秘密と偶然の名
リアルの出来事を中心に、自作小説等を載せています。
家出少年の進行 4
 日が暮れて、辺りが闇に包まれていく中、ファルクは意味も無く、馬達を眺めていた。
 服が汚れるのが嫌なのか、草を食んでいる時には近づきたくないらしく、やや馬からは離れている。
 ファルクは飽きやすい方なのだが、馬を眺めるのは好きなようだ。
 月以外の明かりは無いが、逆に強い光が無いだけあって良く見える。月明かりに照らされながら馬を眺める少女というのは、中々幻想的で絵になる。
 そんな彼女を見つけたティンリーは、近寄って声をかけた。
「馬を見ているのは楽しい?」
「楽しい、訳じゃ、無いけど。見て、るのは、好き」
「ふーん、そっか」
 ティンリーはそのまま片方の馬、グローリーに近寄り、手を伸ばす。すると、グローリーはティンリーに顔を寄せてくる。
「きっとファルちゃんは、動物が好きなんだろうね。他には何か好きなものはある?」
 そう言われ、考えているらしく暫く黙ったファルクは、「服、とか……」と口にした。
「そっか、ファルちゃんの来てる服って可愛いもんね。服が好きって事は、アクセサリーとかはどうかな?」
 そう言うとティンリーはグローリーから離れてファルクの所へ戻り、どこから持ってきたのか、幾つかのアクセサリーを取り出した。イヤリング、ピアス、バングル、ネックレス、指輪等々、年相応の女性が身につける様な装飾品の数々を取り出して見せる。何気にそれぞれの種類も豊富である。
「あたしはほら、飾り付けるの面倒であんまり付けないんだけどさ。だから殆ど貰いもんなんだよね~。ファルちゃんの好きな物とかあるかな?」
「ん……」
 ファルクは見せられたアクセサリーの数々を眺めると、小さなイヤリングを指差した。
「これ」
「気に入った? どれどれ~」
 ティンリーはファルクが選んだイヤリングを摘まむと、徐に近寄ってファルクの耳に付ける。
 ティンリーが触れると、仮面からあの光が漏れ始めるが……例の力が発動する事はやはり無い。
「うん、おっけ~。ファルちゃんがもっと可愛くなったよ!」
 仮面から未だ光が漏れ続けているファルクの姿を、笑みを浮かべながら眺めるティンリー。彼女も嬉しそうである。
「ん……」
 相変わらず顔の表情は変わらないファルクだったが、どこか喜んでいるように見える。
「ところでさ、イヤリング選んだって事は、やっぱり穴を開けるピアスは嫌なのかな?」
「痛い、のは、嫌」
 イヤリングの横に有ったピアスを、摘まんで持ち上げるティンリー。それを見たファルクは、首を横に振った。
「そっかー」
 ティンリーは摘まんでいたピアスを仕舞うと、思案顔で軽くファルクから視線を外す。
(……好きと嫌いの判断はしっかりしてる。痛みが嫌って認識もある……んー、線引きは難しいけど、結局は好きに分類されるものならおっけーって事かな。後は……)
 ファルクの頭に付いている仮面を見る。笑っている様な、怒っている様な、そのどちらでもない様な不思議な表情をした、その仮面。何かを示すかのように光を放つ、目に当たる部分を凝視する。
(この仮面、見た目は凄く薄いのに、穴から反対側が見えない)
 仮面の目と口には、人間の顔に付けた時に使う穴が空いている。仮面は顔を蔽い隠すものだが、目と口を、特に目を塞いでしまっては前が見えない。この仮面にも穴が空いている様に見えるのだが、反対側を覗く事が何故か出来ないのだ。
(……)
 思わずティンリーは、ファルクの額に付いている仮面に、手を伸ばしていた。
 この仮面こそが、最大の鍵なのだと。そうして仮面に手が触れようとした瞬間。
「触らないで!」
 はっとして、ティンリーは腕を引っ込めた。我に返ってファルクの姿を見ると、彼女は――相変わらずその顔は無表情だが――仮面を押さえて後ろに下がっていた。
 そして何より驚いたのが、ファルクが一言で叫んだ事だ。淡々と、感情が読めない口調で話した彼女が、声を荒げたのだ。
「あ、ごめんねファルちゃん。その仮面に触られるの、そんなに嫌?」
「……」
 ファルクは変わらずの無表情で、無言。だが、肯定だろう。
 此処でファルクに近づけは、決定的な亀裂になると、ティンリーは感じた。ここで何としてでもファルクの機嫌を良くしなければならない。

――バキバキバキッ――

 と、そんな時、遠くの方で大きな音がした。この辺りはテント場にするために選んだ比較的開けた場所なのだが、背の低い木でそれなりに茂っている。恐らくそういった木が折れる音だろう。
「きっとゲインちゃんとコルっちが何かやったんだろうね。ねえ、ファルちゃん。二人の様子、見に行ってみない?」
 調度良いタイミングなのを察し、話題を切りかえるティンリー。
「……」
 しかしまだファルクは戸惑っている様に、答えを返してこない。
「ね? 行こっか」
 飽く迄慎重に、刺激をしないよう穏やかに右手を差し出し、笑顔を向ける。
 暫く無言でその右手を見ていたファルクだったが、ゆっくりと自らの左手を乗せた。


 コルセスに吹っ飛ばされたゲインは、腰くらいの高さまでしか無い小さな木に、背中から突っ込んでいた。
「いてててて……」
 小枝がチクチクと刺さって痛い。しかも、自分の姿を確認すると、どんな突っ込み方をしたのか、頭が下で足が上になったまま木にはまり込んでいるらしい。完全に身動きが取れない。
「なるべく腕だけで振ろうとするな。剣が体の一部になるように、とまでは言わねーが、意識だけはしてろ」
 木剣を肩に乗せたコルセスが近づいてくる。軽く模擬戦を頼んだのだが、見事にぶっ飛ばされたのだ。
「早く起きろ。って、あー、動けねーのか。ほらよ」
 と、左足を掴まれて引っこ抜かれる。大量の小枝に引っ掛かっているので物凄く痛い。
「もっと優しく抜いてくれよ!」
「無茶言うな。ほら、さっさと起きろ。……ん? なんだ、見てても面白くねーぞ」
 コルセスがそう言いつつ振り向いたので、ゲインも釣られてそちらを見る。そこにいたのは、ティンリーとファルクだ。
「やっほー」
「……」
 二人は手をつないだまま、こちらに向かって歩いてきている。
「どんな様子なのか気になってね~。どうコルっち、ゲインちゃん見込みある?」
「それなりってとこだな。取りあえず才能は無いな、凡庸ってトコだ」
 ティンリーとコルセスが言葉を交わす中、ティンリーの手を離したファルクは、木から抜かれた姿のまま、地面に座っているゲインに近づいた。
「……葉っぱ、一杯、付いてる」
「ああ、まったくコルセスも手加減してくれたって、良いと思うよなー」
 少し恥ずかしい所を見られた、と思いながらも、ファルクが気にかけてくれたことに対して喜ぶゲイン。微笑を浮かべたまま、立ち上がって身体に付いている砂や葉を払い落した。
「……ねえ、コルっち、もう訓練終わりで良いかな? ちょっと話あるからさ」
「あ? まあ、やりすぎてゲインがぶっ倒れても、後々面倒くせーだけだから、そろそろ切り上げようと思ってたとこだ。お前がそう言うんなら、重要な話なんだろう」
「おっけ、んじゃあちょっと付いてきてよ」
 すると、ティンリーは笑顔のままコルセスを連れてどこかに行ってしまった。ただ、去り際に「ゲインちゃん、ファルちゃん、そんじゃ頑張ってね!」などというセリフを残して。
「なんだ? 訓練終わりって事で良いのか。疲れたー……」
 コルセスがいなくなったのを見たゲインは、再びその場に座った。
「……」
 しかしファルクは立ったまま、ゲインを上から眺める。
「なぁ、ファルクも座ったらどうだ?」
「服が、汚れる、から、嫌」
「そっか」
 ゲインは今まで頭から突っ込んでいた背の低い木に寄りかかり、遠くの空を見た。完全に日が落ちた空は、暗いものの星明かりが美しく輝いている。
「なあ、ファルクは王都に行ってどうするんだ?」
「分から、ない。コルセスに、連れられて、行くだけ。来てくれって、言われた、から」
「なるほどなー。でもきっと、ファルクの事だから、きっと凄い事するんだろうな!」
 そう言うと、ゲインは木剣を杖にしながら勢いよく立ち上がった。疲れてはいるが、若いだけあってまだまだ体力が有り余っているのだ。拳を握り締め、ファルクに近寄る。
「王都に着いたら、一緒に頑張ろうな。ファルクが困った事があったらオレ、絶対助けてやるからさ!」
 などと高らかに宣言した。
 それを聞いたファルクは、無表情のまま、コクッと頷くのであった。


「助けてやる、か……その言葉、絶対忘れないで欲しいな」
 ファルクとゲインの会話を、少し離れた所でファルクとコルセスは聞いていた。
「んで、結局重要な話ってのは無いんだな?」
 コルセスは火を点けていない煙草を咥えながら、半眼で二人の様子を眺めながらそう零した。
「うん、そーだね。ちょっとした布石みたいなものかな。一応、あの二人はあのままそっとしておこうよ。危険は無いと思うからさ」
 ティンリーは、あえてゲインとファルクを二人だけにしたかったらしい。
「まあ、博士の考えてることは俺には分からねぇが……そうしたいなら、お前に任せる」
 ティンリーの考えている事はコルセスに理解出来なかったが、あまり深く考えないことにする。なにせ分野が違うのだ、踏み行っても無駄だろう。
「さてそろそろ、晩飯の用意でもすっか。もう日も暮れちまってるしな」
「さんせーい。あ、じゃあさ、あたしが作ろっか?」
「お前料理得意なのか?」
「ん? やったこと無いよ。まあ、大丈夫っしょ!」
 溌剌(はつらつ)と答えたティンリーを見て、コルセスは非常に嫌な予感がした。しかし本人がやる気になっている様なので、取りあえず任せることにした。
 その日の夕食は、筆舌に尽くし難いほどに凄惨な夕食が出来上がったという。傍から眺めていたコルセスも、何をどうしたか分からない程に、常軌を逸している調理方法だったらしい。ゲインですら絶句していたほどだ。味も酷く、あまりの不味さにファルクが調理器具ごと吹き飛ばそうとして、慌ててティンリーがなだめに入っていた。
 コルセスは、ティンリーに食事を作らせることだけは、二度とさせないと心に誓った。
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家出少年の進行 3
「ほらゲイン、起きなさい」
 早朝特有の清々しい朝日が差し込む部屋で、まどろんでいるゲインを起こす声が聞こえる。
 あまりに聞き慣れた、女性の声。
「う~ん……うるさいなぁ……もうちょっと寝かせてくれよー……」
 しかしゲインには動く気力など無く、まだまだ眠っていたい。
 そんな声を無視し、再び眠りの世界へと向かおうとしているゲインだったが、無理やりかけている布団を引きはがされて、起きる事を強要される。
「うわぁ! 何すんだよかーちゃん!」
「いいから起きなさい。父さんはもう、畑に出たんだよ。朝ごはんも用意してあるんだからね」
 その女性――ゲインの母親は、ゲインの布団を持ったまま、ゲインの部屋を出て行った。天気が良いようなので、そのまま干すのだろう。
「う~……」
 母親の後ろ姿を、恨みがましく睨みながら、しぶしぶ身体を起こす。
 寝巻を脱ぎ、普段着を取り出して着替える。寝起きも寝起きなので、身体が重い。
 部屋から出て、そのまま外へ向かう。溜めてある水で顔を洗い、さっぱりとした所で家の中へ戻った。
 家の中へ戻ると、いつもの簡単な朝食が用意されていた。
「いただきまーす」
 母親も父親も既に朝食を終えて、仕事をしているのだろう。周りには誰も居ない。ゲインには兄弟も居ないので、朝はいつもこんな感じだ。
「……」
 朝食を食べ終えると、食器を重ねて持ち上げる。再び外へ出ると、先ほどの溜めてある水で洗い流し、棚へ戻した。
「仕事か……」
 気だるげにそう言うと、家の横に立て掛けてある、長い木の棒の両端に繋がれている桶を持ち上げて、棒の部分を肩にかける。
 1日に使う水を、川から汲んでくるのが、ゲインが行う最初の仕事だ。村の中心に澄んだ大きな川があるので、井戸などは無いのである。
「はぁ……」
 水を汲みに行く川まではやや遠く、十回も往復すれば午前の半分は過ぎてしまう。とはいえ、大体いつも3~4往復程度だ。
 それでも十分重労働には分類されるだろう。それなりに慣れていないと、1往復でもばててしまう。ゲインにとって、この仕事は何年も続けている、日課の様な仕事であった。
「いつまで続くんだろうな……」
 退屈だった。毎日毎日、朝起きて食事を摂ったら、水を汲みに行く。それから父親の畑へ手伝いに行き、昼時に昼食を食べる。終えたらまた畑だ。
 変わらない毎日、変わらない生活。
 楽しみと言えば、時折訪れる行商人から、他の街などの話を聞くことであった。
「外の街かー……」
 大勢の人が住み、様々な物が集まり、毎日がお祭りの様に賑やかな街。そんな街へ行ってみたいと憧れる。
 そして、格好いい鎧を着て、堂々と街の中を歩く。
 想像すれば想像するほど、心が躍る。
 全く届かないと最初から分かっているなら、諦めも付いたのだろう。だが、簡単に諦められるほど、ゲインは聞きわけの良い利口な少年ではなかった。
「いつかオレだって……」
 最近考えるのは、村を飛び出す算段であった。
 実行はいつでも良い。きっかけさえあれば。
「おっと、こっちだった」
 あまりに考え込んでいた為、水汲み場を通り過ぎるところだった。
「まあ、なんとかなるよな」
 そう楽観視して、ゲインは川の水を桶に組み上げたのだった。


 目が覚める。身体を起こすと、窓から差し込んでいるのが分かった。その日差しを浴びて、既に日が昇っている事に気づく。
「やべぇ! 水!」
 普段なら水を汲みに行っている時間くらいなのを思い出し、跳ね起きた。どうして母親は起こしてくれなかったのか。などと悩みながら、着替えて外へ出ようとする。
「あれ?」
 そこでやっと気が付いた。今居るのが自分の部屋では無いことを。
「そっか、オレ軍に……」
 ゲインは軍に招かれたのだ。詳しい話は難しくて良く分からなかったが、簡単に言えばそうだと昨日ティンリーに教えて貰った。
「憧れの軍隊」
 そう思うと、嬉しさが込み上げてくる。家出した時にも感じたが、どうしようも無いほどの高揚感があった。
 その喜びをどこに向けて良いか分からないので、取り敢えず窓を開けて外を眺め、朝の陽ざしを浴びてみる。するとなんだか、無性に叫びたい気分になってきた。
「ヨッシャー! これで軍人になれるんだ!」
「良いから着替えろ、クソガキ」
 すると突然、背後から声がかけられた。
 驚いて振り向くと、そこには煙草を咥えたコルセスが、ドアを開けてこちらを眺めているのだった。
「起きるのが遅いんだよ。軍人になりたいなら、朝日が昇るくらいには起きやがれ」
「疲れてたんだよ! いつもはそのくらいに起きるっての」
 ゲインの日課は、早朝の水汲みだ。たまに起こされはするが、基本は朝日が昇って直ぐくらいに目が覚める。今日寝坊したのは、昨日は色々あって疲れたのが原因だ。
「あの程度で疲れたとか言ってんじゃねぇ。ほら、さっさと着替えろ。一応まだ客人扱いだから、無償で朝食が用意されてんだ、有り難く食いに行け。場所は一階まで降りたら大体分かる」
 それだけを言い残して、コルセスは部屋を出て行った。残ったのは、コルセスが吸っていた煙草の煙だけである。
「なんだよ……ったく。つーか煙いんだよアイツ、いつまであんな火が付いた棒咥えてんだっつうの」
 ゲインの育った街には、煙草という物が無いのであった。ゲインの村は都会から遠く、あまりこの様な嗜好品は入ってこない為、存在そのものを知らないのだ。入ってきたとしても、結構値が張る物なので手を出す人は少ない。
 昨日は嫌な臭いを発して虫避けか獣避けにでも使っているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「……まあいいや、それより腹減ったな」
 コルセスの文句を口にしていたら、何だかお腹が空いてきた。
 朝食が用意されている様だし、さっさと着替えて食べようと思い、来ている寝巻を脱ぎ、自分の服に袖を通す。
「一階って言ってたっけ。確か此処三階だったよな」
 部屋から出れば、直ぐに階段が見える筈だ。
「どんな朝食が出されるんだろう。かーちゃんの飯より、きっと美味いんだろうなー」
 期待に胸を膨らませながら、ゲインは部屋を後にした。


「食糧は1週間分、大体道のりは王都まで一月ってとこだが……まあ十分路銀も間に合うだけ貰ったから問題ないか」
 ゲインより食事を先に済ませていたコルセスは、支給された物を確認していた。
 元々は小隊で移動していた為、移動用の馬車や寝袋、その他備品の類は揃っている。ファルクの力に巻き込まれた物もいくつかあったが、それも補充してもらえた。
「ただ一番なのは、こいつだな」
 そう言いながら、コルセスは馬車に繋がれている一頭の馬に手を伸ばし、首を撫でた。
 単独で王都へ走らせた部下に、二頭の内一頭を預けた為に、今まで一頭の馬に引かせていたのだ。
「馬一頭支給してくれるとはな。どこまで気前が良いんだか」
 移動用の足というのは、大変貴重なものだ。部下を一人死なせてしまっていると言うのに、こうやって必要なものを揃えて貰えるのは大変有り難い。
「まあ、それだけ重く受け止めてくれてるのか、さっさと追いだしたいのか……」
 理由はどうあれ、馬が二頭になるのはこの上なく喜ばしいことだった。
 ファルクが居た村から此処まで、実に半月はかけている。確かに遠かったが、最後の数日は一頭になった為の遅延が理由だろう。おそらく二頭なら一週間で到着している。
「大体目算、王都まであとひと月って所か……」
 直線距離なら二週間という所だが、大きく山を迂回しなければならないので、まだまだ道のりは遠い。
「だから、コルっちが気張って行かないとね~。頼りにしてるからね」
 突然後ろから声が聞こえる。普段なら気配で気付くのだが、全く気が付かなかった。どうや少し気を抜き過ぎていたようだ。
「ティンリー、準備は良いのか?」
 気を引き締めつつ後ろを振り向くと、大きめな荷物を抱えたティンリーが、こちらを見ながら笑みを浮かべていた。
「うん、長旅になるだろうから、色々と持って行くものは多いしね。元々昨日乗る筈だった馬車に用意してあったから、殆ど入れ替えるだけだったけど、結構量多くてそれだけでもちょい大変だったな~。これでもなるべく削った積りだけど、やっぱり同じ服をずっと着てるのは嫌だからね~」
「まあ、女だしな。その辺りは仕方ないだろう」
 元々ファルクも含む7人で使用していた馬車だ。多少の荷物を乗せるくらいなら、十分余裕がある。
 ティンリーは手に持っていた荷物を、馬車の中へ積み込むと、こちらに寄ってきてコルセス同様に馬の首を撫で始めた。
「よしよし、可愛い子だね。名前はなんて言うの?」
「名前? んなの考えた事も無かったが」
 軍から支給された移動用の馬。という認識しか、今までしてこなかった。それなりに仲間意識はあったが、可愛がるという思考は無かったのだ。
「名前は有った方が良いっしょ? その方が愛着も湧くしね」
「名前か……」
 突然言われても、とっさには出てこないものである。
「分かり易く、それでいて可愛げのある名前が良いかな。あ、両方男の子だから格好良い名前でもOKだよ」
 そんなことを言われると、余計に思いつかなくなるものだ。
「……駄目だ。俺には浮かんでこねぇ。ティンリー、お前が言い出したんだ、お前が付けろ」
 結局は考えるのを放棄した。元々名前なんかを付ける気は無かったのだ、自分で付けることも無いだろう。
「そっか、分かった。でもそんなこと言ってると、自分の子供が出来た時に困るよ~」
「……うるせぇ。子供と馬を一緒にすんな」
 苦虫を噛み潰したような顔をするコルセスを一瞥した後、ティンリーは2頭の馬の顔をそれぞれ見比べる。
「うーん。そんじゃあ、こっちの凛々しい顔の子がグローリーで、こっちのあどけない顔の子がフランクでどうかな?」
 それぞれの顔を優しく撫でながら、コルセスに聞くティンリー。
「良いんじゃねーのか? にしても、馬の顔なんか一緒に見えるから、どっちがどっちか何か分からねーが」
「まあ、見慣れてないとそうなるだろうね。でも、その内分かる様になるよ」
「そんなもんか」
 嬉しそうに二頭の馬を撫でながら、楽しそうにするティンリーを暫し眺めた後、煙草を咥えながら出発準備にコルセスは戻ろうとした。
「咥えるのは良いけど、火は付けないでね~。荷物に臭い付くと嫌だし」
「……ちっ、仕方ねーな」
 咥えた煙草をケースに戻し、不服そうな顔をしながら作業を再開するのであった。


