から、大量の血を流している。それでも、バリセラスの剣を受けながら、言葉を続ける。
「コルドという宗教そのものは、愛していると言って良い。だが、今のコルドが行っている所業は嫌いだと言っているのだ」
「どういう……事だ……」
 困惑しつつも、加えなおした力は緩めず、鍔迫り合いを続ける。
「コルドの教えとは、争いを嫌い、戦争を憎む事。私もそれには賛同しているし、それの為なら身を捧げる覚悟もある。しかし、コルドの取った行動とは、自らが争いの種や争い自体を、武力を持って摘み取る事だ」
 今度はセグラがバリセラスの剣を打ち払う。返す力で切り払おうとするも、バリセラスは剣の形を変え、杖(じょう)にして受けた。
 そうしながらも、セグラは言葉を続ける。
「確かにここ数十年、どの国も戦争を行なわなくなった程に効果的ではあった。だがやがてその力がいつしか傲慢な物と変わり、象徴というだけで竜を放置し、襲われているコルドに属さない人間を捨て置く。……今のコルドは、腐っている」
「腐っていると思うなら、なぜコルドに属する」
 バリセラスの言葉に、顔を伏せるセグラ。しばし沈黙した後、バリセラスの顔を正面から見据える。
「変えたいからだ。コルドを。その為に、自らの地位を上げようと必死に足掻いて、今ここに居る」
「……だから、レルの実を栽培しているのか!」
 杖(じょう)の先を鎌に変え、強引に相手の防御を越えて攻撃するバリセラス。少し後ろに飛び、避けつつ距離を稼ごうとするセグラであったが、バリセラスは鎌を槍状に変えて尚距離を詰める。
 手に持っている水の剣を伸ばすことで、セグラは槍の攻撃を受ける。
「……そうだ。この町はレルの実を栽培するためだけに作られた。就任する時も、それを承知で自ら進んで引き受けた。お陰で、近い内に昇格も約束された」
「……姑息な手段だ」
 槍を再び剣に戻し、鍔迫り合いにまで状況を戻す。
「百も承知だ。それでも……私は、人々を守りたい。ただそれだけなのだ。お前も、守りたいものがあるのだろう、青髪の悪魔バリセラスよ」
 戦いの最中であるというのにも関わらず、バリセラスに語りかけるセグラ。その顔は真剣そのものであり、瞳は確固たる光に満ちている。
 これがセグラの信念なのだろう。宗教に身を置くものとして、その宗教を変えようとしている。半端な覚悟で行動出来るほど、簡単なことではない。
「……そんな事を聞いて何になる」
「知りたいのだ。確かにお前はリィーキを倒しはしたが、殺さなかった。報告を聞く限り、ここに来る過程でも、お前は誰も殺さなかった」
 セグラは強引に押し飛ばし、同時に水の爪を放って距離を取る。それをバリセラスは紙一重で避け、剣を糸状にして飛ばす。
「始めリィーキを倒した男と聞いて、殺意が沸いた。だが、その次に来たのは疑問だった」
 足元で巻きつこうと襲ってくる鉄の糸に水の爪を撃ち、切断しつつ再びバリセラスを囲むように放つ。
 囲まれる前に、バリセラスは複数の水の爪同士の間にある隙間を辛うじて通り、接近戦に戻す。
「決してお前とは相容れないだろう」
 眼前まで迫ってくる剣を、身体を捻りながら避け、下段から水の爪で作った剣を振り上げる。
 左にステップをすることで回避したバリセラスは、横なぎに剣を振るう。セグラも同時に剣を振るい、互いに打ち合う。
「だからこそ聞いておきたい。お前は何を守りたいのかを。ここでお前を倒してしまえば、お前の理想は叶うまい。ならば、それを胸に私は目標を進もう」
 バリセラスの目を正面から見据える。
セグラは飽く迄真剣にバリセラスを見る。敵である蒼髪の悪魔と呼ばれる男を。しかし、バリセラスは逆に、目を伏せた。そして震える口で、思いを語った。
「守りたいものは……もう、居ない……俺は……俺の守りたい人はもう、この世には居ない」
「なに……」
「俺はただ復讐を果たしたいだけだ。唯一の肉親を、俺の目の前で殺した男を!」
 伏せた目を上げたバリセラスの瞳は、殺意でも憎悪でもなく、ただ悲愴に満ちている。
 人は何かを守るために戦う。だがバリセラスには、もう守るものが無い。
「コルドであると言う事と、透明な剣を使う男という事しか分からない。だから確かめる意味でもここに来た。だが……剣を合わせて分かった。お前は違う……違うが、コルドも許せない。お前個人に怨みは無い。だから誰も殺さない。その代わり、コルドであるなら潰す。それだけだ!」
 バリセラスの言葉を聞き、哀れむような目で彼を見た後、セグラは想いを決めた。
「……そうか。やはり、私とは相容れぬ様だ。ならば!」
 今まで剣として手に持っていた水の爪を、打ち合っている状況で射出する。相手を斬るのではなく、自らを後ろへ飛ばす為に。
 射出された水の爪を受け流しているバリセラスに向け、不自然な体勢ながら連射する。当然無理があり、地面に背中から着地する。
 その隙にバリセラスは斬りかかろうとするが、突然彼の足元から、巨大な水柱が立った。
「!?」
 そのまま突き上げられそうになったので、後ろに飛びのくが、足元からの攻撃という事でバランスを崩している。強制的に体制を立て直そうと無理に身体を捻り、着地をはかる。
 普段の彼なら、何の問題も無く着地できただろう。しかし、地面に足が触れた瞬間、急に力が抜ける。
 左肩を筆頭とし、全身の傷からの出血がかなり酷く体力を消耗しているのだ。その為に足に力が入らない。いや、足だけではない。末端器官である手足が麻痺しかけているのだ。
 成す術なく、そのまま地面に這い蹲るように転がる。
 それほど意識していなかったが、バリセラスの体力はあまり残っていないようだ。まだ少しなら誤魔化しが利くだろうが、限界が来た途端に、動けなくなるだろう。
「……どうやら、お前の方が先に体力が尽きるようだな。それだけの傷を負って、よく今までよくぞそれだけの動きを見せてくれた」
 セグラは周りを囲むように4つの水の柱を作り出しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「お前の能力はよく分かった。本来、戦闘には向かない金属を操るというO・Hを、自ら鍛錬を積むことで攻防共に有効な戦闘の手段とする。だが、この圧倒的な質量には勝てまい」
「水があればあるほど、威力を増すO・H……」
 うめきながらも、剣で身体を支えながら立ち上がるバリセラス。
 高く聳え立つように形を成して行く水の柱は、少しずつ反り返るように形を変え、巨大な水の爪となる。
 こういった力は、本来ならば自らの筋力で支えきれる量でしか扱えない。しかし、それを可能とするのならば、無茶をするに他ならない。
 通常の体力だけではまかないきれない力であるなら、当然ながら代わりとして生命力を奪う。その余波として全ての負荷が全身に渡り、度が過ぎれば死にも至る。
「コルドによって家族を奪われたと言うならば、全力を出して報いねばなるまい。……これが私の、最強奥義だ!」
 右手を振り上げると、それに答えるように水の柱の1つがうねりながらバリセラスに迫る。
 横幅は人の胴で2つ分。高さなら2人分はあるであろう巨大な水の柱。その大きさ故に今までより速度は圧倒的に遅いが、大きさ故に、回避も難しい。
「水竜の爪よ、全て打壊せ……水砕き!」
 上げた腕を振り下ろすと、水の柱は一気に加速する。
「くぅ!」
 力が入らず震える両足に檄を飛ばし、無理やり回避行動へ移るバリセラス。鉄を飛ばして身体を巻き上げ避けようにも、先ほどの『鉄紙舞踏(てっしぶとう)』で手持ちの鉄は殆ど打ち出してしまった。バリセラスの能力とは、直接触るか、間に金属を挟んで間接的に操るしか方法はない。手元に金属が無ければ、どうする事も出来ないのである。武器として使う為、手には抜き身の剣があるものの、天井はやや高くこれでは届いても身体を全て引き上げるには強度不足だ。
 身体を投げ出すように、前転をしての回避。しかし、追い縋るように水の柱は迫る。
 どう足掻いても避けきれないと悟ったバリセラスは、手に持っている剣を盾状に広げ、せめてもの防御として、水の柱を受けた。
「……ぐぅ」
 受け、という動作は本来、腰や足を使って踏ん張ることにある。受けきれないものなら、軸移動などをして逸らす事で力を流す。この攻撃の場合、受けるとするなら後者を選ぶのが正しい選択だ。バリセラスもそう思った。
 ただし、今の彼の身体は、自らの持ち主の言う事を聞かなかった。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!」
 巨大な水の柱に身体ごと部屋の端まで打ち飛ばされ、最も大きい傷がある左肩から壁に激突する。
 剣を盾状に展開していたことで両断さえ免れたが、左肩を庇うあまり、右半身に構えていたのが仇になったのだ。これでもう、左腕は完全に動かなくなり、力なく垂れ下がった。
「うぅ……くっ……」
 盾を剣へと戻しながら、まだ動く右腕で剣を支えにしながら立ち上がるものの、それだけで精一杯だ。もう走れそうにも無い。
 まだ無理をしない程度になら、身体もO・Hも使える。使えるが、使えるだけである。
「守るものが無いなら、生きる希望ももう無いのだろう。悲しいことだ。ならもう良い、ここで眠ってくれ」
 これ以上の戦闘は不可能だろうと判断したセグラは、再び右手を挙げて2つ目の水の柱を動かす。せめてもの手向けとして、完全にバリセラスの息の根を止める積りなのだろう。
「すまない……蒼髪の悪魔、バリセラスよ」
 右手を振り下ろすと、2つ目の水の柱が先ほど同様にバリセラスへ向かって放たれた。

続きへ
鉄の剣と水の爪 2

 夜が空け日は昇り、その日が高く上った頃、バリセラスたちはフードを目深に被って大教会付近の大通りを歩いていた。
 3人の周りには、コクロウとセネラが付き添い、他にも数名の反コルドに所属する人間が少し離れて囲んでいる。極力バリセラスたちを目立たせないようにする為だろう。
 作戦結構の通達は、まだ日が出て間もない頃から、味方となる反コルドの人間に行渡らせていた。突然の突入作戦で慌てふためく者も居るかと思われたが、各々覚悟は決めてあったらしく、大きな混乱も起こらず準備が進められていったのだ。
 大教会を攻め入る為の作戦とは、何の難しいことも無いごくシンプルなものであった。なんと言うことは無い、単なるかく乱作戦であり、それ以外にこれという策も無い。
 合図があり次第、あえて正門から突っ切るのである。
 シンプル故に、行動もしやすい。そもそも、昨日に急遽行うことが決定された突入作戦なのだ。難しい連携など、行えるものではないし、望んだところで無理だろう。
 しかし、相手側は反コルドの人間が味方の中に潜伏している事を知らないだろうし、人数も少なくない。元々単独と思われている蒼髪の悪魔が、ここまで大きい突入作戦を取るとは考えてもいないだろう。ならば、最大限それを活用する方向なのだ。
「本当にこんな単純で、大丈夫なんだろうな」
 少し不安なのか、少し弱気な発言をするバリセラス。彼にとっては珍しい。
「一人で突入しようとしてた人が、随分腰が引けてますねぇ。足りない部分は、僕たちで何とかすれば良いんですよ」
 そんなバリセラスを見て、皮肉混じりに返すカイシ。バリセラスはしかめっ面をしながら顔を背けた。
「おやおや、嫌われたものですねぇ」
 肩をすくませ、わざとらしいジェスチャーを取る。
「取り敢えず私たちは、その辺にいる人間片っ端からぶっ飛ばせば良いんでしょ?」
「そうだけど、ぶっ飛ばすのは襲ってきた奴か、胸と背に付けてるコルドの聖印があるのにしておくれ。付けてないのは味方だからね」
 メラウの問いには、彼女の隣にいるセネラが答えた。
 外の者は声を発さず、静かに空を眺めている。今の時刻は、調度昼時。大勢のコルド神官は昼食を取るこの時間に仕掛けるのが、最も混乱させられるとの事。潜入している者が騒ぎを起こすと同時に、合図の狼煙(のろし)が上げられる。
「……」
 バリセラスを含め、一同は固唾を飲んで時を待つ。
 そして……空には、一筋の白い煙が上がった。
「行くよ!」
 セネラの号令と共に、バリセラス達を囲っていた反コルドの人間は、正門へと突入して行く。
「うおぉぉぉ!」
「りゃぁぁぁ!」
 先頭を突っ切っていった数人が、隠し持っていた武器を展開する。折りたたみ式の槍や、剣を手に、突然のことに対処できていない門番を斬り捨てた。夥(おびただ)しい量の血液が、門番から噴出す。
「コルドというだけで、ほぼ無差別の殺戮か……」
 その光景を見て、バリセラスは小声で不服を漏らしていた。
「背に腹は変えられないのですよ、バリスさん。迷いは死を招きます、貴方はセグラ総司を倒すことだけ考えていてください」
 そうして、カイシも走り出す。バリセラスとメラウも、無言で続いた。
 カイシは槍のかぶせ物を取り払い、構えを取りながら敵陣へ突入する。
「まずは肩慣らしと行きましょうか」
 『蒼髪の悪魔』が近いうちに攻めてくるという情報が、ある程度は渡っているのだろう。いち早く対応した神官達が、武器を持って攻め入ってくるカイシを止めようと、武器を手に寄ってくる。
「そちらから来てくれるとは、好都合ですねぇ」
 左から右に槍を大きく振るい、敵を牽制する。槍の間合いは広いので、下手に肉薄は出来ない。しかし長さゆえに、一度横薙ぎに振るうと隙が大きく出る。
 その隙を、神官達は見逃さない。大きく開いた左側から、1人の神官が接近する。
「初歩的動作は合格としましょう」
 カイシは、左手を軸としながら持ち、右手は添えるだけで振るっていた。振るうと同時に右手を穂先側へ移動させている。そして、今度は右手に力を入れて握り、神官が向かってくる側の左足を少し前に出すと同時に、逆側で突いた。
「槍とはいえ、刃がある所でしか攻撃が来ないとは限りませんよ~」
 全くぶれる事なく顎へ突きが入り、打ち抜かれた。これで1人目の神官は昏倒する。
「ほらほら、敵の動きを見てちゃんと反応しないと」
 などと余裕を見せつつ、再び左手を軸にし、一旦右手を離して左手の下側を掴み、槍を切り返す。
 一瞬反応が遅れていた隣の神官は、成す術なく槍の刃を受けた。
 2人目が倒されたところで、カイシの頭上から落下してくる影がある。頭上とは人間の死角の1つ。いくら強くとも、死角から知らずに攻撃を受ければ逃げられない。
 影の正体は、おそらく飛行が可能なO・Hを持つ人間なのだろう。
 だが、カイシは攻撃を受ける直前で軽く飛びのき、楽々と回避する。攻撃が当たらず、逆にカイシを見失った影の持ち主は、次の瞬間には胸から槍の穂先が生えていた。
「残念。とても惜しかった所です」
 普段、バリセラス達と会話するかのような雰囲気のまま、カイシは神官達を葬っていく。その様子に、若干の戦慄を覚えながらも、バリセラスは剣を引き抜き、神官たちが展開しているそこに入っていく。
 彼の役割は、セグラ総司を倒すこと。それまでは体力を温存し、なるべく戦闘は避けるように言われている。
 セグラ総司は、おそらく専用の場が設けられているという。そのO・Hは水が無いことには力を発揮しない。そのため、守りに入るセグラ総司は、中心の大教会で戦闘態勢を整えるらしい。
「水があればあるほど、威力を増すO・Hか……」
 正直に言うと、分は悪い。混乱しているとはいえ、相手の巣へと足を踏み入れることには違いないのだ。
「……それでも。俺にはこれしか無い」
 バリセラスが大教会へ走り出すと、カイシも適当に切り上げて後を追う。そしてメラウも続いた。
 今までカイシを相手にしていた神官達も後を追おうとするが、潜伏中の反コルド連盟から攻撃され、混乱の中で斬り殺された。
「せあぁ!」
 敵襲という情報が伝達されてきたのか、少しずつ、守りに対処してきたコルド神官が増えてきている。そんな中を、バリセラスは裂帛(れっぱく)の気合を発しながら押し通る。
 金属の武具で武装している相手に対しては、全ての防御を無効化させる事の出来るアドバンテージを持つバリセラスだ。彼にとって、受けや防御は無防備と同意。
「バリスさん、敵に慈悲など……」
「うるさい!」
 ただ彼は、どの敵にも致命傷を与えることなく、剣を振るった。武器を持てない様に利き手を封じるか、立てなくなるよう足を斬る程度で、命を奪う行為をしていない。
「……それが、貴方の道なのですね」
 不殺。
バリセラスは人を殺さない。最終的に死ぬ人間もいるが、バリセラスが止めをさす事は無い。
 バリセラスは復讐をする為に戦う。だからと言って、目的の人物以外を殺すことを善しとしない。
「貴方は本来、限りなく善に近い存在なのかもしれませんね……」
 次々と敵を戦闘不能にしながら、中心の建物である大教会を目指すバリセラスを眺めながら、カイシは呟いた。
「おっと、感慨に耽っている場合ではありませんでしたね。メラウさん、どうやら女性神官もちらほら出てきたようです。バリスさんに近づけさせないよう、なるべく早めに倒しておきましょう」
「ん? うい、りょーかい!」
 隣で近づいてくる神官数人を蹴り飛ばしていたメラウに話しかけ、前方で身構えている女性神官に意識を向けさせる。
「意外とこういう戦闘も、楽しいわね~」
「みんなと一緒に戦おう、という連帯感がありますからねぇ。でも、調子に乗りすぎると危ないですから、気をつけてくださいね」
 分かってるわよ~、などと返事をしながら、バリセラスの後を追いながら彼に近づこうとしている女性神官の前へ出る。
「せいやぁ!」
 相手が剣を振りかぶる前に懐へ入り、顎へ強烈な拳を見舞う。その一撃で意識を失ったのか、相手はそのまま後ろへ倒れこんだ。
「……元々イレギュラーでしたが、彼女には今後も役に立ってもらえそうですね」
 普段の微笑ではなく、バリセラスには見せたことの無いような無表情で、メラウとバリセラス、2人が立ち回る姿を見つめるカイシ。
 その間に彼が纏っていた雰囲気は、いつものふざけた態度とは程遠い、近づくだけで切り裂かれそうな程、張り詰めている。
 周りからは無防備に見えたのだろう。神官の一人が、カイシに向かって斬りかかって来た。
 だが、カイシはその神官を目で確認すらせず、無造作に槍を一閃させる。
確認しなかったにも関わらず、的確に頚動脈を切り裂かれた神官は、大量の血を噴出しながら地面へと倒れた。
「今は、この雑魚どもを蹴散らすのが、僕の仕事ですね。こんな所で、死んでもらっては困りますから」
 再び槍を構え、地を蹴る。
「バリスさんメラウさん、道を空けますから付いてきてください!」
 走りながら大声で叫ぶ。その声に反応したバリセラスとメラウは。カイシの姿を確認すると、咄嗟に彼の通るであろう正面の一直線上から退いた。
「直走る……火玉となりて突き進む……」
 全身から炎を噴出させ、その走る勢いを殺さぬまま敵の只中に、まさしく突入していく。
「紅蓮走……突破!」
 文字通りに火の玉と成ったカイシの勢いは止まらない。
どんなに屈強な人物であれ、全力で突っ込んでくる火の玉を見て、一瞬でも恐れない人間は、そう居ない。
 更に迫ってくる火の玉は、立ちはだかって障害となった者の急所を、的確に狙って槍を放ってくる。そして斬り捨てた者は一瞥もくれず、更に突き進んでいく。
「……」
 カイシが突き進むことで開けた道を走りながらバリセラスは、斬り捨てられ絶命している神官を一瞥すると、立ち止まりはしないものの一瞬顔を伏せた。
「バリス?」
 その様子に気づいたメラウは、怪訝そうな顔をバリセラスに向ける。
「……なんか悩んでるっぽいけど、今は余計なこと考えている暇、無いんじゃないの?」
「くっ……」
 メラウに諭され、不機嫌な顔になるが、余計なことを考えるのは止めたらしく、前方で大教会の門までたどり着いたカイシの下へ急ぐ。

「ふう……さすがに少し、疲れますねコレ」
 門を固めていたコルド神官を蹴散らしながら、カイシはバリセラスたちが追いつくのを待った。
「……セグラ総司。これは、今のバリスさんにはどう写るのでしょうね」
 そう呟いていると、バリセラスとメラウが追いついてきた。
「来ましたね。僕は此処で足止めをしますので、お二人は中へ」
 この言葉に、メラウはきょとんとした顔をした。
「二人? 私も行くんだ。セグラってのは、バリスが相手するんじゃなかったっけ?」
「いえ、おそらくもう一人、バリスさんに立ちはだかる人がいます。そちらを、メラウさんに相手してもらいます」
「良いけど、誰?」
 と、メラウが更に疑問を出したところで、3人を神官たちが囲む。
「時間がありません、早く!」
「……分かった。行くぞ」
 そうして、バリセラスは門を蹴破り、中へ入っていく。
「うい、んじゃヨロ!」
 メラウもその後に続き、中へと入っていった。
 2人の姿を確認した後、カイシは普段の微笑を一層深くして、囲んでいる神官達を眺める。
「さてさて、それでは頑張りましょうか。……この程度、造作もありませんからね」
 右手に槍を構え、左手を眼前にかざす。その左手からは炎が噴出し、カイシの顔を薄く照らした。
 照らされた顔は、あまりに冷酷な輝きを放っている。