「それじゃ、張りきって出発進行―!」
「黙ってろ!」
 馬車の御者台に乗り、大声を出したゲインは、コルセスに後ろから蹴り飛ばされた。
「おわっ、わわっ」
 行き成りなので、そのまま御者台から放りだされる。受け身などが取れる訳が無いので、無様にも地面に転がってしまった。
「いてて……何すんだよ!」
「まだこっちの話が終わってねーんだ、おとなしくその辺に座ってろ」
 そう言ってコルセスは、ゲインから目を放し、馬車の下で待機している数人の軍人達の方へ降りて行く。
「蹴ることねーだろ」
 などと文句を言いながら、立ち上がって服に着いた砂を落とす。すると、後ろから服が引っ張られる。
「なん……って、うお!」
 誰が後ろから引いているのか確認しようとしたら、急に強く引っ張られる。いや、引っ張られるどこから、身体ごと持って行かれているような浮遊感がある。
 だが直ぐに背中から地面に叩きつけられ、鈍い痛みが走る。
「いってー……何なんだ?」
 痛みを何とか散らしながら、顔を上げると、そこにあったのは。
「……フンッ」
 大きな鼻先だった。
「わぁ! う、馬?」
 ゲインを後ろから引っ張ったのは、この鼻の持ち主である、2頭の馬車を引く馬の片方であった。
「ゲインちゃん、フランクに気に入られたみたいだねー」
 などと言いながら、馬車の中から顔を出したのはティンリーだ。ゲインが馬に引っ張られる姿の一部始終を見ていたらしく、顔が物凄く笑っている。
「フランク? この馬の名前か?」
「そうだよ。えーとね、ゲインちゃんから見て左側がグローリー、右側がフランク。これから王都まで運んでくれる仲間だから、仲良くしてねあげて~」
「あ、ああ!」
 ティンリーに釣られる形でゲインも笑顔を作ながら立ち上がり、右側の馬に手を伸ばす。
「よろしくなー、フランクー」
「……フンッ」
 するとフランクは、伸ばされたゲインの手を、躊躇うことなく齧り付いた。
「んな! 痛てぇ!」
 あまりの痛さに思わず腕を引くと、フランクはあっさりと噛んでいる手を放した。
「なんなんだよ一体……」
 涙目になりながら、もう一度手を伸ばすゲイン。だが、再び容赦なく齧り付かれた。
「痛てぇ! 放せー!」
 再び腕を引くと、またもやあっさり噛んでいる手を放すフランク。
「あははー。ゲインちゃん、思いっきりバカにされてるっぽいよね~」
 手を出せば必ず噛まれると理解したゲインは、背を向けて届かない所へ行こうとしたが、襟首を咥えられて引っ張られ、先ほどと同じように地面へ転がった。
「……ん」
 そんなゲインの姿を見て、恐らく馬車の中にでもいたのだろう、ファルクが近づいてきてフランクへ手を伸ばす。
「ブルルッ……」
 するとフランクは、咥えていたゲインの襟首を放し、気持ち良さそうに目を細めた。
「ファルちゃんは大丈夫みたいだね。それに力も出してないみたいだし、やっぱり動物は大丈夫ってことなのかな……それとも自分から行くのには抵抗が無いのかな」
 などと、軽い口調で言ってはいるものの、真剣にファルクの挙動を観察しているティンリー。
 何に対して力が発動するのかを見極めれば、グンと危険度が下がるし、扱いやすくなる。彼女は彼女なりに、自分の役割をこなしているのであった。
「イテテテ……」
 身体に付いた砂を落としながら立ち上がったゲインは、フランクがファルクに撫でられている姿を見ると、ファルクの所まで歩いて行く。
「ファルク、下手に触ると噛まれるんじゃないか?」
「分か、らない。でも、大人、しい」
「そうか?」
 ファルクの姿を見て、もう一度フランクに手を伸ばすゲインだったが。
「フン!」
 またもやガプっと噛みつかれるのであった。


 コルセスの話が終わると、ゲイン達は馬車へ乗りこむ。御者台にコルセスが座り、ファルクとティンリーは中へ入る。ゲインも中に入ろうとしたが、コルセスに捕まり、一部の荷物と一緒に馬車から降ろされた。
「何でオレだけ馬車から降りるんだよ!」
 当然ながらゲインは、コルセスに対して文句を言うのだが。
「お前、軍人になりたいんだったな?」
 コルセスの落ち着いた一言に、ゲインは口をつぐんで頷いた。
「なら、王都に着くまで俺が鍛えてやる。俺相手なら文句言うくらいは許してやる。だが、妥協は一切しねぇ。分かったらそれ背負って歩け、これも訓練だ」
 そう言うと、コルセスは馬車を発進させた。
 行進ともなれば、下っ端は重装備で長距離を歩く事もある。これも重要な歩行訓練だ。
「は?! 何だよそれ! ちょ、待てって!」
 一緒に降ろされた荷物を背負いながら、慌てて馬車を追うゲイン。しかしコルセスは、ゲインに追いつかれない様に馬を操り、速度を上げる。
 馬車を引いているとは言え、馬の足と人の足では歩行速度が違う。どう足掻いても、ゲインに追いつける訳が無かった。
 当然暫くするとゲインの速度が落ちるのだが、それに合わせるようにコルセスも馬の速度を落とす。だが、完全にゲインが止まった時のみ、無視してそのまま馬を進ませる。ゲインも置いていかれるのは嫌なので、必死に後を追う形になるのだった。
 訓練とはいえ、旅をしている最中なので置いていく訳にも行かない。しかし、さぼらせては訓練に成らない為、止まるのは許さない。
コルセスはエリートなどでは無く、地道に功績を上げて大佐に任命された人物だ。新兵訓練の教官として、指導を行っていた事もある。十分すぎるほどの経験を持っているコルセスは、動きを見ればゲインが限界かどうかの見極めが出来るのであった。
「なんでオレだけ歩かなきゃならねーんだよ……」
 とはいえ、訓練する理由を理解していないゲインは、ひたすらに文句を垂れ流しながら歩いて行く。
「ゲインちゃん、どんな感じかな?」
 ゲインから離れないような速度を維持しながら、馬車を走らせているコルセスに向かって、馬車の中で寛いでいたティンリーが話しかけた。
「……まあ、田舎のガキって感じだな。農作業で身体動かしてる分、体力はある見てぇだな。荷物を持ち運ぶのにも、慣れてるらしく動きが安定してる」
 動きが安定していると言う事は、それだけ体力が温存出来て疲れにくいという事だ。
「磨けばそれなりに光りそう?」
 しかし体力があるからと言って、優秀な軍人に慣れるとも限らない。
「どうだかな、まだ判断は出来ねぇ。瞬発力より持久力型だろうから、軍人向きって言えば軍人向きだが、あいつの場合は……」
「農作業の方が似合う?」
「……その通りだ」
 一つため息を吐きながら、ゲインの様子を眺めるコルセス。それに釣られて、ティンリーもゲインの方を見た。
「後はあいつ次第だな」
「頑張って欲しいけどね~」
 まだ文句を言いながら、馬車を追いかけてくるゲインは、まだまだ若いのだ。自分で軍人に成りたいと言った以上、素質より本人の気持ちが問題だ。光るかどうかは、全てがゲイン次第である。
「いつまで歩けばいいんだよー!」
 今はまだ、道は遠そうではあるのだが。


 馬車から降ろされ、一人だけ徒歩での移動を強制されたゲイン。
 そもそも体力には自信がある方なのだ。ただ黙々と歩くだけの訓練など、くだらないとしか言いようが無い。
 家出をしてから街に着くまで、ずっと歩きだったのだ。それに最初は食糧も持っていた上に、なるべく早く家から遠ざかろうとして休むことなく歩き続けたりもしたほど。毎日の水汲みが、良い訓練になっていたのだろう。
 確かに疲れはするが、数時間休まず歩くだけなど、ゲインにとってはそれほど苦では無かった。
 昼食の休憩以外は、一日歩きっぱなしだったのにも関わらず、ゲインはへばること無く馬車に付いてきた。
「意外に体力はあるんだな」
 と、火を点けた煙草を咥えたコルセスが、ゲインを評価した。
「当り前だ。あんな歩くだけの訓練、何の役に立つんだよ」
 ぶつくさと文句を言いながら、簡易式のテントを張る。もう直ぐ日が落ちるので、今日の移動は終了し、野営の準備をしているのだ。
「大荷物を背負ったまま、行進に合わせて歩くってのは、下っ端の役割だ。やっていて損は無ぇ」
「オレはずっと下っ端なんかやらない。直ぐに出世してやるんだ。出世して、一番前で戦うんだからよ」
 その言葉に、コルセスは首を捻った。
「なんだそりゃ?」
「なんだそりゃって、だから、オレは直ぐに出世するって言ってんだよ」
 軍というのは、国を守るために戦う人達の事を言うとゲインは聞かされていた。剣や槍を振りかざし、雄々しく敵に向かって行くその姿は、想像だけであったがゲインの憧れなのだ。いつかは自分も、そうなってやると心に誓って家を出た。
 なのではあるのだが。
「お前馬鹿だろう」
 そのことを熱く語った瞬間、コルセスに一蹴された。
「なんでだよ!」
 自分が思い描いていた姿を、即否定されれば頭にも来る。
「そう簡単に出世できたら誰も困らねーよ。ほれ、さっさとテント貼っちまえ。そのペグ打てば終わりだろう」
 色々と釈然としないゲインだったが、その腹立たしさを手に持つ木槌に込めて、テントを固定するペグに向け、力強く何度も打ちつけた。
「あ、やべ……打ち過ぎて埋まっちまった……」
 むきになってやり過ぎてしまい、気付いた時にはペグは完全に埋没してしまう。
「何馬鹿やってんだよお前は……あー、こりゃ簡単には抜けねーな。仕方ねぇ、明日の朝にスコップで掘り起こすか。それじゃ、テントの設置はこれで終わりだな」
 今掘り出すとまた打ち直しになるだけなので、明日の朝に出発する時に掘れば良いと判断したのだろう。
「さてゲイン。訓練始めるぞ」
「えー、また何かやるのかよ。また歩くだけとか飽きたんだけどよー」
「うるせぇ、今度は剣の訓練だよ。しゃきっとしやがれ」
 剣の訓練と聞き、ゲインは勢いよく立ちあがった。歩くだけは飽きるが、剣と聞けば話は別だ。それでこそ、軍に入るという気がしてくる。
「おし、そんじゃ行こうぜ!」
「ホント、お前クソガキだな……まあ良い。ちっとこっち来い」
 水を得た魚のようにはしゃぎ出したゲインを、呆れたようにコルセスは眺めながら、吸っていた煙草を地面に落として踏み消す。
 テント場から離れ、それなりに動きが取れる場所へ移動する。広大とは行かないが、剣を振り回しても問題無いくらいには広い場所が、テント場から少し離れた場所にあるのだった。
「あ、そーだ。剣を持ってこなきゃな!」
 剣の訓練なのだ、当然剣が欲しい。家出をした時に道中で拾った剣は、布に包んで馬車の中へしまってある。さっそくそれを取りに行こうとして、コルセスに止められた。
「なんだよ」
「刃が付いてる剣なんか使わねーよ。ほら、コレ持て」
 そうして手渡されたのは、120センチほどの木剣だった。刃にあたる部分がひし形に削られているだけで、柄は付いていない完全に練習用の木剣だ。それでも柄になる部分には布が巻かれてあるので、掴んでみた感覚は悪くない。
「なん……」
「先に言っておくが、お前が持ってたあの剣は使うな。元々かなりの粗悪品だったみてーだし、研がれた分鋭いが脆すぎる。俺の見立てでは、あと1~2回、上手く流したとしても10回も受けたら確実に折れる」
 文句を言おうとした所でそう言われてしまえば、流石に反論出来ない。
「んじゃ、本物の剣はいつ使うんだよ」
「正式な軍人になりゃ、最低限の武器くらい支給されたりする。剣だけじゃなく、槍や斧って選択肢もあるが……まあ、基本は剣だな。お前の場合、一先ず片手半剣(ハンドアンドアハーフソード)って所だな。剣としては中途半端って言えばそうだが、その分汎用性がある」
 片手半剣(ハンドアンドアハーフソード)。俗に言う、バスタードソードという剣だ。柄の部分が一握り半の剣であり、片手でも両手でも使えるように作られている。ただし汎用性がある分バランスが悪く、まともに扱うのには慣れが必要であり、扱い方を知らない初心者などでは、剣に振り回されることも多い剣である。
 しかし剣は剣としか知らないゲインにとって、いきなりそんな名前を言われてもぱっとしないのであった。
「ハン……なんだ?」
「……ああ、気にすんな。取り敢えず構えて振ってみろ」
 ゲインに詳しく説明するのが面倒らしく、適当に話を切って訓練を始めるコルセス。
 ゲインが持たされている木剣は、片手半剣(ハンドアンドアハーフソード)とほぼ同じ長さだ。良くも悪くも中間的な剣なので、慣らすのには調度良いのだろう。
「よっしゃ、んじゃ行くぜ!」
 意気揚々と声を上げながら、柄の部分を両手で強く握り、思い切り振りかぶり、そして渾身の力を持って振り下ろした。
 ブオォン、と強く風を切る音が聞こえる。ゲイン自身も、中々良く振れたと思うほど大きな風切り音だ。これならコルセスも文句は言うまい。
「どうだ!」
 自身に満ち溢れた笑顔を浮かべながら、コルセスの方を向く。これで少しは見直して貰えただろう。
「……はぁ」
 コルセスは頭に手を当てながら、盛大に大きなため息を吐き出していた。そんなに見事だったのだろうかと、ますます有頂天になるゲイン。
「なかなかのもんだろう!」
「10点って所だな」
「へぇ?」
 ぼそっとコルセスが発した言葉に、素っ頓狂な声を出してしまうゲイン。言われた意味が全然分からないのだ。
「技術が0点。筋力だけは平均点だからオマケで10点だ。分かってねーようだから言っておくが、最高にヘタクソって言ってんだ」
 頭を押さえた時にずれたのか、サングラスの位置を直しながらゲインの動きの評価を下すコルセス。その様子は、物凄く面倒臭そうである。
「なんでだよ、中々良い音したじゃねぇか!」
「あんな鈍い音立てて、どこが良い音だ」
 そう言うと、コルセスは指導用に持っていたのだろう、同じ長さの木剣を両手で構え、一歩踏み出しつつ勢いよく振り下ろした。
 その動きは力強く、それでいて非常に安定している。そしてゲインと異なり、フォン、と濁りのない綺麗な風切り音が響く。
「良いか? 音が鈍いってことは、それだけ余分な力が入って、余計な空気を巻き込んでる証拠だ。遅い上に消費も大きいし、何より刃がぶれて上手く斬れない」
 確かに元々、力で叩き斬る使い方をする剣だが、だからと言って振り回せば良いと言う物でもない。
「……じゃあ、どうすりゃ良いんだよ」
 寝ていて姿は見ていないものの、コルセスが自分より強いのは明らかなのだ。逆らっても無意味だと判断したゲインは、剣をおろしながら渋々理由を聞いてみる。
「まず足だ」
「はぁ? 何で足なんだよ。剣振るのは腕だろ? 足で敵の所に向かって行って、腕を振り下ろして剣を使うだけじゃないのかよ?」
 今まで独自に練習してきて、足の動きを意識したことなど無い。それでも振り下ろす力が増している自覚があったので、必要などと思えないのだ。
「……最悪だな。その状態で癖がついてんのかよ……マジ面倒くせぇ……」
 そんな事を言われても、ゲインにはさっぱり分からない。ふてくされた様な顔をし、もう一度木剣を構えて、振り降ろす。
 と、そこでコルセスが近づいてきて、軽く横から押した。
「うわ、ととっ!」
 押された事でバランスを崩し、盛大に転倒する。
「何すんだよ!」
 立ち上がりつつ、コルセスに向かって文句を言う。
「まあ、当然か……」
 しかし行き成り転ばされた事に文句を言うゲインの声など、コルセスは全く聞いていないようだ。
「横から軽く押されただけで転ぶって事は、それだけ軸がブレてる証拠だ。そんなにコケやすいんじゃ話にならねぇ」
 コルセスは深くため息を吐き出し、向かい合う形では無く、ゲインの横に並んで剣を構える。
「基本中の基本だが、剣は腕だけで振るうもんじゃねぇ。身体全体を使って振るうもんだ。足、膝、腰、脇、腕と、なるべく下から動かした方がバランスは崩れにくい。特に膝と腰の動きは重要だ。後、背筋は伸ばして、余計に身体は傾けるな」
「あー、あ? んーと……」
 などと言われて、分かる訳が無かった。疑問符を頭の上に次々と浮かべながら、ただ首を捻るゲイン。
「……分かった、もっと噛み砕いて教えてやる。まず構えてみろ、剣は振らなくて良い」
「あ、ああ」
 言われた通り、いつものように構えて見せる。
「重心が高い。もう少し低く」
 足の位置を、少しずつ蹴られながら、体勢を低くされる。思わず蹴られていない方の足を動かしてバランスを取ろうとしたが、止められて更に上から押さえつけられ、重心を下げられた。へっぴり腰に成った腰を叩いて引かせ、無理やり背筋も伸ばさせる。
「これが基本の構えだ。よく覚えておけ」
「……逆に辛くねーか?」
「少しやりゃ慣れてくる」
 そこからゲインは、剣を握る手や、剣の持ち方も細かく指導された。
「よし、構えはこんなもんだ。次に剣を振りかぶれ。振らなくて良い、その場で止めろ」
 指導された構えのまま、真っ直ぐ腕を振り上げる。
「右足を一歩前に出せ、そうしたら剣を振れ」
 言われたように、右足を出した後に剣を振るう。それと同時に、再びコルセスに横から軽く押された。
 だが、今回は倒れる事が無かった。足でしっかり踏み止まれたのだ。
「あれ?」
「これがまず基本だ。腕より足を先に出すだけで、安定感がまるで違うだろう。まあ、本来剣を持たせる前に教える事も端折ってるが、今はあんまり時間が無い。だから今日はこれから基本的な動きを徹底的に身体へ叩きこむ。覚悟しろよ、クソガキ」
 そしてコルセスによる本格的な指導が始まった。
 今まで何の知識も無く、我流の素振りを行ってきたゲインにとって、コルセスの教えは的確ながらも、拷問に近いほど過酷なのであった。



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家出少年の進行 2
 ティンリーや状況説明を求めている者達に、今までの経緯を話すため、コルセスはゲインとファルクを連れて応接間まで通された。
 それなりの人数が入れるやや広めの部屋の真ん中には、長いテーブルが設置されており、そのテーブルを挟むように向かい合って長いソファーが設置されている。
 来客ではあるが、あまり歓迎されているような状況でも無いので、どこに座れば良いか悩んだものの……途中で面倒になり、適当に入口のから遠い方のソファーへ周り、入口から最も遠い場所へファルクを座らせた。その横にコルセスが座り、更に隣にゲインを座らせる。ゲインはファルクの隣が良いと文句を言ったが、多少威圧しながら「黙って座ってろ」と言い放ち、おとなしくさせた。
 それから特に待つことも無くティンリーが部屋に入り、ゲインの隣に座ると、何やら大量の書類を広げ始めた。それを眺めていると、更に続々と人が訪れてくる。
 少将の階級を付けた初老の男性が先頭に立ち、部屋の中へ入る。おそらく、ここの支部を統率する人物だろう。国からの重要機密としての任務という名目の為、敢えて自ら出向いてきたと見える。
 その後には、書記係りなどの事務系な人物と、恐らく護衛役の人物が数人ほど付いてくる。
 少将はファルクと対面する場所へ腰をかけ、書記係りがその隣に座る。護衛役は少将の後ろと、ファルクの後ろに1人ずつ移動し、立ったままだ。入口や窓周辺にも居る。
 状況が状況なので仕方ないとは言え、落ち着かない気分になるコルセスであった。
「さて、それでは……コルセス君だったね。前置きはいらないだろう、私も報告は受けている。詳しい事を説明してくれないだろうか」
 全員が椅子に腰かけ、引き連れてきた書記係りの書類準備が整ったのを確認すると、少将はコルセスに説明をするよう促した。
「……分かりました」
 コルセスは一度良気を吐き、気を落ち着かせてから少将の目を見る。
「自分の任務は、『第一級危険分子』と目される人物と接触し、可能な限り説得し王都まで連れ帰る事。もし対象が受け入れない場合、ないし敵対する態度を取った場合、対象を殺害し遺体を持ち帰る事です」
 ここで一旦言葉を切った。何か反応があるかと待ったが、少将はコルセスの顔を真剣な顔で見ているだけで特に反応は無く、書記係りは黙々と書類にペンを走らせている。
「なあ、何か怖い事言ってないか? 殺害とか聞こえたんだけど……それに第一級ナントカって何だ? つーか、コルセスの喋り方が変なんだけど」
「ゲインちゃん、ちょっと静かにしていてもらえないかな。後でちゃんと解る様に説明してあげるからね」
 そんなコルセスの横で、空気を読んでないゲインがどうでも良い質問をしていたが、ティンリーに窘められている。ティンリーは口元さえ笑っているが、目は真剣だ。
 ファルクは、自分の話をされているというのに、無言でただ座っている。聞いているのかいないのかすら分からないほど、ぼーっと腰かけたまま動かない。
「その人物に接触する為、自分たちは国の境目にある小さな村を訪れました。そして、『第一級危険分子』と目される人物とされるが、この『ファルク・ウィックレー』という少女です。
 この少女は、魔法としか言い様のない不可思議な力を扱う事が出来、非常に危険な人物である事には間違いありません」
「魔法か……まるで陳腐な小説を読んでいる気分だ。だが、実際に私の部下が1人信じられないような死に方をしている。それは事実だと言うしか無いのだろうな」
 ここで少将が口を挟んできた。呆れているような、しかし諦めも入っているかのような、何とも形容し難い表情だ。ファルクを眺めながら鼻で大きく息を吐くと、背もたれに寄り掛かる。それでもファルクは、少将を一瞥しただけで、言葉を発する様子が無い。
「それで現在の状況は? 確か金銭難の為に、ここの支部へ立ち寄ったのだと聞いたが、第一級などと称されている以上、かなりの金額が支給されていると思うのだが。それに君は大佐の筈だ。本来なら何らかの部隊を指揮する立場だろうし、とても単独には見えん。目立つのを嫌って少数精鋭での行動だと思うが、時に部下はどこに居るのだね?」
 これは尤もだ。本来大佐クラスの人物となると、一定の大部隊を率いての活動が基本であり、部下の数は数百人単位の筈である。僻地へ派遣されるのならば、普通は大佐などではなく、もっと下位の人物が行う。
「はい、その通り、極秘行動のため少数精鋭での任務でした。メンバーは、自分を含み6人。いずれも自分が選んだ精鋭です。
 しかし……人に触れるのが嫌なのか、少しでもファルクに触れた者は、その場で謎の力によって死亡してしまいました。最終的には自分と1人の部下だけとなってしまい、その部下には報告の為先に王都へ向かわせております。そして支給された旅費の殆どは……被害に遭った部下の一人が身に付けており、一緒に……」
「つまり、不慮の事故だったという訳か。金については分かった、それは仕方ないと言えよう。それにしても、君はたった一人で彼女を連れて行くと言うのかね。随分と危険な判断と言えるな。いつ自分が死ぬかも分からん状況で、ほぼ単独の行動を選択とは」
 もしここでコルセスが死んでしまえば、ファルクを連れていく者が居なくなると言う事だ。確かに部下の命は確実に助かるだろうが、あまりにリスクは大きい。
「危険なのは承知しております。しかし、これ以上いたずらに部下を死なせる訳にもいきませんでしたし、自分は一度ファルクの力から回避することに成功しました。気を抜かなければ、むしろファルクと2人だけで行動した方が、死人は出ないと判断したためです」
 コルセスは一度、不慮の事故でファルクに触れてしまった事が、実はあるのだった。
その時は文字通り死ぬ覚悟で、大きく後ろへ跳んだ。その瞬間、今まで自分が居た空間が揺らいだのを、今でもはっきりと覚えている。だがファルクが追撃を放ってくる様子は見られなかった。
 どうやらファルクの能力は瞬間的な様で、力を一度出すと連続では出せないらしいのだ。
「だが、今回は気を抜いてしまったと。そうだね?」
「……はい。自分の落ち度でした」
「何故、その少女を閉じ込めておくという選択肢は取らなかったのだね」
「無意味だからです。今まで、何度かその様な手段でファルクの動きを封じようとしましたが、我慢が出来なくなると、たとえ牢屋であっても謎の力で破壊して外へ逃げ出してしまいます」
「ふむ……」
 ここまでの話を聞いて、少将は大きく息を吐いた。背もたれに寄りかかっていた身体を起こし、今度はテーブルに両肘を付き、両手を組む。その上に顎を乗せ、ファルクをしばし眺めた後、再びコルセスの目を見る。
「何故、殺さなかったのかね」
「……」
 そう言われるのは覚悟していた。そこまで危険なのなら、何故殺さなかったのか。『対象を殺害し、遺体を持ち帰る』という選択肢は既に与えられているのである。任務として優先するなら、先にファルクを殺してしまえば良いだけの話だ。
 その方が、余計な人命も金も失う事は無い。
「……生きたまま連れ帰る方が、国には有益になると判断した為です」
 目をそらすことなく、コルセスは少将の目を合わせ続けた。少将は無言でコルセスの視線を受けていたが……鼻息を漏らすとともに、目を瞑った。
「本音か、建前か。それは問わないでおこう。確かにこんな特殊な力を持った人物、出来る事なら生きて連れ帰った方が喜ばれる。そうだろう、アンス博士」
「そうですね。遺体を調べるより、生きたサンプルの方が望ましいのは確かです」
 唐突に話を振られたティンリーだったが、真剣な表情で答えを返す。普段の砕けた言動とは裏腹に、今のティンリーは『博士』という肩書に似あうほど、ふざけた様子が一切ない。そのギャップに、話の内容が理解できずにティンリーがペンを走らせている書類を眺めていたゲインは(とはいえ何が書いてあるか全く分からなかったのだが)、ポカーンと口を開けながら唖然としている。
「分かった。国には有益と言われたのならば、援助してやる他ないだろうな。それに君自身が依頼を受けた分の報酬もあるし、君をファルクから離す原因を作ったのは、依頼を押しつけたこちら側にもあるのだしな。君だけに責任を背負わせる訳にもいくまい。極秘任務を簡単に話すような人物になど、任務は任せられん。
……先ほど被害に遭った者の遺族へ書く手紙は、私の方で書いておこう。君は、知らずに逝ってしまった彼に、祈りでも捧げてやってくれ」
「……お気遣い、非常に痛み入ります。ですが……手紙は自分に書かせて下さい」
「自責の念に囚われるのは分かるが、君には無理だろう? 死んでしまった彼の事はよく知らないだろうし、少しばかり書いてもらう書類もある。君は直ぐに準備でもして、明日の早朝にでもアンス博士たちと出発したまえ」
「はい……はい?」
 一度返事してから、言われた意味に疑問を持ち、聞き返す。
「アンス博士から聞いていないのかね。これから君達は、そちら側に座っている4人で行動すると彼女は言っていたが」
 まったくもって聞いていない話だった。そんな話を聞いていない、と言おうとしたと所で。
「はい。私が王都より召集された主な理由は、このファルク・ウィックレーの持つ特殊な能力についての分析だと思われます。コルセス大佐が受けた任務を考えると、恐らく間違いはありません。
 それを踏まえて考えますと、私がコルセス大佐に同行し、ファルクを調査しながら移動をする事でより重要なデータが採れるかと。
 尚且つ、先ほどの事例により私とこのゲイン少年には、ファルクの能力が発動しませんでした。その理由を調べるのも非常に重要な事項ですが、何より能力の適用外として判断すれば、コルセス大佐が与えられた任務の安全性も確保されます」
 ここまでスラスラと、至極真面目な口調で答えるティンリー。最初合った時の砕けた口調はどこへやら。今のティンリーだけを見ると、全く別人だった。
「という事だそうだ。コルセス君」
「し、しかし……危険な事には変わり無いのですし、女性と子供を同行させるのは……」
「研究者が同行するのは、ファルク君の能力を良く知るためにも必要なのだろう。それに、君はファルクの能力を避けたと言っていたね? しかしアンス博士とゲイン少年は発動しなかったと聞いている。むしろこの2人預けた方が安全とは言えないだろうか。だが女性と少年には変わりない、王都までとは言え旅には危険が付きまとうだろう。その為に君が護衛として同行する。何も不満は無い筈だと思うがね」
「確かに……そうです……」
 完全に不利だった。コルセスも半ば意地で否定したい気分だが、何も難点は無いのだ。コルセスの気分的に嫌なだけなのである。
「貴重なデータを採りながら、より安全にファルクを王都まで送る。これこそ、『国には有益』なのではないのかね?」
「はい……分かりました」
コルセスには、受け入れるしか出来ないのであった。



「『邪剣のコルセス』などと呼ばれているので、どんな者かと思っていたが……存外、甘さの抜けん普通な男だったな」
 コルセスからの報告を聞き終え、応接室から出た少将は、そんな言葉を漏らした。
「あの大佐を、御存じなのですか?」
 飽く迄独り言程度の大きさだったが、横を歩く部下はそれを聞いてしまい、なんとなく質問をした。少将は、別段気分を害することも無く、部下の疑問に答え始めた。
「7年前の戦争の話だ。君も知っているだろう」
「7年前というと、南の隣国との戦争でしたね。はい、前線には出ませんでしたが、私も戦地へ送られました」
 部下は遠くを見つめ、昔を思い出す。まだ新米兵士であった彼は、戦地で出撃を待っていた。出撃命令が出る前に、休戦に入ってしまったため、戦場に出た事はないのであった。
「その時の話だ。劣勢な状態から持ち直し、多大な戦果を挙げていた部隊があった。全体で見れば微々たるものであっただろうが、その部隊のお陰で気力を持ち直した者がどれだけあった事か」
 戦争という極限状態で、味方の勝利を告げられることほど、気力を奮い立たせられる報告は無い。そんな部隊が居るだけで、心の支えになるのは間違いないだろう。
「その戦果を挙げた部隊で活躍したのが、彼という訳ですか?」
「その通りだ。当時の彼は尉官だった筈だが、まだ戦場に出ていた筈だ。7年でよくも出世したものだと思うがね、彼の活躍を見れば、それも頷けるだろう。君も聞いたことくらいは無いかね? 奇抜な姿をした剣をかざし、立ちはだかる敵を一撃で切り刻む男の話を」
 そう言われて、当時の事を思い出す。だが、7年前は他の事など考えている余裕などなかった頃だった筈だ。残念ながら、彼の記憶から掘り出すことは出来なかった。
「覚えていないか、それも仕方ないだろう。飽く迄戦果を挙げていた部隊の1つだった程度だ。指揮官クラスには話も良く通るが、大まかな戦況くらいしか知らされていないのも分かる」
「……申し訳ありません」
「気にするな。まあ、今の彼は……もしかしたら、あまりに人を殺し過ぎた事に、嫌気がさしたのかもしれないな。よくある話だ」
 そう言いながら感慨深く頷く少将。彼もまた、人を殺すのに嫌気がさした人物なのであろうか。その顔は何を考えているか計り知れない。
「ファルクか……可哀想な娘だ。きっとこれから、腐りきった人間に利用されるだろうな。何にしても、幸福な未来は無いだろう。残念だよ。恨むなら、神を恨むしかないのだから」
 少将はそれ以上口を開くことなく、廊下を進んでいった。横を歩いていた部下は、なんとなく今自分たちが出てきた応接室がある方を振り向いたのであった。


 今までの経緯を少将達に話し終えたコルセスは、未だ応接間に残っていた。
 事務処理に必要だからと、幾つかの書類を作成しなければならないからである。さほど多い量ではなく一部の報告書以外は、殆どが記名だけだ。
 現時点では軍人ではなく客人であるファルクとゲインは、空いている宿舎で、今頃寝ているだろう。大分日も暮れてきたので、今日は軍で泊めて貰えることになったのだ。
 コルセスの横には、同じように書類作成を行っているティンリーの姿もある。とはいえ、その表情はいかにも“面倒くさい”と書いてあるのだった。
「ねぇコルっち」
 コルセスが最後の書類に名前を書き終えたのを察したティンリーは、待ってましたとばかりに声をかけた。コルセスの書類は少ないが、ティンリーの書類はかなり多い様だ。許可は既に出ているとはいえ、処理を行うためには申請書が必要なのだろう。
「……何だ?」
 手に持っていたペンを置き、書類をまとめながらティンリーの方を向く。こちら側を見ているのかと思ったが、彼女は作成している書類からは目を話さずに、作業を続けている。一度に複数の事が出来る、女性ならではの器用な芸当だ。
「あたしとゲインちゃんを連れていくの、そんなに嫌?」
 その姿は、面倒くさそうに仕事を片付けている様にしか見えないが、声色だけは妙に真剣だった。その差に驚きながら、コルセスは思ったことを言う事にした。
「ああ。ただでさえファルクに手を焼いてんだ。お前らの面倒なんて、見てられねーよ」
「それだけかな?」
 間違いなく本音だった筈だが、ティンリーは「もっとあるよね」などと言う。
「なんて言うかね。コルっち、なるべく表には出さないようにしてるみたいだけど、ゲインちゃんの事凄く嫌ってるでしょ。多分、そこが一番引っかかってる問題なんじゃないかと思うんだけどね~」
「……どういう事だ?」
 ティンリーこうして言われて、コルセスは妙に苛々してきた。気にしていたことをハッキリと指摘されたような、そんな不快感が訪れる。
「ほら、やっぱり」
 そんなコルセスの雰囲気を感じ取り、更に指摘するティンリー。
コルセスは思わず殺気を出しそうになって、慌てて押さえた。相手はどう見ても素人なのだ、殺気を当てて良い相手ではない。
「……悪りぃ」
「大丈夫、気にしてないから。それより、こっちもごめんね。でも、これから一緒に旅するんだし、コルっちの心境ってのは大事だよ。なんて言ったって、ゲインちゃんのお守をしなっきゃならないんだから」
 これからは嫌でもゲインの顔を見続けることになるのだ。少なくとも、王都に着くまでは。意味も無く嫌っていては、無駄に疲れてしまうだけである。
「だからさ。何で嫌なのか少しくらい教えて貰えると、あたしの方でもフォロー出来るでしょ」
 そう言うと、ティンリーは作業の手を止め、コルセスの方を向きながら笑顔を作って見せた。
 色々と適当な振る舞いを見せるティンリーだったが、よく人を見ており、気遣いも出来る人物なのだと、コルセスは感心した。同時に、何だか気が楽になった。
「そうだな……何かよ、あいつ見てると、似てる奴を思い出すんだよ。軍に入るんだって息巻いてた……馬鹿な奴が」
 コルセスは、昔を思い出しながら遠くを見た。あれはもう何年前だったか……
「へぇ~、なるほど。もしかして、それってコルっち自身の事?」
「さあな。それより、手が止まってるぞ。明日の出発に間に合わなくても、俺は待たねーからな」
「それもそーだね」
 ティンリーが作業を再開するのを横目で見てから、コルセスはまとめた書類を持ち上げ、部屋を後にした。
「……でもね、コルっち。多分だけどさ、コルっちはいつか、もっとゲインちゃんを嫌いになる日が来ると思うよ」
 コルセスが居なくなった部屋で、ティンリーはぽつりと独り言を漏らしたのであった。