 蹴破った門を抜け、広い廊下に出る。当然ながら、此処にも神官たちが待ち構えており、蹴破られた門を見るや、こちらに寄ってくる。
「やっぱり簡単には、通してくれないわよね~」
 寄ってきた神官に、メラウは肉薄しようと体を低くして踏み込もうとした。が、バリセラスに襟を掴まれて急停止した。
「んぎゃ」
「良く見ろ、聖印が無い」
 どうやら此処を固めているのは、潜入している反コルドの人間らしい。神官の正装には、胸と背に竜をモチーフにした逆三角形の聖印がついているのだが、彼らにはそれが付いていない。
「蒼い髪……貴方がバリセラス様で、間違いありませんね」
「そうだ」
 バリセラスの返答を聞くと、聖印の無い神官は武器を納めた。
「現在セグラ総司が、通信系のO・Hを持つものを仲介にして指揮を取っております。そのせいで随分と混乱状況が解けてきました。お急ぎください」
「場所はこの先で良いんだな?」
「はい。此処をまっすぐ行けば、大教会中央に出ます。セグラ総司はそこで守りの準備をしています。
セグラ総司は能力故に、部屋を移動出来ませんが、私たちでは下手に近づけません。後はよろしくお願いします」
「うい、りょーかい」
 頭を下げてバリセラスたちを送り出そうとした聖印の無い神官に、メラウは右手を軽く上げて答えた。
 バリセラスも軽く頷き、先を急ぐ。
「そーいや、私の相手って誰だろね?」
 入り口付近に数人居た程度で、奥の方には人が居ないらしい。セグラ総司が居るという大教会中央の扉が間近となった所で、メラウが軽く質問をした。
「……その事だが、メラウ。両手出せ」
「うい?」
 バリセラスに手を出せと言われて、立ち止まるメラウ。頭に疑問符を浮かべながらも、両手を出した。
 その手に、バリセラスは布を巻きつけた。ゆっくりしている暇はないので、かなり急いで巻いているらしいが、器用にも指先にまで丁寧に巻いている。
「何コレ、包帯?」
「まだそのままにしていろ」
 そうして、1本の剣を取り出した。彼の剣は今腰に挿してあるので、先ほどの戦闘で敵から奪った物だろう。
 メラウが不思議そうにその様子を見ていると、その剣をメラウの手に乗せて、形を変える。
「終わった」
「……手甲?」
 バリセラスがメラウの腕に付けたものは、なんと即席の手甲(ガントレット)であった。
「なんでわざわざ。微妙に腕が重くなるから、あんまり防具って好きじゃないんだけど」
「俺もそうは思ったが、今日に限ってはおそらく役に立つ」
 まじまじと、バリセラスが即興で作り上げた手甲(ガントレット)を眺めるメラウ。肘から先を完全に覆い、指先も鉄で守られている。指を動かすのに邪魔にならぬよう、間接部分には動かしやすい工夫まで施されている。即興にしては、随分と出来が良い。
「へ~。何か、結構マメなタイプ?」
「……行くぞ」
 照れている訳でも無いのだが、メラウから顔を背け、再び急ぐ。
「うい」
 メラウも付けてもらった手甲(ガントレット)を、様々な角度から眺めつつ、バリセラスの後を追う。少しは気に入ったようだ。
「んでも、何でこんな時にわざわざ?」
「……クィーミン・シジンの事だ」
「クィーミン? ああ、あの昨日バリスが苦戦してた人ね」

――ガシャン――

 突然、後方から金属音がする。鈍いが、若干人の悲鳴も音に紛れている。
 メラウとバリセラスは音がした、今通ってきた道を見る。そこには、全力でこちらに走ってくる、一見純白のドレスに見える服を着た人物が居た。恐らく内部通路から通って、此処まで来たのだろう。
「なる。こういう事ね」
 先ほどの悲鳴が交じった金属音は、入り口付近に居た聖印の無い神官達のものだろう。
「此処は私が担当する事になるっぽいわね。んじゃ、そっちはそっちで頑張ってね」
「……折角作ってやったんだ。負けるなよ」
「ういうい!」
 メラウに背を向け、バリセラスは走り出す。もう次の部屋目前まで来ていたので、バリセラスは扉を蹴破り、次の部屋に入っていった。
「さーてと。此処からが正念場ね」
 ゆっくりと後ろを振り向くと、調度ドレス姿の女性が目の前までたどり着いたところであった。
 そしてその女性、クィーミン・シジン総司補佐が、メラウと対峙する。
「そこを退いて貰おう」
「無理ね。そういう役割だし」
「ならば、無理矢理通らせてもらう!」
「上等よ、来なさい!」
 二人は同時に構える。
 メラウの構えは、右足を前に出してどっしりと腰を落とす構え方だ。重心を低くすることで安定感を得、同時に攻撃の威力を増す。
 対してクィーミンの構えは、右半身なのは同じだが、踵を浮かし、重心を高くする構えだ。重心を上げる事で不安定になるが、フットワークでそれを補いつつ、攻撃の速度を高める。
 攻撃方法が異なる、二人の格闘家。この戦いが、今始まる。
「せいやぁ!」
「はあぁ!」
 メラウは下段から、クィーミンは上段から、共に右の拳が放たれた。

続きへ
鉄の剣と水の爪 1
 バリセラス、メラウ、カイシ、コクロウ、セネラの5人は、一つのテーブルを囲んで椅子を置き、互いの顔が見えるように座った。
 テーブルの真ん中には蝋燭が立ててあり、その光に照らされて、全員の顔が良く見える。
「それにしてもこのような妙齢の女性が、まさか反コルドのリーダーとは思いませんでした。作戦会議などやめて、お酒を酌み交わしたい所です」
 世辞なのか、本気なのかはわからないが、カイシは女性相手だと基本的に最初は口説くらしい。
「おばちゃん相手に妙齢とは、よく言えるもんだねぇ。残念だけど、あたしゃ既婚だよ。夫は今仕事で別居中だがね」
「人妻という言葉も、また甘美な響きですよ……おっと、バリスさん危ないですよ?」
 体を少し傾けることで避けたが、無駄話を続けるカイシに向かってバリセラスが手元にあった鉄製フォークを投げていた。ご丁寧にも形をナイフに変えてあるので、後ろの壁に突き刺さっている。
「いい加減ふざけるな」
 平静を装ってはいるが、今までのカイシがとった言動で内心かなり怒りが溜まっているらしい。
「そうですね。セネラさん、惜しまれることですがこの話はまた今度として、今は大教会へ攻め入る作戦を立てましょう」
「あいよ、まずこの見取り図を見てくれ」
 セネラはテーブルに、大きな紙を広げた。紙には大教会の内部構造が詳しく書かれているようだ。
 4つの建物に分かれており、片方は祈りなどを捧げるための聖堂などが存在する東側の建物。神官たちが住む宿舎が北側の建物。そして大本となる大教会が中心。西側は訓練所だ。
 因みに、隠し通路の類は無いらしい。
「……随分と詳しい地図だな。手に入れるだけでも、かなりの時間がかかった筈だが」
 地図を見ながら、バリセラスが思ったことを口にした。大教会内部は機密事項なのだ、そうそう簡単に見取り図など手に入るはずが無い。
「そりゃそうさ。この見取り図が完成したのは、大体去年の事だよ。10年近くは要したね」
「完成……というと、盗んだりしたのではなく、手製という事ですか。もしや、既に大教会内部に潜入している方が存在しているのでは?」
 カイシがそう言うと、バンと机を叩くセネラ。表情はにこやかなので、怒ったのではなく喜んでいるようだ。
「ご明察。つまりは大教会の中に、今ではこっち側の人間が潜伏中さ。詳しいことは知ってるだろうから説明は省くけど、金稼ぎの為レルの実を栽培するのは重罪だが、それを暴くための潜伏調査だと名目があれば、罪に問われないからね。潜伏してる人間は、実際に栽培している訳じゃない」
「解釈次第でしょうけどね。裁判官の裁量に大きく左右はしますが……まあ、サミナルコなら大丈夫でしょう」
 犯罪行為ならば、その国で裁きを下せる場合が多い。コルドが横槍を入れてくれば話は少し異なるが、反コルドの国ならば、潜伏している人間が罰せられることは無いだろう。
「そういうことさ。じゃあ、大体状況は分かりそうだね。面倒くさいのは嫌いさ、一気に行くよ」
全員の顔を見渡すセネラ。すると、彼女の気配が引き締まった。それにつられ、全員の空気が張り詰めていく。
「噂が立ってたくらいだ、大教会の方にも『蒼髪の悪魔』が来てるって情報は行ってるだろう。だったら、完全に準備が整う前に仕掛ける必要がある。でも、潜伏してる仲間の連絡も含めると、時間が多少欲しい。少なくとも、明日の夕方が決行時間だね」
「その間僕たちはどうすれば?」
「あんたらは恐らく最もな戦力になる。だから、その時まで体を休めてくれてれば良い。実際に突入するときは、あたしらが誘導する」
 ふむ、とカイシは軽く頷く。
「相手側の戦力は? そしてこちら側の戦力も」
 そして更に質問を重ねた。自分たちの役割がどうあれ、これによって相手にする人数が変わる。
「3対7って所だね。もちろん相手が7だけど、これでも無理して集めた数だ。これ以上は無理だね。でも、潜伏中の仲間が暴れてくれれば、十分混乱させられるから、もっと楽にはなる。
 ただあんたらに頼みたいのが、数人いる。こいつらは中々の手練(てだれ)でね、そっちを主に頼みたい」
 そうして新たな紙を数枚出す。
「筆頭がこの、セグラ・トーク総司。薄茶の髪で、肩くらいまで髪が伸びてる。つまりラスボスさ。水を操るって聞くけど、詳しくは分かってない」
「水か……」
 ふとバリセラスの脳裏に、一人の男の影が過ぎる。忘れることの出来ないあの日、大切な人を殺した人物。ただ覚えているのは、手に持つ透明な剣。もしかしたらこの男が……
「バリス、どこに行くつもり?」
 唐突にバリセラスは無言で立ち去ろうとした所で、メラウに言われて足を止めた。
「どうしたんだい。まだ説明は終わってないんだよ」
 セネラも不思議そうな顔で、バリセラスを向いている。
「……必要な情報は得た」
 しかしバリセラスは、それだけを言うと、再び歩き出す。思わずセネラも後を追おうとした所で、カイシが口を挟んだ。
「なるほど、目的の男の外見と、見取り図で建物の構造を知ったので、いても立ってもいられなくなり、奇襲でもかけようという事ですか。今一人で行っても、すぐ見つかって終わりですよ」
 すると、バリセラスの前に槍の穂先が突き出される。カイシが静止の為に、突き出したのだ。
「見殺しにするわけにも行かないのですよ。『蒼髪の悪魔』さん」
 カイシは相変わらずの微笑を浮かべて、挑発でもするようにバリセラスへ向ける。その顔に向かって、バリセラスは敵意の含んだ目線を向けた。
「これは俺個人の問題だ。他人には関係ない」
 槍を避け、再び歩き出す。
「待ちなさいよバリス」
 その後をメラウが追おうとする。が、バリセラスは振り向きざまに剣を引き抜き、メラウの喉元に突きつけた。
「……なによこれ」
「付いてくるな。これ以上俺に関わるな。お前には関係ないだろう。付いてきたら……斬る」
 突きつけている剣先からは、確かに殺意が伝わってくる。しかし、それは小刻みに震えている。
バリセラスの腕が、強い拒否反応を示している。
「女は斬れないんでしょ。斬れてたら、あんな無様な姿見せなかったわよね」
「くっ!」
 バリセラスは、腕を一閃させた。
 メラウの喉には、傷一つ無い。バリセラスの剣は、ただの虚空を切り裂いただけであった。
「バリスさん。『馬足頼りて目途(もくと)を損ずる』、という諺は知っていますよね?」
 バリセラスの顔を見ずに、カイシは問いかける。
「……どういう事だ」
 剣を納めず、メラウと対峙したままバリセラスは逆に質問し返した。
「コルドを馬鹿にする諺ですよ。意味は……」
「その諺自体の意味は知っている。お前は何が言いたいんだと聞いているんだ!」
 声を荒げるバリセラス。メラウとカイシはともかく、コクロウは恐ろしいのか肩を震わせている。セネラは何も言わず、そこで状況を見守っていた。
「……プライドや過程を優先するあまり、非効率な行動をすると、その先には失敗が待っています。この諺は、本来そういう意味なのですよバリスさん。
 今の貴方では、復讐を遂げることは出来ないでしょう。だからこそ、こうして効率的な方法を提示しているのですよ。もう一度言いますから、よく聞いていてください。貴方には、死んでもらっては困るのです。ですから、見殺しにするわけにも行かないのですよ」
「……」
 バリセラスはまだ剣を納めないまま動かない。だが、迷いはあるようだ。
「安心してください。目的であるセグラ・トーク総司なら、バリスさんに任せます。僕たちは飽く迄周りに居る神官の相手に徹し、直接手は出しません。それなら一対一の決闘、文句は無いですよね?」
 そして、カイシはバリセラスの方を振り向いた。今まで通りの微笑を浮かべて。
「……」
 力なく、バリセラスの腕は垂れ下がった。
「……話は済んだのかい」
 それを見て、セネラは話を再開しても良いかと尋ねる。
「ええ、お願いします。ほら、バリスさんとメラウさんも座ってください。作戦会議を、始めますよ」
 バリセラスは未だ憤りを隠せない顔だが、大人しく剣を納めるとカイシの言葉に従った。バリセラスの後に、メラウも座る。
 こうして、戦いの準備が進められているのであった。


 何も置かれていない為に、だだっ広く見える部屋の中心付近に、シルグとリィーキは胡坐(あぐら)をかいていた。
「いつまで待たせるんだろうな」
 ジーマは、村の中でも長命な人物を数人連れてくると言い残し、この場を後にしている。
「……丁度良い。今のうちに聞いて置こう」
「ん? ああ、何故蒼髪の悪魔を、リーアに行くよう仕向けたかって事だな」
 シルグはその事を聞くために、リィーキに接触していたのだ。それを教えるには、リィーキを反コルドとして迎え入れる事が条件となっていた。
 それを受け入れたシルグには、聞く資格があるのだ。
「……俺と、今リーア大教会の総司をやってるセグラは、同じ想いを持っていたんだ。今のコルドは間違ってるってな。だから、隠れてコルドの行動を邪魔してたんだよ」
 リィーキはここで一旦言葉を切った。だがシルグは黙って聞いているので、そのまま言葉を続ける事にした。
「でも、実際上手く行かない。でもな、セグラはこう言ったんだ。自分はなるべく上に行きつつ、コルドの弱点を探る。それを見つけたら、今のコルドを壊して新しく作り直そう。お前はそれまで待っていてくれってな。
 俺は頭が悪いから、上に行くなんて無理だ。大神官の地位も、戦闘型のO・Hってだけで貰ったようなもんだし。だから俺は、セグラに任せて報告をただ待ってた。クィーミンも……妹もそれを承諾してくれたよ」
「なら、どうしてその友人と妹を、わざわざ蒼髪の悪魔と戦わせるように仕向けた」
「んな事してねぇよ。蒼髪の悪魔って言えば、単独でコルドを破壊して回ってる奴だろ? なら、あいつらと会わせれば、協力し合えるかと思ってな」
 そう言って笑みを浮かべるリィーキ。どこか誇らしげな顔だ。
「……お前の頭は……」
「お待たせしました」
 シルグがリィーキに向かって何かを言おうとした所で、ジーマが2人の老人を連れて、部屋へ訪れた。
 シルグはリィーキから視線をはずし、村長達の方を向く。
「これで全員か?」
「ネィグ先生も後ほど参りますが、一先ずこれで全員です」
 村長達はシルグとリィーキに対面するよう座る。村長が真ん中で、両側に2人の老人が座った。
 目の前に座った3人の顔を見て、シルグは一つため息をつく。
「……どうやら私の質問の前に、リィーキ大神官について話さねばならない様だな」
 村長を含む3人の顔には、露骨にリィーキへの不信感が表れている。それを見て取ったシルグは、先にこの問題を解く事を選んだ。
「リィーキ大神官……いや、リィーキは元々、影ながら反コルドとして活動していたのだよ」
 だが、シルグの前に口を挟む人物が現れた。その人物は、ゆっくりと部屋の中へ足を踏み入れてくる。
「ネィグ先生。もうサナリィの治療は終えたのでしょうか?」
「ああ、幸い重症はなかった。お陰で治療も早く済んだよ」
 部屋に訪れたのは、サナリィに治療を施していたネィグであった。
 ネィグはジーマの横に座り、リィーキの方を向く。
「ありがとな先生。あんたには世話になりっぱなしだ」
「なに、構わんよ」
 リィーキとネィグは、以前から交流の有ったように会話をしている。このことは、村人も知らなかった様だ。全員顔を見合わせている。シルグも疑問符を浮かべている様だが、成り行きを見守っていた。
「今から3年前、私に頼みたいことがあると、リィーキが訪れてきた。確か大神官となって赴任してから、2年目頃だったかな。その内容は、背中に負った大きな傷を、内密に治療してほしいというものだった。
 私もコルドにも反目している身。当然断ろうとしたが、大神官がわざわざ一人で訪れる理由が分からない。内密に、というのも気になる。
 その疑問を晴らすために、傷の手当をしながら話を聞いたところ、村を襲おうとしていた竜を駆逐する際、不意を突かれて怪我をしたのだと言う」
 ジーマを含んだ3人からざわめきが起こる。コルドの神官が竜を殺すということは、コルドを裏切る行為となる。それは普通、信じられない事だ。
「最初は嘘かと思ったよ。でも、治療の後リィーキの後を付いていくと、確かに肉食の竜が数頭死んでいた。体には殴り殺された痕もあったから、それで確信を得た。
 それから私は、リィーキの想いを聞き、陰ながら反コルドとして活動する手伝いをしていたのだ」
 ここまで話し終えると、ネィグは全員の顔を見渡す。ネィグの表情は至って穏やかで、村人達を諭すような視線を向けている。
「……俺はあんたらの敵だったんだ、信用しろっては言えない。でも今はあんた達と争う気は全く無いんだ」
 続けてリィーキも、真剣な表情を向ける。村人たちは押し黙り、複雑な表情を浮かべている。
「ここ数年、凶暴な竜による被害は少ないだろう。来ても数頭で、殺さずとも捕獲巣するのは容易い程度だった筈。まあそのお陰で、鈍っていた人も多く、ハガラズに押し負けてしまった様だがね」
「そして、ここにリィーキや私が居なければ、そんな状態の村人だけでは、生き残っている人物は半数に減っていた事だろう」
 ネィグの言葉と、リィーキの想い。そしてシルグの指摘が重なり、村人達は理解をしたらしく、未だ複雑な顔をしてはいるものの、深くうなずく。
「……分かりました、リィーキ大神官。いえ、リィーキ様」
「ありがとう、助かるぜ。別に様は付けなくても良いんだけどな」
 などと、リィーキは笑う。半ば失笑も混じってはいるが、村人も釣られて笑っていた。
「リィーキに関してはもう良いだろう。私の質問をそろそろ始めたいのだが、宜しいだろうか?」
 村人とリィーキの蟠りがある程度解けたのを確認したシルグは、今までよりも真剣な声を出した。
 笑っていたリィーキ達も、それを聞いて表情を引き締める。
「まず聞きたいのが、この村はおおよそ何年前から存在しているのか、と言うことだ」
「この村ですか? はて……」
「大体、2百年程度前だと、伝えられています」
 ジーマが考えている横で、右側の老人が回答を出した。人が生活しているとは言え、小さな村だ。2百年も存在しているのであれば、余程土地柄などの恵まれてきたのだろう。
「2百年か……当時の生活環境や、主に何を生業としていたのかは、分かるだろうか」
「この辺りは内陸に近いため、土地も豊かで、山も近いことから水も豊富です。主に農作業で生計を立てており、行商人が多少通る程度で他の交流はあまり無い村だったと、聞いております。今では、リーアの村が出来たお陰で、流通が良くなっておりますが」
 これについては、村長の左側の老人が答えた。
「ふむ……ハガラズが生息していた訳でも無いのだろう?」
「とんでもない、あんな凶暴な竜がいるなんて聞いたことも無いですよ」
 と、村長ことジーマは否定する。両側の老人も、ネィグも同意見らしく、頷いた。
 その腕を組んで眺めながら、シルグは考え込むような唸り声を出している。
「元々この辺には、教会も無かったんだろ?」
 シルグが考えている横で、リィーキが口を挟む。しかし、そのリィーキの言葉に反応したのは、シルグであった。
「どういう事だ?」
「俺が赴任してきた時、先任から聞いたんだが……30年くらい前に建設したって話だぜ。理由は生息していたハガラズから、村を守るためだっては言ってたんだがな……ん? なんか違くね?」
 自分で言いながら、おかしな事に気づくリィーキ。
 村長たちは元々存在しなかった、と言っている。それなのに教会はハガラズの為だと言っているのだ。両者の言い分が食い違っている。
「……なるほどな。守る村が違うという事なのだろう。全てを説明したわけではないが、嘘は言っていない。とすると……やはりリーアは……」
 リィーキが首をかしげている中、シルグは一人納得している。
「守る村?」
「村、というと異なるのかもしれないが、おそらくリーアを守るためだろう」
 リィーキが発した軽い質問に、ごく簡潔にシルグは説明する。しかし、やはり簡潔すぎてリィーキは理解できていない。
「何でわざわざ。コルドじゃハガラズをどこうすることなんて出来ないんだから、教会内で飼うなんて危険なことしねーで、別な所に町作りゃ良いだろうが」
 本来ハガラズの生息する地域に、村や町などが接触すると、ハガラズを駆逐するか村を捨てるのが一般的なのだ。それが教会に関係する場合、駆逐する選択肢を選べない為、別の場所へ移動する。これがコルドである。
「土地や天候、輸送ルートやその他の処理が最も効率的だと結論され、是が非でもそこに町を築きたいとする。しかし、町の……いや、おそらく輸送ルートの一部にハガラズの群れが生息していたとしたら、お前ならどうする」
「どうするって言われてもな……んなこと思いつかねーよ」
「コルドには、どうしてもリーアを作る理由があった。なのにハガラズが邪魔だった。だが駆逐するという選択肢は取れない。だからこそ、捕らえて別の教会で面倒を見るという手段に出たのだろう。下手に放せば騒ぎになる」
「理由か……」
 シルグの説明を受けて、大まか理解できたのか腕を組んで悩み始めたリィーキ。村長のその両側の老人たちも、同じように悩んでいる。そんな中、ネィグだけがシルグの顔を見据えている。どうやら別の疑問があるようだ。
「……そんなに簡単に町を作れるものだろうか。リーアはこの辺りでは最も大きな町だ。気軽に作れるものでは無い筈だが」
「……確かに、この辺りの流通を掌握し、更には莫大な資金が必要になるだろう。私の考えもかなり先急いでいる。それでも、不確かではあるがリーアの町の大教会が、秘密裏に『レルの実』を栽培している、という情報がある」
 『レルの実』と聞いたところで、数人が息を飲んだ。リィーキに至っては、少し青ざめているように見える。
「ちょっと待て、まさか……な。あいつがそんな事をしてる筈が……」
「リィーキ、お前は何か聞いていないのか。妹と友人がいるのだろう」
「あいつはそんな事する奴じゃねぇよ。きっと何かの間違いだ……」
 親友と妹を信じたいと思う一方、頭の中で少しずつシルグの言葉を肯定する状況が思い当たるのか、口では否定しているものの、力がない。
「私も最初は疑っていたが、このハガラズ騒動で得心した。リーアには、間違いなく隠さなければならない何かがある」
 頭を抱えて、リィーキは現実逃避をしている。そんな彼に、シルグは追い討ちをかけた。
「お前の友人と妹は、蒼髪の悪魔と手を結んだりしないだろう」
 この言葉に、リィーキはキレた。
「お前に何が分かる!」
 シルグの胸倉を掴み、持ち上げながら怒鳴るリィーキ。ネィグは静かに眺めているが、村長達2人は、怯えて縮こまっている。
「そちらの事情など、私は分からない。だが、レルの実を栽培しているのならば、蒼髪の悪魔と手を組むというのは、リスクが高いだけで利点が少ない」
 鬼のような形相で睨んでいるリィーキを物ともせず、飽く迄冷静に対応するシルグ。
「それに蒼髪の悪魔は、殺していないとは言え、大切な友人を討ったのだ。それだけで、敵対するには十分な理由だと、私は考える。……お前の考えは、単なる願望に過ぎない」
「くっそぉ!」
 シルグを荒々しく手から離し、外に向かって走り出そうとするリィーキ。しかし、シルグはそれを制止する。
「言ったはずだぞ、リィーキ。勝手な行動をするなら、殺すと。今のお前は反コルドに所属している身だ。友人を助けに行くというなら、障害になる前に此処で始末する必要がある」
「……」
 足を止め、項垂れるリィーキ。その腕は力が入っていないように垂れ下がっているが、拳には不自然に力が入っている。
「これ以上後戻りは出来ない」
「……分かった」
 項垂れたままゆっくりとシルグの横まで戻ってくると、リィーキは静かに腰を下ろした。
 そんなリィーキを見て、シルグはもう一言加えた。
「ついでに言っておくが、そろそろまともに治療を施さないと、O・Hで無理に固めている傷が手遅れになるぞ」
「傷?」
 今の言葉で気が抜けたのか、無意識に発動していたO・Hが切れ、傷口が開く。途端にかなりの量の血液が噴出した。
「ぐあぁ!」
 そのショックで、倒れこみ意識を失うリィーキ。ハガラズと戦う際、蒼髪の悪魔に受けた傷をO・Hで無理矢理固めていたままだったのだ。
「……まさかとは思ったが、今の今まで忘れていたのか。よほど頭が鈍いのか……。まあ良い」
 リィーキを担ぎ上げ、立ち上がるシルグ。ネィグに顔を向けると、ネィグも頷いて立ち上がった。
「すまないが、治療を頼む」
「ああ、分かった。先ほどの部屋に運んでくれ」
 リィーキを担いだまま、シルグとネィグは部屋を出て行った。
 後に残された村長達3人は、未だ訳も分からず怯えているだけであった。