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家出少年の進行 1
 コルセスの後を追い、ファルクが待っている筈の建物の中に入る。それと同時にコルセスの叫び声に加えて、バシーンと何かを弾くような音が聞こえた。
 疑問に思い、音のした方を見ると、コルセスが鞭を振るっている姿が見える。
 何が起こっているのかよく分からず、更に近付いてよく見ようとすると……コルセスが向いている方に立っていたファルクの、その頭付近から何か光が出始めている。すると直ぐに、ファルクの前にいた見た事の無い軍人が、いきなり真っ黒になった。
「……くっそーーーーー!」
 コルセスが手に持っていた鞭を地面に叩きつけて、絶叫している。
 叫び声の振動で揺れたせいか、真っ黒になった軍人は、ボロボロと崩れ黒い山となってしまっていた。
「なんだ? 今の」
 黒い山になった人、ファルクが頭から放っていた謎の光、コルセスの絶叫。何がなんだか全く分からなかったが。
「あの人。死んだのか?」
 きっとそれだけは間違いないだろう。あんな風に人間が変わる訳が無い。そしてそれをやったのは、恐らくファルクなのだろう。
 あまりに現実味のない出来事を目の当たりにし、そして思わず、ゲインはこう呟いていた。
「スゲェ……」
「スゲェだと……?」
 ゲインの呟きが耳に入ったコルセスは、怒りを露わにしてゲインに向かって行き、胸倉を掴んで持ち上げた。
「人間が1人、死んだんだぞ。その意味が分かってんのか? あぁ!」
「な、なんだよそんなに怒って。だってスゲーじゃんかよ、あんな風に真っ黒になるなんて初めて見たんだぞ?」
「そんな低次元の話じゃねぇ! 今まで生きてきた人間が、一瞬にしてその命を奪われたんだ。スゲェとかふざけた言葉で片付けられる問題でたまるか!」
「軍ってのは、戦争をするとこだろ? 戦争ってのは大勢人が死ぬんだって聞いてるんだぞ。だったら、いつ死んだって良いくらいなんじゃないのか? そういう覚悟してるもんじゃねーのかよ」
「……ちっ!」
 ゲインの言い分を聞いて、苛立ったコルセスは掴みあげていた胸倉を、突きとばすように放した。飛ばされたゲインは、壁に背中を打ちつけている。
「いってーな、何すんだよ!」
「テメェみたいなクソガキには、説明してるだけ時間の無駄だ」
 そうしてゲインを放り、ファルクの所へ歩いていこうとする。しかし、コルセスは誰かに腕を掴まれて制止された。
「お待ちください、大佐。今の叫び声は何ですか? それと……その少女について、詳しいお話を聞かせて貰えないでしょうか」
 コルセスの叫び声を聞いて、何事かと集まってきた者の1人だろう。あれだけ大きな声で騒げば、当然周りも反応するし、集まっても来る。遠巻きに見ている者も、かなりいるようだ。
「……分かった。こうなっちまった以上、詳しく説明するのは避けられねぇからな」
 コルセスがファルクを連れてこの場所を離れようと、ファルクの所へ歩いていこうとした時、その横を通る影があった。今までの成り行きを、遠くから眺めていたティンリーであった。
 ティンリーは黒い山と化した元軍人のところまで行くと、横に座り躊躇いも無しに山の中へ、手を突っ込んでいる。
「ほほ~。不思議な力だね~。ふむむむ、細胞1つ1つ綺麗に、しかも内側まで均等に真っ黒になってるね。たとえどんなに高温で熱したって、ここまで綺麗にならないよ。それに、加熱によってこうなった訳じゃないみたい。熱は全然持ってないし、むしろ元々人間だったにしては温度も少し低いね」
「あん? そういえばあんたは博士とか呼ばれてたんだったな。その力が何なのか、分かるのか?」
「そこまではちょっと、まだ分からない事が多すぎるかな。でも、なるほどね~。なんで今やってる研究を一先ず切り上げて来い、なんて王都から命令が来るなんて変だと思ってたけど、こういう事か~」
 そんな事を言いながら、ティンリーはファルクの方へ手を伸ばす。が、その腕をコルセスががっしりと掴んだ。
「下手に触るな。お前も、そこの奴と同じ道を辿る事になる」
「そんなにずっと怖がってたんじゃ、研究なんて出来ないって、ねぇゲインちゃん」
 起き上がってこちらに近づいてきたゲインの方へ、急に話を振る。「へ?」と気の抜けた返事をしながら首を捻る。
「ってか、そんなに怖いものなのか? オレはスゲーと思うけど」
「そうそう、そうやって興味を持つからこそ、いろんな答えが導かれるもんなんだよ」
 ファルクはそんな2人を、無表情のまま眺めている。そしてコルセスも、後頭部を掻きながら呆れていた。
「なあなあファルク、さっきのアレってスゲーよな。一体どうやったんだ?」
「……スゲー?」
 ティンリーに味方されて嬉しくなったのか、上機嫌になりながらファルクに話しかけるゲイン。その場に無言無表情で、場の成り行きを見ていたファルクも、ゲインの言葉に反応した。
 それに嬉しくなり、ゲインは更に話しかける。
「ああ、スゲーよ。あんな風に一瞬で真っ黒にしちまうんだからなー。どうやったら覚えられるんだ? 俺もあんな力欲しい」
「……よく、分からない。それに……欲しくて、持ってる、力じゃ、無い」
 ほんの少しだけ、ファルクの眉が動いた。その、あまりに微かな動きに、コルセスは眼を見開いた。
「ファルクお前……」
「そっか、でもその内分かったら、教えてくれよな!」
 ファルクに合って間も無いゲインは、ファルクの見せた表情の変化など気付いていないが……そんなファルクに、手を差し出した。
「何……?」
「握手だよ。ちゃんと挨拶してなかったしな。宜しく、ファルク」
 ファルクの方から手を伸ばさないのを見たゲインは、その手を伸ばして、ファルクの手を取った。
「な!? 馬鹿か!」
 ファルクが見せた変化に驚き、少しの間放心していたコルセスも我に返った。今まで、ファルクに触れた人間で、生きていた者は居ないのだ。気を抜いたのが仇になった。
 ファルクの仮面から、あの光が漏れ始める。それは、力が発動する予兆だった。
 コルセスの脳裏に、今し方黒い山となり果ててしまった軍人の姿が過る。せめてゲインを弾き飛ばして、力から逃れさせようとしたが。
「ちょい待ってコルっち。何にも起こって無いよ」
 ティンリーに言われ、はっとしてファルクを見た。
「……手、放して」
「え? ああ、うん。分かった」
 先ほど少し見せた様な表情の動きは無く、仮面からは漏れた光は、ゲインが手を引っ込めた所で薄れていった。
 当のゲインは、全くの無傷である。
「どういう……事だ……?」
 ファルクは、他人に触られる事が極端に嫌なのか、身体のどこかにほんの少しでも触れた相手を、自身の持つ謎の力により命を奪ってきた。コルセスの部下も、それにより殆どが死んでいったのだ。
 これ以上の犠牲を出す事を避けるため、最後の1人となった部下を、コルセスは先に王都へ行かせた。報告という理由もあるが、せめて安全に帰したかったからだ。
 つまりファルクに触れると言う事は、それほど恐ろしい事なのだ。自ら触れるなど、自殺をするのと同じ。
 だがゲインは、ファルクに触れても生きている。コルセスには意味が解らなかった。
「ふむむ。コルっちの反応から見て、ファルちゃんに触れるとヤバイっぽいね~。んでも、ゲインちゃんの場合は何故か何も起きないから、不思議がっているってとこかな」
 ティンリーは現状の様子を観察し、自分なりに解釈している。
 立ち上がり、ゲインを上から下まで眺めた後、ファルクに近寄る。
「ねえファルちゃん。力、使えなかったの? それとも使わなかったの?」
 にこやかな笑顔を浮かべながらも、真剣な声色でファルクに質問をするティンリー。だが、ファルクは無表情のまま、ゆっくり首を横に振った。
「……分からない」
「それは何に対しての分からない? 自分が? それともゲインちゃんが?」
「……」
 ファルクは答えなかった。いや、どちらかと言えば、答えられなかったと言う様子だ。
「そっか。まあ、女の子だもんきっと色々あるのかもね」
 するとティンリーも、笑顔を崩さぬままファルクに手を伸ばし、その頭を優しく、母親であるかのように撫でた。
 仮面からまた光が漏れ始めるが……ティンリーに対して、力が働く事は無かった。
「なるほど。少しずつ分かってきたかもしんない」
 ファルクの頭に載せた手をおろしながら、ティンリーは満足そうに頷いた。
「……なあ。一体どうなってんだ?」
「そうだね~……まだ確証した訳じゃないから、下手な事言えないかな。まだ危険な所も残ってるし。ただ、コルっちは触れない方が良いと思う。多分だけどね」
 そうコルセスの問いに答えると、ティンリーはゲインの所へ近づく。
「ゲインちゃん、私の権限で暫く一緒に行動してもらうようになるけど、大丈夫かな? 家出してるみたいだけど、多分本当に当分家には帰れなくなるよ」
「え? それって、もしかして軍に入れるって事か?!」
 その言葉に、目を輝かせてゲインは食い付いた。そんなゲインにティンリーは笑顔を向けて頷き「そんなものかな」と回答した。
「おい、ちょっと待て。どういうこった?」
 状況説明を求めてきた軍人と共に、成り行きを見守っていたコルセスだったが、ゲインを軍に入れるという事に難色を示した。
「大丈夫大丈夫。軍人というより、サンプルとして欲しいだけだから。まあ、鍛えて軍人として雇えるなら、扱いももっと楽になるんだけどね」
 こう言われて唖然とするコルセス。付けているサングラスがずり落ち、口を開けてポカンとしている。もし煙草を咥えていたのなら、地面に落ちていた事だろう。因み、ゲインは1人で勝手にテンションあがっているので、周りの話は耳に入っていない。
 そんな彼らを笑顔で眺めつつ、ティンリーはズボンのポケットから、ハンコとペンを取り出す。
「そろそろ来るかな~っと」
 出したハンコとペンを握りしめ、遠巻きに見ている軍人たちの方。正確にはその先を、手をかざして眺めている。すると、そこから白衣を着た人物が、ティンリーの所へ向かってきた。
「探しましたよ、アンス博士。では……」
「はい、名前と捺印。そんじゃ、あとは宜しく~」
 白衣を着た人物――先ほどティンリー達と一緒に居た研究者達の1人――が持ってきた紙を、相手の言葉が終わる前に掴み取って、自分の名前を記入してハンコを押し、持ってきた人物に返した。どうやらその紙は、代理発表の申請書の様だ。
「……相変わらず察しが良いのは嬉しいのですけれど、お願いですからたまには自分で発表なさってください」
「まあまあ、多分今回私が王都から召集されたのって、この子絡みだと思うからさ。あっちも許可してくれるっしょ。それじゃ、後はお願いね~」
 ポケットに、出したハンコとペンをしまいながら、開いている手をヒラヒラと振り白衣の人物を送り出す。
 状況が分かっている訳ではない白衣の人物は、何か聞きたそうな表情をしていたが、ため息を一つ吐き出すと方向転換して戻って行った。
「よし! じゃあ、コルっち」
 ビシッ! っと音がしそうな動きでコルセスに指をさすティンリー。指されたコルセスは、「あ?」と気の抜けた声を出す。
「これから色々と説明してもらうよ~。それじゃ、ちょっと部屋借りてね~。必要もあるから、ゲインちゃんとファルちゃんも一緒に連れてくる事。宜しく!」
 そう高らかに発言したティンリーを、コルセスは茫然と眺めるしか出来なかった。 




次へ
仮面の少女 4
 ファルクが待っている様に言いつけてあった部屋から姿を消したのを見て、コルセスは急いでファルクの足取りを追おうとした。
「変な仮面をつけた女を見なかったか!?」
 とはいえ何の情報も無いので、狭い通路を歩く人物を、片っ端から捕まえて同じ質問を繰り返す。いくら慌てているとはいえ、親の仇でも探しているかの形相でこられては、質問された方は戸惑うばかりで、何を言っていいのか分からなくなるものである。
 というより、気迫に押されて、言葉を濁してしまう人が大半だ。ついでに言えば質問されるのが殆ど若い兵卒相手だったりするので、顔を知らないとはいえ大佐の階級章を付けた人物に迫れては、もう恐縮するしかない。
「あの……た、大佐……一体どうなさったのですか……?」
「護送中の女が、別件で目を離した隙に姿を眩ませやがった。取り敢えず、見たのか? 見なかったのか?!」
 もはや恐喝である。質問されている方などは、両手を上げてなだめ様としているので、余計にそう見える。
「い、いえ……私は……見ていません……」
「なら良い、時間とらせて悪かった!」
 そうして走り去ってしまう。一応謝罪の言葉を置いて行ったのだが、それよりも呆気にとられてただ見送る事しか出来なかった。


「くっそ、どこ行きやがった!」
 一体此処まで来るのに、何人怖がらせたのか分からないほど、手当たり次第に恐喝まがいの事を行っているのは、勿論ファルクを探すコルセスだ。
「まだ騒ぎは起きてねぇ……ってことは、幸い力は使ってない……と思いたいが」
 下手をすれば、軽く死体が出来上がる。いや、死体も残らない場合まであるから性質(たち)が悪い。
 ファルクを野放しにする、ということは、いつ爆発するかも分からない爆弾を放置するのと同義。ここで人死を出す事だけは避けたい。
「頼むから、何か変な騒ぎになる前に……んだ?」
 と、通り過ぎようとしていた通路の先に、人だかりができているようだった。
 もしやと思い、急停止して通路を曲がる。
 近づくと、人だかりではなくただ数人が集まって行動しているだけのようだった。白衣姿の格好から見て、研究者だろうか。
 少し気を落とすコルセスだったが、兎に角今は少しいで良いから情報が欲しい。取り敢えず声をかけて、話を聞いてみよとする。
「すまねえ! あー、少し良いか?」
 情報は欲しいが焦っているのは変わらないため、語気を強くしたまま声をかけたのだが、その集まりの中心に居る人物が一般人に近い若い女性なのを見て、少し声を落とした。あまりにラフな格好なので、どう見ても軍の関係者や研究者には見えない。
「んん? どっかした?」
 周りにいる研究者達が口を開くより早く、中心にいる女性が反応した。癖毛で撥ねている緑色の髪の上に、大きな帽子を被っており、年齢は20歳前後に見える。
「人を探してるんだが……」
「もしかして、変な仮面付けた女の子?」
「頭に変な……って、は?」
 行き成り特徴を出す前に、ピンポイントでそれを相手に言われると、一瞬訳が分からなくなるものだ。その所為で素っ頓狂な声を出してしまうコルセス。
「ってことは、大当たりっぽいね」
 当たったのが嬉しいのか、ニコニコとした表情をする女性。その姿にポカンとするコルセスだったが、気を取り直す。
「知ってるなら話は早い。どこに行ったが知らねぇか?」
「ごめんねー。ファルちゃんの姿は見たけど、ちょっと用事があったからさ。んでも、歩いてった方角は見てたから、大体の見当はつくよ?」
「本当か?! 助かる。少し案内してくれ」
「おっけ~」
 話がまとまり、女性とコルセスが一緒に行動しようとしたところで、周りの研究者達から制止の声がかけられた。
「お待ちください。アンス博士、これから王都へ向けて出発しなければならないんですよ。もうかなりの時間、出発を先延ばしにして貰っているのです。これ以上の我が儘は自粛して下さい」
 そうして、アンス博士と呼ばれた女性を取り囲む。
「えぇ~。良いじゃんそんなの待たせとけば~。あの子、ちょっと気になるんだよ~」
 しかし、本人は露骨に不服そうな顔で声を出す。
 それにコルセスとて、漸く掴んだ手がかりだ。ここで拒否されるのは痛い。取り囲んだ研究者達を眺めると、頭を下げた。
「頼む。これも軍務の1つだ。ここに居るって事は、軍所属の研究者なんだろう? なら、それに応えるのもあんたらの仕事な筈だ」
 ここの支部に所属している訳ではないとしても、コルセスは大佐の階級を与えられている人物である。その大佐からの頭まで下げられての頼みであるなら、無碍に断る事も出来ない。取り囲んだ研究者たちは、苦々しい顔をしている。
「事が済んだら、直ぐに開放するし、なるべく手短に済ませる。だから頼む!」
 こうまでされて、尚拒否するようであれば、後々の信用にまで響くだろう。
「……分かりました。なるべく手短に済ませてください」
 研究者たちは、やや不服そうな顔をしてはいるが、道を開けた。
「すまない。もし問題があった場合は、俺が責任を取る」
「はい。ですから、そうなる前に済ませてください」
 研究者の皮肉に苦笑いを浮かべながら、コルセスはアンス博士と呼ばれた女性を促して、走り出す。
「ありがとー。あたしはティンリーだよ、よろしくねコルっち~」
「コルっち?」
 研究者達を抜けて、走り出して直ぐ、女性は唐突な自己紹介と共に謎な言葉を発する。流石に意味が分からず、聞き返したコルセスだったが……微かに嫌な予感がした。
「うん。名前、コルセスって階級章に書いてあるっしょ? だからコルっち」
「……」
 嫌な予感は的中したようだ。しかしまあ、訂正しているだけ徒労だろう。
「あー、別にそれでいい。取り敢えずティンリー、どっちだ?」
「んーとねー。大まかだけど、こっち」
 そうして2人は、目標を目指して駆けていく。
 一方残された研究者達は。
「……アンス博士、そのまま戻ってくると思う?」
「いや……無いな……」
「はぁ……いつものパターンだとすると」
「私は嫌よ……前回の代理発表やったもの」
「それじゃあ、僕がやるよ。後でハンコだけ貰えば済むように、代理届けの書類作っておこうか」
「賛成……」
 などと意気消沈しながら、ぞろぞろと移動していくのであった。


「だから、俺は遊んでる訳じゃ無いんだって!」
 建物の外まで連れ出され、未だ引きずられる形で施設外へ向かわされているゲインは、喚き散らしながら抵抗を続けている。
「分かった分かった。良いから大人しくしていなさい」
 その抵抗を物ともせず、ズンズンとゲインを拘束したまま先へ進んでいく軍人。口調も完全に幼い子供をあやす程度になっている。
「俺はコルセスっていう隊長に、ここまで連れてこられたんだよー」
「何度も言っているが、ここにはコルセスなんて人は所属していない。そんな嘘は通らないと、覚えておいた方が良い」
 実際は連れられてきたのではなく、ゲインが勝手に付いてきた方が正しいのだが、招き入れたのはコルセスに間違いは無いだろう。ただし、コルセスはここの支部所属では無いため、この軍人が知らなくても無理は無い。
「それに、まだ中にファルクが居るんだって!」
「そうやって逃げる積りか? 今日はおとなしく家に帰りなさい。騒ぎにはしないであげるから。それに、中にまだ友人が居たとしても、その内直ぐに見つかるだろう」
「だから、あそこのちょっと前の部屋の中で、オレの事を待ってるんだって」
「それなら君を外に出した後に、連れ出してあげるから安心しなさい」
「話を聞いてくれよ!」
 ゲイン本人は飽く迄も本気で訴えているのだが、軍人の方は所詮子供の言い訳としか思っていない。これでは、何を言ったところで無駄だろう。
 もがけども、ゲインの力程度では全く意味は無い。そもそも相手が軍人なのだ、こうした暴れる人間を拘束して引き連れるくらい、訓練でも行われる類の事だろう。
 ゲインとて同年齢の少年比べれば、体力や筋力は多い方ではある。しかし、それなりに多いだけであって突出したものでもないし、所詮は素人に変わりは無い。
「頼むよ、頼むから放してくれ~~~!」
 それでもめげずに、喚き続けて逃げようとする姿勢を続けるゲイン。諦めはかなり悪いのだ。
 どうにかして拘束を解こうともがいている中、すこし先の方から女性の声が聞こえる。なんとなく気になったので、ゲインはそちらの方に顔を向けた。
「多分こっちの方だと思うよ、最後まで見てたわけじゃないから確実じゃないけど、なんか外に行きたがってたみたいだから、行くとしてこっちじゃないかな。まあ、守衛とかも居るだろうし、そう簡単に施設の外には出られないっしょ」
「だと良いが……それにしても、こっちに来てやがったか。殆ど入れ違いじゃねーか」
 どうやら男女の二人組らしい。女性の方は知らない顔だが……その隣に居るのは、ゲインが知る人物であった。
「コルセスー! 助けてくれー!」
「あぁ? ああゲインか」
 ゲインをあの部屋で待つように言って去って行った、コルセスその人だ。
「助けてくれよ。このままじゃ、外に出されちまう」
「お前、家出したクソガキなんだろうが。そのまま実家まで送り返されろ」
「だから……って、はぁ?!」
 これで解放される、そう思って助けを求めたゲインであったが、コルセスは最早ゲインの事を構う余裕などない状況に陥っているので、即一蹴した。
 内緒にしていた筈の事まで直球に指摘されて、思わず聞き返したゲインだったが。
「なんで俺が家出したって知ってるんだよ!」
 余程驚いたのか、自分で暴露するという愚行をやってのけた。今さら遅い気もするが、それでかなり気落ちしたのか、がっくりと肩を落としている。
「……失礼ですが、どなたでしょうか」
 一通りのやり取りが終わった後、ゲインを引きずるようにして連行していた軍人は、コルセスに質問をする。ゲインが言っていたコルセスという人物が本当に居たので、確認が欲しいのだろう。
「ああ、わりぃな、あんま長く説明してらねぇんだが……王都からの任務なんだよ。ここに直接的な関わりはないんだが、頼み事があったもんでな。そのクソガキの事、頼む」
「あ、はい。了解しました」
 コルセスの胸に光る階級章を見て納得したらしい。ゲインを左手で拘束したまま、右手で敬礼をする。
「急ぐぞ……って、おいティンリー。どうした?」
 コルセスがゲインを置いて先を急ごうとしていた時、コルセスの隣に居た女性ことティンリーは逆にゲインに近寄り、その顔を覗き込んだ。
「ねえ、ゲインって言うんだっけ? 頭に仮面付けた女の子、見なかったかな?」
 多少の情報にはなるかと思ったのだろうか、ティンリーはゲインに目的の少女の行方を聞き出そうとした。
「ティンリー。急ぐぞ、そいつに構ってる時間が無駄だ」
 一方のコルセスは、ゲインに関わる気がさらさら無いらしい。ティンリーの行動に、少し苛立っている様子が、見ていてよく分かる。
「女の子……? ファルクって子なら、さっき一緒にい……」
 ゲインが最後まで言い終える前に、コルセスは眼を見開いてゲインに詰め寄り、襟を掴んで持ち上げた。
「ぐぇ……く、くるじい……」
「いまファルクって言ったか?!」
 詰め寄ってはいるが、むしろ襟を掴んだまま力任せに引きよせている。コルセスの身長は185センチ以上だが、ゲインの身長は160センチ弱だ。その身長差だけに、ゲインの足が少しだけ地面から離れている。
「さっき……オレが居た……へ、部屋、に……」
 喉が圧迫されて殆ど声が出せないゲインだったが、絞り出すようにして何とか答える。しかしその瞬間、コルセスはゲインを放り出して全力疾走をし始めた。
 突然の事に、ゲインを拘束していた軍人も、放り出されたゲインも訳が分からず放心している。
「って、待ってくれよ!」
 コルセスが詰め寄った際に軍人からの拘束から逃れていたゲインは、その隙に――と言っても本人は良いタイミングだった事に気付いていないのだが――そのあとを追った。
「あ、こら待ちなさい!」
 一瞬反応が遅れた軍人が追う為に駆けだそうとした所で、目の前にはティンリーが立ちふさがった。
「面白くなりそうだからさ、このままにしておいてくれないかな~?」
「あなたは……アンス博士。こんなところで何を……もう王都に向けて発った筈では……?」
「気にしない気にしない。でも邪魔されると困るから、どっか別のトコに行っててね~。あ、知ってると思うけど、あたし一応佐官クラスの権限持ってるから、逆らわない方が良いよ~」
 とだけ言い残すと、ティンリーもコルセスのあとを追って走り出した。残されたのは、呆気にとられてぽかーんと、独り佇む軍人だけであった。
「どっかって事は、あの3人が向かったところ以外って事だから……これじゃ持ち場に戻れない……」
 どうしたら良いのか分からず、途方に暮れているのであった。


「どこから来たんだい?」
「知らない」
「じゃあ、どうやって此処まで来たんだい?」
「コルセスに、連れ、られて、きた」
「……家出をしたんだよね?」
「家出、じゃない。どちらかと、言えば、出された」
「出されたって事は……まさか捨てられたとか……」
「うん。その、通り」
 恰幅の良い軍人は、肩を落として少女の顔を見た。今までの会話で分かった事は、少女の名前がファルク・ウィックレーである事。歳は16。出身地は知らないらしいが、何らかの理由で家を追い出され、そこをコルセスに拾われて此処に連れてこられたという事だけだ。
 しかし、出身地が分からない事には送り返しようが無いし、自分から親元を離れた家出なら、その家に帰せば事足りるが……この場合だと、送り返しても解決にはなっていない。
 それにしても、不可解なことだらけだ。この状況を見て、コルセス大佐はどうして家出だと思ったのかも疑問ではあるが、何よりこの少女があまりに普通の少女とかけ離れていることだ。
 捨てられたと言う事は、実の親に見放されたという事。普通の少女なら絶望してもおかしくは無いのだが、飽く迄ファルクは無表情であり、淡々とその事実を口にしている。恐怖や悲しみなどの感情が無いのだろうか。
「う~ん……どうしたものか」
 送り返す場所も分からなければ送り返せないし、返したところで捨てられた少女を再び家に迎えてくれるのだろうか。更には、もし遠くから何らかの手段でここまで来たのであれば、移動だけでもかなりの費用がかかる。流石にそこまでの面倒を見てやれるほど、軍から金を出す事は出来ない。
「まいったな。大佐も随分と難儀な子を連れてきたもんだ」
「……」
 こうしてぼやいてみるが、当の少女は全く顔色を変えず、無言で座っている。自分から発した言葉といえば、会話の途中で「喉が、渇いた」という一言だけだ。与えたコップから、その半分の水を飲むと、殆ど身動きもしなくなってしまった。
「……飽きた」
「え?」
 すると、突然ファルクは立ち上がって部屋を出て行こうとする。
「飽きたって、君。ちょっと!」
 制止しようとするが、ファルクは全く聞き入れずに、ドアを開けて部屋の外へ出てしまった。
「待ちなさい!」
 そう言って立ち上がる時には、既にドアの外へ出て行ってしまった。
「一体何なんだあの娘は」
 深くため息を吐き、恰幅の良い軍人も部屋の外へ出て行ったファルクを追う。流石にこのまま軍の中を歩かせる訳にもいかない。
 駆けだそうとも思ったが、ドアを開けて周りを見渡すと、直ぐ横にまだファルクは居た。待っていたという訳ではなく、単に歩くのが遅いだけらしい。こちらに背を向けたままま、ゆっくりと歩いている。
「こら君。まだ話は全部終わった訳じゃないんだ。勝手に出歩いちゃ困るよ」
「……ん」
 一応呼びかけに答えた積りなのか、振り向いて喉を鳴らすような声を発するファルクだったが、再び前を向いて歩き去ろうとする。
「待ちなさいってば」
 呼び止めてももう反応しなくなってしまったので、仕方が無く恰幅の良い軍人は、ファルクの腕を掴もうと手を伸ばした。
「掴むんじゃねーーーーーーー!」
 「え?」という疑問を持つ前に、伸ばした手が突然勢いよく弾かれる。同時に鋭く刺すような痛みが走った。本人は この時気付いていなかったが、少し――爪の先が微かにという程度だったが――ファルクがむき出しにしている腕に触れていた。
「……痛い」
 それを不快に感じたファルクは、無表情のその顔を恰幅の良い軍人に向ける。仮面の目に当たる部分から、光が漏れ始めて行き。
「え……?」
 瞬時に、恰幅の良い軍人は、単なる消し炭へと姿が変わっていた。
「……くっそーーーーー!」
 そんな姿を見たコルセスは、握りしめた鞭を地面に叩きつけ、あらん限りの声で吼えたのであった。



第2話『家出少年の行進』へ
仮面の少女 3
 ファルクが部屋を出歩いていることをコルセスが知った頃、当のファルクは未だに軍施設の内部をさ迷い歩いていた。
 ファルク自身は、早く敷地の外へ出たいと思っているのだが、敷地の出入口は表門か裏門の2か所しか無いのだ。他は高い塀に囲まれ、しかも塀の至る場所には、防衛に使う為の様々な固定装備が置かれているため、門を目指しそのまままっすぐ歩くのが中々出来ないでいる。
「こんな、塀、見飽きた。壊した、方が、楽」
 下手に進むと行き止まりになるし、避けて進んでも塀にぶち当たる。いい加減うんざりとしてきた。
 ファルクは塀に向けて手を翳す。すると、ファルクが額に付けている不気味な仮面の目に当たる部分から、うっすらと光が漏れて行く。
 仮面自身が意志を持っているかのように妖しい光。光の下には本物の眼が存在し、ファルクの前進を阻む塀を睨んでいるかのようだ。
 だが、何の前触れもなくその光は消え、何事も無かったかのように仮面はただの仮面に戻る。
「……止めた。後で、コルセスに、文句、言われる、のも、面倒」
 力を使うたび、ファルクはコルセスに説教をされてきたのだ。近くに居ないとはいえ、使ったらまた言われるだろう。
 相変わらず無表情で、一切の感情が出ない顔なのだが、その所為か幾分詰まらなそうな表情に見える。
 そのまましばらく塀を眺めた後、塀に背を向けて歩きだした。
 少しばかり疲れたので、どこか座れる場所が無いか探す積りなのだ。ファルクは華奢な見た目通り、体力は低い。出歩いていた時間は数十分だが、彼女にとっては十分動いた方だ。
 近くにあった建物の中に入り、椅子を探す。建物の中でも、地べたに座るのは服が汚れるので却下。
 しかし中々見当たらない。
 ファルクの歩いている所は、執務棟と呼ばれている場所だ。部屋の中には椅子があるだろうが、それほど広くない廊下に椅子は設置されていない。
「何なの、此処」
 外にも出られないし、座る椅子も無い。戻るにも、来た道は殆ど覚えていない。
 果たしてこれからどうしたものか、とようやく考え始めてきた。
 そんな時目に入ったのは、当然ながら部屋の中へと繋がるドアだ。
 行く当ても無くなったファルクは、考えるのを止め、適当に近くのドアに手をかけたのであった。
 椅子があるなら座るつもりで。無ければまた別の所に行こうと、そう考えながらドアを開けて中へと入って行った。
 しかしカギが付けられているのか開かない。しかしドアに付いている窓を見る限りだと、誰かは中に居るようだ。
 ドアを叩いて開けて貰おうと思ったファルクであったが、ふと手元を見ると、そこのドアは外側から閉められている形状の様だ。
 それを見て、ドアが開けられると思ったファルクは、そのまま深く考えずにドアを開けて中へと入って行った。


 待っていろ、と言われたので馬鹿正直に待っているのが、純朴な田舎少年たる所以か。ゲインは文句も言わず大人しいまま、椅子に座って待っているのであった。
「一体どんな話をするんだろうなー」
 頭に思い浮かべるのは、軍に入って活躍する自分の姿。その華々しい想像には、微塵も現実味というのもが含まれていない。
 ゲインの思い描くその姿とは、囚われの姫を助けに魔王へと立ち向かう騎士のそれと、ほぼ同じようなものなのだ。軍という所が、一種のヒーロー像と重なっているのである。
 しかし話が始まるのを期待しているゲインではあるのだが、彼の期待は叶えられそうにもない。これから訪れる相手は、家出をしているゲインを、親御さんの所に帰そうとする人物であるからだ。ゲインの願いは全く通る訳が無い。
 だがそんなことを分かる訳もないゲインは、胸を躍らせながらドアを開けて入ってくる人物を待った。
「お、来た……! って、なんだ?」
 コルセスが出て行ってからしばらくして、部屋に漸く人が入ってきた。
 しかしその人物は、ゲインの予想していた相手とは随分かけ離れている。
 その相手とは、どう見ても軍に所属している様な人物では無かった。
 それどころか、非常に華奢な体躯をしており、しかも見たところ自分とそれほど歳が離れていなさそうな少女だ。
「えっと……誰だ?」
 何がどうなのかさっぱり理解出来ていないゲインは、取り敢えず誰何するものの、相手の少女は無言で眉ひとつ動かさずに近づいてくる。
「……どいて」
 ゲインの誰何を無視しながらも近くに寄ってきた少女は、手を伸ばせば触れられそうな位置で停止し、一言そう言った。
「はぁ?」
「椅子に、座りたい。だから、どいて」
 よく分からないが、この少女は椅子に座りたいらしい。確かに今ある椅子は、ゲインが座っている物しか無い。厳密には折り畳み式の簡易椅子が、壁に幾つか立てかけてあったりするのだが、互いに存在を知らないのか無い物として認識している。
 今一状況が分からないゲインだが、一先ず椅子から立ち上がり、少女に椅子を譲る。
「ん」
 とだけ声を発し、少女は表情を変えぬまま椅子に腰かけた。
「……いや、てかだからお前誰だよ」
「ファルク・ウィックレー」
 椅子に座って気分がすぐれたのか、今度はゲインの誰何に潔く応じた。
 自分から聞いたのにも関わらず、言われた言葉が何なのか理解出来ずにきょとんとするゲイン。数秒の間が入った後、それが少女の名前だと理解する。
「えーと、ファルクだな。オレはゲイン・カシュール」
 相手が名乗ったのに自分が名乗らないのはおかしいと思い、ゲインも自分の名前を口にする。
「ん」
 名前を聞いたファルクは、そう短く返事をしてから、ゲインから視線を外した。
「……いや、それでさ。ファルクは一体何しに来たんだ?」
 自分は飽く迄も、軍の人間と話をするためにここにいる筈なのだ。軍に入れて貰えるというのは、ゲインの妄想ではあるが、部屋に入ってくるのは軍人の筈である。
 やはりどう見ても、ファルクは軍人などに見えない。
「疲れた、から」
「疲れたって、もしかして本当は軍の人?」
「違う。私は、ここに、連れ、られて、来た、だけ。出歩いて、疲れた、から、椅子に、座り、たかった」
 ますます意味が分からなくなるゲインであった。それにしても、この少女は一体なんなのか。やけに話すのが遅い……というよりは、殆ど単語単位で言葉を区切りながら喋るので、聞き取れるものの分かりづらい。
「まあいいか。そっか、連れられえてきたのか」
 一先ずファルクが発した言葉を、そのまま受け取る事にした。よくよく考えれば、自分もコルセスにここまで連れてこられたのだ。この少女ファルクも、同じような境遇なのかもしれない。
 正直に言うと、ゲインは少し喜んでいた。
 ゲインの住んでいた村は小さく、殆ど若者が居ないのだ。なんでも、自分が生まれる前に両親がどこかの街から、移住してきたのだという。
 その頃にはもう、両親と同年代から若い世代は居なかったそうだ。
 それ故、ゲインが同い年くらいの少女と触れ合う機会など、今まで数えられる程度しか無かったりする。
(しかも、結構可愛い娘(こ)だな)
 少し不健康なほど細すぎる身体なのは否めないが、ファルクはその無表情と奇妙な仮面さえ気にしなければ、十分に可憐な少女だったりする。と言うより、ゲインに関してだと、ファルクの顔ばかり見ているお陰で、仮面は目に入っていない。
 可愛い少女と2人きりで、この狭い空間にいるという事が、今のゲインにとっては新鮮であり、心躍る様な状況なのだ。何分、思春期真っただ中の少年なのだ。それが普通だろう。
「何か、飲みたい」
 すると、内心でワクワクしながらファルクを見つめていたゲインに向けて、ファルクは一言発した。
「はえ?」
 唐突だったので、素っ頓狂な声を出してしまうゲイン。その抜けた顔を見て。
「何か、飲みたい」
 と、さらにファルクは同じ言葉を繰り返す。何か飲み物を、ゲインに要求しているらしい。
 運動量でいえばそれほどでもないが、ファルクからしてみれば動いた方だ。喉くらい乾いたのだろう。
 ぽかーんと一瞬固まったゲインだったが。
「そっか、じゃあ何か持ってくるよ!」
 と、生き生きしながら部屋のドアを開け、外へ飛び出していった。可愛いと思ってしまった手前、頼まれた事には断れないゲインなのだ。
 勢いよく部屋を飛び出して、まっすぐに走り去るゲインを、ファルクは変わらずの無表情で眺めているのであった。
 部屋から飛び出したゲインは、後ろ手でドアを閉め、先ほど歩いてきた方向を戻る。
「ってか、出たのは良いけど、どうすりゃ良いんだ?」
 しかし数歩だけ走った後、直ぐに失速し、足を止めた。
勢いだけで飛び出しただけなので、どこに何があり、どうすれば喉を潤せるものが手に入るのかなど、分かる訳が無い。それに諾々と従ってしまっているし、このまま戻るのは申し訳ない――と言うより、そんな失態を見せるのは嫌だ。
「こっちは外だしな……なら、こっちかな」
 少し迷ったが、外に行くよりは中の方が何か有るのではないかと、踵を返して逆方向に進むことにした。
 廊下を小走りに走っていく。廊下には出てきた部屋と同じような部屋が、いくつか並んでいる。しかし、どの部屋も人の気配が無い。
 いや、突当たりにある部屋には、ちらほら人影があるようだ。そこで聞いてみよう。
 今出てきた部屋を通り過ぎ、意気も揚々と廊下を進む。通り際にファルクの姿を横目で確認しつつ、ちょっとだけ待っててくれよと心の中で思いながら。
 出てきた部屋と突当たりの部屋は、それほど離れている訳ではない。直ぐにドアの前までたどり着いた。
 そうしてドアノブに手を掛けようとした所で、唐突にドアが手前に寄ってくる。どうやら中にいた人が、開けて出てきたようだ。背が高く、がっしりとした体格の、いかにも軍人という姿の人物だ。20代後半くらいの歳だろうか。
 ゲインはその相手を確認し、何か飲み物は無いかと尋ねようとした時であった。
「少年、ここで何をしているのだ」
 ゲインが言葉を発する前に、相手が先にどなり声を上げた。その声の少々驚いたゲインであったが、気を取り直し、飲み物を貰おうと口を開く。
「えーと……オレ、ちょっと水か何かを貰いに来たんだけど」
「水……全く、水なら外にある水場にでも行けば良いだろう。態々軍の施設に入る、なんて遊びは関心せんな。ほら、外まで送ってあげるから、早く来なさい」
 とゲインの言葉を、この軍人は友人同士の遊びか何かで、中に入っただけなのだろうと解釈したらしい。
 普通軍の施設に勝手に入るなどすれば、大目玉をくらってもおかしくない。それを穏便に、外へ連れ出すという姿は、感心できるものだろう。この軍人は中々心が広い人物らしい。
 軍人はゲインを施設の外へ帰す為に、がっしりと腕を掴み、強制的に外に向かって歩き始める。
「えぇ? 別に友人って訳じゃないけど……って、どこに行くんだよ!」
「外で友人が待っているんだろう? これからは、こういう変な遊びはしない様にするんだよ」
「いや、そうじゃなくて、ってうわぁ!」
 問答無用で腕を引かれて連れられて行ってしまう。流石軍人というべきか、いかにもな体格を持つ人物なので、ゲインがもがこうが、びくともしない。
 そのままゲインは、今進んできた道を逆戻りし、ファルクが待つ部屋を通り過ぎ、外へと運ばれていったのであった。
「おや、なんだか騒がしいね」
 ゲインが外へ出されてから数秒後、先ほどの軍人が現れた部屋から、温厚そうで恰幅の良い別の軍人が、ドアを開けて廊下に出る。
「例の少年が逃げた……にしては、そんな気配は無さそうだね。壊された痕も無いし、鍵がかけられていと聞いているしね」
 恰幅の良い軍人は、小脇に抱えた資料――ゲインを送還するための必要書類――を取り出し、使用するべき書類で間違いが無いか確認する。
「迷子の送還なんて、滅多にないんだよね~」
 などと、のんびりとした動作で再び資料を小脇に抱え、言われていたドアへ歩いて行く。
 しかし、ドアの前に立つと、少し頭を捻らせた。その視線の先は、ドアの窓から見える、10代半ば程の少女であった。ただしそれだと何かがおかしい。
「おや……? 大佐は少年だと言ってた気がしたんだけど……聞き違いだったかな。それに、鍵もかかってないし……」
 疑問はあるが、部屋の中にいるのはどう見ても一般人だ。間違っても、連れられてこない限りは軍の施設に入れる訳が無い。それに大人しく部屋の椅子に座っている姿を見る限りは、何かを企んでるような気配も無さそうだ。
「大佐も急いでたのかな。急ぎの用事って言ってたし、きっと慌ててたんだろう。気にしないでおこうかな」
 そう結論することにして、恰幅の良い軍人は、ドアを開けて中に入っていくのであった。それにしても、ここの軍は随分と温厚な人が多いようだ。
「……誰?」
 唐突に知らない人物が部屋に入ってきたので、微かに首を傾げる少女。その様子を見て、恰幅の良い軍人は柔和な笑顔を浮かべて見せた。
「こんにちはお譲ちゃん。君だね? コルセス大佐が連れてきた迷子って言うのは」
「うん、間違って、無い」
 確かに彼女は、コルセスに此処へ連れてこられた。そして、ある意味現在迷子の身だ。そのまま首肯する。
「そうか、それは大変だったね。じゃあちょっと、質問に答えて貰っても良いかな?」
「分かった」
 そうして恰幅の良い軍人は軽く苦笑いをしながら、持ってきた書類を取りだした。
 まあ、正直に言うと何度も何度も同じような内容を書きこまなければならない、どこまでも手間が掛かるだけの書類が殆どなのだ。彼が苦笑いを浮かべたのは、ただ迷子を返すだけなのに、これだけの書類を使用するという面倒くささが理由である。
 軍隊の様に大きい組織に所属すると、小さな事でも書く報告書の量は、その分大きくなるものである。
「それじゃあ、まずはお譲ちゃんの名前からだね、フルネームで教えて貰えるかな?」
「ファルク・ウィックレー」
 そうしてファルクは、そのまま質問に答えていくのであった。