続きへ
レルの実 4
 辺りが暗くなり、町の人間が次々と床に就いている中、けたたましい足音を鳴らしながら複数の影が町から遠ざかっていた。
 一見何かから逃げているように見えるこの影は、息も詰まるような緊迫した空気を纏いながら突き進んでいく。
 幸いにも此処は既に町から外れており、足音を聞く者は草葉の影で鳴いている虫くらいだ。その所為か、当の足音の発生源たる影も、その騒音を気にも留めていない。
 実はこの影は馬に乗った人であり、人数は合計で4組のようだ。
「一刻も早く、増援の要請と『蒼髪の悪魔』の情報を伝えなければならない。遅延は許されないのだ、もたもたするな」
 先頭を走る馬に跨(またが)っている男が、後続の3人に激を飛ばす。
 この集団は、リーアの村に存在するシルガ半島大教会より送り出された者達だ。その懐に忍ばせてあるのは、総司であるセグラから託された書状である。
 書状の中には、手に入れている『蒼髪の悪魔』の情報と、現在この大教会が陥っている状況。そして増援の要請。
 セグラは一通りの事をまとめると、『蒼髪の悪魔』対策として、なるべく人員を確保しようと動き出していた。
 大教会勤めの神官とて、無能集団ではないし、人数だけでも500人はいるのだ。つまり人数だけで言えば十分すぎるだろう。しかし相手がどんな策を練っているか分からない以上、少しでも戦力を集めておくに越したことは無い。
 実際のところ、『蒼髪の悪魔』が近くに潜伏しているという状況で、戦力を割いてもらえる教会があるかどうかは微妙な所ではあるし、時間的にも増援は期待できないだろう。
増援はなくとも『蒼髪の悪魔』の情報だけでも、他の教会や本部へ伝えることが最もの目的だ。
『了解しました』
 後続の3人は、少し速度を上げて先頭の馬へなるべく寄せる。どうやら先頭は隊長で、後続は部下のようだ。
 速さを求められる移動には、一般的に移動用の竜が使われる。正式名称は「エオ」で、別称「走(そう)竜(りゅう)」という草食の竜だ。
 しかし彼らコルドは、竜を神の使いとして崇める教えを守っているため、竜の背に乗ることを許されていない。
 馬は竜よりも燃費は良いものの、体力的、速度的に劣る。その為、急ぐ場合に馬で移動するのはコルド関係者以外の一般では、矛盾の骨頂である。
 とはいえ、コルドに関わる人間はエオに乗ったことが無いので、そんな事を気にしないし、基本的に知らない。
「隊長、『馬足頼りて目途(もくと)を損ずる』という諺(ことわざ)を、耳にしたことはありませんか?」
 不意に、後ろを走っている部下の1人が、そんな事を口にした。不思議と馬の足音にかき消されること無く、先頭の隊長と呼ばれた男の耳に届いた。
 その隊長と呼ばれた男は、一瞬聞いたことも無いその言葉に疑問符を浮かべて、何のことだと聞き返そうとしたところで、今度は別な部下から声が届いた。
「反コルドが強い国などで良く使われる諺です。急いでるのなら、気取ってないで竜に乗れ、というコルドを蔑む諺ですよ」
 言われた意味を理解するのに少し時間を要したが、隊長と呼ばれた男は部下のその物言い激怒し、声を張り上げるために息を吸おうとした。すると、また別な部下の声が聞こえてきた。
「急いでいるのに、竜より遅い馬に乗って走っているから、託された任務に失敗するのだ、という意味があるのです」
 
 ――ズシュリッ――

 最後に声を出した部下が言い終わると同時に、走っていた影は1つに繋がったのであった。
「がっ……かっ……なっ……!」
 隊長と呼ばれていた男の胸から、3本の刃が生えていた。叱責するために息を吸い込んでいたので、咽喉から声にならない息が吐き出されていく。
「申し訳ないのですけれども、『蒼髪の悪魔』の情報は、まだコルド本部へ伝えられるのは困るのです」
「ですから隊長、悲しいことですが、ここでお別れです。短い間でしたが、お世話になりました」
「あなたは立派でしたよ。部下が敵だったことに、全く気付いていなかった程ですから。後の事は安心してお休みください」
 既に骸と化した男の部下だった3人は、それぞれ手に持っている剣や槍を引き抜くと、馬を止めた。
 骸を乗せたままの馬は、自らの背に跨っている男が既に物言わぬ肉塊であることなど知らず、ただひたすらに道を走り去って行く。
「書状ごと、一緒に燃えてください」
 その馬が十分な距離を進んだ頃、部下だった者の一人が指を鳴らした。
 すると前方の骸と馬は、一気に火の塊と化した。馬は驚き、もがき苦しんでいる。その拍子に骸は地に落ち、捨てられたゴミの様に炭化していく。
 3人はそれをしばし眺めた後、来た道を引き返していった。


 完全に日が落ち、ハガラズが暴れていたのが、まるで嘘であったかのような錯覚に陥るほど、辺りは静寂で満ちている。
 聞こえるとすれば、自分達の足が地面とこすれる度に出る足音か、リィーキの腕の中から聞こえるサナリィの寝息くらいである。
「着きました。此処が有事の際に逃げ込む場所として設けた、避難所です」
 先頭を歩くジーマが止まった場所は、薄っすらと明かりが漏れている、一見単なる洞穴にしか見えない場所であった。
「へぇ~。こんな場所に洞穴なんかあったんだな。道理で分からねぇ訳だ」
 リィーキはまじまじとその洞穴を眺める。ジーマはリィーキに対して未だ抵抗があるのか、訝しげな視線を放っている。
「入らせてもらうぞ」
 そんな二人の間を、無意識なのか意識的になのか、割って通り洞穴の中へ入っていくシルグ。後に続くようにリィーキとジーマも入っていく。
 洞穴の中は、数十メートルほど進むと大きめの扉が設置されており、光は此処から漏れている様だ。
 扉を開け中へ入ると、洞穴にしては妙に綺麗な部屋が現れた。何も知らずに此処へ運ばれたのなら、普通の医療所か何かだと思うだろう。
「……もう10年以上前に竜に襲われて亡くなった人物達なのですが、いつか使う日が来るだろうとこの場所を友人達と共に作り上げたそうなのです。
……流石に『未来の災厄を感じる』O・Hの持ち主であるだけあった、という事なのでしょう。……他人を優先するあまり、自分の事は感じられなかったらしいのですが」
 何も言わずに部屋を見渡しているシルグを見て、そう話すジーマは、更に先にあった扉へ進むよう促す。
 それにシルグは無言で頷き、扉を開けた。
 二つ目の扉を開けた先には、大勢の人が恐怖におびえ、肩を寄せ合って座っていたのだった。
 火が灯された松明(たいまつ)が、いたるところに設置されているため、光が届かない洞穴でも暗闇ではない。ただハガラズから逃げて疲弊しているのにも関係があるのだろう、薄暗い部屋に居る村人の顔は、生気が無いように見える。
「私は反コルド連盟の人間だ。村の人間に危害を加える事は無い」
 座っていた村人がこちらを向き始めた所で、シルグはそう大声を出した。村人は、反コルドの人間と聞いて安心したらしく、何人かはほっと胸を撫で下ろしている。
 そこへ、空気を読まずシルグの後ろからリィーキが顔を出す。
「すまねぇ、医者ってどいつだ? 早く診てもらいたい人がいるんだよ」
 瞬時に村人の安堵感が消え、重い空気が充満し始める。このハガラズの襲撃を、潰されたコルド教会の人間が放ったものだと考えている人間は多いらしい。あからさまな敵意も向けられている。
「……各々疑問に感じている部分はあるであろう。しかし、今は争っている時ではない。この男が抱えているのは村長の娘、サナリィ嬢だ。ハガラズから受けた傷が体中にある。今のところ命に別状はないようだが、早急に治療するに越したことは無い。医者がいるのなら、早く診てもらえないだろうか」
「私にもリィーキ大神官が居る理由は分からないけれど、詳しい事情はこのシルグ様が教えてくださる。今はサナリィを頼みたい、医療所のネィザ先生を呼んできて貰えないだろうか」
 シルグの言葉に続き、村長ジーマが言葉を放つと、リィーキへ向けられている敵意が薄くなって行く。完全に無くなった訳ではないが、いきなり襲い掛かってくるような村人は取り敢えず居ないようだ。
「……村長、ネィザ先生なら一番奥の部屋で、怪我人の治療をしています」
「そうか……すまないね。ではシルグ様、こちらへどうぞ」
 ジーマは村人から教えられた部屋へ続く扉へと、シルグたちを促しながら進む。
 扉の先は通路になっており、いくつかの部屋に繋がっているらしい。ここも火が灯されている松明(たいまつ)が壁に備えてあるので、通るのに問題はない。広さも人が5人は横に並んで歩けるほど幅があるので、何かとぶつかる心配も無さそうである。
 いくつか扉の横を通りながら、行き止まりまで歩くと、その行き止まりに扉があった。
「ここです。ネィザ先生、入りますよ」
 何度かノックし、ジーマは扉を開けた。
 扉の先には、先ほどの部屋より狭いが、程よい広さの空間が存在していた。ここも同じように火が灯されており、薄暗いものの暗闇ではない。
 その部屋の中心に、怪我をして横たわる人物がいた。横ではローブを身にまとった初老の男性が、横たわる人物に何かを施している。おそらく治療だろう。
「ジーマ殿か。無事でなによりだ。もう直ぐ治療が終わるところなので、少し待っていてもらえるだろうか?」
 初老の男性こと、この人がその「ネィグ先生」なのだろう。待つように言うや、治療を再開する。
 怪我人の患部に手を添えると、ネィグの手の平から薄い光が漏れ始める。
「ネィグ先生は『自然回復力を高める』O・Hをお持ちなのです。この村唯一と言って良い回復系O・Hの持ち主で、とてもありがたいお人なのですよ」
「なに、たまたま生まれ持った力がこの能力だったに過ぎんよ。わたしが特別な訳ではない」
 ジーマが簡単に説明していると、言っていた通り直ぐに治療を終え、ネィグはこちらへ歩いてきた。治療を施されていた怪我人は、おそらく助手であろう青年に担がれ、別なベッドへと移されていた。
「ネィグ先生、この娘を頼む。全身傷だらけなんだよ」
「リィーキ大神官か……どうやら出られたらしいな。まあ、それは後で話そう。そこのベッドへ寝かせてくれ、直ぐに治療を始める」
 言われた通り、リィーキはベッドへサナリィを寝かせる。
 ネィグはサナリィへ近付き容態を見ると、処置を始める。消毒をしたり、包帯を巻くなど、普通の治療だ。飽く迄自然回復力を高めるだけなので、普通の治療を施す必要があるのだろう。
「では、娘をお願いします」
「頼むぜ、先生」
 邪魔をする訳にもいかないので、サナリィを預けると、3人は部屋の外へ出た。ジーマは、あからさまに安堵のため息をついている。
「……さて、安心して気が抜けている所に悪いが、この村について詳しい人物を数人集めてもらいたい。色々と聞きたい話がある」
「……はい、承知しました。こちらの部屋でお待ちください」
 ジーマはシルグの言葉に頷き、近くの扉を開けて中へ入るよう促した。
 
 

 夜に紛れ、物音を立てずに町の中を進む。
 殆どの民家は眠り、光が漏れている家はあまり見られない。この静けさの中、朝を迎える町は、恐怖を覚えるほどに静かだ。
 その町中を、メラウ、カイシ、バリセラスは足音を殺しながらも進む。
「あ、見えた見えた。まったく暗くて分かりにくいったら無いわねー」
 先頭を走るメラウが、目的の場所を視認したらしい。
「夜ですから。まあ、仕方ないでしょう」
 後に続くカイシも、肉眼でその建物を認識する。
 月明かりがおぼろげに辺りを照らしている道の先に、目的地である民宿は存在していた。メラウが疑問に感じた通り確かにオンボロで、とても裕福な感じはしない。
「……寝静まっている様だが、どうする積りだ」
 最後に付いてきているバリセラスも目的地を視認するが、当の民宿は完全に真っ暗だ。
「そのまま中に入ってしまいましょう。バリスさん、鍵お願いします」
「……バリセラスだ」
 思いっきり不服そうな顔をしながらも、しぶしぶ引き受けるバリセラス。
 バリセラスの能力を使用し、鍵を開けてくれとカイシは言っているのだ。能力が存在するとは言え。全員が全員鍵を明けられるような能力を所持している訳はないので、よほどのことが無ければ鍵は有効な防犯道具だ。その代わり、そういう能力を持っているというだけで、濡れ衣を着せられる場合も多いのだが。
「着いたわよ。んじゃ、お願い」
 目的地にたどり着き、メラウがバリセラスを向きながら戸を指差す。戸は木製で鍵は見当たらないので、内側から施錠されているのだろう。
 バリセラスは自らの剣を引き抜くと、それを紐状に変化させて操りながら、戸の隙間に伸ばした。幸い、戸は古くて穴だらけだ。
 中が見えないので、バリセラスにとっては手探りの作業であろうが、少し経つと内側で何かが外れるような音がする。
「……おそらく開いた」
 そう言うと、紐を手元に引き戻して剣に戻し、腰の鞘に収める。
「お疲れ様です。では行きましょう」
「ういうい」
 鍵を開けられた戸を開くと、意気揚々としてメラウとカイシは民宿の中へ入って行く。
「お前らの神経の太さが、本気で羨ましくなってきたぞ……」
 などとぼやきつつ、バリセラスも後へ続く。因みに彼はしっかりと戸を閉めた。何気にマメな人物なようだ。
「奥ですかね?」
「奥だと思うわよ~」
 先を歩く2人は、ずんずんと進み、一番奥の部屋の前へとたどり着いていた。それほど大きい建物ではないので、奥とは言え入り口付近にいるバリセラスから見える。
 人が寝ている気配があるので、ほぼ間違いないだろう。民宿なので客が泊まっている可能性もあったが、他に人の気配は感じられない。
「夜分に失礼します」
 侵入しておいて礼儀正しく挨拶する意味があるのかは疑問だが、奥の戸を開けて中に入ると、中年の男性がベッドで寝息を立てていた。
「どう起こします?」
「ん? すぱっといっちゃえば? って事で、うりゃ!」
 ドフッ、と鈍い音が響く。メラウが己の拳を、寝ている男性の鳩尾にめり込ませたのだ。
 男性は、口から泡を吐いて痙攣し始めていた。
「おやおや、より深い眠りに就かれてしまったようで。よほどお疲れだったのですねぇ」
「軟弱ね~」
 そんな二人のやり取りを、バリセラスは丁度部屋に入ってきたところに行われていた。
「……お前らは一体何がやりたいんだ」
 仕方なしに、気絶している男性を介抱するバリセラスなのであった。


「あのぅ……あなた方は一体どちら様なのでしょうか」
 バリセラスの介抱とメラウのO・Hで、なんとか意識を取り戻した男性、コクロウ・セキは、取り敢えず誰何をしてみた。
「始めまして、コクロウさん。僕はカイシ・クレパイグと申します。少々急なお話があり、夜分に訪れました。どうも申し訳ありません」
 うやうやしく自己紹介と謝罪をするカイシ。言っていることは良いのだが、やってることは不法侵入だ。
「はぁ……何でしょうか」
 被害者であるコクロウは、唐突過ぎる状況に混乱している為、ただ流されているだけとなっている。
「長たらしい説明は、この際面倒なので端折ります。単刀直入に言いますから、心の準備は宜しいですね?」
「えぇ……お願いします」
「貴方は、反コルド連盟に属する人間なのではありませんか?」
「えぇ……そうです」
 なんとも無く首肯するコクロウ。
「では、貴方達のリーダーと連絡を取りたいのですが、取り次いで頂けないでしょうか」
「わかりました……」
「助かります」
 という形で話がまとまりつつあったその時。
「ちょっと待て、何だこの会話。自然に進めるからそのまま流しそうになったが、あまりに重要すぎる内容だぞ。そんな簡単に認めて良いのか!?」
 バリセラスが口を挟んだのであった。
「良いんじゃない? 本人認めてるんだし」
「そうですよ。本人がそうだと言うなら、そうなんでしょうし」
「えぇ……そうです」
 この場に居る全員に肯定される。しかし、流石にバリセラスは下がれなかった。
 コクロウに近付き、肩を掴んで前後に揺らす。
「目を覚ませ。言う相手と事によってはお前殺されるぞ。言う相手をよく観察してから発言しろ!」
 ひとしきり揺らし終えると、コクロウを放す。しばらくはバリセラスに揺らされたダメージが大きかったらしいが、それが抜けると同時に頭が覚醒して来た。
「ああ……ああ! し、しまった……」
 自らの発言の重大さに、やっと気付いたようだ。
「わ、私をどうするお積りですか?!」
 今更ながらにおびえだすコクロウ。
「そうですね。では取って食べましょうか。こんがり炙ってみると美味しいかも知れません」
「ひいぃぃっ!」
「結構美味しそうかもしれないわね」
「お、お助けを……」
 カイシの発言は冗談であろうが、メラウの発言は半ば本気のようだ。一瞬目の色が変わった。それを見て本気でコクロウは腰を抜かしている。
「いい加減話をややこしくするな……取り敢えずカイシ、詳しく説明しろ。お前の言う光明とやらがあるんだろう」
 額に青筋を浮かべて、バリセラスは怒気を放っている。カイシがいつまでもふざけている所為だろう。多少の助け舟である積りなのかもしれないが、コクロウにとっては恐怖の対象に他ならなかった。怒りがオーラとなって、可視できそうなほど迫力満点だったりするのである。
 ついでにカイシはわざわざ此処に来た理由を、まだ話していないのだ。いつまでもこんなふざけた会話を続けるのは、バリセラスの神経を逆なでするのに他ならない。
「そうですね、そろそろ真面目にやりましょうか。立ち話も疲れますから、椅子にでも座って話しましょう。民宿ですから、座れる場所くらいはあるでしょう」
 そういうと、カイシはコクロウに近付いた。思わず後ずさるコクロウに微笑を向けると、極力穏やかな声を出す。
「大丈夫ですよ。僕達は貴方を襲いに着たのではありません。先ほど申したように、僕達は貴方の様な反コルドの人達に、助力を求めに来ただけですから」
 そう言い、右手を差し出す。コクロウは、ビクビクしながらも、その手を取った。
「という事で、夜分遅くに申し訳ないと思うのですが、貴方達のリーダーに言付けを頼みたいのです。「『蒼髪の悪魔』が、リーア反コルドに助力を求めている」と。あ、反コルドですから『三日月の使者』の方が良いでしょうか」
「『蒼髪の悪魔』……?」
 カイシの言葉を聞き、バリセラスの方向を向く。そして彼の髪を見た。
 暗くてよく分からないが、月明かりで薄っすらと見えるその髪は、確かに『蒼』だ。
「『蒼髪の悪魔』がシルガ半島に訪れているという話は、本当だったのですね……。分かりました、行って来ます!」
 何やら、勝手に納得して使命感に燃え始めた。かと思ったら、急に倒れた。
「おや? どうなさいました」
「すみません、まだ傷が……」
 カイシは懐からナイフを取り出すと、刃の部分に炎を纏わせた。明かりの為だろう。それをかざして、コクロウの状態を確認している。
「ふむ。全身に打撲の痕がありますね。どうしたのですか?」
「いえ、それが……そのぅ……」
 言いよどむコクロウ。申し訳無さそうな目で、時折メラウをちらちらを見ている。
「うい? あ、そっか。襲い掛かってきたから、ボコボコにぶっ飛ばしたの忘れてた。ごめ、今そっちの怪我も治すわね~」
 あっけらかんと笑いながら、コクロウに手をかざすメラウ。
 その横で、怒気は多少引いているものの、早くしろと言わんばかりに、未だ青筋を浮かべたバリセラスが仁王立ちしたまま睨んでいるのであった。


「では、私は出てきます。皆さんは此処をお使いください」
 メラウにO・Hによる治療を施されたコクロウは、ダイニングルームに3人を座らせて、家から出て行った。
「それではバリスさん念願の、説明会に致しましょう」
 備え付けてあった蝋燭に火を灯して明かりを付けながら、カイシは座るように言う。
 全員が椅子に座ったのを確認した後、説明するからしっかり聞くように促した。とは言え、何となくで居るメラウはともかく、内容を話せといきり立っているバリセラス相手に使うのも不思議だが、前口上のようなものだろう。
「今となっては推測通りだったのですが、コクロウさんは反コルドの人間ではないかと考えたわけです。
 理由としては、貧乏人であると言うこと。そこで僕が最初に説明していた仮説をそのまま飲み込んだとして、貧乏人である理由を考えます。その場合、何らかの理由でレルの実栽培から外れていると考えられます」
「理由って?」
 メラウが思った疑問を口にした。その質問がカイシにとって丁度良い質問だったらしく、普段の微笑がより深くなった。
「コルドに反目しているから、レルの実栽培を行わなかった。という事です」
「何で? そのまま便乗して稼いでいれば良いじゃない」
「それでは街の人と同じになってしまいますから」
 カイシから受けた説明を頭の中で整理してまとめているメラウ。腕を組んで「ん~」と唸っている。
「話を進めろ」
 カイシはメラウが会話に着いてくるのを待っている姿勢だったが、バリセラスは勧めるように言う。
 それに対してカイシは、メラウに向かって「大丈夫です?」と聞くが、「うい」と頷いた。分からないから取り敢えず先に進んでくれ、という事らしい。
「最近街に引っ越してきており、まだレルの実栽培が許されるほど信用されていない。という考えもありましたが、ボロボロの古い家で民宿を営んでいるのに、最近引っ越してきたとは考えられません。昔から住んでいるような場所でなければ、開業する際に多少なりとも改装するでしょう。
反コルドであるため大きく動くことが出来ず、生活が制限されているとした場合、わざわざ此処の街に住み留まる理由もありませんからね。コルドを肯定している国なら逃げる場所は少ないかもしれませんが、此処は反コルドの国です」
「……つまり、反コルド連盟として動いているため、街から離れることが出来なかった。ということか」
 メラウはまだ理解が追いついていないが、バリセラスは大まか察したらしい。
「そういう事です。おそらく、レルの実栽培という犯罪行為を行うこの街を、よく思っていないのでしょう。何らかの形で、レルの実栽培を明るみに出そうと画策していたと思いますよ。そうなれば、少なくともシルガ半島の教会は撤去せざるを得ません」
 此処までの話を聞いて、メラウが何かを思いついたように顔を上げた。自分自身で納得いく説明が出来上がったのだろうか、顔をほころばせている。
「要するに、犯罪者を捕まえようとしてるのに、自分達まで同じ事やってると同罪になるって事ね。だからって行き急ぐと、バレて口封じに殺されるかもしれないし」
「その通りです」
 メラウの要領を得た答えに満足げな顔をするカイシ。
「例え告発に成功したとしても、他の町民達が全力で隠蔽したり、あるいはコルド側がもみ消して終わり、だな。何らかのきっかけを作る準備を、少しずつ進めていたのだろうな……」
 だからこそ『蒼髪の悪魔』という存在が、大きく出るのだ。バリセラスを筆頭に立たせて動くことにより、サミナルコ王国自体も注目する。
 更に大教会をバリセラスが潰す事に成功した場合、反コルドは今迄大きく制限されていた部分がなくなり、かなり動きやすくなるだろう。そうなれば、レルの実栽培が明るみに出るのは時間の問題である。
「……気に食わないな」
 反コルドが味方に付き、これからの戦いが楽になることが予想される中、バリセラスは不服そうな声を漏らした。
「どうしました? まだ何か」
 その声に気付いたカイシは、バリセラスの顔を覗き込んでいる。
 バリセラスは露骨に視線を逸らすと、「ふん」と鼻を鳴らした。視線を逸らされたカイシは、やれやれと肩をすくませると、玄関の方を向く。
「さて、コクロウさんも帰ってきたようですし、本格的な話を致しましょう」
 カイシの見ている玄関から、コクロウが誰かを連れて入ってくる。その人物を促しながら、3人の所まで歩いてきた。
「お待たせしました。この方が、この町で活動している反コルドのリーダーである、セネラ・シェスラエラさんです」
「……あんた達が『蒼髪の悪魔』一行だね。その娘には一度会ってるけど、まさか『蒼髪の悪魔』に関係する人だったとは思わなかったよ」
 セネラと呼ばれた人は、メラウの方を向いてそう言った。
「うい? 私と会ったことあるの? 記憶に無いけど」
 セネラにはあった覚えがあるらしいが、メラウには無いらしい。
「そりゃそうだろうね。あの時、あんたは熟睡してたからね。まあ、これから忙しくなるから、宜しく頼むよ」
 コクロウの家の隣に住んでいる、コクロウの怪我を治療してたおばちゃんこと、セネラ・シェスラエラは、3人の顔を見渡しながら頼りがいのある笑顔を見せたのであった。

第5話『鉄の剣と水の爪』へ
レルの実 3
 暗い森を抜けたバリセラスとカイシは、捕った獲物を運びながら小屋までたどり着いていた。
 元々あの1匹だけで帰ろうとしていたカイシだったが、バリセラスが「もう2~3匹獲って来た方が良い」と言うので、更に荷物は増えていた。
「本当にこれ、1食で全て消費するんですか?」
「多分間違い無い」
 そんな会話を続けながら、小屋の扉を開く。そこには、既にメラウが陣取っていた。やはり野菜取るだけなら、それほど時間は掛からないのだろう。
「あ、来た来た。遅いわよ、随分時間掛かったわね」
「お前が食う量、多分かなり多くなるだろうから、多めに獲って来ただけだ」
「うい、あり~」
 中へ入り、メラウが取ってきたであろう野菜の横に、獲物を降ろす。
「随分と頑張りましたねぇメラウさん。重くありませんでした?」
 そこには、明らかに一抱えでは無理であろうというくらいの量の野菜が、積まれていた。どう考えても、一人で持ってくるのは重い以前にかさ張るだろう。
「ん? 横に台車が有ったから使っただけ」
「お前何処まで大胆なんだ……」
 野菜を勝手に取り、さらに置いてあった台車を勝手に使って運んだらしい。幾らなんでもある意味凄まじい行動力だ。よく見つからなかったものである。
「だって、この量持ってくるのって、結構大変よ? それで台車が横にあるんだもん、使うでしょ」
「そうですよバリスさん。最もベストな選択肢だと僕は思いますよ」
 あっけらかんと述べるメラウ、それに便乗して楽しんでいるカイシ。罪悪感や緊張感の欠片もないこの物言いに、頭を押さえるバリセラスであった。
「……お前らの性格が、少し羨ましく思うぞ」
「バリスさんは難しく考えすぎなんですよ。もっと気楽に行きましょう」
「ういうい、有る物は何でも活用しなきゃね~」
 盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しいとは、この事を言うのだろう。此処まで来ると、大した肝である。
「……この際どうでも良くなって来たな。まあ良い、折角材料が集まったんだ、食事にする。俺が作るから、お前らは手を出すな」
 そう言うと、立ち上がりてきぱきと準備をし始めるバリセラス。今まで一人旅をしていたらしいので、手馴れているのだろう。自らの剣を引き抜き、包丁へ形を変える。それを念入りに洗ってから、狩って来た獲物を捌き始めた。
「あれ、手伝わなくて良いの? 結構大変よ」
「何度も言うが、俺はお前らを完全に信用している訳じゃない。用心の為だ」
 食事であれば、毒を盛れば容易く対象を殺せる。バリセラスなりの防衛策なのだろう。
「まあ良いじゃないですか。作ってもらえるなら、お言葉に甘えてご馳走になりましょう」
「うい、それもそだね」
 そんな訳で、バリセラスは手早く料理を作り出した。凝った調味料などは無いので、比較的簡単な料理ばかりではあるが、それゆえに食欲をそそるような物ばかりが出来上がっていく。しかも簡単ゆえに時間も掛からないため、調度良い。ただでさえ量は多くなるのだ、少しでも早く出来上がるほうが良い。
「見事なお手並み。お次は調理師を目指してはいかがでしょうか?」
「賛成賛成」
「黙ってろ」
 とまあ、こんなやり取りを挟みつつ、バリセラス手製の料理は完成。流石に量が多くて多少時間がかかったらしいが、それでも1品目が冷め切る前に出来上がった程度だ。
 因みに料理用の道具や皿は、メラウがどこからか持ってきていた物を使用している。結局泥棒ではあるが、いい仕事をしたとカイシは絶賛していた。
「お~、美味しそうじゃない。さっすがバリス」
「バリセラスだ、略するな」
 とバリセラスが訂正を入れるが、既にメラウは料理を食い始めていた。人の話を聞いているわけが無い。ついでに遠慮も無い。
「では僕も。バリスさんに精一杯の感謝をして、頂きます」
「……」
 名前の訂正を入れるのも、そろそろ諦めつつあるバリセラスであった。軽くため息を吐きながら、自分も食べ始める。
「中々美味しいわね。何処で習ったの?」
「黙って食え」
「うい。んじゃひたすら食べる」
 大量の野菜と肉を使用し、素材の味を生かしたまま作られた料理の数々は、一級品とは行かないまでも十分に美味い。家庭料理と言えるような、素朴な味だ。そんな料理を、ひたすら食べると言ったメラウは、その瞬間とんでもない速度を発揮した。
 それはもう、本当に食べているのかと疑うほど、皿の上に乗っている料理の減りが早い。少し目を放すと一皿は空になっており、気を抜けば並んでいた料理の半分が消えている。それなりに気を使っているのか、一応2人が食べる量は残している積りらしく、カイシとバリセラスの前に置いてある皿には、手をつけていない。
 バリセラスは唖然とし、カイシまでもが驚いている顔をしている。しかも当のメラウは、これだけの速度で食べているにも関わらず、食べ方が妙に優雅で、全く汚らしさが無い。これはこれで彼女の特技なのかもしれないが、役に立つのかどうかは疑問だ。
「ふい~。ごちそーさま。美味しかったわよ~」
 メラウが食べ終わったのは、他の2人が気を取り直して自分の食事を再開しようとした時であった。
「……もう、何も言わない」
「バリスさんが言っていた事が良く分かりましたよ……いやはや、何と言いましょうか」
 取り合えず、2人は自分の食事を進めるのであった。
「2人とも食べるの遅いわねー。折角デザートまで用意してたのに」
「まだ食うか……こっちはそれ聞いてるだけで食欲失せるぞ……」
「今度ばかりは、僕もバリスさんに同感です……」
 2人がげんなりとしている中、メラウは自分の背中に隠すように置いてあった包みを取り出した。
「おや、袋包みですか?」
 適当に畑などからもぎ取ってきたにしては、丁寧に包まれている。
「んとね。何か町の人が大切そーに抱えてた包みなんだけど、中に美味しそうな果物入ってるの見ちゃってね~。隙を見て取ってみた」
「……良心とか以前に、お前が町中でどんな行動をしてきたのか、気になり始めてきたな……」
「ん? 適当に歩き回って、調度良い民家と畑漁って来ただけよ」
 メラウはさらっと言うが、簡単に出切る事ではないだろう。
「まあ、それは良いとして、その果物を実際見てみましょう。僕も食べる気はありませんが、中身には興味ありますね」
「俺は要らない。そんな得体の知れないもの、食おうとは思わない」
「うい。んじゃ私だけ食べるとして、デザートお披露目~」
 嬉々として取り出した包みを開けるメラウ。中には5つほど果実が入っているようだ。
余程大事にされていたらしく、綺麗な包まれ方をしているが、中身を出すのは簡単であった。
「ほらほら、綺麗でしょ」
 包みから出てきた果物は、少々独特な形をしていた。何かの実らしいのだが、形はひし形に近く、色は薄い青色。そして実全体をツタの様なモノが、実を守るかのように絡み付いている。実際にツタが絡み付いている訳ではなく、それをも含めて模様らしい。
「皆食べないんだったわよね。んじゃ、いっただっきまーす!」
 メラウは手に乗せた果物を、2人に見せびらかした後、大きな口を開けて齧り付こうとする。
「ん……?! 馬鹿かお前は!」
 突然、バリセラスが叫んだ。同時に剣を抜き、形を鞭の様に変えながらメラウへ飛ばす。
「きゃ!」
 鉄の鞭は果物を持っているメラウの手を打ちつけ、手の甲に傷を付けると同時に果物を手から引き離した。
 メラウの手から離れた果物は、火が焚かれている囲炉裏の中に落ち、燃えて炭となっていく。
「痛た……何すんのよ!」
 行き成り攻撃をしてきたバリセラスに向けて、手の甲に出来た傷を自らのO・Hで治癒させながら、怒りを露わにするメラウ。
 そんな中、当のバリセラスは真剣な顔で、メラウが持ってきた包みに入っている、先ほどと同じ果物を物色している。
「何よ、欲しかったなら先に言えば良いじゃない!」
 そうメラウが怒っているのにも関わらず、バリセラスは全く聴く耳を持っていない。黙々と、そして真剣に件の果物を凝視している。流石にメラウも、怒っているのが場違いなのかと思うようになってきた。
「まさかとは思ったが……間違いない、『レルの実』だ……」
「……ええ、どうやらそのようです。『4禁種の実』の1つ、『レルの実』ですね」
 バリセラスの横で、カイシもその果物を眺めていたのだが、バリセラスと同じ考えをしているらしい。
 メラウは自分だけ仲間はずれになっている事に気付いたらしく、頭をひねっている。
「……どういうこと? ごめ、仲間外れになってんのも微妙に寂しいから、教えて欲しいんだけどなー」
 今までの怒りはどこにやら、妙にか弱い声を出してねだり始めた。
「お前、レルの実を知らないのか?」
 バリセラスは、手にしていた果物、『レルの実』をメラウの前に差し出しながら訊く。
「レルの実? 知らない」
「なら、手錠(スィール・パルス)くらいだったら知っているだろう」
「そりゃ知ってるけど、何か関係あるの?」
 手錠(スィール・パルス)とは、肌に直接付けることでO・Hを無力化させる拘束具の事だ。かなり高価であるが、攻撃的なO・Hを持つ人間に対しての拘束能力は高い。
「この実は、手錠(スィール・パルス)の原材料だ。直に触っている内は一切O・Hが使えないし、ほんの少しでも口にした瞬間、二度とO・Hは使えなくなる禁断の実だ」
「……って事は?」
「俺が止めてなければ、お前は二度とO・Hを使えなくなっていたって事だ」
 バリセラスの説明を聞いて、数秒メラウの思考が止まった。
 その後、言われた事の意味をようやく飲み込めたらしく、「なるほど~」と暢気な声を出す。そして。
「うええぇぇぇぇ!?」
 悲鳴を上げた。反応するのがやや遅いが、当然な反応だろう。O・Hと言えば、己が四肢に等しいほど存在して当たり前な能力だ。それを失っていたかもしれないと知れば、驚きもするだろう。
「本来レルの実は、『4禁種の実』という特別な実として区別され、厳重な警備の下以外での栽培、取引は禁止されているはずなのですよ。それがこんな所で、簡単に手に入る物ではありません。もし何の許可も無く所持しているのが見つかれば、間違いなく牢屋で生涯の大半を過ごす事になるでしょう」
「……」
 カイシが説明するも、メラウは再び固まってしまっていた。思いの外ショックが大きかったと見える。
「……こんな町に、何故レルの実が……?」
 間違ってもレルの実は、普通の町の人間が扱って良い物ではない。もし手続きをして許可を得ても、これ1つで千セイルは値が付く。
「ところで、一目見て気づいたようですが現物を見たことがお有りで?」
「いや、無い。知識として知っていただけだ」
「そうですか……」
 カイシはレルの実を掴み、思案顔で観察する。
「僕は情報屋という職業柄、現物を見たこともありますが……これは見たところ状態も良いですし、妙に新鮮ですね。こんなに綺麗なレルの実だと、個人単位の取引では、手に入れる事は難しいでしょう」
「個人でこれを入手する価値があるとは思えないが……」
 メラウそっちのけで話を進められる会話。完全に蚊帳の外へ出されてしまった彼女は、取り敢えずもう一度そのレルの実とやらを掴んでみる。
「食うなよ」
「食べないけど……そんなにすごいもんなの? この包み取ってくる時に見たけど、少しだけだったけど家の中で栽培してたわよ。そーいや考えてみると、中に入らないと分からないような場所で作ってたわね」
 その言葉に、バリセラスとカイシは目を見開いた。レルの実を栽培したりすれば、それこそ下手をすれば処刑ものだ。
「馬鹿な、栽培……? 大教会のあるこの町でか。灯台下暗しとは言うが、あまりに自殺行為だぞ」
 コルドは、一国と同等かそれ以上の力を持つ。いくらここのサミナルコ王国と険悪な関係であるとは言え、犯罪者を野放しにするほど無関心ではない筈だ。
「……いえ、逆に考えて見ましょう。もしコルド側がこの行為を町民たちに委託し、町ぐるみで栽培しているとしたら、どうですか?」
 つまりは、個人で栽培しているのではなく、コルドが栽培しているのだとしたら。ということをカイシは言いたいのだ。
 そうならば、コルドに見つかる恐れがあるどころか、コルドが隠れ蓑になってくれるだろう。
「……発覚すれば、戦争の火種になるぞ。コルドが戦争を起こすのか……?」
「……いえ、それは恐らく大丈夫でしょう。理由付けならいくらでも出来ますし、場合によっては論戦で正当化されます。それにもし此処でレルの実を栽培していることが発覚しても、此処の大教会自体を切り捨て、スケープゴートにすれば良いだけです」
「……サミナルコも、まさか大教会がこんなところで、レルの実を栽培しているなどと思っていないだろう。町民全てを抱きこんでいるなら、サミナルコは探りにくい」
「更に言いますと、この仮定なら、反コルドが強いサミナルコの中にありながら、この町がコルドに賛成しているのも納得できます」
 コルドがレルの実を買い取っているのであれば、町民からしてみれば良い金づるなのだ。この町が貿易の中心として動いていたり、闘技場のような娯楽施設が存在しているのは、金銭的に余裕があるからだとも言える。
 たった1種類の植物を栽培するだけで、大金が貰えるのだ。心酔しても不思議ではない。
「だが、何の為にコルドがレルの実を栽培させる必要がある。合法的に手に入れることくらい、可能だろう」
「どうでしょう。もし、消費量があまりにも多く、知られたくない何かをしていると言うことであれば、納得はできますよ」
 ここまでカイシの仮定に乗ってきたバリセラスであったが、考えを整理する意味も含めて、顔を伏せて軽く振るって落ち着かせ、再びカイシの方を向く。
「確かにそれなら納得は出来る。だがコルドが本当に栽培を委託しているという証拠が無い。そもそも考えが飛躍しすぎだ」
「そうでも無いですよ。此処は、コルド信者にしては好戦的過ぎますからね。ギャンブルに負けたくらいで、乱闘起こす人たちばかりですから。根っからのコルド信者でもなさそうですし」
 そうして、カイシはメラウの方を向く。
「そうですよね、メラウさん」
「うい? うん、そうみたいね」
 行き成り振られて疑問符を浮かべたメラウだが、一応話は聞いていたのでそのまま頷いた。
「……お前が一体どこから見ていたのかは、この際置いておく。それで、仮にその仮説が全て正しかったとしてもだ、俺の目的はレルの実栽培を暴く事じゃない。俺の目的が何か、お前は知っているんだろう?」
「ええ。それは存じております」
 バリセラスなりにカマをかけた積りだったが、すんなりと肯定されて続く言葉に困った。そんな彼を見ながら、表情を変えずにカイシは続ける。
「しかしよく考えて見ましょう。この事を、反コルドに伝えれば、手を貸してもらえるかもしれませんよ。相手は大教会、数は多いほうが楽ですから」
 この事を反コルドの人間に伝え、助力を乞おうという話なのだろう。
「……お前は、反コルドもあまり好きではないと言っていた筈だが」
「背に腹は変えられませんよ。使えるものは親でも使いましょう」
 バリセラスは全く悪びれる素振りも見せないカイシを睨み付ける。どこまでも信用できないと、そう無言で語っているようだ。
「安心してください。僕は貴方の敵になったりはしませんよ。必ずね」
 カイシの表情や声色からは、何も読み取れない。一体何を考えて行動しているのか、それが測りかねる。情報屋と言う割には情報を売ろうとしてこない上、なにより胡散臭い。
 この男は何なのだと、バリセラスは考えるものの、何も浮かんでこない。仲間だと思わせて安心させてから、寝首でもかかれるのかと思ったが、それにしては信用させようという気が見られない。わざわざ危険な場所へ送り込んで殺そうという魂胆だとしても、それなら大教会に行くのを黙って見ていれば良いし、生きて帰ってきたとしても疲弊した所を狙えば良い。どこかと協力して、などという面倒な流れを提示する必要も無いだろう。
一体どうする……
「思うんだけどさ。お金に余裕あるなら、何で貧乏人とか居るの?」
 そんな中、メラウは相変わらずの様子で疑問を出してくる。何となくで此処に居る彼女は、どこか場違いにさえ思えるほど何も考えてない。思ったことを言っているだけだ。
「それはまあ、多少の貧富の差はあるでしょう。レルの実さえコルドに売っていれば、生活するのに苦労するほど金には困らない筈ですよ。危険を冒して外の町の人間を招き入れて交流させているのは、外から大量に色んなものを入れて、好きにお金を使っているからでしょう。使ったお金は外へ出て行くだけですから、あまりインフレはしないでしょうし。
 それでも仕事をしているのは、カモフラージュの為ではないでしょうか」
 カイシのこの説明を受けても、メラウは未だ疑問符を浮かべたまま唸っていた。彼女は彼女で、何か引っかかる疑問があるようだ。
「昨日泊まった民宿なんだけど、それで考えると妙に貧乏臭かったわよ。家なんかボロボロですっごい古かったし。どうしてもお金に困ったからギャンブルに頼って、何とか稼いだって言ってたし」
 それを聞くと、カイシは険しい顔になって何かを考え込んだ。手を良く見ると、無意識に槍を強く握り締めている。怒気が篭っているため武器を掴んでいるのではないようだ。
「……確かに解せないな。これでお前の仮説は……」
「いえ、待って下さい! どうやら光明が見えてきた様です」
 今までの説を否定し、話を最初に戻そうとしたバリセラスであったが、カイシの鋭い制止で思わず口をつぐんだ。
「……移動しますよ。メラウさん、その民宿までの案内お願いします」
「うい? 良いけど、もう夜中よ」
 辺りは完全に闇にまみれ、明かりが無いととてもではないが行動できそうにも無いほどの状況だ。夜行性の獣も出るだろうし、その民宿の亭主も寝ているだろう。
「夜中だからこそです。今なら行動次第で、見つかる心配も無いでしょう。バリスさんも、行きますよ」
「どういう事だ。説明しろ」
「後ほど詳しく説明しますので、一先ず移動します。不服かもしれませんが、今は信用して頂きたいですね」
 有無を言わさないほど張り詰めは気配を撒き散らしながら、カイシはメラウを促しながら外へ出た。その表情は、考えの読めないあの微笑であるが、それが逆に恐ろしい。
「……」
 どうするかしばし迷っていたバリセラスであったが。
「分かった、どうせ他に考えも無い。行くだけ行こう」
 了承し、カイシの後へ続いた。