次へ
仮面の少女 2
「……暇」
 絶対に部屋の外へは出るな。と、少女は言われていた。間違っても騒動を起こしてはならないと、コルセスは何度も何度も繰り返して言っていた。
「……暇」
 しかし、ただ部屋の中でじっとしているにも限度があった。なにせ手持無沙汰で、やることが無いのだ。
 少女の名前はファルク・ウィックレー。コルセスが護送中の少女である。
 癖のない長い髪を持ち、色は青色。背は150センチ前後で歳は16。体格は華奢だ。
 それだけなら単に普通の少女であるが、何より目を引くのが頭に張り付いている奇怪というに他ないほど異様な仮面と、氷付いて固まってしまったかのように、半眼で一切の表情を作らない顔だ。
 顔立ちを見れば間違いなく可憐な少女なのだが、その仮面と表情のお陰でどこか異質な雰囲気を醸し出している。
「……暇」
 表情が変わらないので、何を考えているかを見るのは不可能だが、言葉として発する事はできる。だからこうして不満を垂れ流しているのだ。どうやら余程退屈しているのだろう。
「……暇」
 もう何度「……暇」と口にしたか、分からないほど繰り返している。それ以外に何も言わないが、視線の先は外へ出る為のドアへ向いている。
「……」
 ついには何も口にしなくなった。
 そしてそのまま数十秒、ドアを無言で眺めると。
「……行こ」
 ゆっくりとした動作で立ち上がり、ファルクは言いつけを破って、ドアを開け外に出るのだった。
 ドアを越えた先は、特にこれと言う飾りのない簡素な廊下。なにせ此処は軍の客室だ。ドアの先は廊下に決まっている。
 ファルクはそのまま後ろ手でドアを閉め、外に向かって廊下を歩く。
「どうしたんだいファルクちゃん」
 そんなファルクを見つけた軍人が声をかける物の、ファルクは無反応でそのまま進む。
「おーい、どこに行くんだー?」
 軍人はさらに声をかける物の、当人は気にも留めない。
「……まいったな。ベリンペル大佐には、『何があっても絶対に触れるな』って命令受けてるし……って、待ちなさい!」
 彼の階級は上等兵なので、まだまだ下っ端だ。コルセスから受けた命令を無視して行動するほど、彼は命知らずな人間ではなかった。
 このまま放っておくのは気が引けるが、触るなという命令がある以上は下手に扱えない。それに今の彼は、訓練場へ移動中の身だ。
「このまま放っておくしかないか。流石に此処から出る事も無いだろう」
 そう結論すると、向こうの曲がり角を曲がって行ったファルクを、好きにさせる事にした。
「……面白く、ない」
 そういう訳で、コルセスが戻ってくるまでではあるが、自由を得たファルクは、取り敢えず何も考えないまま廊下を歩いて行く。しかし残念ながら、これと言って興味を引く物が無かった。
 ファルクの好きなものと言うと、その無表情からは分かりにくいが、ファルクと同年齢の少女たちが着るような服飾関係なのであった。実際にファルクの服装を見てみると、それが良く分かる。
 上半身は黒いノースリーブの上に丈の短い薄茶色の半袖シャツを纏い、二の腕を少し露出させながらも、肘から手の甲まで覆う黄色のアームカバーを付けている。下半身は丈の短いねずみ色のプリーツスカートで、脚には黒と灰で縞模様になったサイハイソックスを履いている。全体的に見てやや暗めだが落ち着いた配色だ。
 ファルクを含めた年頃の少女たちは、こういった服を好んでいているらしい。
 そのため頭の仮面と無表情さえ気にしなければ、ファルクは容姿に合うような可愛らしい格好なのである。
 そんな少女が歩くには、軍の支部とはあまりに簡素で無骨な場所だった。
 折角部屋から出たというのに、この状況では面白くないのも当然。だからと言って、引き返すという選択肢は、彼女の中に存在しない。
 当ても無いまま、適当に道を曲がり、やがて外へ繋がるドアを見つける。
 表情こそ変わらないが、ようやく自分の好みに合いそうな場所に出るのか期待でもしているのだろう。彼女の足取りは、ほんの少しだが軽い。
 ドア開け、外に出る。しかし、そこに存在したのはあまりに無味乾燥な風景だった。質実剛健と言って良いほど、簡素で丈夫そうな建物が並び、少し先の広場の様な場所では、何人もの男たちが汗だくで走り回っている。
 所詮は軍なのだ。敷地から出ない限りは、見える風景なぞあまり変わらない。
「……何、此処……」
 それを理解しているのかいないのか、不服そうな声を漏らすファルク。頭を左右に振り、辺りを眺めているのだが、面白そうなものは一切見えない。位置的にも、丁度ファルクが居たのは中心の建物なので、周りは他の建物で囲ってあるのだ。
 コルセスに連れられて来た時は、ただ黙々と後ろを付いてきただけなので、自分がどんな場所にいるかなど、全く把握していないのだった。
「ね~ね~、女の子がこんなトコにいるなんて珍しいよね。どっから来たの? 名前は?」
 すると、後ろから頭の上で、やや甲高い声が聞こえる。
「……誰?」
 声をかけられたので、後ろを振り向きながら誰何で応えるファルク。
「あはははは~。そうだね、こっちから自己紹介しなっきゃね」
 そうあっけらかんと笑う、ファルクの後ろから話しかけてきた人物は、ハードカバーの分厚い本を抱えて、満面の笑みを浮かべている、身長約165センチ前後の女性であった。肉付きが良く成熟した身体だが、少女の様な表情をしているために年齢が量れない。それでもまあ、恐らくは20代だろう。
 癖の強い緑の髪に、大きめの帽子。濃い緑のノースリーブに殆ど丈が無いズボンという格好で、非常に肌の露出が多い。
 いや、露出というよりは、単に動きやすさを追求した結果、余計な布を排除しましたという感じだ。いやらしさや艶やかさは無く、明朗快活という言葉がよく似合う。
「あたしはティンリーだよ。ティンリー・アンス。よろしく~!」
 そう言ってニカッと歯を見せて、親指を立てた。
「ん。私は、ファルク・ウィックレー」
 自己紹介、と言われたので、相変わらず無表情のまま、淡々と自分の名前を言うファルク。
「OK、ファルちゃんね。そんで、こんなむっさい場所で今は何してんの?」
 そんなファルクとは対照的に、さらっとあだ名まで作って、ティンリーはやけに馴れ馴れしい口調だ。
「何も、してない。連れて、こられたから、此処に、いるだけ。暇だから、少し、歩いてた」
「なるほどー。なんか軍の機密っぽい臭いがする。ちょっと面白そう!」
 単にファルクは、自分の状況だけを口に下に過ぎないが、それだけで色々と勝手に察したらしいティンリーは、興味津津と言った様子でファルクを眺める。
 大きな双眸は爛々と輝き、欲しい玩具を買ってもらった子供の様だ。
「おお、その仮面がちょーっと臭いわねー。どれどれ~」
 抱えていた本を、邪魔とばかりに放り、ファルクの額に付いている仮面に両手を伸ばす。
 だが、ファルクはその手を、後ろに下がって避けた。
「あれれ、触っちゃ駄目?」
「駄目」
「ちっ、残念だなー」
 ファルクに断られて、悔しそうにパチンと指を鳴らす。だが、未だ食い入るようにファルクの仮面を見ている。
「ちょっとで良いから調べさせてくれないかなー」
「嫌」
 両手を合わせ、尚も食い下がるが、ファルクはそれを拒否する。しかしティンリーは、ジリジリとファルクに近寄って行く。そのまま肉食獣のように飛び掛って行きそうだ。
「博士! アンス博士! 何をしていらっしゃるのですか!」
 するとそこへ、全身汗だくになって駆けてくる一人の男性。歳は20代前半くらいだろうか。
 その男性は、息を乱しながらもティンリーの側までやってくる。
「何か用?」
「何か用? じゃないでしょう! どこを遊び歩いているのですか! ああもう大切な資料をこんな所に置いて」
 先ほどティンリーが放り投げた分厚い本を拾い、カバーに付いた汚れを払い落している男性。
「だってそれ全部覚えたし、もういらないかなーってねー。それに論文はもうまとめたじゃない、あたしがあそこにいる必要ないっしょ」
「覚えたって……それでも書かれた論文は誰が発表するのですか! お願いですから最後まで責任を持って下さい」
「しゃーないわねー……あ、ファルちゃん、また会った時は今度こそその仮面見せてねー」
 最後にファルクへ笑顔で手を振り、男性に連行されて行くティンリー。連衡と言うよりは、どちらかと言うと首根っこを掴まれて引きずられている形に近いのではあるが。
「何、あれ?」
 そんな様子を、変わらずの無表情で眺めるファルクであったが、それも直ぐに飽きて再び歩き始めた。


「へぇ、今は任務で帝都に向かうとこなのか」
「まーな。一応これでも大佐だ」
「大佐ってなんだ?」
「あー……隊長って言えば分かるか?」
「なるほどー、そりゃすげーなー」
 コルセスから貰った簡易食糧を胃に収めながら、コルセスの話を興味深そうに聞くゲイン。襲われていた森から離れ、今は街道を歩いている途中だ。
「軍人って、もっと格好良い服着てるのかと思ってけど、結構地味なんだな」
 獣を2頭括りつけた棒を担ぎ、煙草をふかしているコルセスの格好は、標準的な軍服だ。暗い緑を基調とした色合いは、物陰に隠れる時に目立たなくする効果もある。
「……お前の想像している軍人って、一体どんな服だ?」
「そんなの決ってるだろ! あの強そうな鉄の服だよ」
「鎧かぁ……? あのなぁ、訓練とか戦争の時なら分かるが、あんなもん四六時中着てたら、無駄に疲れるだけだ」
 物にもよるが、身体を守る鎧の類は、当然ながら非常に重い。門番などなら装着を義務付けられているが、用事が無い限りは付ける意味が無い。
「そうなのか。俺が見たことある軍人って言うと、いっつもあの服着てたけどなぁー」
「……」
 ゲインの言葉を聞き、訝しげな視線を送るコルセス。そんな視線には気付けずに、ゲインは話を続けた。
「ガチャガチャってちょっとうるさいけどさ、ああいう服のまま並んで歩いてるの、格好良いって思うんだよな」
「そりゃ戦争に行ってんだよ」
「やっぱそうなのか! しばらくは危険だからなるべく家の外には出るなよとか言われたから、何か変だと思ってたんだよなー。2~3日でいなくなっちゃったしさ」
 ふかしている煙草を口から放し、呆れながら煙と一緒に息を吐くコルセス。その眼はゲインではなく、少しばかり遠くを眺めていた。
「……こりゃ確実だな……」
「ん? なんか言ったか?」
 コルセスが小声で、独り言を口にした。それにゲインは反応したが、コルセスは「空耳だろ」と言い返し、再び煙草を咥えた。
 すると、ゲイン達の前には、大きな門扉を構えた建物が見えてくる。その前には今話に出ていた鎧を着込んだ兵士が2人、門を挟むように立っている。
「おお、そうそうあんな感じ」
「ここは軍の支部だからな。あれは門番だ。変な輩が来ても対処できるように、門を固めてるんだよ」
「へぇ~、すげーんだなー」
 目を輝かせながら、全身鎧を身に纏っている門番を眺めるゲイン。その様子は、ヒーローを眺める子供そのものだ。
 そのまま門の前まで行くと、片方の門番に呼び止められる。もう片方が動かないのは、同時に動く必要が無いからだ。
「身分証の提示を」
「ああ、ほらよ」
 コルセスは軍服の右胸部分に縫い付けられている、階級と名前の掘られたエンブレムを軽く持ち上げる。
 それを確認した門番は、姿勢を正して敬礼をする。
「失礼しました、ベリンペル大佐。軍務、お疲れ様であります」
「お疲れ。まあ、重装備で立ちっぱの門番の方が、辛いと思うけどな。交替の時間まで頑張れ」
「はい、有り難う御座います」
 敬礼していた腕を降ろし、門番はコルセスの後ろにいるゲインに目を向けた。
「こちらの少年は?」
「ちっとばかり話があるんでな。そのまま通してやってくれ」
「分かりました」
 ゲインを余所に、話を進めるコルセスであったが、実際ゲインは門番とコルセスのやり取りなど聞いていない。
 憧れの軍、という事で瞳を輝かせているのだ。
「ほれ、行くぞ」
「ああ!」
 因みに言うと、ゲインはコルセスと軍の中に連れて行ってもらう、などと言う約束を交わしていない。単にコルセスの後をゲインが付いて来ただけである。
 普通なら軍人がその辺の民間人を、支部とはいえ施設の中に招き入れることは無いのだが、ゲインの頭にそんな考えは無い。
 何の疑いも無く、ゲインはコルセスの後を付いて行く。
 ゲインは喜々として軍の内部を眺めながら歩いている横で、コルセスは道行く適当な軍人を捕まえ、「少し場所を訊きたいんだが」と何か言葉を交わしている。
 そうして着いたのは、狭くて簡素な部屋であった。
「ん? なんだココ?」
「尋問室だ」
「じんもんしつ?」
「いいからそこに座って待ってろ」
 とだけ言い残し、コルセスは部屋を出て行く。部屋にただ独り残されたゲインは、きょとんとしてしばらく固まったが、取り敢えず大人しく椅子に座ってみるのであった。
 一方コルセスはというと。
「ああ、どうやらここの街出身じゃねぇみたいだ。言ってることが、田舎のガキそのものだかんな。見た所ありゃ家出だな、すまんがそっちの方で少し面倒みてやってくれ」
 近くの執務室でデクスワークを行っている軍人に、事情を説明していた。相手は恰幅の良い、朗らかそうな男性だ。
 ゲインが今まで放った考えなしの言動を見て、おおよその状況を察したコルセスは、ここに居る人間に処理を頼もうと思ったのである。ゲインに何も説明しなかったのは、話がややこしくなるのを嫌ったためだ。
「分かりました。こちらで事情を訊き、自宅へ帰すようにします」
「頼む。俺は急ぎの用事抱えてるもんでな。それじゃ、俺は任務に戻る。あー、一応尋問質の部屋のカギは閉めておいた。多分逃げねーとは思うが、なるべく早く頼むな」
「了解しました」
 説明を終えたコルセスは、執務室を出ると護衛の少女ファルクを待たせてある部屋へ、急いで戻ろうと少しばかり早足で進む。
「さて、さっさと戻らねーと、ファルクがどっかに行ってるとヤベーからな」
 しかし数分後、獲った獣を引き渡し終えて、ファルクを待たせてある部屋へ行くのだが……コルセスは蛻の殻(もぬけのから)になった部屋を見て愕然とし、手当たり次第に人を捕まえて「仮面を付けた女を見なかったか?!」と聞き回りながら、施設の中を駆けずり回る羽目になるのであった。


次へ
仮面の少女 1
 少年は、途方に暮れていた。
「……はぁ…………」
 町中の、人が多く通るその往来を眺めながら、端に捨てられている朽ちかけた木材の上に座り、ため息をつく。
 少年の名前はゲイン。ゲイン・カシュール。
 白色のシャツの上に、丈の短いジャケット。動物の皮で作られたらしい頑丈そうなベルトを付け、やや泥で汚れた濃い紺色のズボンに、厚手のブーツという出で立ちだ。
 何を隠そうこのゲインという少年、勢いだけで自分の住んでいた村を飛び出した、単なる家出少年である。
 行く当ても無ければ、明確な目標も無い。路銀であるなけなしの小遣いは心許なく、旅をするための技術などある筈もない。
 まあつまり、家出をした子供が例外なく辿る道を、逸れること無く通過中なのだ。
「どうすっかな……」
 手元にあるものと言えば、自分の家から勝手に持ってきた多少の生活用品と、村を出て少し歩いた所で拾った、刃が欠けてボロボロになったひと振りの剣だけ。
 家が農家だったお陰か、手持ちの道具に砥石が入っていたので、農具の手入れをする感覚で研いだ。その為現状では研いだせいで少しばかり小さくなったが、刃を取り戻した剣は片手剣として十分通用する代物となっている。
 とはいえ、捨てられていたくらいなので、粗悪品に変わりはないのだが。因みに剣の鞘は無いので、適当な布を巻いて持ち歩いている。
 ゲインは自ら磨いた剣を、適当に両手で弄びながら今後のことを考える。しかし、腹からグゥ、と間の抜けた音が出て、がっくりと肩を落とした。
「腹減ったなぁ」
 村を出てかれこれ丸一週間。勢いとは言え、何気に2~3日分の食糧をくすねて来ていたゲインであったが、それも食べつくしてしまっている。
 どうあっても消費する食料を、2~3日から1週間も持たせたのは大した計画性だが、根本的な計画が無いので、単なる無謀になっているだけなのが悲しい所か。なにせ、もう村に戻るだけの食糧は無いのだ。要は性格が、ただ貧乏性なだけなのだろう。
 更に深いため息を吐き出し、周りに鬱々とした空気をまき散らしていく。ここはそれなりに大きな街という事もあって、道には人が多く通る。そんな場所で暗くなっていられては、道行く通行人にまで伝播しそうである。現に軽く周りから避けられていた。
「……せめて傭兵って事で、雇ってくれる所でもあれば良いんだけどな」
 ゲインの夢は、軍に入って活躍し、称賛を受ける事であった。我流な上に使っていたのは単なる木の棒ではあったが、毎日続けてきた素振りによって、それなりの腕になったのではないかと自負している。
 軍に入る前に経験を積み、いずれは出世して『前線』で戦うのだと、希望に胸を膨らませていたのだ。無知とは恐ろしいものである。
 それには足がかりが必要になるのと金を稼ぐ為、町に着いてすぐ軍の支部に仕事をくれと掛け合ったが、まったく相手にされなかった。仕事の紹介所なども回ったが、どこも似たり寄ったりだ。どこの誰とも分からない子供を雇うほど、世間は甘くない。
 だからと言って諦めてしまえば、餓死するだけには変わりない。どうして駄目なのだろうと、こうやって悩んでいるだけでも、腹は空く。
「……仕方ない。街道から少し離れた所に森があるみたいだし、そこで食べられそうな物でも探してみるか」
 ここで悩んでいても始まらない。そう思い立ったゲインは、来た道を戻る。良くも悪くも前向きだ。
 ゲインはここに来る途中に通った街道から、少し離れた所に森があるのを見ていた。家が農家なこともあり、食物に関しては割と詳しい方だ。食べられるものくらいは探せるだろう。
 その辺に生えている物を食べる、というのはあまり聞こえが宜しくない。しか、ゲインの家は、何度も言うが農家なのである。つまり住んでいた町は田舎という事なので、その辺に生えている物を食べるという事も多いのだ。本人にとってそれほど抵抗も無い。
 荷物を背負い、剣を抱え、とぼとぼと来た道を返す。満たされないと鳴るお腹をさすりながらなので、足取りは重い。
 こんな事なら、もう少し計画を立ててから家出すれば良かったな。などと考えているゲインなのであった。