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レルの実 2

 腕にサナリィを抱えたまま、一人で治療が受けられそうな場所を探して歩くリィーキ。
「えーと、確かこの辺りに医療所があったと思うんだがな……」
 教会勤めであり、この村には好ましく思われていなかった大神官とは言え、足を運ぶ機会は多い。彼の頭の中には、大まかな村の配置が入っている。
 とはいえ、あの混乱で村人の殆どは我先にと逃げ回っている。医療所に着いたとしても、機能しているかどうかは分からない。だが他に当ては無いし、かなり衰弱しているサナリィをこのままにしておく訳にも行かないのだ。
 シルグはと言うと、ハガラズの生き残りを完全に駆除すると、別行動をしている。
 あのハガラズは、実を言うとリィーキが今まで大神官をやっていたあの教会内で、ある理由により閉じ込めて監視していた竜なのだと言う。教会が壊されてしまい、解き放たれてしまったのだろう。そうでなければ、こんな人里にハガラズが出現するわけが無い。
 リィーキの記憶では、大体残り5頭はいるとのこと。
(その女を安全な場所へ連れて行け。来たばかりの私より、村の配置を知っているお前の方が適任だ。その間、こちらで残る餓竜を始末してくる)
 リィーキがこの説明をした後、それだけを言いシルグはさっさと移動してしまった。他の村人は戦いに参加していた者も含めて、危険になる前にシルグが全て非難させていたのだ。
 リィーキは断る理由も無かったし、何より腕の中のサナリィが心配だったので、特に文句を言わず引き受けたのだが。
「さっきから全然人の姿見えないんだが、普通に医療所行っても人いるんだろーか?」
 そんな事をぼやきながら歩いていくと、医療所が見えてきた。しかし、人の気配は無い。
「外れか……他に当てって言うと、村長の家くらいしか無いが……」
 腕の中のサナリィに目を向ける。
「この娘って、確か村長の孫娘だったよな。そんな娘が逃げ遅れてたってことは、村長の家に行っても微妙そうだしなー……」
 彼女は衰弱しているものの、規則的な寝息を立てているだけで、それほど危険な状況でも無さそうだ。
「……それにしても軽いな。女って皆こんなに軽いのか? 身近に居る女っつったら、クィーミンくらいしか居なかったからなぁ。あいつはこんなに軽くなかったし。……こんなことアイツに直接言ったら、ぶっ飛ばされんだろうなぁ」
 その場に佇み、遠くを眺める。その方向は、リーアの町がある方だ。
「クィーミンは元気でやってんのかな。セグラも……」
 しばらく会っていない最愛の妹と、唯一無二の親友の姿を思い浮かべる。最後に会ったのは、確か去年だったか。
「セグラ。出切る事なら、蒼髪の悪魔に協力してやってくれ。お前なら、俺の考えてる事くらい察せるだろう。だから……」
 と、後ろから足音が聞えてくる。シルグがハガラズの処理を終えて、追いついてきたのかと思ったが、そこに居たのはこの村の村長こと、ジーマ・ニルスツだった。ハガラズの姿が見えなくなってきたので、あの牢から出てきたのだろう。
「お、調度良い。確かあんた村長だろ、どこか治療……」
「なっ……リィーキ大神官。何故サナリィを!」
 ジーマはリィーキの姿を見て、その腕にサナリィが抱かれている事を確認すると、怒気を含ませた視線で睨んできた。
「ちょっと待て、勘違いするな。俺はこの娘(こ)を助……」
「サナリィを話せーー!」
 リィーキの話も聞かず、ジーマは右腕を突き出した。
「人の話聞けって、ん? おい、なんだこりゃ。お前捕縛系のO・Hなんか持っていやがったのか!」
 リィーキの身体は、不可視の紐か何かで縛られたように動かなくなる。
 これはジーマの持つ『風で編んだ縄を使役する』O・Hの力だ。どんな者であろうが、老人であろうが、必ずO・Hを持つのが人間である。
「サナリィを話せーーー!」
「話を……聞け!」
 自らのO・Hと筋力で、無理やりジーマのO・Hを弾き飛ばし、強引に自由を得るリィーキ。反動でサナリィを落としそうになり、慌てて体勢を立て直す。
「なんのぉーー!」
 話を聞く気も諦める気も無いジーマは、再びリィーキを拘束しようと力を込めようとする。
 しかし、力尽きたようにその場にへなへなと崩れてしまった。
「って、何だ?」
「年寄りの冷や水は、そろそろ止めておかないと身体に障る」
 ジーマに淡々とした評価を出したのは、ジーマの後ろからゆっくりと歩いてきたシルグであった。
「捕縛系のO・Hは種類にも寄るが、自らの筋力と同程度でしか押さえ込めないのが基本だ。お前の筋力では、リィーキを押さえ込むのは無理だろう。だから先ほども、牢では使わなかったのだろう」
 シルグはジーマの横に立つと、討伐してきたであろうハガラズの骸を、無造作に放った。
「お前の言う通り、5頭は始末してきた。今の所他に姿も無い様だ」
「早ぇーな、もう終わったのか。ところで、村人って皆何処に逃げてんだ? これじゃ休ませられねぇよ」
「……まだ見つかっていなかったのか。しかし残念ながら、私も手がかりは無い」
「どうすっかな。回復系のO・Hを持ってる人間さえ見つけられれば、あとは任せられるんだが」
 相変わらず仮面で表情が分からないシルグと、心なしか肩を落としているリィーキ。そんな二人のやり取りを、状況が飲み込めずにひたすら頭の上に疑問符を浮かべている老人が一人、未だ地面に崩れていた。
「あのう……シルグ様? どういう事、なのでしょうか?」
「ああ。事情があって、この男は私の部下として連れて行くことになった」
 飽く迄淡々と、事務的に聞こえるような口調でシルグは答えた。あまりに簡潔すぎて、逆に理解できていない様だ。
「やっぱ部下なんだな」
「当たり前だ。しばらくは私の下で動いてもらう。下手な動きをされる前に、対応できるようにはしておく積りだ」
「まあそうだろうな……いきなり信用しろってのも無理か。って、今はこの娘をどうにかしないとな。村長、村の人が今何処に避難しているか知らないか?」
 今は怪我人を運ぶのが最優先だ。先ほどよりは落ち着いた様に見えるジーマに、言いそびれていた質問をしてみる。
「村人に少し聞きたい話もある。案内してくれ」
 続いてシルグも、案内するように要求する。ジーマは未だ言われた意味を完全に理解できていない様だが、取り合えずは立ち上がる。
「はい、分かりました……」
 素直に応じ、自分が歩いて来た方向を戻っていく。その後に、二人は続いた。

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レルの実 1
 
「ところでさ、お腹空かない?」
 バリセラスとカイシが、地図とにらめっこをしている真っ最中に、メラウがそんな事を言い出した。
「確かにそろそろ、夕食を摂っても良い時間帯ですね」
 カイシは完全に日が沈んだ外を眺め、出ている月の高さなどを見て、おおよその時刻を計る。メラウの言う通り、普通の家庭であれば夕食を食べている頃だろう。
「なんだかんだで走り回ったし、エネルギー補給しておいたほうが良いんじゃないかな?」
 要するに、腹が減ったから飯にしようと言いたいのだろう。ただそんな中バリセラスが、半眼でメラウを眺めていた。
 何せメラウは、町民に襲われる前に文字通り山のような肉を食べていたはずだ。バリセラスは1食分程度しか食べていないが、メラウはそれの4倍は胃に収めていた。あれから実際の所数時間しか経っていないので、普通ならまだ腹は減らないだろう。
「……あれだけ食って、まだ食うのか」
「うい。だって、あれはお昼ご飯だもん」
 それだけの量である肉の山でも、メラウの一食分にしかならないらしい。
(こいつの場合、回復系のO・Hを持っているから、仕方ないのか)
 バリセラスは心の中で、一応納得しておく事にした。
 O・Hは主に体力などのエネルギーを消費して使う能力なので、使用すれば使用するだけ疲れる。能力の度合いにも寄るが、メラウが持つような回復系の場合体力を分け与える様なものなので、普通の能力よりも消費が大きい。彼女の見た目は細いのだが、この能力を使用するように身体が適応しており、エネルギーを溜め込む貯蔵能力は高いのだろう。
 最初に能力の説明をされた時にカイシが言っていた、『白兵戦には便利な能力』というのは、貯蔵しておける体力が多いので、O・Hを使わなければ圧倒的に疲れにくいという意味もあるのだ。
 とは言え、流石にメラウの食べる量は、通常の回復系O・Hを持つ人間よりもかなり多いのだが。
「しかし困りましたね。僕は自分の分程度の簡易食料しか持ち合わせていませんし」
 腰辺りに吊るしていたのだろう、さほど大きい訳ではない食料入りの袋を取り出して見せるカイシ。これだけで3人分の食料にするには厳しいものがある。
「お二人はどうです?」
「私は無いわね。元々どっかに泊まる積もりだったし」
 町の外を出歩いていたメラウであったが、単に散歩をしていただけであったためまだリーアを旅立つ積もりが無かったので、食料を持っていなくてもおかしくは無いだろう。
「……それなりの食料は持っていたが、あのいざこざでの最中に破棄した」
 バリセラスはサヌ村で食料を分けて貰っていたが、町民に追いかけられている中で、逃げるのには邪魔になると判断したため、早々に捨てたらしい。
「つまりは、殆ど食料が無いという事ですか。弱りましたねぇ。腹が減っては軍(いくさ)は来ぬと言いますし、これだけでは物足りないでしょう。間違いなく皆さん体力を消耗しているでしょうし、もう少しエネルギー源になる食べ物があれば好ましいのですが」
「ん~。こうなったら、何か探してくるしか無いわね。農家多い町だし、野菜とか取り放題かも知んないわよ」
「この期に及んで野菜泥棒か……」
 バリセラスは呆れているが、なにやらメラウは盗む気満々だ。どの道狙われているので、怨まれようと知ったことではないのだろう。
「野菜はそれで良いとして、肉とかも狩って来たほうが良いでしょうかね」
「うい、お願い。んじゃ私は野菜担当ね~」
 そうしてメラウとカイシは立ち上がる。
 メラウは先に外へ出る。その後をカイシも外へ出ようとする。
「待て、カイシ」
 しかしバリセラスは、そんなカイシを呼び止めた。
「俺はお前に付いて行く」
 バリセラスも立ち上がり、カイシの近くに寄る。
「おやおや、とうとうバリセラスさんにまで僕の魅力が伝わってしまいましたか。残念ですけど、男には興味ないのですよねぇ」
「ふざけるな。何を企んでいるのか分らないお前を、一人で行動させるのは危険だと判断したまでだ」
「と言われましても、既に先ほど一人で行動した後だと思いますよ? 此処に来るまでは、完全に一人での行動でしたしね」
 人の揚げ足を取るのが好きなのか、怒らせると分っていながらバリセラスの癪に障りそうな事を言うカイシ。
「……あの時は俺も余裕が無かったら、そこまで気が回らなかった。だが、だからと言って野放しにはできない」
「なるほどなるほど、よく分りました。ではご一緒に狩りをしましょうか。生き物を相手にするわけですし、一人より二人の方が確立も高いでしょう」
 バリセラスが監視に来ることを了承し、カイシは背を向け、外に出る。後にバリセラスも続いた。
「それではメラウさん。僕達は何か獲物を狩って来ます。野菜、楽しみにしていますよ」
 外で中の様子を伺っていたメラウに言葉をかけ、リーアから逆方向へ歩き出す。
「うい。なるべくいっぱい狩って来てね~」
 メラウは二人に手を振り、自らはリーアへ向かって歩き出した。



「失礼します」
 セグラが報告書を作成している中、部下の一人が戸をノックしてから入室してきた。
「どうした。蒼髪の悪魔の居場所でも掴めたのか?」
 報告書を書く手を止め、部下の方を向くセグラ。
「居場所までは掴めておりませんが、いくつか新しい情報が入ってきましたので、報告をしに参りました。まとめるのに少々手間取り、遅くなってしまいました。申し訳ありません」
 部下は深く頭を下げた。
「詫びを入れるのは後で良い。今はその報告をしろ」
「はい」
 頭上げると、手にしていた書類の束を持ち上げ、内容を読み始める。
「クィーミン様と戦闘をした蒼髪の悪魔は、コルドに敵対する者として町民からの攻撃を受けていた様子です。しかし、町民全員から逃げ延び、現在はどこかへ姿を消してしまったとの事です」
「そうか……此処に攻め入ってくるという、確かな情報は今の所ないのだな?」
「はい。ただ、どうも蒼髪の悪魔は単独ではないという、報告があります」
「仲間が居る、と言うことか。確か今まで、一人しか目撃されていない筈だったな。今まで姿を見せなかった仲間が、今になって出てきたという事は……」
「何か大掛かりな行動をするのではないか、というのが多くの者見解です。今まで被害にあって来た教会に、大教会以上の場所は確認されておりませんので、仲間と合流してまず此処を落としに来るのでは、と推測されております」
「……」
 此処までの報告を受け、セグラは腕を組んで思考顔になる。
「仲間の特徴は。できれば能力などの情報などは無いのか」
「その事についてですが、有力情報があります。まず、人数ですが、蒼髪の悪魔を含めて3人。蒼髪の悪魔であろう蒼髪の男と、茶髪の男。そして長い黒髪の女だという事です。
 この女が、先日闘技場に出場しており、名は『メラウ・クレメーア』と記載され、『怪我を癒す』O・Hを所持しているようです。更にこのメラウという女、他の闘技場出場者と騒動を起こしており、そこに蒼髪の悪魔が助けに入ったらしいのです。その場で蒼髪の悪魔は『バリセラス』と名乗り、O・Hを『この世に存在する全ての金属を、自由自在に操る能力だ』と言い、実際に能力まで披露しております」
 セグラは思わず顔を上げた。これが全て本当だとすると、かなりの情報だ。
「本当に蒼髪の悪魔なのか? 自らの名や仲間の名はおろか、能力まで口に出して答えるとは……。早計にも程がある」
「それが、ほぼ間違いなくサヌ村付属教会を破壊し、リィーキ大神官を倒した人物であるらしいのです。
 クィーミン総司補佐や、共に行動した者たちの証言を聞く限りでも、同一人物である可能性が高いと」
「仮に蒼髪の悪魔で間違いないとして、何が目的なのだ……」
 上げた頭を下げ、深く頭を悩ませているセグラ。
 そんなセグラを見ながら、やや表情を曇らせながら部下は報告書を続ける。
「……一部の者の意見ではありますが、もしかすると蒼髪の悪魔は『レルの実』の事を探りに来たのではないのか。そして単独ではなく、反コルドが意図的に情報操作を行って単独犯だと隠蔽している組織であり、教会内部を深く探ろうとしているのではないか……と」
「有りうるな……。だが、まだそこまでは判断できない。
引き続き、蒼髪の悪魔の情報を集めろ。それに、この町のどこかに反コルドの人間が多数潜伏している可能性もある。気を引き締めて行け。もしサミナルコ王国に『レルの実』の存在を知られれば、この先、何が起こるのか予想も出来ない。そして、しばらくは蒼髪の悪魔対策として厳戒態勢をしく。見張りを強化しろ」
「了解しました」
 部下は報告書をセグラの机に置き、一礼すると部屋を後にした。
「……いや、既に予想はつくか……。戦争を否定する組織が、戦争を引き起こす火種となる。それが近い将来、必ず起こるだろう」
 

 リーアから少し放れた真っ暗な森の中で、カイシは槍を構えながら走っていた。木々が生い茂っているので動きづらいものの、それらを軽々しく避けつつ、邪魔になるようなツタは槍の穂先で切り落として進む。普通の人間なら、暗闇の恐怖と視界の悪さで、こんな動きはとても出切るものではないだろう。
「獲物が指定された方向へ行きましたよ~」
 カイシの前には、中型の草食獣が駆けている。彼が槍で威嚇しつつ、バリセラスの方へ誘導しているのだ。
「そのまま真っ直ぐ行け。後は此方で仕留める」
 バリセラスが、木の上で叫ぶ。声がする方向は、獣の進行方向よりやや外れている。
 獣も逃げる方向の先に、暗闇とはいえ害のある存在が居ないと分っているらしく、速度を落とすことなく全速力で駆けている。
「羅網鉄紙靭(らもうてっしじん)」
 突如として獣の足元から、十数本の線が伸びる。驚いて足を止めようとしたが、勢いが付きすぎており、獣はそのまま突っ込む。伸びた線は互いに絡み合い、体を丸ごと縛り付けてしまった。
 獣は鳴き声を上げながら、必死にもがくものの、余計に線が身体に食い込んでいる。
「お見事。では、止めは僕が」
 追いついてきたカイシは、線が絡み付いて動けない獣の首筋に、槍を刺して息の根を止めた。
 獣が完全に沈黙すると、音も無く線は解けて獣を開放し、地面に引っ込んでいった。
「お疲れ様でした~。見事なお手並みですねぇバリスさん」
 線に開放された獣の骸を掴み、バリセラスの元まで歩いてくるカイシ。
「バリセラスだ。いい加減勝手に略するな」
 木から降りつつ、名前について訂正するバリセラス。その右手には、今し方獣の動きを封じたらしき、線が束ねられて握られていた。よく見ると、鉄の紐だ。
 無造作に手を振るうと、握られていた紐は、鞘に収められた一振りの剣に姿を変える。彼はそれを、ゆっくり左腰に挿した。
 先ほどの線は、バリセラスが腰に挿していた剣を紐状に変えて出来た代物だ。
 線は木を伝って地面まで伸び、罠として設置してあったのだ。獲物が掛かると同時に形を変えさせ、捕縛するというバリセラスならではの捕獲方法なのであろう。
「O・Hの応用次第で、何でも出来ますねぇバリスさん。どうです、猟師なんかを目指してみては?」
「……余計な事をほざいていないで、さっさと血抜きしろ」
 獲り立てほやほやとは言え、そのままにすれば劣化が早まるし、何より味が落ちてしまう。獣を食用として仕留めたのなら、早急に血を抜いておく必要がある。
「そうですねぇ。ちゃちゃっと済ませてしまいましょう」
 掴んでいた獣の骸を、地面に横たえながら懐に手を入れ、刃物を抜くカイシ。多目的な作業用に使う、小型ナイフか何かだろう。こういった武器とは別の小道具は、旅をするのには必需品だ。
 まずカイシは、身近に生えていた背の低い木に触れた。するとそこから炎が発生し、辺りを薄く照らす。その明かりを頼りにしながら器用に小型ナイフを操り、上手くさばいていく。ごく自然に、そして出来て当たり前の様に無駄のない動きで。
「……お前の方こそ、猟師が向いているんじゃないのか? そこまで綺麗に処理できるのであれば、優秀な狩人だろう」
「そうですねぇ。時代の流れに逆らえなかったと言いますか、成るようにして成ってしまったと言いますか、ともかく猟師も魅力的なご職業であると思いますよ」
 バリセラスの皮肉を、なんとも無く受け流しながらカイシは作業を完了させた。さばかれた獣の骸は、市販品と大差ないほどの仕上がりだ。
「ではでは、早く戻りましょうか。メラウさんはもう戻ってきているかもしれませんし、お腹も空きましたしねぇ」
 立ち上がりながら、木に纏わせた炎を消す。やや長い時間炎を纏っていた木は、少しばかり焦げているが燃えてはいないようだ。
 さばいた獣は縄で括りつけられているので、そのまま肩に担いで先ほどの小屋へ向かおうと歩きだした。
「……カイシ。お前の目的は何だ」
 と、そんなカイシの背中へ、唐突にバリセラスは問いかけた。足を止め、振り向くカイシ。
「コルドに個人的な恨みがあるから、と言えば良いのですか?」
 彼の顔は、相変わらずの微笑が張り付いており、何を考えているのか読めない。
「コルドに恨みがあるなら、何故俺に付いてくる必要がある。反コルド連盟にでも入れば良いだろう。今見せた程度の動きが出来るのであれば、相応の地位に登れるはずだ」
「う~ん、弱りましたねぇ。僕、コルドは嫌いなのですが、反コルドもあまり好きではないのですよ。個人的に。それなら、単独個人で動いているバリセラスさんの様な方に付いていけば、僕が望む形になるかな~と思ったまでです。あまり難しく考えないほうが良いですよ?」
 変わらない微笑を顔に貼り付けたまま、カイシは再び小屋へ向かって歩き出す。
「……」
 カイシが闇に紛れながら歩いて行く姿を、黙って眺めながらしかめっ面を晒すバリセラス。
 少しずつその姿が見えなくなってきたころ、当のカイシが足を止めて振り向く。
「ほらほら、僕を監視しなくて宜しいのですか? あまり詮索されるのは好きではありませんが……そうですね、バリスさんの能力範囲を教えて頂けるのであれば、僕の事を話しても構いませんよ」
 とだけ言うと、彼は再び歩き始めた。
「能力範囲か……。俺の名を最初から知っているなら、『金属を自由自在に操る』O・Hだと言う事くらい、知っているだろうに」
 バリセラスはその場に立ったまま、カイシが歩いていった方向をしばし睨んだ後、一つ溜め息を吐いて歩き出した。


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2人目の悪魔 4
「おりゃあぁぁぁ!」
 リィーキはO・Hを発動させ、思い切り壁へ体当たりをした。同時に身体へ激痛が走る。牢屋で壁を殴ったときは気付かなかったが、激しい動きが出来るほど回復はしていないらしい。
 斬られた身体は、鋼で固める事で出血を止め、傷口が開かないようにしてはある。だが痛みが無くなる訳ではない。激しく動けば、動く分だけ痛むだろうし、悪化もする。
 しかし思ったより簡単に壁は壊れたので、痛みは無視してそこを抜け勢い良く外へ出る。今まで暗がりに居たお陰で外光が眩しい。
 目が完全に慣れる前に、竜の輪郭を見つけ、更に走り出す。
「ギャオォォウゥゥ」
 こちらに突撃してくる人の姿に気付いた一頭のハガラズは、目標をリィーキに定めた。逞しい前肢を広げ、飛び掛る。
 ハガラズの持つ鋭い爪は、普通の人間ならいとも簡単に貫き、引き千切るのさえも容易い。
 だがリィーキの体はO・Hによって鋼だ。いくら鋭い爪とはいえ、傷を付けるのは難しい。
 飛び掛ってきたハガラズを、リィーキは己が身体で受け止める。ハガラズは大きく口を開いて噛み砕こうとするが、文字通り歯が立たない。
「うおおおぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁ!」
 強靭な顎で噛み砕かれようとしている最中、リィーキは大声を上げて身体全体に力をこめた。ハガラズを抱き潰しているのだ。
 ハガラズからミシミシと、骨が軋む音が鳴る。
「ギ……ギェェェ……」
「はあああぁぁぁぁ!」
 ハガラズの咽喉からか細い声が漏れるが、リィーキの叫び声に塗りつぶされた。そして、骨が砕け、肉が潰れる嫌な音がする。腕の中の餓竜はぐったりとして動かなくなった。
「これで、一頭目だな……」
 もはや興奮状態にあるリィーキにとって、身体の傷の痛みなど感じなくなってきた。
 抱き潰して圧殺した竜を放り、鋭い目線を別の竜達へ向ける。群れをなしてはいるが、仲間意識が薄いハガラズにとって、仲間が死ぬことなどどうでもいい事だ。直ぐに別の竜がリィーキへ襲い掛かる。
 大地を力強く蹴り、放物線を描きながら飛び掛るハガラズ。開いた口から覗く牙が、太陽の光を反射して薄く光っている。
 リィーキは自らに飛び掛ってくるハガラズに反応すると、大きく腕を振りかぶった。
「うおぉぉりゃあぁぁ!」
 鋼の拳が、ハガラズの口腔に突き刺さる。
 力任せの非常に無駄が多い動きだが、それを考えても有り余る威力だ。加えてハガラズ自身の脚力で作り出したエネルギーもあり、更には口内という動物にとって弱点足りうる場所へ入った。
 リィーキの拳はハガラズの首を貫通する。大量の血液が流れ落ち、リィーキの腕を深紅に染めていく。
「あいつ……大神官のリィーキだよな……? コルドの人間が、竜を殺すなんて……」
 今しがた2頭目のハガラズを屠(ほふ)ったリィーキに気づいた村人は、信じられないものを見るような目で、竜の血に濡れた大神官を眺めた。
 コルドは竜を崇める。リィーキが行っている行為、それは間違いなくコルドへの反逆だ。たとえどんな理由があろうとも、竜の血を滴らせ、なおも竜相手に立ち向かっていくコルド信者など、どこの世界にも存在しない。
「一体何が……」
 たださえ、餓竜などという村周辺には生息しない筈の竜から襲われているというのに、竜を殺さないはずのコルド教会大神官が竜を駆除している。あり得ない事が同時に起こっているこんな状況だ、混乱しないほうがおかしい。
 村人は皆、わけが分からず呆けている。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
 そんな中、突如女性の悲鳴が上がった。呆けていた村人も、3頭目の竜の頭骨を踏み砕いていたリィーキも、そちらを向く。
 そこには、風に乗って空中を逃げている、一人の女性の姿があった。
 その女性は、O・Hを使って飛んでいるのであろうが、あまり高くに行く事が出来ないらしく、数頭のハガラズに囲まれて身動きがとれないでいる。
 ハガラズの跳躍力は高く、民家の屋根程度の高さなら軽々飛び越える。この跳躍から逃れる為には、女性のO・Hは力不足であった。
「あれって、サナリィじゃないのか?」
 竜に囲まれている女性は、バリセラスに風に乗った舞いを披露した村長の娘こと、サナリィ・ニルスツなのであった。
 どうやら、何らかの理由で逃げ遅れてしまい、竜に囲まれてしまったらしい。何度もハガラズに飛び掛られて、身体は傷だらけになり、所々に赤色と透明な血が滲んでいる。
 血を、特に透明な血液を失う事は、O・Hが弱体する事を意味する。出血すれば出血するだけ、体力もO・Hも果ててくるのだ。このままでは、風に乗る事も出来なくなり、やがては力尽きて地に落ちる。そうすれば、サナリィに助かる術は無い。
「待ってろ!」
 リィーキはサナリィに向かって走り出す。現在サナリィは4頭のハガラズに襲われており、空にいるとは言え四方を囲まれている。
 全力疾走でサナリィの元へ駆けつけんとするリィーキではあるが、サナリィの体力がほぼ限界らしく、持ちそうに無い。弱弱しく浮遊し、今にも落ちそうだ。
 少しずつ高度を落して行き、ついにはハガラズが飛びかかれる程度まで下がってしまった。リィーキが到着するにはあと数秒かかるが、ハガラズであれば一瞬で襲える。
 そして、彼女の背後で狙いをつけていたハガラズが、腕と口を広げて飛び掛った。
「幻光閃(げんこうせん)」
 残像を残して、何かが飛来する。
 それは空中にいるハガラズを通過すると、そのまま空へと消えていった。
 
 ――ベチャ――
 
 赤黒い液体を垂らしながら、ハガラズの骸(むくろ)が地面に落下した。
 飛来した何かは、サナリィに飛び掛っていたハガラズを、上半身と下半身に斬断していたのだ。
 その骸に、残った3頭が食らい付いている。ただの死骸など、ハガラズにとってはただの餌でしかない。
「何とか間に合ったようだな」
 リィーキよりも遥か後方で、謎の斬撃を放ったシルグは、軽く息を吐いた。
 無事ハガラズに命中したのを見届けると、未だ好き放題暴れている別方向のハガラズの群れを駆逐しに走り出す。
 シルグの見ている先には、バリセラスに絡んできたあの5兄弟が必死に応戦している。狩はしていても本格的な戦闘の経験が無いのだろう、足元がおぼつかない。シルグはサナリィをリィーキに任せ、彼らを助けに行くことを選んだらしい。
 シルグに辛くも命を救われたサナリィは、何が起こったのか分っておらず、放心状態のまま地面に落ちていく。そこへリィーキが到着して抱きとめる。
「大丈夫か、確か村長の娘さんだったよな」
「え……? は、はい……」
 返事はしたが、サナリィの目は虚ろで、リィーキが近寄ると全身の力を失ったかのように崩れ落ちた。
 慌てて抱きなおすリィーキ。彼女の顔を良く見ると、かなり憔悴している。体中に爪痕があり、出血もかなり多い。
 そんな中、死んだ仲間を食らい尽したハガラズは、再びサナリィを狙って襲い掛かってきた。
「仲間食ったってのに、まだ食うのかよ!」
 サナリィを左腕で抱え、右腕を大きく振るう。それによって1頭のハガラズが跳ね飛ばされた。だがそれは打ち払ったに過ぎず、立ち上がってまだ襲い掛かってくる。
「……ちょっとばかり一人にしちまうが、我慢してくれよ」
 リィーキは抱えていたサナリィをその場に横たえると、一歩前に出て、3頭のハガラズ達の前へ仁王立になった。
「あんまり時間が取れないからな。さっさと終わらせるぜ! はああぁぁぁぁ!」
 叫ぶと同時に、両手の拳を胸の前で打ちつけた。
 自らのO・Hをフルに稼動させるリィーキ。皮膚はおろか、爪も、体毛も、身体のありとあらゆる部位が鋼となる。
 『身体を鋼に変える』O・H、今の彼は鋼そのもの。いかに硬い物でもぶち抜ける攻撃力と、どんな攻撃をも弾き飛ばす防御力を持つ、完全に戦闘型の能力。『鉄壁』という二つ名の指す通り、本気になったリィーキが守れぬ物など無い。


 少しずつ薄れていく意識の中サナリィは、ただ自分が逃がした自らの教え子である子供達の心配をしていた。
 授業中に非難警告が出され、必死に逃がそうとしたものの、ハガラズの脚力には勝てずに追い詰められてしまったのだった。
 サナリィはせめて子供達でも逃がそうと、自らを囮にすることでなんとか逃がすことに成功したのだが、一度囮になってしまっては、自分が逃げ出す術は殆ど無かった。
 何とかO・Hで空中に留まり続けたが、逃げる途中に負った傷や体力的問題で高度が保てなくなってきている。
 意識も朦朧とし、もう限界になりつつある身体は、少しずつ地面に落ちて行く。視界の端には、両腕を大きく広げたハガラズが迫っている。もう助かる希望は無いだろうと、覚悟を決める。
 彼女は、せめて最後に子供達の笑顔が見たいと心で願いながら、意識を手放そうとした。子供達に、頑張って生きてねと心で思いながら。
 しかし意識を失う直前何かが、迫ってきているハガラズの1頭を両断した。あまりの事に驚き、意識を手放さずにそのまま落下しつつ放心していると、目の前に見覚えがある人物が現れ、完全に落下する前に抱きとめられた。
 一瞬あの蒼髪の人物が頭を過ぎったものの、顔は逆光でよく見えないが、この人物の髪色は蒼ではないようだ。
 自分の安否を聞かれたので、「はい」とだけ口にしたが、正直に言うと、どうして良いか分からなかったし、状況もよく分からなかった。
 けれどもこの人は、きっと自分を守ろうと必死に戦ってくれている人なのだと、それだけは分かった気がする。抱かれている腕が温かかったからなのかもしれないが、きっととても優しい人なのだと思えた。
 抱きかかえたままだと戦いづらいのか、地面に横たえられる。最後の力で薄く眼を開けると、そこには己を守らんと立ちはだかる大きな背中が見えた。それを見ているだけで、何故だか心が安らいでいくのが分かる。
 誰がこの背中の持ち主なのか、彼女はまだ知らない。しかし恐怖は全く無く、とても穏やかな気持ちでいられる。この人なら大丈夫なのだと、確証なんて物は無いが、強くそう思えた。
 ずっとその背中を見ていたいと思いながらも、サナリィは意識を少しずつ手放して行く。
 きっと次に目が覚めた時には、この人が自分を守りきってくれた後なのだと信じて。
 目が覚めたら、お礼を言おう。


「がぁぁぁぁぁ!」
 牙を剥いて飛び掛るハガラズの首を掴み、曲がる限り身体を仰け反らせて力を蓄え、思い切り頭突きを放つ。
 鋼の頭髪が、ハガラズの顔面をズタズタに裂く。眼球が潰れ、頭蓋が割れ、更には首が陥没する。ここまでダメージを受ければ、生きている事は出来ないだろう。
 あと2頭。
 リィーキは掴んでいるハガラズを振り回す。リィーキの身体には劣るが、ハガラズの身体も硬い。十分な武器となるだろう。
 振り回されたハガラズの尻尾を、ハガラズの頭をしたたかに打ち付ける。しかしこれでは致命傷にはならない。ただ弾くだけだ。直ぐに起き上がってくるだろう。
 手に掴んでいるハガラズを、弾き飛ばしたハガラズが起き上がる前に投げつける。食欲旺盛なハガラズのことだ、目の前に骸があれば食らう筈なので、時間稼ぎくらいにはなるだろう。
 その隙にもう1頭のハガラズを倒す。頭が弱いハガラズはただ飛び掛ってくる事しかしないため、リィーキに飛び掛ってあっけなく叩き潰された。
 そしてリィーキの目論見通りに、飛んできた仲間の骸に食いついているハガラズを蹴り潰し、サナリィを襲っていた4頭の竜は全滅した。
「……はぁ」
 深く息を吐いて、地面に横たえているサナリィを抱きかかえる。医者か誰かの所へ運ぶのだろう。リィーキの体にこびり付いた竜の血でサナリィが汚れてしまうが、それを気にしている場合でもない。
「終わったようだな」
 そこへ、別の場所でハガラズを駆逐していたシルグが、リィーキの前へ現れた。遠距離からの攻撃をしていたのか、その姿は一滴も竜の血に濡れていない。射出系か、それに近いO・Hを所持しているのだろう。
「なんとかな……もうへとへとだ」
「……それにしても、仮にも大神官だった人間が竜相手にここまで戦うとは、正直思っていなかった」
 事情があるとしても、コルド信者が竜を殺す事はほぼ無いに等しい。コルドにとって竜は象徴であり神だ。リィーキの体は、あまりに竜の血で濡れている。今の彼を見て、コルド信者だと思える人間は皆無だろう。
「少しは信用してもらえたか?」
「……此処まで暴れた人間が、そのままコルドへ戻るのは不可能だろうな」
 コルド神官が竜を殺した場合、自衛の理由であったとしても通常の倍額近い罰金を科せられ、更には位を下げられる。それが自衛意外で有った場合は5年以上の禁固刑。因みにどちらも1頭のみである場合だ。
 リィーキが行った行為。これは完全に竜の惨殺。地位剥奪どころか、即決で死罪決定なほどの重罪。ハガラズに出会ってしまったコルド信者の正しい行動は、速やかに逃げること。滅多に人里に現れる事の無いハガラズは、こういった状況を想定されてはいないものの、普通のコルド信者なら村を捨ててでも逃げるだろう。
「……信用した訳ではない。だが、コルドに戻る事も出来ないだろう」
「これだけやりゃ、隠してコルドに戻るのも無理だな」
 自分が今まで居た組織に殺される事が確定していると言うのに、当のリィーキはなんでも無いような表情をしている。
 そんなリィーキの姿を見て、シルグはため息を吐いた。
「仕方ない……分った。ただし、少しでも疑わしい動きをしたら、即刻殺す」
 シルグのこの言葉を聞いて、リィーキは満面の笑みを浮かべた。
「ああ、よろしく頼む」
 握手を求めるため右手を差し出そうとするリィーキであったが、サナリィを抱えているため彼女を落としそうになった。慌てて右手を引っ込めて崩したバランスをとろうとする。

「ギャオォォォウゥゥ」

 と、その瞬間リィーキの背後。完全に死角からハガラズが襲い掛かってきた。頭が弱いはずのハガラズだが、少しは頭が回る固体もいるらしい。相手が無防備になったところを狙ったのだろう。鋼になれるリィーキに傷を負わせることは無理だが、満身創痍のサナリィを狙うのであれば効果はある。
 一瞬何が起こったのか分からなかったリィーキは、思わず後を向いてしまった。彼の目に映ったのは、腕を伸ばせば届くほど近くに迫っているハガラズだ。シルグとハガラズの位置はリィーキを挟んで反対側なので、先ほどサナリィを助けたような斬撃が期待できない。
「くっそっ!」
 身を屈め、何とかサナリィを守ろうとするリィーキ。間に合うかどうか、時間的にぎりぎりだろう。
「……遅い。幻速真骸(げんそくしんがい)」
 だが、ハガラズはリィーキに届く前に、首と胴体を切り離されていた。鮮血を撒き散らせて、力なく地面に転がる。
「相手が竜だとは言え、気配が読めない様では、未熟なのも甚だしいところだ」
 リィーキとハガラズの間に、シルグが立っていた。
「お前……どうやって」
 リィーキが見たのは、何者かが割り込んできて腕を一閃させた、という姿の影だけ。しかしシルグの手には何も握られておらず、返り血すら浴びていない。状況から見ればどう考えてもシルグが行ったのであろうが、彼は今まで反対側にいたのだ。
「……強えーんだな」
 蒼髪の悪魔の様な、かなりの体術使いなのだと解釈し、素直に賞賛するリィーキ。
「お前が力任せすぎるだけだ」
 それに驕るでもなく、シルグは淡々と答えた。もしかしたらこれが彼のO・Hなのかもしれないが、飛ぶ斬撃などを含めて考えると、現段階で何のO・Hか判断する事は、リィーキに出来はしまい。
「……」
 仮面で顔は見えないが、この黒い髪の男をまじまじと眺めるリィーキ。「んー」と首を唸って、O・Hの事ではなく何か別のことを考えている様子だ。
「……何だ?」
 見られている事に気付いていたシルグは、訝しげな声を出す。
「いやよう。お前の雰囲気とか今の動きとか、何か気になってたんだが……蒼髪の悪魔ってのに、似てる気がすんだよな。まあ蒼髪の悪魔自体、長々と会話した訳じゃないから思い違いだと思うんだが」
「……それがどうかしたのか」
 蒼髪の悪魔に似ていると言われ、シルグは少し俯いた。やはり仮面で表情は分からないが、声のトーンが少し落ちている。
「別に意味はねーよ。そんじゃ、これからよろしく頼むぜ、黒髪の悪魔さんよ」
 リィーキはシルグのことをそう呼ぶと、高らかに笑い声を上げた。
 そんな彼らを照らしていた太陽は、そろそろ傾き始めてきていたのであった。
 