 鬱蒼と茂る森の奥。周辺の気配を窺いながら、静かに呼吸をする男が一人。
 男は咥えている煙草を指で挟み口から離すと、地面に捨て、踏み消す。
 辺りは静寂。風で草木が揺れる音もせず、鎮火した煙草の火から出る弱々しい煙のみが揺らめいている。
 男の周りには、男を狙うモノ達が潜んでいる。そのモノ達が発する気配で空気が重くなり、少しずつ張り詰めていく
 相手は息をひそめてこちらを見ているだろう。そしてこちらからは相手の姿が見えない。
 相手の数は、恐らく3、もしくは4。囲みつつも草蔭に隠れ、こちらの隙を窺っている。下手に動けは、背後から一気に襲われるだろう。いや、むしろ一斉に別方向から襲いかかってくる可能性もある。
 神経を研ぎ澄ませる。聞こえないなら、感じ取れ。相手の息遣いを、そして気配を。
 腰を落とし、構えを取り、深く、静かに深呼吸をする。気を落ち着かせ、肌という感覚器官を総動員して相手の動きを探る。
(……来る!)
 背後を取っていた相手が、静寂を切り裂く。荒々しく足を踏み出し、こちらに牙をむき出しにし、飛びかかってきた。
 まだ避けない。ぎりぎりまで引き付ける。
 相手の前足がもう少しで届きそうになる所で、即座に軸をずらし身体を転換、回転させて逆に背後を取る。
 未だ空中に留まるソレの背に体重を乗せて腰を入れた肘を落とし、地面に叩き落とす。それと同時に、残り3頭が一斉に襲い掛かってきた。どうやら4の方が当たりらしい。
 腰に付けている鞭を右手で掴み、右足を勢いよく踏み込みながら横薙ぎに一閃。鞭によって3頭が同時に弾かれ、空中で悶えながら地面に転がる。先ほど地面にたたき落とした1頭は、今行った右足の踏み込みを脳髄に受けており、完全に頭蓋が陥没して息絶えている。
 残りは3頭。
 ダメージから先に回復した前と右に位置を取っていた2頭が、もう一度こちらに飛び掛ってくる。今度は1頭に鞭を直接振るう。脳天を直撃する鞭の威力は、見た目よりも高い。死んではいないようだが、脳が揺れたのか気を失ったようだ。
1頭に鞭を放っている間に、もう1頭はもう間近に迫っていた。それを空いた左腕で、下から打ち上げるように振る。殴ったのではなく、喉を鷲掴みにしている。
 鍛えられた握力により、掴んだ喉を握り潰し、そのまま地面に叩き付けた。まだ息は残っているが、か細く呻き声を上げたモノは、放っておいても長く持つまい。
 そうして最後に残った1頭に、目を向ける。丁度相手も起き上がってきたところらしく、目が合う。
 その最後の1頭としばしにらみ合った後、相手は低く喉を鳴らし、踵を返して逃げ去っていった。勝てないと悟ったらしい。
「……こんなもんか」
 戦闘を終えると、面倒臭そうにぼやき、少しだけズレたサングラスを直しつつ懐から新しい煙草を取り出して火を点ける。煙草から出される煙を深く吸い込みながら堪能した後、口から吐き出した。
「ふぅ……」
 口に煙草をくわえたまま、気を失っているだけの1頭に近づく。放っておいて襲いかかられても面倒な上に、今回の目的はこいつだ。動かないよう、念入りに縛り付ける。
 この動物はイヌ科に近い肉食獣で、森に入らない限りは襲ってこないが、獰猛なので人も襲う。
「ったくよ。金持ちの道楽ってのは、俺には分かりそうにねーな。こんな肉食動物の硬い毛皮なんぞ、どこが良いんだか」
 そんな4頭の肉食動物に襲われていながら、楽々と退けたこの男の名前は、コルセス・ベリンペル。年齢は35歳。
 濃い茶色の軍服を纏った職業軍人であり、胸には大佐の階級証が輝いている。軍服姿でサングラスを掛け、腰に長い鞭が吊るされているその姿は、かなり威圧的だ。
 本来ならば、とある少女の護衛中であるため、こんな場所に居るはずが無いコルセス。そんな男が森の中で何をしているのかと言うと。
「態のいい雑用に使いやがって」
 ある事情により金銭的に心許なくなってきたのだ。その為、移動費を軍の支部に申し込んだところ、丁度良いとばかりにこんな仕事を押し付けられた。
 この一帯を管理している貴族が、どうしてもこの肉食獣の毛皮が欲しいという要望を、軍に申し込んできたのだ。
 いくら貴族の頼みでも、そう簡単に人を派遣できるほど人数的余裕はそれほど無いし、下手な人物を送れば帰らぬ人となる可能性もある。
 この程度の依頼なら、金を積めば引き受けるだろう傭兵などが適任なのだが、毛皮に変な傷が付いても嫌らしいのだ。以前似たような事があったのか、依頼主は露骨に傭兵を嫌悪しているという話。
 そんな時にコルセスが軍を訪れたので、丁度良いとばかり仕事を回したのだった。これを終わらせている間に手配するとか、上手い具合に。
 任務に必要とはいえ、いきなり金を要求してきた人間に対し、簡単に渡すのも嫌だったのだろう。後で本部にかけ合えば、渡した分の金は戻ってくるだろうが、その前に一仕事こなし、自分で稼いでいけという事だろう。
「まあいい、少しは多めにふんだくってやるか」
 解けないように四肢と口を強く縛り、完全に縛り終えた所で、太い木の棒に固定して肩に担いだ。
 仕事も終えたので街に戻ろうかとして、ふと、何かが引っ掛かった。気のせいか、森の奥が騒がしい。先ほど逃がした1頭が、獲物を見つけて追いかけているのかと思ったが、それだけにしては少し妙だ。
 というのも、どこか人の、それも若い男の悲鳴が混じっている様な気がするのだ。
「んだ? どっかの馬鹿でも迷い込んだか?」
 吸い終わった煙草を踏み消し、最後に大きく煙を吐きながらその方向を眺めてみる。
 ただしそうは思うものの、確証はあまりない。確かめるにも、下手に帰るのが遅くなると、待たせている護衛中の少女こと、ファルクから文句を受けることになる。きつく言い聞かせたので部屋からは出ていないと思うが、急いで帰るに越したことは無い。
 しかし軍人として、もし一般人が襲われているとすれば、放って帰ることは許されないだろう。また後で面倒な事になる。
 さてどうしたものか、と思考していると、騒いでいる元凶がこちらに向かって来ている。しかも中々速い。
「……こりゃ確実に人間の声だな。仕方ねぇ、助けてくるか」
 木々に阻まれて視認は出来ないが、こちらに向かっているのは間違いなく人間の声だ。こうなってしまっては、助けざるを得ない。
 まだ気を失っている、木の棒に縛り付けた獲物を担いだまま、コルセスは声のする方へと走り出した。
 草木が邪魔で走りづらいが、比較的体が大きい獣も生息する場所のようで、小さな獣道は所々に出来ている。担いでいる木の棒に枝などが引っ掛からないよう、なるべく足元以外も気にかけながら進む。
 簡単にできる事ではないが、その辺りはコルセスが軍人たる所以だろう。大荷物を担いだまま警戒しつつ進むなど、訓練として一般的行われている。
 だたしあまり悠長にしていると、手遅れになっていることもあり得る。出来るだけ早く動いた方がいいだろう。
「マチェットくらい、持ってきた方が良かったかもな」
 獣道はあっても、それには高さが無いのが難点だ。
 コルセスは武器として剣を所持していないので、木の枝や垂れ下がるツタなどを切りはらう刃物などが欲しい所である。
 大型の動物は、基本的に四足で歩く。どうあっても人間の腰より高くなることはあまりない。つまりは、頭付近にはどうしても障害物が出来てしまう。
 仕方ないので、姿勢を低くしながら素早く動く。担いでいる獲物つきの棒が、かなり邪魔だ。いっそこれで枝をなぎ倒して進んだ方が早いかと考えるが、残念ながらこれは傷物には出来ない。とはいえその辺に放置していくと、別の肉食獣に襲われてしまう可能性もあるので、やはり持っていかなければならない。
「面倒くせーな……ったくよー」
 ぼやきながらも、足を進める。口ぶりの割には、動きは機敏である。
 騒いでいる方も、こちらに向かっている。どうやら死ぬ気で全力疾走しているらしいので、速度は速い。
 お陰で意外と早く、声の発生源が目の前まで現れた。
 適当に切りそろえたぐちゃぐちゃの髪に、質素な服装。身長は約160センチ弱で、体格は並み。見たところ、まだ幼さを残した10代中盤の少年だ。
 手には剣を持っているので、それを威嚇に使いつつ逃げているようだ。そのお陰で長距離を逃げてこられたらしいが、時間の問題だっただろう。実際闇雲に振り回しているだけなので、体力の無駄が多いし森を抜けるにはまだ距離がある。
「た、助けてくれーーーー!!」
 少年はコルセスの姿を確認するや否や、喉から絞り出すように声を上げた。かなり限界が近づいているようだ。
「分かったから止まれ」
 勢いが付き過ぎていたのか、そのままコルセスを抜かして進んで行きそうだったので、コルセスは空いている左手を伸ばし、少年の襟首を掴む。片手の腕力だけで、少年の勢いは全て殺される。
「ぐぇ……」
 少年は鈍い音を出し急停止。そしてそのまま地面にへたり込む。既に限界を超えつつあったのだろう。剣を放り出し、ぜえぜえと顔面蒼白で荒々しく喘いでいる。
 少年を追いかけていたのは、今担いでいる獣と同じ種類の肉食獣の様だ。群れを作る習性がある獣なのに一頭だけなのを見ると、先ほどコルセスがやり合った群れからはぐれた一頭なのかもしれない。
 少年を追いかけていた獣は、コルセスを無視し、へたり込んでいる少年の方へ向かっていった。どちらが弱っているかを察して、標的を絞っているのだ。
「おらよっと」
 そんな獣の横面を、コルセスは気軽そうな雰囲気で蹴り飛ばした。雰囲気は軽いが、軸足をしっかりと固定し、遠心力を乗せて繰り出す強烈な蹴りだ。獣はたまらず吹っ飛ばされる。
 少し離れたところに転がった獣を、目だけで確認する。ダメージはあるだろうが、まだ向かってくるのは確実だ。
「ちっと剣借りるぞ」
 そこでへたり込んでいる少年が放った剣を左手で拾い、逆手に持ちかえながら振りかぶる。
 振りかぶったそれを、起き上がってこちらに敵意を向けてくる獣に向かって投擲した。
 一直線に投げられた剣は、見事に獣の顔面へ突き刺さる。そのまま獣は、バタリと倒れて動かなくなった。
「まあ、流石に少し可哀想だな」
 いとも簡単に退けたコルセスではあったが、こうして動物の命を絶つのは忍びない。相手はただ、生きるのに必死なだけだ。食わねばこの獣も生きていけなかったし、その為には他の命を食らわねばならない。その結果、人間が襲われるのは仕方ないのかもしれない。
「とはいえ、こっちも生きるのに必死なんだよ。わりぃな」
 こうして息絶えた獣の骸も、また別の命を繋ぐ糧となる。死とは無駄な物ではない。可哀想ではあるが、それが自然という物なのである。
「さてと。おいボウズ、怪我はねーのか?」
 気持ちを切り替え、横でへばっているだろう少年に向かって声をかける。
「……」
 しかし返事が返ってこない。まさか疲れきって気を失ったのかと、しゃがんで顔を覗き込んで見ると。
「……くー……すー……」
 まあ、ある意味気を失っているのには近いが、どう見ても寝ているだけだった。涎を垂らし、おまけに立派な鼻ちょうちんまで膨れている。よくもまあ、こんな典型的な寝顔が出来るものだと、ある種の感動を覚えるコルセスであった。
「いや、それにしたってどんだけ寝んのはえーんだよ。あれからまだ数分も経ってねーぞオイ」
 安心したのか単に疲れきったのかは分からないが、非常に気持ちよさそうである。
 だがこのまま置いておくわけにはいかない。ここは獣たちが狩りをする森なのだ。放っておいたら、また襲われるのがオチだ。
「ほれ起きろ」
 軽く頭を小突いてやるが、起きる気配がない。少し強めに揺すっても同様。
 それを見てコルセスは、徐に左拳を握りしめ、熟睡している少年の脳天めがけて垂直に振り下ろした。

 ――ゴッ――

 頭蓋が陥没したのではないかと言う程、中々危険な音が響く。
「んぐぁ……い……ってーーーーーー!」
 ここまで痛烈な起こされ方をすれば、当然眼も覚めるだろう。少年は頭を抱えて、ゴロゴロと地面を転がりながら悶えている。
「起きたかクソガキ。んで、怪我はねーのか?」
 地面を転がっている少年を眺めつつ、煙草を立ち上がりながら取り出し、火を点けつつも一応問うておくコルセス。
「あ、頭が……頭が割れたかと思うほどイテェ……」
「ああ、それなら気のせいだ。安心しろ」
 口から紫煙を吐き出し、一服しながら平然と言ってのけるのだった。
「それはそうと、こんな森の中に何の用だ? 此処の森には肉食獣が出るって事くらい、この辺に住んでる奴なら知ってんだろ」
 ようやく痛みが引いてきたのか、コルセスは少年が落ち付いてきた所を見計らって事情を聞こうとする。この森はコルセスが狩りに来た肉食獣の他にも、何種類か凶暴な動物が生息している。
 街道から見ればそれほど広く見えないが、見た目よりもかなり奥行きがあり、入ってみると思ったより広大な森なのだ。獣を退ける自身が無いなら、地元の人間はあまり近づかないと、街の軍支部からコルセスは話を聞いている。
 少年の出で立ちは、どこからどうみても素人のそれだ。とても獣を退けるほどの技量があるとは思えないし、実際こうやって命からがら遁走している。
「あー……ちょっと食糧難で。何か食べられる物でもないか、探しに来たんだ。食べられそうな木の実とか、結構見つかったから喜んでたんだけど、気が付いたらあの犬みたいなのに追いかけられてて……」
 少年は、ばつが悪そうな表情をしながら語る。死ぬ気で全力疾走した為だろう、未だ膝が笑って立ち上がれない様子だ。
「食糧難だ? 家が貧しいのか」
「ま、まあそんなとこかな。あはははは……」
 くわえ煙草をふかしながら、半眼で見下ろしてくるコルセスの視線に耐えかねるように、少年は目をそらして乾いた笑い声をあげる。
 その様子を訝しげに眺めながら、コルセスは一度深く息を吐いた。吐き出された息に含まれた大量の煙が、コルセスの顔を覆う。
「とにかく、早いところ街に戻るぞ。ここにいればまた襲われる。ま、こんな風にな」
 と、突然コルセスが少年の背後に向かって、担いでいた木の棒(獣付き)を、思いっきり放り投げた。
 投げられた棒は、少年の頭上を通り越え、ガツーンと硬い物に当たる様な音がする。
 何をしたのか気になった少年が、上半身と首だけを捻って後ろを振り向くと、先ほど自分が追いかけられていた獣と、同じような外見の獣が2頭ほど転がっていた。
 一頭は今コルセスが投げた棒に縛られていた獣だが、もう一頭はどうやらその棒に頭を撃ち抜かれて気絶したものだ。
 ただし、その状況を見ても、少年には何が起こったのかさっぱり分からないのだった。気を失っている獣と、コルセスの顔を交互に眺めながら疑問符を浮かべている。
「こいつは……さっき逃がした奴だな。丁度良い、こいつもオマケで持って帰るか」
 そんな少年を余所に、コルセスは気を失った獣を確認してから、持っていた棒に新たな一頭を加える為に縛り付けている。今の衝撃で、棒に縛られていた方の獣が起き出してもがいているようだが、コルセスは全く気にしていない。
「えーと、もしかしてオレを助けてくれたのって、あんたなのか?」
 コルセスが手際よく獣を扱っている所を見て、直感的にそう感じた少年は、思ったことを正直に発言してみた。
「あ? 今更気がついたのか? 他に誰が助けんだよ」
 ここには少年とコルセスしかいない。どう考えても、他に助けてくれるような人物は居ない。
「あそっか。助かった、サンキュー。あ、オレはゲイン・カシュールだ。あんたは?」
 そう言いながら、未だ立てないでいる少年、ゲインは、コルセスに向かって自己紹介をした。
 だが、獣を縛り終えた棒を肩に担いだコルセスは、ゲインに近づくと、無言で頭に拳骨を振り下ろした。
「いってー! 何すんだよ!」
 再び頭を押さえて、涙目になりながら文句を言うゲイン。
「うるせぇ。言葉づかいに少しは気をつけろ、クソガキ」
 そう言うコルセスこそ、お世辞にも言葉づかいが上品と言えない。
「あんただって似たようなモンだろ」
 というゲインの主張は尤もであるが。
「お前みたいなクソガキに、敬語使う理由があんのかよ。助けてやったんだ、文句言うな」
 吸い終わった煙草を口から放し、地面に落して踏みつぶしながら、ゲインの主張を一蹴するコルセスであった。
「思ったんだけど。ところであんたは、何やってんだ? そんな犬二匹も捕まえて。食うのか?」
 指摘されても直す気はないのか、懲りずに先ほど同様の口調でゲインは話しかける。そもそも、敬語というのがどういったものなのか、殆ど分かっていないのかもしれない。
 呆れたように息を吐くと、コルセスは左手でゲインの襟首を鷲掴みし、そのまま無理矢理立ち上がらせた。
「うわ!」
「あんまり長居すっと、また余計なのが寄ってくる。歩きながら教えてやっから、さっさと行くぞ」
 まだゲインの膝は笑っているので、無理やり立たせても簡単には立っていられない。再び膝から崩れ落ちるように、ゲインは地面にへたり込んでしまう。
「言っておくが、このままそこに座ってんなら、俺はもう知らねぇ。また襲われんのが嫌なら、さくさく歩け」
 それだけ言うと、新しい煙草を懐から取り出し、火を付けながらコルセスはゲインに背を向けて歩いて行く。それを見て焦ったゲインは、無理やり膝に力を入れて後を追った。