第4話『レルの実』へ
2人目の悪魔 3
「ここです」
 全身黒い服を着た黒髪の仮面の男が通されたのは、暗くてやや湿った空気の場所であった。頑丈な作りであり、砲撃でも受けない限り、壊れる心配はなさそうだ。
 それもそのはず、此処は罪人を閉じ込めるための牢屋であり、簡単に壊れないよう建造に使えるO・Hを持つ者達が作り上げた、砦にも匹敵するほどの強度を誇っている場所なのだ。
「しかし、反コルド連盟のお方が、こんなに早く来ていただけるとは思いませんでした」
 仮面の男を案内してきたのは、このサヌ村の村長ことジーマ・ニルスツだ。ジーマは右手に持った蝋燭で牢屋の内部を照らしつつも、穏やかな顔をしながら仮面の男に話しかけている。
 反コルド連盟とは、コルドに反対意思を持っている集団の総称の事。反コルド四大国もこれに入る。
「それにしても、シルグ様はお一人で行動していらっしゃるのですか? てっきり私どもは、ある程度の小隊を組んで訪れるものだと思っておりまして」
「今はそんな事はどうでもいい。それより、リィーキ大神官の様子が聞きたい」
 仮面の男ことシルグは、ジーマの質問は一切無視し、淡々とした口調で自分の質問だけをする。仮面なので、どんな表情かは分からない。
「ああっそうでした……申し訳ありません!」
 ジーマは余計な質問をし過ぎたと、脂汗を流しながら頭を下げる。
「リィーキ大神官は、目を覚ました後、暴れる事も無く静かに牢の中で座っております。教会の大神官というくらいなので、もう少し怖い方なのかと思っておりましたが、至って従順(じゅうじゅん)です」
 質問された通りの回答をし、シルグの様子を恐る恐る伺う。
「そうか」
 しかし、シルグは再び淡々とした口調で一言返すだけであった。
「……では、リィーキ大神官の所へお連れ致します」
 先だってジーマが歩き出すと、シルグは無言で後を着いていった。
 ここの牢屋は、まるで地下作られているのかと思うほどに光が射さない。そのため、薄暗く湿っている。今二人が歩いている通路は、さほど長くは無いのだが、昼でも暗いために足元を確認しながら歩く必要がある。お陰で歩くのが遅くなるのだ。
 それほど長い距離を歩く事は無かったが、移動が遅い分少し長く感じる。だが思ったよりは早く、1つの牢屋の前でジーマは立ち止まった。牢屋の中を蝋燭の光で照らす。
 そこの牢には、壁に寄りかかって座っている、大柄な男が1人だけいた。この男が、バリセラスが倒し、このシルグという仮面の男が用のあるリィーキ大神官こと、リィーキ・シジンだ。
 バリセラスに斬られた身体の傷は、O・Hなどでは治していないらしく、ただ包帯で巻いてある。完全に治しきらないのは、逃げ出さない為の保険か何かだろう。包帯は薄っすらと血が滲んでいる。
「何だ、何か用なのか?」
 リィーキは、牢屋の前にジーマとシルグが立つと、自分から話しかける。
「そうだ、お前に用がある。……ジーマと言ったな、しばらく席を外してくれ。部外者に聞かれるわけにはいかない」
 シルグはジーマに退室をするように言い渡す。ジーマは、「はいっ、分かりました!」と少し慌てて、蝋燭を下に置いた後、逃げるようにその場から立ち去った。
 ただ退出を命ぜられただけで、逃げるように出て行くのもおかしな話しだ。だがシルグは何故か、とてつもない殺気を放っている。戦闘訓練も受けていないような凡人たるジーマには、あまりに重すぎる気配だ。逃げるように立ち去るもの頷ける。
 ジーマが立ち去ったのを確認すると、シルグはリィーキの方を向く。
「聞きたいことが有る」
 リィーキはシルグを見上げた。仮面のお陰でどんな顔なのかは知ることが出来ないが、瞳から覗く目が持つ威圧感は、放っている殺気をも空気に感じられるほどに、冷たく鋭い。
 バリセラスとの一戦があった所為か、負けた事で吹っ切れたのか、リィーキは殺気を受けても恐怖心を抱くことなく、平然としている。
「……負けた大神官に、何か用かよ。教会を任されていた身だったが、重要機密情報なんて持ってないぞ」
「こちらが訊きたいのはそんな事ではない。蒼髪の悪魔を、なぜ大教会総司の所へ行かせる様な事を言った」
 シルグのこの問いに、リィーキは何故か、微かに口元を綻ばせる。
「どうした。何が可笑しい」
「いや、あのガキが蒼髪の悪魔だと間違っていなかった事に対して、個人的に喜んだだけだ」
 そう言うと、リィーキは立ち上がる。リィーキの身長は186cmなのだが、シルグはそれより5cm以上は低い。180cmに届くかどうか、くらいの身長だろう。
リィーキは大柄ではあるが、見た目は意外にスマートな体型をしている。
「……蒼髪の悪魔と知っていて、わざと大教会へ行く様に仕向けたのか」
 シルグは上から見下げられている形になったとしても、その殺気と瞳が持つ威圧感が弱まる事は無い。むしろ、リィーキの言葉を聞いて、余計に殺気が増したとさえ感じる。
「いくら強いからといって、単独で大教会を破壊出来る訳が無い。蒼髪の悪魔って言えば、コルドからしてみれば敵だろ。大教会に行かせれば、捕まってそれで終わりだ」
「解せないな。いくら勝てる自信があるとはいえ、自らの妹がいる教会へ、危険な相手を送り込むのだ。そんなに簡単な動機ではないだろう」
 『妹』という言葉を聞いた瞬間、リィーキも殺気を放ちシルグを睨んだ。だが、直ぐに思いなおしたのか、軽く頭を振るって気を静める。
「……さすがは反コルド連盟の使者って所だな。よく調べたもんだ」
「リーアの大教会総司も、お前にとっては大切な親友だとも聞いている。私にはなおさら不可解に感じた。だから訊きたい、何故蒼髪の悪魔を、大切な人たちがいる場所へ向かわせたのだ」
 殺気は相変わらずだが、シルグの言葉は真剣であった。本人は無意識なのかもしれないが、殺気に含まれる怒りの他に、どこか悲しみのような感情が込められている。
 怒りはコルドに向けたものであろう。しかし、一体その悲しみは何に対して向けられているものなのか。蒼髪の悪魔になのか、それとも悲しみさえもコルドに向けられているのか。
 問うた所で、シルグと名乗っているこの男は、何も答えはしないだろう。問わずとも分かるのは、この男が並々ならぬ決意を抱いて行動しているという事だ。単にコルドを嫌っているだけなのであれば、こんな殺気を放ちながら、別の感情を表すことなどで出来はしまい。
 リィーキはシルグの鋭い瞳を、何も言わずじっと見つめた。もちろん心の中を読むような事は出来ない。見ているのは、この男と、その瞳に写っている自分の姿だ。
 どちらも無言のまま、数十秒が経過する。リィーキは一度目を伏せ、そして再びシルグの目を見た。
「……答えてやる代わりに、一つ俺の頼みを聞いてくれないか」
「内容による」         
リィーキの視線を真っ向から受けながら、シルグは次の言葉を待った。
「俺を……お前と一緒に行動させてくれ」
 仮面から覗くシルグの瞳は、訝しげに細められた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。お前が成そうとしている事、それに俺も付いていきたい。場合によっては手伝わせてくれ」
 少しの間を空けた後、細められていたシルグの瞳は、逆に見開かれた。
「何を企んでいる。そもそもお前は囚われている身なのだぞ、そんな自由が許されるとでも思っているのか」
「そっちが何言ってるんだよ。確かに今俺は牢屋に入れられているが、コルドの大神官ってだけで捕らえられるような法は、サミナルコには無い。特に犯罪行為をやってたって訳でもないんだからよ」
 サミナルコにとって、コルドは嫌われた存在ではあるが、飽く迄も宗教であり、犯罪行為をするようなことは無い。更にコルドは、殆ど1つの国として機能している程に、独立している部分さえ存在する。
「実際に犯罪行為って言えば、この村の人間が俺をこうやって閉じ込めておく方が、よっぽど犯罪なんじゃないのか。どうすれば良いか分からないから、反コルド連盟の人間を呼んだんだろ?」
 反コルドを掲げているサミナルコとて、コルドの信者や神官を裁く事は出来ない。献金の類も、飽く迄竜以外の脅威から村を守るための資金、という解釈なのだ。
 強いて言うのであれば、竜を殺せば高い罰金を取られるという事くらいであるが、これは国際法としてほぼ全ての国で定められてしまっている。
 コルドの象徴というものあるが、自然界での食物連鎖の上位に存在する竜は元々数が少ないので、種の保存という大義をコルドは掲げている。
 国の事情にも寄るが、昔は竜を乱獲していた時代も存在する。ただし、人間に乱獲された程度で絶滅するほど、竜と言う種族は決して弱くない。むしろ放っておけば人間の方が危うくなる事すらある。その為サミナルコの様な反コルド国の内では、コルドの目が光っていない限り、竜は食用として扱われているのだ。
「……確かにその通りだ。村の中だけでは、大神官をどう扱えば良いか分からない為、反コルド連盟に預けようとした。しかし、いくら反コルド連盟であったとしても、コルドから返還要求を出されれば、それを断る事は出来ない」
「なら此処から出ても、問題ないはずだろ」 
 リィーキが言う通り、彼が此処から出る事に対しては、なんら問題が無いのだ。しかし、だからと言ってリィーキの申し出をそのまま受ける事も出来るわけが無い。
「……なら、一体何がしたいのだ。お前は下手な動きをしない限りは、コルドへそのまま帰還する事ができる。しかもお前はその事を良く分かっている。なら何故私に付いてくるなどと言う。私を手伝うなどと言う事がどういうことか、まさかその意味がわからない訳でも無かろう」
 リィーキはコルドの大神官。そのリィーキが反コルド連盟の人間であるシルグに付いていき、手伝う。それはつまり、リィーキにとっては完全に逆の立場の人間に与するという意味である。つまりは。
「反逆行為だな、どう考えても。コルドに見つかったら、即座に大神官の位は剥奪されて、行動内容によっては即死罪だ」
 口元を緩ませ、自嘲気味な笑みを浮かべながら、リィーキは軽い口調で答えた。
 大神官が敵対相手の仲間入りをするという事は、今まで自分が使えていた組織を否定する事だ。当然ながら、それが許された行為である筈が無い。
 極端な妨害行為を行わない限り、反コルドに与していただけで捕らえられる事は無い。しかしコルド神官などであれば話は別だ。教会に所属している人間の処罰は、コルドが独自で下せる。当然、敵側に渡った神官など裏切り者でしかない。
「信用できない。コルドは宗教、神官になると言う事はコルドを妄信する程でなければなることは出来ないのだろう。そんな人間を仲間として向い入れる事が、何故出来る。敵に負けたからと言って、相手の持ち駒になるとでも言うのか? これはゲームではないのだぞ」
 シルグの行っている事は正しい。反コルド連盟はコルドに対して怨恨や、最低でも嫌悪感があるからこそ所属しているもの。コルドを盲信している相手を、どうして受け入れられようか。
「元々はコルドに敵対するために、コルドに入ったとでも言うのか?」
 そう言われ、自嘲気味な笑みを浮かべていたリィーキの顔は、真剣な顔へと変わっていく。少しの間を置いてから、重々しく口を開いた。
「コルド神官に成り立ての頃は、そりゃもう盲信してたよ。武力を持って武力を制し、戦争を根絶させるっていう、その理想に。だから俺は今まで力を付けて来た。俺達が強くなれば強くなるだけ、戦争を抑圧出来るんだ、ってな」
「では、何故それを今になって否定するのだ。ただ負けたから、弱いからと言って直ぐに切り替えるほど、お前の信仰は薄いのか?」
「違うんだよ」
 リィーキは立ち上がると、シルグに背を向ける。そして、牢の壁に思い切り拳を叩き付けた。
暗い牢屋の中に、まるで大砲の弾でも命中したかの様な重々しい音が鳴り響く。自らの能力『身体を鋼に変える』O・Hを使用しているのか、その拳に傷は無いが、叩きつけた場所は拳の形にめり込んでいる。逃げる様子が無いと判断されたためか、手錠(スィール・パルス)は外されているようだ。
「俺はこんなナリだが、人間同士の争いごとってのは好きじゃないんだ。流血沙汰なら特にな! だから戦争根絶を理想としているコルドの神官になった。だが実際はどうだ。武力を武力で押さえ込んだって、結局はそれ自体が争いごとだ。そして、いくら種の保存って名目があるって言ったって、今竜に襲われている村すら助けられない。こんなふざけた事があるか? そう考えるようになってからは、自己嫌悪に陥ったさ。だが、そう思うようになった頃には、大神官に就任していた。そう簡単に後戻りは出来なかったんだよ」
 リィーキは何度も何度も拳を壁に叩きつけた。しかもあまりの威力に、建物ごと揺れており、全体からミシミシとひび割れるような音が聞える。だがシルグはその様子を、何も言わずに眺めている。リィーキはシルグが何も言わない所為か、拳を更に叩きつけ、轟音を発し、少しずつ声を荒げて、叫ぶように言葉を続ける。
「もっと上り詰めて、コルドそのものの方針を変えてやろうと考えた事もあった。だが、こんな田舎の大神官風情が、そう簡単に上り詰められるわけが無い。だから、少しずつ陰で、反コルドを支援してきた。せめてこのサヌ村だけでも平和に暮らせる様にと、俺なりに考えて行動していた」
 叩き続けてきた拳を止め、ゆっくりと下げた。再びシルグの方を向くと、リィーキは近くまで歩いてくる。
「そして結局、ろくな事が出来ないままに蒼髪の悪魔とやらに負けた。教会が襲われた時は、此処を守ろうと戦ったが、今考えると俺には戦う理由が無かったんだ。だから俺は今、こうして反コルド連盟に所属しているであろう、お前に頼んでいるんだ」
 リィーキは、シルグの仮面の裏に見える瞳を、真摯に見つめた。無意識の内にO・Hを発動して拳を握り締めているのか、右手から金属が擦れる様な音が、狭い牢屋に響いている。
「……駄目だ。いくらコルドに敵対しようと考えたとは言え、親友と妹を敵に売るような人間を、仲間として認める訳がないであろう」
「敵に売る? ああ、そうか。そうだな、確かにそう思えるな」
 シルグの言葉に対して、一瞬何事か分からない様な表情をしたリィーキであったが、意味を理解した後は勝手に納得し、笑みを浮かべている。
「……私は何か、笑われるような事を言ったか?」
「いいや、そうじゃねえよ。だから言っただろ、俺の頼みを聞いたら教えてやるって」
 リィーキの考えが読めないシルグは、仮面で実際の表情は分からないものの、逡巡(しゅんじゅん)している様子だ。
 何を考えているのか分からない大神官を仲間にするというリスクを犯して、その分からない事を聞く。冷静に考えれば受け入れる事は出来ないのだが、この大神官の顔は、あまりにも真剣過ぎる。
「どうするよ」
 しばし押し黙って熟考し、シルグは自分なりの譲歩案を考えた。
「……ではこちらからも条件を……」
「シルグ様――――――!」
 シルグがようやく譲歩案を出そうとしたまさにその時、先ほど退出したはずのジーマが、血相を変えて戻ってきた。
 その姿は顔面蒼白で全身震えており、リィーキが思わず「こいつ生きてるのか?」と零したくらいに、恐れおののいている。
「どうした。今は些末事に手を焼いている暇は無いのだが」
「竜が、それも大量の竜が!」
「竜がどうかしたか。此処の教会はもう機能していない。殺したければ殺せばいいだろう」
「しかし、大量の竜が!」
 あまりにジーマが慌てふためいているので、仕方なく事情を聞きだそうとするシルグであったが、当のジーマが「竜が」と連呼するだけで全く役に立たない。
 どうしたものかと考えながら、ふとリィーキを横目で見ると、難しい顔をしてうつむいていた。
「どうした?」
「大量の竜……まずいな」
 どうやらリィーキは、ジーマが騒いでいる大量の竜に心当たりがあるらしい。
「教会で監視していた竜が逃げたんだな。やばいな、あいつらをこの村の自警団程度じゃ無被害で抑えるのは無理だ……」
「待て、何をするつもりだ!」
 リィーキは何か思い立ったらしく、牢屋の鉄格子を掴むと、力任せに曲げ始める。シルグが止めようとするものの、余程の腕力があるのか、直ぐに人一人分が通れるほどの隙間が出来上がった。
「止めに行く」
 リィーキは自分で作り出したその隙間から、牢屋の外へ出ようとする。
「止めに? おい!」
 シルグが静止しようとするが、リィーキは全身を鋼に変えて全力疾走し始めたのだ。これを素手で止めるのは無理どころの話ではない。下手に近づけば跳ね飛ばされるだろう。
「勝手は許さん。幻光……」
 自らのO・Hを放って、爆走するリィーキを止めようとするが……
「シ……シルグ様……」
 リィーキが走っている方向には、ジーマが棒立ちしている。加えてここは牢屋の狭い通路なのだ。リィーキは上手くジーマを避けて走って行ったが、的確に力を放たなければジーマという余計な一般人まで巻き込んでしまう。更にはリィーキの身体は鋼であり、並大抵の攻撃では弾いてしまう。ジーマがどんなO・Hを保有しているかは分からないが、リィーキの様な防御力の高い人間相手に有効な程の高威力な力を放ったとして、ジーマがそれの余波に耐えきれるかどうかも分からない。
「……ック!」
 シグルはO・Hの発動を止め、リィーキの後を追う。

――ズゴォォォオン――

 建物全体に、大砲の砲撃を食らったような音が響く。リィーキが壁を体当たりでぶち破ったのだろう。鋼の体当たりだ、実際に大砲の砲撃を食らうのと大差ない。
 大急ぎでリィーキの後を追ったシルグは、今の体当たりで出来た穴から外へ出る。
「……こいつらは……餓竜(がりゅう)か……?」
 外へ出たシルグの目に映ったのは、十数体はいるかと思われるほど大量な竜であった。
 この竜たちの正式名は「ハガラズ」、別称が「餓竜」。
身長は人間よりやや大きい程度で、二足歩行。その体躯は強靭であり、爪は鋭く長い。強力な顎と牙を持ち、肉食で凶暴。しかも群れを成して襲ってくる。
 餓竜という別称の通り、食欲があまりに強く、餌が無かった場合などは共食いする事も多い竜だ。その分、頭は弱いので本能に任せて突っ込んでくるだけではあるが、群れで襲い掛かってくるので、狙われたら逃げ場は無いに等しい。
「何故餓竜が、こんなに村の近辺にいるのだ」
 本来ハガラズは、人里周辺には存在しない。危険生物なので、もし近くにガラズが生息している場合は、先に駆逐しておくか、村などを作るのを諦めるのが普通だ。
「……疑問を口にしている余裕は無さそうだな」
 見ると、リィーキが一頭のハガラズを身体全体で押さえている。村の自警団も、所々で応戦しているようだ。
「見ているだけと言う訳にも、いかないようだ」
 シルグも地を蹴り、村を蹂躙しようとしているハガラズの群れへ走っていった。


続きへ
2人目の悪魔 2
 セグラは簡素な扉を開け、飾り気が無い小奇麗な部屋へ訪れた。ここは大教会内部に存在する医療所で、先ほどまで回復系のO・Hを持つ者達が慌ただしく患者の治療に専念していたが、今は治療が終わってとても静かだ。
 中へ入ると、医療所独特な薬品の臭いが鼻につく。あまり好きな臭いではないが、不思議と安心感がある。
 部屋の中は医療器具や薬品が納められている棚と、部屋の大部分を占めているベッド。後はベッド同士を区切るカーテン程度だ。
 だが部屋の一角だけ、カーテンが閉められている。セグラはそのカーテンを静かに開けると、体中に包帯が巻かれている、1人の女性が横になっていた。
「あ……セグラ……様……」
 その女性、クィーミン・シジンは、セグラが現れると体を起こして彼を見つめる。
「セグラで良い、クィーミン。此処には今誰もいない」
 そう言われ、クィーミンは少し俯いた。
「ごめんなさい、セグラ。兄さんの仇、討てなかった」
 セグラはベッドへ腰掛け、クィーミンの体を抱きしめる。
「クィーミン。何故オレに何も言わず勝手な行動をしたのだ……」
 その声はやや震えており、目じりには涙さえ浮かんでいた。
「……ごめんなさい」
 クィーミンは肩を震わせ、セグラの体に顔を埋(うず)める。その目には涙が浮かんでおり、セグラの上着を濡らす。
「もういい。今はゆっくり休んでくれ。直ぐに動けるような状態じゃない」
 クィーミンの体から離れ、セグラは立ち上がった。その姿をクィーミンは少し寂しそうに見つめた後、再び少し俯いてしまった。
「ねえ、私が連れて行った神官達の容態は?」
「大丈夫だ。軽い打撲程度で、もう治療は終わってる」
 医療所にクィーミンしか居ないのは、他の人間は既に回復しているからなのだ。
「そう、良かった。皆私が行くって言い出したら、それなら自分達も手伝うって言ってくれたの。無事で安心した」
 少し安堵の表情になるクィーミン。強制した訳でないとはいえ、部下が傷つくのは嫌なのだろう。
「……それよりも、お前の体だ。炎に巻かれて、全身火傷を負ったんだ。少し障害も残るんだぞ……」
 そう言われ、クィーミンは包帯に巻かれている左手を持ち上げる。
「うん、分かってる。左手が……上手く動かないの。包帯に巻かれてるから、分かりにくいけど、もう細かい作業するのは無理そう」
 左手から炎に包まれたため、最も左手の被害が大きかったのだろう。
「でもね。直せるO・Hを持つ人を探すか、リハビリを続ければ直る見込みはあるらしいから、きっと大丈夫」
 セグラを見上げ、微笑む。しかしどう見ても、無理して笑っているのが分かってしまうほどに、痛々しい笑顔だ。
「無理はするな、そんな事だとリィーキも心配するだろう。あいつもまだ死んだ訳じゃないんだ」
「え? 兄さんって、死んだ訳じゃないの……」
 クィーミンの、驚きと、喜びと、しかし素直に喜べない様な顔が混ざった、なんとも妙な表情になる。
「……なるほど。殆ど早とちりだなクィーミン。最後まで報告を聞かないからだ。あいつはただ捕まっているだけで、返還要請を出せば直ぐに出られる」
 セグラに窘(たしな)められ、うなだれるクィーミン。
「結局、本当に無駄足だったのね……」
 死んだ兄の敵を討とうと思い、部下を引き連れて行ったが負けて、しかも重症を負って帰ってきてみれば、実は兄は健在だった。この事実を知って、クィーミンは心底ショックを受けている。
「……そんな顔をするな。直る見込みもあるんだろう? なら、いつも通りのお前でいてくれ。オレも、リィーキも、その方が嬉しい」
「そうね……分かった。じゃあ少し休ませてもらう。お休みなさい、セグラ……」
 セグラの言葉で楽になったのか、苦笑いの様な笑みではあったが、少し笑うとクィーミンは横になった。セグラはクィーミンに布団をかけると、医療所から出て行く。
「……ごめんなさい、兄さん……セグラ……」
 セグラが医療所から出て行った後、クィーミンは独り、ベッドを涙で濡らしていた。



 カイシは床に、リーアの町の地図を開き、思案顔をして腕を組んでいた。バリセラスが今回目的としている教会がここの大教会だと聞いて、早速作戦会議を開いているのだ。
「まずは、どう攻めるかですね」
 リーアの町はほぼ円形で、外側に田畑、内側に住居となっている。中心に大教会が建っており、その近くに闘技場などが存在している。因みに闘技場の位置は、大教会の真南だ。
「最も厳しいのが、町の中心に大教会があるという事でしょう。周りは僕達にとって、敵だらけです。例え目的を果たしたとしても、疲弊している最中、町民と再び大立ち回りを演じなければなりません」
 カイシは大教会が建てられている場所に人差し指を置き、円を描いてみせる。
 そこでカイシの反対側で地図を眺めていたメラウは、手を上げてカイシに質問をした。
「んじゃさ、大教会に抜け道とかって無いの? 結構大きい建物なんだし、隠し通路とかありそうなんだけど」
 普通の教会ならあまり存在しないが、比較的規模が大きい大教会となれば、訪れていた要人を逃がすための通路があっても、不思議ではない。
「残念ながら、僕にもそれは分かりません。存在するとは考えられますが、調べようにも町中を歩き回る事すら出来ませんから、当てにしない方が身の為ですね」
「もし存在したとしても、使うのは控えたほうが良い。何があるか分かったものじゃない」
 二人とは少し離れている所で、目を瞑り壁に背を預けて座っているバリセラスも、カイシに続く様にして口を挟んだ。メラウとカイシを仲間に加える事に決まってしまった今、渋々ながらも参加しているのだ。
「何って、例えば何よ?」
「馬鹿か。それが本当に隠し通路だという確証がどこにある。侵入者用に罠を張り巡らせたフェイクだったら、お前はどうする積もりなんだ?」
 二人が居る方向を見るどころか、目を開きもせずにバリセラスはメラウの問いに答える。
「それに、もう此処には『蒼髪の悪魔』が居ると敵側に知られていますからねぇ。あちらも守りを固めているかもしれません。隠し通路があったとしても、そこは一番守りが固いでしょうし」
 既に大教会側は、バリセラスがリーアの町に来ていることを知っている。クィーミンが現れたのもその為であるし、町民が襲ってきた事も考えると、現状では町中に入るのですら難しい。
「僕達が居る状況って、中々厳しいんですよ~。そもそも、大教会なんて数人で挑むような所じゃ無いんですから。本来だったら半ば戦争ですよ?」
 教会に所属する神官達の数は、約50人前後。大教会ともなると、その10倍は居る。約50人も所属している教会を、たった1人で破壊しているバリセラスも凄まじいことを成し遂げているが、さすがに此処では分が悪い。それが3人に増えたとしても、それほど大差は無い。
「……1つだけ疑問がある」
 そう言うと、今まで離れていた場所居たバリセラスが、立ち上がってカイシ達の近くに歩いてくる。
「バリスどしたの?」
 メラウの「バリス」という呼び名に眉をひそめるが、文句は言わず、地図の横に腰を下ろした。2人が居る方向を向き、少し間を置いてから疑問を口にした。
「何故此処に、大教会があるのか。俺はそれが不思議で仕方ない」
「おかしな事を言いますねぇ。バリスさん、先ほど大勢の信者から追われたのを忘れましたか? 信者が多いから大教会があるんですよ~?」
 バリセラスの言葉を聞いた瞬間、カイシは一層笑みを深くし、少し含みのある口調で否定してみせた。表情だけ見ると、随分と楽しそうである。
「……お前は俺が何を言いたいか、分かってて言っているだろう」
「さあ、それはどうでしょうか」
 ただ単にバリセラスを、からかって遊んでいるだけなのであろう。相手にしても進まないので、バリセラスは気にせず続ける事にした。
「サミナルコ王国は、反コルドを掲げている国だ。王族や殆ど全ての貴族が、反コルドに賛成している。つまり、ただでさえこの国にコルド教会が存在し辛い。昔から存在している様な場所でない限り、建設する事ですら難しい筈だ」
 ここまでバリセラスが話した所で、メラウは首をかしげて口を挟んだ。
「……んで、だから何?」
 その言葉に、少し間を空けた後バリセラスは深い溜息を吐いた。半眼にし、呆れ顔でメラウの方を向く。
「……お前、何も知らずにリーアに居たのか?」
「だって、別に住んでる訳じゃないし。旅している様なもんだしね~」
「それでも自分が今どんな場所にいるかくらいは、普通少しくらい調べるのが常識だろう。まさか無計画で旅をしているのか?」
 コルドの事もあるが、自分が今どんな国のどんな地域にいるか。それは旅をする為に必要な知識だ。
 人の出入りが激しい様な街であれば、あまり問題になることも無い。だが下手な場所に行けば、出身国が違うと分かるだけで、態度が変わる街も無いとは言い切れない。
 何事も下準備が必要と言う事なのだ。
「うい。殆ど行き当たりばったり」
 しかしメラウに、そんな考えは無いらしい。
「お前……変に常識無いんだな。短絡思考にも程があるぞ」
「悪かったわね。だって一々、本開いてあーだのこーだの調べるのって、面倒なんだもん」
 バリセラスは、それを聞いて更に深い溜息を吐いた。
「……なんかその、無言で馬鹿にされてるのも腹立つわね」
「実際に馬鹿にしているんだ」
「なによそれ!」
 馬鹿にされて頭に来たメラウは、拳を握り締め、バリセラス目掛けて突き出す。体勢がやや悪いので威力はさほど無いが、当たればそれなりに痛いだろう。
 しかし、バリセラスは横に少し動いただけで難なく避ける。
 それで更に頭にきたのか、メラウは突き出した手を引かず、逆に床を蹴ったのだ。当然前のめりになるが、出していた手を床に着け、そこを支点に勢いを殺さぬまま鋭い回し蹴りを放つ。
 位置的にかなり避けにくい攻撃であったが、ある程度予想していたのか、バリセラスは腰の剣を紐状に伸ばして天井に引っ掛けており、それを掴んだまま真上に跳んだ。床を蹴るようなことをしていないので、自らのO・Hを使って紐状の剣ごと体を巻き上げたのだろう。メラウが放った蹴りは、調度バリセラスの直ぐ下を通って行った。
「降りてきなさい!」
 頭上に行ってしまったバリセラスを睨み付けながら、メラウは大声で叫ぶ。
 バリセラスは器用に鉄の紐で、体を天井に固定している。メラウに叫ばれたところで、降りてくる気配はまず無い。ついでに先ほどから顔が無表情から変化していないので、メラウからしてみればよほど癪に障る。
 この建物は囲炉裏がある関係上、屋根が高いのだ。メラウがいくら高く跳ぼうとしても、そう簡単に届く高さではない。そこまで考えて、バリセラスは天井に逃げたのであろう。
「ほらほら、二人で遊んでないで、真面目にやってくださいよ。それにメラウさん、下手に暴れると衝撃で建物崩れますよ? バリスさんも、そんなに屋根に負担かけて、屋根ごと落ちてきたって知りませんよ~?」
 二人のやり取りを、涼しい顔で眺めていたカイシが、ここでようやく間に入った。建物が壊れれば、彼も巻き込まれるのだ。成り行きが面白くなりそうでも、ふざけ半分に見物すれば、悪化して倒壊しかねない。
「……仕方ないわね」
「……」
 メラウは渋々、バリセラスは無言無表情で元居た場所へ戻った。
「此処から先は僕が説明しましょう。バリスさんに任せると、このままでは終わりませんし」
 やれやれ、と肩をすくめて見せるカイシ。一呼吸空けてから、少し真面目な顔をして離し始めた。
「それでは説明します。サミナルコ王国が反コルド同盟賛同国なのはご存知です? メラウさん」
「うい、それ位なら。確か反コルド四大国の一つじゃなかったっけ?」
 反コルド四大国とは、コルドの存在を表立って否定している国の中でも、特に動きが強い四つの国のことである。
「あそっか。だったらサミナルコに教会あるのって、結構不自然ね」
「教会があるだけでは、あまり不自然じゃない」
 ここで再びバリセラスが口を挟んだ。メラウはバリセラスを睨み付けるのかと思いきや、特にそんな感情を向けることは無かった。むしろ、「そなの?」と聞き返している。彼女はあまり後に引く怒り方はしないらしい。
「サミナルコが反コルドに賛同したのは、比較的最近なんです。今から三代前の国王が反コルドを宣言してからですので、大体6、70年ほど前な程度ですね。
 熱狂的な信者が暴動を起こしたりと、最初は酷かったようですが、元々農業が盛んで作物(さくもつ)狙いの竜に襲われやすいサミナルコの土地です。熱狂的な信者は少なかったらしいですね。今では熱狂的な信者達は、不可侵地域の様な場所に移住して、大人しく暮らしているらしいですよ」
 ここまでの説明を受けたメラウであったが、眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。頭の上には、いくつもの「?」が回っていた。
「ごめ、全然分かんない。だったら此処がその不可侵領域じゃないの? てか、そんな国になんで教会が色んなとこにある訳?」
 メラウはコルドに関しての知識をあまり持っていないため、今の説明では余計解らなくなるだけらしい。
「不可侵地域はあまり、他の地域と交流をしたりしない。ここはその逆だろう」
 リーアはシルガ半島で交流の中心として機能している。リーアが不可侵領域なのであれば、無用な諍(いさか)いを作らない様、出来るだけ交流を避けるのが普通なのだ。
「表立ってコルドを否定しているとは言え、いきなり全てを追い出すという事も出来ないんですよ。コルドは世界中に存在する最大宗教であり、賛成国も多数存在します。コルドだけでも一国に匹敵する程の武力を所持しているんですよ。行き過ぎた動きをすれば、戦争に発展しますからね。そうなれば最後、コルド賛成国の連合軍と反対国の連合軍がぶつかり合う、最悪規模の世界戦争が勃発するでしょう」
「あ、なる。それなら簡単に手は出せないわね」
 今のバリセラスとカイシ、二人の説明で、ようやくメラウも解ってきた様だ。が、数秒の内に再び頭に「?」を浮かべ始めた。
「バリスが教会壊して歩いてて、その辺の状況大丈夫なの?」
 バリセラスが行っているのは、どう考えても立派なコルドへの反逆行為だ。メラウは、それで国同士の状況が悪化しないのかと考えたらしい。
「壊しているのが、サミナルコ王国に関係のある人間であるなら、大問題だったでしょうね~」
 カイシのその言葉を聞いて、バリセラスは鋭い視線と殺気をカイシに向けた。
「おっと失礼。大丈夫ですよバリスさん、貴方が何処の出身だとかいう詳しい情報は持っていませんので」
 カイシは相変わらずの笑顔でバリセラスの視線と殺気を受け流しつつ、メラウへの説明を続ける。
「コルドはサミナルコに『蒼髪の悪魔』が何者か問い詰めているでしょうが、サミナルコに属している人間でない以上、何の情報も無いでしょうからね。コルドは『蒼髪の悪魔』の拘束を求めているかもしれませんが、おそらくサミナルコは動かないでしょうし。
 この国にとって、個人で教会を破壊しているバリスさんの様な存在は嬉しい筈です。捜索しているとコルドには伝えるでしょうが、見つけたとしても黙殺して過ごすと考えられます。コルドとしても戦争は起こしたくないでしょうから、知らぬ存ぜぬで通されれば、どうにも出来ません。反コルドを掲げている事で、元々コルドとの仲は険悪ですからね」
 ここまで説明したカイシは、最後に「解りましたか?」と付け足した。腕を組んで話を聞いていたメラウは、唸りながら黙考していた。
「ん~……なんとか大丈夫。んじゃ1つ質問、話し戻す事になるけど、リーアが出来たのって最近なの?」
 反コルドになる前に教会があるなら、特に不思議は無い。しかしリーアにあるのは不思議。この2つの事を飲み込んで考えられるのが、リーアが最近作られた新しい町なのではないか。という事だ。
「はい、その通りです。この町は今から約30年前に作られた、サミナルコが完全に反コルドとして定着してからの町です。大教会はおろか、教会ですら建設できません。だからバリスさんは、この町に教会があるのを不思議に思っている訳なんですよ。ね、バリスさん」
 全ての殺気などを受け流しながらも、バリセラスに話を振るカイシ。なんとも恐ろしい神経の持ち主である。
 これ以上無駄に殺気を放っているのも、疲れるだけと判断したバリセラスは、諦めて気を緩めつつ、カイシに対して「そうだ」と肯定した。
「うい、何とか分かった。なるるね~」
 メラウもバリセラスの疑問が理解出来てきた様で、少々嬉しそうに頷いている。が再び首をかしげた。
「んでも、ここにあるのって大教会なんでしょ? 信者が多いから大教会があるんだとか言ってるけど、実際教会と大教会ってどう違うの?」
「簡単ですよ。大教会はコルドが必要に応じて、要の場所として建設するのが大教会であり、その周りの村などに建設されるのが教会です。信者であれば、大教会のある町で生活したいと考えるのは至極当然ですから、必然的に信者が多くなります。まあ大教会があるから信者が多い、とも言えますね」
「なる」
 ここまで来て、やっとメラウは理解出来てきたらしい。心なしか嬉しそうに頷いている。
「メラウさんが話しに付いてきた所で、本題に入りましょうか。バリスさん宜しくお願いします」
 元々はバリセラスが切り出した話題なので、カイシはバリセラスに会話の続をさせるつもりらしい。
「……これ以上俺が言いたい事はない。ただ疑問を口にしただけだ」
 カイシのペースに乗せられているのが、少し気に食わないバリセラスであったが、それをどうこう言うだけ無駄だと分かったので、素直に応じている。
「やっぱりバリスさんにも此処から先は分かりませんでしたか。僕にも分からないので、この先の説明はお願いしようと思ったのですが」
「そういう意味か」
「ええまあ。分からない事は分かりませんからねぇ」
 こいつの考えの方が分からん。そう強く思うバリセラスであった。


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2人目の悪魔 1

 
 辺りが暗くなり始め、気温が下がり始めていた。農業が盛んで比較的温暖な気候のサミナルコ王国だが、夜はやや冷えるのだ。
そんな中、町から離れそれぞれのルートで、小さな小屋にたどり着いたバリセラス達。
 この小屋はあまり人が来ないのか、最近に使われた形跡が無く、所々が壊れている。
しかし多少壊れかけていたとしても、少しの間身を隠すには調度良い場所であることには変わりない。
 三人は、申し訳程度に付けられていた南京錠を、メラウが踵落としで留め金ごと蹴り落とす事で扉を開き、中に入った。
「この小屋は元々、旅人用の自由宿泊施設だったらしいのですが、老朽化して誰も使用しなくなったらしいんですよ。ホラ、至る所に穴が開いているうえに柱もボロボロです。何日も泊まる様な長居は、しない方が身の為でしょう」
 カイシは大黒柱らしき大きな柱を、軽く手で叩きながら説明する。その大黒柱からしてかなり古くて危ういのだ。この建物がどれほど脆いかが良く分かる。
 小屋の中には、中央にやや大きめの囲炉裏があると言う程度で、他に特徴的な物は特に存在しない。戸棚や物置なども設置してはあるのだが、殆ど半壊しているか、もしくは原型が無い。見た感じだが、さすがに食料の類は無いようだ。有ったところで、完全に朽ちた物しか出てこないであろうが。
「立ち話もなんです、皆さん座りましょう。街中を走り回ったのですから、少しは休まないと、いざと言うとき動けなくなりますからね」
 そう言うと、カイシは囲炉裏の横に座り、他の二人も座るように促した。
「んでも今日は此処で寝るんでしょ?」
 カイシの向かい側にはメラウが腰を下ろした。来る途中に集めてきたのだろう、薪を囲炉裏に放りこんで、カイシに火をつけるように言う。
「一応その積もりですよ」
 カイシは自分の槍を蒔きに突き刺し、メラウの言う通りに火をつけた。寒いほど冷える訳ではないが、火があるだけですごし易くなる。
「休んでいる間に崩れたら困るな、柱だけでも補強しておく。古くても何かの金属はあるだろう」
 バリセラスは直ぐには座らず、小屋の中を物色し始めた。半壊した戸棚から古びて刃こぼれした剣や、錆び付いた鎖などを見つけると、それを糸状に変えそれぞれの柱に打ち込む。
「これで1日くらいなら、崩れる心配はないだろう」
 やることは済んだ、と言わんばかりにメラウとカイシよりやや離れて腰を下ろす。
「便利な能力よね~」
 火に当たりながらバリセラスの行動を眺めていたメラウが、率直な感想を漏らした。
「バリセラスさんは物質干渉系のO・Hなんですね。私生活には便利でしょう。見たところ金属限定の様ですから、鍛冶屋になれば儲かりますよ」
「余計なお世話だ」
 カイシの言う通り、金属に干渉する能力を持つ者は鍛冶屋になることが多い。本来『金属を操る』などと言う能力は、あまり戦闘向きではないのだ。
「そーいや私の能力はまだ言っていなかったわね。聞きたい?」
 私のなら話しても良いわよ、と話す気満々だ。
「教えてもらえるのならば、喜んでお聞きしましょう。メラウさんの能力はどんなものなのです?」
「私の能力は『怪我を癒す』O・Hよ」
 カイシに促され、メラウは笑顔を作りつつそう答えた。
「ほう、なるほど。見目麗しい貴方にピッタリなO・Hですねぇ。
 ところで『怪我を癒す』ということは、外的要因の傷にのみ作用するという事ですか?」
「うい、そうよ。病気とか毒とかは無理だから気をつけてね~」
 カイシが言いたいこととは、メラウの能力の範囲が何処までなのかということだ。
 O・Hには『干渉系』『射出系』『回復系』『感覚系』等大まかな分類で呼ばれることが多いものの、人それぞれで能力が違う。例えば同じ回復系でも、失われた四肢を治せる力を持っていても軽傷には効果が無かったりするものもあれば、逆に重傷には効果が無いものの軽傷なら瞬時に治せるものもある。
 このような理由があるため、自分の能力を表す際は『怪我を癒す』や『炎を纏わせる』のように、漠然と自分の能力の範囲が計れる表現にする。
 つまりメラウの能力である『怪我を癒す』というO・Hは、飽く迄も怪我のみを癒す力なのだ。
「そうですか。白兵戦には便利な能力をお持ちなのですね」
 と、頷きながらバリセラスの方を向くカイシ。
「……何だ」
 今までの会話を聞いていたのかいないのか、カイシの視線に気づいたバリセラスは訝しげにカイシの方を向く。
「僕の能力範囲、聞きたくありませんか?」
 相変わらず笑みを浮かべたままで、教えても良いですよ、と続ける。
「……自分の能力範囲も言うから、俺の能力範囲を教えろとでも言いたいのか?」
 その問いには答えず、カイシは自分の能力範囲を説明し始めた。
「僕の能力は『炎を纏わせる』と、先ほども言いましたよね。纏わせるだけなので、直接火を点けることは残念ながら出来ません。しかも僕自身が触れなければ纏わせられないので、火をつける時は間接的になります」
 そう言いつつ右手を持ち上げて、手を広げる。するとその右手が炎に包まれた。
「外側しか熱は無いので、素肌の上に纏わせても問題ありません。さすがに長時間は無理ですが」
 右手の火が消える。そこに火傷の痕などは無かった。
「なるほどね~。だからさっき蒔きに火をつけた時は、槍突っ込んだのね」
「そういう事です」
 そうして再びバリセラスの方を向く。
「断る。お前を完全に信用した覚えは無い」
 しかしバリセラスは意に介せずに、言うつもりはないと断言する。
「そうですか、残念ですねぇ」
 笑顔のままではあるが、肩をすくめ、やれやれと首を振る。
「ところでさ、バリス訊きたい事あるんだけど。さっきの動きは何?女の人相手だと妙に弱かったわよね」
 唐突にではあるが、メラウが先ほど逃げている時と同じ内容の質問をする。それを聞くと、バリセラスは表情を曇らせた。
「確かに女性が相手だと、何故かバリスさんは受けることすらせずに、無理な体勢でも飛びのいていましたね。男性相手ならそのまま吹き飛ばしていますけど」
 カイシもバリセラスの行動について疑問があるようだ。やや真剣な顔つきになっている。
 メラウがそう呼んだ為か、カイシまでバリセラスをバリスと呼んでいるのだが、バリセラスは気づいていないのか、メラウの時の様な文句を言わなかった。
「……俺自身、よく分からない」
「うい? ……どういう事?」
 バリセラスはしばらく何かを考えているような表情をしていたが、息を吐いてメラウ達の方を向き直す。
「女に危害を加えようとすると、何故か体が震える。理由は俺にも分からない」
「分からないって、何でよ。何かのトラウマでも無くちゃ、普通そんな風にはならないと思うけど」
 バリセラスに詰め寄り、まだ何か隠してるんじゃないのかと、顔を近づけるメラウ。
「……もしかして、記憶喪失か何かなんでしょうかねぇ?」
 と、カイシは最もありそうな理由を提示する。
「女性に攻撃は出来ないのに、その理由がわからない、と。トラウマを持っているのに、記憶喪失な為原因が思い出せないと言うのが、一番分かり易いのですが」
「残念だが、記憶が欠如していると感じる事は無い」
 しかしそれは有り得ないとの事。カイシは難しい顔をして黙り込む。
 メラウはまだ解せないのか、更に身を乗り出す。顔同士の距離自体は既に数センチしか離れていないため、殆ど頭突きでもしそうな勢いである。
「本当に記憶喪失なんじゃないの? んじゃ、生まれた時の第一声とか言って見なさいよ」
「どう考えても産声だろう。第一、お前は生まれた時の事なんか覚えているのか?」
「ん~。そーいやそうね」
 などと言いつつ、メラウは元の場所に戻った。
「それにしても、今まで教会壊して回ってたんでしょ? いくらなんでも女の神官くらいどこの教会にも居ると思うけど」
 神官とは、コルドに所属している言わば聖職者だ。ただし、どの神官も一部例外を除いて戦闘訓練を積んでいるため、戦いとなれば武器を手にして参加してくる。
「知らない。今まで俺が行った教会には、女の神官は存在しなかった。もし出合った場合は、可能な限り排除しようと考えていたが、全て杞憂に終わっている」
「何それ? 変な話ね~」
 コルドは基本的には宗教。神官になる為の条件に性別は関係ない。しかしそれが全く居ないというのも、かなり不思議な事である。
 現に先ほどリーアの町で襲ってきたクィーミンも、神官よりも位(くらい)の高い、大教会の総司補佐だと名乗っている。
「でもさ、私がタガルに盾にされてたじゃない? あのとき一緒に斬るとか言ってたのは?」
「……ただのハッタリだ。あまりの馬鹿馬鹿しさに一瞬本気で斬りそうになったが、斬る気は無かった」
 あの時タガルは動揺していたので、とっさに脅すという手段をとっただけに過ぎない。メラウを助けようとしていなかっただけあって、その後タガルがどんな行動を取ったとしても、バリセラスにはあまり関係の無い話なのだ。
 この説明でメラウは納得たらしく、「なるほどね~」と頷いている。
 そんな中、カイシは腕を組んで難しい顔をしていた。
「……バリスさん自身が分からないのであれば、この件に関してあまり深く詮索しても無駄でしょう。しかし今後は、女性の相手は僕が引き受けますので、どうかご安心を」
 しかしカイシの言葉に、バリセラスは顔を顰(しか)めた。
「今後? お前まだ付いてくる気なのか」
 迷惑そうな目でカイシを見る。信用していないと言っている通り、カイシを受けいれる積もりは微塵もないのだろう。
「当然でしょう、そのために此処にいるのですから」
 数秒前まで難しい顔をしていたカイシは、瞬間的に再び笑顔を作り、当たり前だと肯定する。
「あ、私も行く~」
「おお、良いですね。人数は多いほうが楽しいですし、それがメラウさんの様な美しい女性なら大歓迎です」
 更にメラウまで便乗し、カイシは乗りだした。
「勝手に話を進めるな」
 当然バリセラスが許す訳が無い。殺気を飛ばし、二人を威圧する。
「俺は仲間を求めた覚えは無い、邪魔だ。今は巻き込んだ事もあって一緒に行動しているが、お前達と馴れ合う気は無い」
 声こそ落ち着いていて静かだが、低くそして重く響き、明らかな気迫が込められている。老人や子供であったのならば、その場で命を落としかねないほど凶悪なものとなっている。
「ではこうしましょうか。僕達は勝手にバリスさんに付いて行く訳です。その過程で色々とお手伝いもしますが、基本的には別パーティという事にしておきましょう。バリスさんは心置きなく独りで行動してください、僕達は僕達で行動しますので」
 しかしカイシは、気にする素振(そぶり)すら見せず、逆に神経を逆なでするような事を言い出した。
「お前は……!」
 バリセラスの殺気が数倍に膨れ上がる。
「お気に召しませんか。では、一緒のパーティの方が良いという事ですね。これで決まりました。その方が僕としても楽ですから、それでは今後の行動を決めていきましょう」
 自らに注がれる殺気の一切を、その張り付いた笑顔で無視し、強引に話を進めていくカイシ。
「何を言っても、無駄だと言うことか」
「無駄ではありませんよ? 一応聞いていますから。バリスさんの言葉として、記憶にとどめて置きましょう。記憶していれば、いずれ役に立つかもしれません」
 これ以上問答しても無駄と悟ったのか、深くため息を吐きバリセラスは、そっぽを向いた。
「勝手にしろ。いつの間にか略されているが、俺はバリセラスだ。バリスじゃない」
 結局はカイシに押し切られてしまったのであった。
「はい、分かりましたバリスさん」
「……ふん」
 こいつに何を言っても無駄だと、バリセラスは完全に理解した。


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