次へ
プロローグ
 寒村。
 部下を引き連れた男が訪れたのは、そんな言葉が似合うほど、何も無い村だった。
 まばらに建っている家と、あまり豊かとは言えない田畑。村人は細々と生活し、生きているだけで精一杯な毎日を送っている。
 それでも村人達の顔には暗い影など無く、むしろ快活とした表情が窺える。
 それがこの村の姿だった。どこにでもある、普通の村。貧しくはあるだろうが、滅びに面している訳ではない。
 とはいえ、それは村という範囲で見た場合だ。個々の人々それぞれを見るのであれば、まさに滅びようとしている者も、当然ながら存在する。
 この村に建つ、ごく小さな孤児院は、そんな状況に陥り、生きる事が困難になった家の子供を引き取る施設であった。勿論無償で育てる訳ではない。預けられた子供は相応の歳になると、生きる為に農作業などの仕事を与えられて働くのだ。当然ながら、生きるだけで精一杯だ。
 男が国から派遣されて訪れた、そんな小さな孤児院。今にも崩れ落ちそうなほど古びたその建物の中で生活している、1人の少女に用事があったのだ。
「こいつが……第一級危険分子……?」
 笑顔になれば愛らしいのであろうが、表情というものがあるのか疑いたくなるほど、無表情が張り付いている顔。光が灯っておらず、冷たさすら感じられる瞳。そして頭には、おおよそその少女には不釣り合いなほど不気味な造形をしている、謎の仮面。
 薄気味悪い笑顔を湛えたその仮面は、まるで少女が見るものすべてを睥睨してるかのようだ。
「何、私に、用事?」
 少女は表情を変えず、自らの前に立つ数人の大人たちを見上げる。
 全員軍服に身を包み、武器を携帯している大人たちを相手にしているというのに、全くと言って良いほど怯えも恐怖も無いし、だからと言って逆に歓喜や羨望も無い。
 目の前に居るのは、年端もいかない少女だというのに、男はなにか肌寒いものを感じた。
 容姿は間違いない、華奢な普通の少女なのだ。しかしその雰囲気や佇まいだけが異様。
「一体何なんだこのガキ……それに、こいつが危険分子……?」
 男は小隊の隊長であり、第一級危険分子に成り得る人物の確保という命令を受けていた。だが、こんな少女が対象だとは聞かされていない。それに、間違いなく異様な少女ではあるが、どう見ても危険を孕んだ存在には見えない。
「……一体何が危険だっつうんだよ」
 この時彼が、少女についての報告を聞かされていたのなら、まだ対処のしようもあっただろう。
 彼の部下の一人が、受けた命令を遂行しようと、少女の腕を掴んだのだ。少女は先ほど述べたとおり、華奢だ。そんな少女の腕を、軍で訓練した屈強な人間が掴んだ事となる。
 少女にしてみれば、それが不快であり、多少の痛みも発生したのだろう。だから自らの視線を、掴んでいる者へ向けて、一言こう言ったのだった。
「……変態」
 一瞬、男には何が起こったのか分からなかった。少女が部下に向かって言葉を発したと思ったら、少女が頭に付けている仮面の目から光が漏れ始めた。分かったのはそれだけである。
 男が少女の腕を掴んだ部下に視線を向けると、その時にはもう部下は真っ黒く炭化していたのだ。
 何が起こったのか理解できた者は居ない。この場にいる人間全てが、状況を飲み込めていない。
「……それで、何?」
 少女は腕に残った人間であったものの腕を払いながら、再び男たちに質問をする。炭化した身体はボロボロと崩れ、地面には単なる黒い山が出来上がった。これが元々人間であったと思う者は、居ないだろう。
 そう。この少女には、人としての大切な感情が、大きく欠落しているのであった。喜怒哀楽という、最も簡単な感情そのものが『無い』のだ。
 当然ながら、そこには他人を労わる心も芽生えない。
「……ああ、そうだな。お前を迎えに来た。一緒に来てくれ」
 第一級危険分子。その意味を理解した男は、自分に与えられた命令の危険性を再確認した。
 そしてそれを踏まえ、この少女に向けて、男は手を差し出す。
 男の部下たちは、冷や汗を流しながら男を凝視する。男の行為は、誰の目から見ても自殺行為としか思えなかった。
 ここで少女の機嫌を損ねれば、確実に男も部下と同じ道を辿るだろう。だが、少しでも話が通じるのかどうか、男は知りたかったのだ。もし拒絶するようであれば、即刻息の根を止めろという命令も来ている。
 しかしたとえ危険な人物だとしても、男には年端もいかない少女に手をかけたくは無かった。
 ここで少女が、先ほどと同じような行動を取ったのならば、残った男の部下が少女を葬る。
 だからこそ男は、少女に手を差し出したのだ。
 そんな差し出された手を眺めながら、少女は答えた。
「分かった。どこまで、行くの?」
 その手を取りはしないものの、少女は応じた。
「ああ、ちっと遠いが、王都だ。安心しな、悪いようにはしねーぜ」
 出していた手を降ろし、内心安堵をしながら、男は笑顔を作って見せた。
 会話は通じるのだ。感情が無いのなら、教えて行ってやればいい。やがてこの少女も、笑って答えてくれるだろう。

 この少女の名前は、ファルク・ウィックレーという。
 その身に持つ危険性から、産みの親に見捨てられ、孤児院の中でも化け物同様に扱われてきた女の子。
 そんな少女を命令により王都へ連れて行くと、孤児院の管理者に伝えた時に、その管理者が浮かべた心の底から安堵するような顔を、男は一生忘れないだろうと思った。


第1話『仮面の少女』へ
素顔の仮面へのリンク
メラウとバリセラス5
 さて、タガルが観客達の怒りの処理をしている頃、メラウはどうしたかと言うと。
「さ~て、どこに泊まろうかしらね~」
 宿を探していた。辺りも少しずつ暗くなってきているので、早めに見つけたいのだろう。それに、夕食のこともある。
「んー、どこが良いかな。まあどこでも良いわよね。じゃああそこにしよ」
 メラウが選んだのは、ちょうど目の前にあった小さな民宿だ。ちょっと汚い上に、少しばかり壊れているところがあるような所ではあるが、メラウは気にしていないらしい。
「すいませーん。泊まりたいんだけど、誰かいるー?」
 メラウは玄関の扉を開け、大声でこの民宿の人を呼ぶ。すると奥から、小柄で気の弱そうなおじさんが出てきた。どうやらここの宿主のようだ。
「ただいま参ります。
 ご利用ありがとうございます……ん?あ、あなたは!」
 宿主はメラウの顔をみると、目を見開いて驚いている。
「うい?私のこと知ってるの?」
「はい、それはもう。あなたのおかげで助かりましたから。そうそう申し送れました、私(わたくし)はここの宿主のコクロウ・セキと申します」
 と、コウロウは頭を下げる。
「えと、私はメラウ・クレメーア。ところであなたに何かした?ぜんぜん覚えてないけど」
「ええ、それはもう大変なことを」
 なんでも、このおじさんはかなりの借金を抱えていたそうだ。返済期日も近いのに、金を稼ぐ当ても無く、利子を払うこともできそうに無かったらしい。
 なにせ女房と子供はコクロウを見捨て数日前に家から出て行ってしまったくらいだ。
 このまま金も無いまま返済期日を迎えれば、どうなるかは言うまでもないだろう。だがそんな時に、一筋の光が見えた。ギャンブルである。
 こんな時に遊んでいる暇があるのか!と思う人もいるだろうが、彼は本気だったのだ。少ない金をかき集めて近くの格闘場へ行き、なるべく多くの金を稼ぐため、あえて勝機の薄いメラウに賭けた。普通なら彼の人生はそこで終わったも同然なのだが、知っての通り、メラウは当然のように勝ってしまった。
 しかもそれで運が回ってきたらしく、今日一日さまざまなギャンブルに手を出しては、大儲けしてきたそうなのだ。
「おかげで借金は全額返済できて、この建物の改装工事もできそうなくらい、お金に余裕ができました。これもメラウさんさまさまですよ。本当にありがとうございます」
「それは良かったわね。じゃあ何かおごってよー」
「良いですとも。では今晩の宿代とお食事は無料(タダ)ということで、どうでしょうか?」
「ホント?!やったーーー」
 メラウは半ば冗談で言っていたつもりだったのだが。それが通ってしまったので、文字通り両手(もろて)を上げて喜んでいる。だがもしここで、先ほどの食堂のことを知っている人間がいたとすればこう言っただろう『止めたほうが良いんじゃないか?』と。そして案の定。
「じゃあここで作れる料理、全部2品ずつお願いねー。あ、追加注文とかもできる?もし足りなかったらするから。そうそう、ルームサービスとかもお願いね!」
 こうなったりする。しかも先ほどより増えている模様。
「はい?ああ、冗談ですか。ハハハ、メラウさんもお人が悪い」
 冷や汗を流しながら営業スマイルでそれを流そうとするコクロウ。
「冗談?私、大真面目のつもりだけど」
 メラウは椅子に座りながら当然のように言い放つ。全く容赦が無い。
「…………」
 コクロウの冷や汗は大量に増加、顔は営業スマイルのままで固定、しかも若干引きつっている。
 この状況でメラウも注文通りの物を作って出すことになれば、それはもう途轍もなく大変な事になる。材料費もそうだが、作る人手が足りないのだ。
 現在ここの宿を経営しているのはコクロウ1人。従業員もいない。妻と子供は、どこか遠い空の下。これでは何十品も1人で作らなければならない。
 今更ながらメラウを宿に泊めた上、宿代食事代すべておごると言ったことを後悔したコクロウ。これでは骨折り損のくたびれ儲けに他ならない。しかもそれを言い出したのは自分だ、こうなった以上断るわけにはいかない。と言うより断れない。
「……分かりました、少々お待ちください!」
 覚悟が決まったようだ。コクロウは近くにあった手ぬぐいを掴んで頭に巻き、もうヤケだと言わんばかりに厨房に突撃していった。
までは良かったのだが。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」
 厨房に入った際に、止まろうとしたが勢いを殺しきれず、そのまま何かに突っ込んだらしい。なにやら床の上で騒ぎながらもがいている。
「ぐうー……すうー……こー……」
 しかしメラウはすでに椅子に座って寝息を立てている。そのためコクロウが騒いでいることに気付いていない。
「あぁぁぁぁぁ!」
 騒ぎながらもがくコクロウ。
「くー……すー……かー……」
 まったく気付かず爆睡するメラウ。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「すぴー……すこー……すいー……」
「しぬぅぅぅぅ!」
「ぐー……ぐがー……ぐごー……」
 なんだかコクロウが可哀想な気もするが、メラウが気付かないんだからしょうがない。おかげで隣に住んでいるおばちゃんが何事かとやってくるまでの間、しばらくこれが続いた。


「大丈夫かい?コクロウさん。一体何が起こったんだい?」
「す、すみません。ちょっと張り切りすぎてしまいまして……」
 メラウの座っている椅子の後ろの椅子に腰をかけている状態で、コクロウは隣のおばちゃんに包帯を巻かれながら、どういう経緯で怪我をしたのかをかいつまんで話した。
「それは自業自得ってやつなんじゃないかい?」
「はい……その通りです…………」
「それにしてもあのメラウって娘(こ)、よく寝るねぇ。まだ起きないよ」
 おばちゃんは、後ろで未(いま)だに爆睡しているメラウの方を向く。起きる気配は微塵も無い。
「よし、これで終了。今度は気をつけるんだよ」
 包帯を巻き終えたらしい。おばちゃんは包帯の入っていた救急箱のようなものを片付け、帰ろうとする。随分と親切なおばちゃんのようだ。あまりにもコクロウが騒ぎ過ぎて仕方がなかっただけかもしれないが。
「ありがとうございます。助かりました」
 コクロウは頭を下げて礼を言った後、おばちゃんを見送った。
「あ、そうだ忘れてた。早く料理つくらなきゃ。かなり遅くなったな」
 おばちゃんを見送った後、自滅したおかげで全く料理していないことを思い出す。
「もうかなり暗くもなってきてるし、早く作らなければメラウさんが起きた時に、怒られてしまうな」
 などと言いながら厨房に立ちさっさと料理を作ろうとする。しかしそこに、今はあまり聞きたくない声が聞こえてきた。
「ねー料理まだなの?いつまで待たせるのよー」
 メラウだ。今まで完全に爆睡していたはずなのに、なぜか起きている。
「え?わ!メ、メラウさん!い一体いつの間に起きたんです?」
「いつの間にって、今だけど」
 そう言うメラウの様子には、寝起きの後の倦怠感(けんたいかん)などが全く見られない。本当に寝ていたのかどうか怪しいくらいにサッパリしている。
「あれ?その手と頭にある包帯、どうしたの?」
「あ、これですか?何でもありませんので気にしないでください」
「何でもないって、血が滲んでるじゃない。大丈夫?ちょっと見せてみて」
 コクロウの手と頭に包帯が巻かれていて、しかも少し血で赤くなっているのに気づいたメラウは、怪我を見るためにがっちりとコクロウの頭をつかむ。
「痛い痛い。メラウさん止めてください、痛いです。治療ならもうしましたから大丈夫です」
 ナニマが抵抗するのも気にせず、メラウは問答無用で包帯を巻き取っていく。
「うわー。結構すごい怪我ね。痛くない?」
「だから痛いんですってば。なんで包帯とっちゃうんですか」
 せっかく隣のおばちゃんに巻いてもらった包帯を取られて、コクロウはかなり怒っている様子だ。当たり前のことだが。
「治すのよ。大丈夫、私のO・Hは『怪我を癒す』能力だから、こんな怪我なんてすぐに治るわ」 
 メラウはそう言いながら、コクロウの頭の怪我の部分に手をかざしている。 最初は抵抗していたが、メラウが言った意味を理解すると、おとなしくなっていた。
「はい、頭は終わり。それじゃあ手の方を出して」
「はい。お願いします」
 頭に続き、手の怪我を治すメラウ。コクロウも完全に身を任せている。そこでふと、コクロウは今の状況を考えた。
 現在この民宿にいる人間は自分とメラウの二人だけ。メラウはスタイル抜群な上、かなりの美人。しかもそのメラウは隣で自分の怪我を治してくれている真っ最中。そう考えたとたん、心臓の鼓動が跳ね上がる。
(こ、この状況は……やばい、何かがやばい。だけど……)
 そう考えながらコクロウは徐に横を向く、するとそこにはメラウのとても美しい顔があった。
「……!」
 さらに心臓の鼓動が早くなる。どくどくどくどくと、それはもういつ破裂してもおかしくないくらいに。
(どうするコクロウ、一体どうするんだコクロウ。こ、このシチュエーションで、どうすればいい?)
 心の中で自問自答する。しかも思考はかなりヤバイ方向へと向かっていく。
(そ、そうだ。これは据え膳食わぬは男の恥、というものではないのか?いやそうに違いない!)
 完全に自分勝手な思考の末、もうどうしようもなく愚かな結論に達したコクロウ。
 当然、このような結論に至(いた)った後に行(おこな)う行動と言えば、大体決まっているだろう。ということで。
「メ、メラウさーん!」
 コクロウは体に存在する全てのリミッターを解除し、煩悩をフル活動させた。体の内に潜む欲望と言う名の猛獣が体に憑依したかのごとく、メラウに覆いかぶさるように抱きついた。
 か弱い乙女であるメラウの体は、欲望の化身と化したコクロウに蹂躙されて――いくことは無かった。当然ながら。
 なにしろメラウは190cm以上もある大男を殴り飛ばしたような少女である。コクロウ程度の小柄なおじさんなど、遊び相手にもなるまい。
 そのことを完全に失念していたコクロウは、半死半生どころか、生きているのが不思議なくらいに蹂躙された後、メラウの注文通りに働いた。いや、こき使われたそうな……合唱。



第2話『蒼髪の悪魔』へ
メラウとバリセラス4
 その晩バリセラスは村長の家に招かれた。
 あまり大きな家ではなかったが、比較的田舎の村なので土地が広い。その為村人の殆どを呼んでパーティを開けるほどに庭が広大だ。
 ざっと眺めただけでも、100人以上は居るだろう。よく見ると、バリセラスに挑みかかったあの5人兄弟もいるようだ。並べられている料理を早速がっついている。
「どうもありがとうございました」
 バリセラスが居心地悪そうに佇(たたず)んでいるところに、1人の老人が声を掛けてきた。にこやかな顔をした人の良さそうな老人だ。
 老人はバリセラスの横に並ぶと、何かのグラスを手渡した。酒の類だと思ったが、匂いから察するに普通のジュースのようだ。
「すまない」
「いえいえ、あなた様はこの村の恩人です。ささ、思う存分お召し上がり下さい。
 ああ、申し送れました。私は村長のジーマ・ニルスツと申します」
「バリセラス・ガルガートだ。そういえばまだ名乗っていなかったな」
 思う存分と言われたので、とりあえず目の前にあった肉を自分の皿に盛る。何の肉かは分からなかったが、なかなか美味そうだ。
「まことに助かりました。これで意味のない献金や、竜の恐怖から開放されます」
「そうだな。だが野獣などの駆除役がいなくなるぞ?」
「竜より野獣のほうが駆除しやすいのはお分かりでしょう。それに竜と言う獲物も増えて、食糧も増えます」
 竜はコルドの目が光っていない場所では、食糧として狩られているのが一般的だ。
 バリセラスとて、その程度のことは知っているのだが、念のために聞いたのだ。
 自分の皿に盛った肉を食べようとしていたバリセラスだが、ふと何かを思いその肉をよく見てみる。
「この肉、まさか竜の肉か?」
「その通りでございます。昨晩村を襲った1体の竜がおりまして、何とか捕獲しました。教会に引き渡そうと檻の中に入れておいたのですが、バリセラス様が教会を潰していただいたお蔭で、このように食用とすることが出来ました」
 そう言われたバリセラスは、肉を口に運んでみる。
「とても美味い肉だ」
「ありがとうございます。どんどん召し上がってください」
「分かった」
 言われた通りに目の前に置かれている料理に手をつけていく。どれも美味かった。
 とそこへ、昼間のリーダー格らしきおばさんが村長の横に現れる。
「お父さん、準備が出来ましたよ」
 このおばさんは村長の娘のようだ。どうやら何かを伝えにきたらしい。
 村長はその言葉を聞くと、それは嬉しそうな顔になった。今までも嬉しそうではあったが、それとは比べ物にならないほどだ。
「おお、そうかそうか。ようやく終わったか。思ったより時間が掛かったな」
「ええ。なにぶん急な話でしたからね。でももう大丈夫ですよ」
「バリセラスさん。孫の準備が整いましたので、こちらに来てはいただけませんか?」
 バリセラスをもてなす為の催し物の準備をしていたようだ。このパーティを開くと決まったときに計画されたのだろう。
「なにか始まるのか?」
「ええそれはもう。きっと気に入ってもらえることでしょう」
 村長はバリセラスの腕を掴み、簡易的なステージの前に連れて行く。ステージの周りには、かなりの人だかりが出来上がっている。1000人近くは居るだろう。食事よりもこちらがメインのようだ。椅子が無いのでそれぞれ地面に布を敷いて適当に座っている。
 バリセラスはステージの真ん前に座るように言われ、そこに腰を下ろした。村長たちは横に座る。
「ではこれより、サナリィ・ニルスツによる舞(まい)をご披露いたします。どうぞ皆様、最後まで御覧ください」
『わーーーーーーー』
 大地を割るような歓声が響き渡る。その歓声に答えるように妖精のようなドレスに身を包んだ20歳程度の女性が一人、ステージに上がって行く。その女性が村長の孫、サナリィだろう。艶(あで)やかさは無いが、いい香りがする可憐な花のような女性だ。
「よろしくお願いします」
 澄んだ声で挨拶をして、頭を下げる。するとステージの横に待機している楽器を持った人間が曲を奏で始める。少女は前を向くと、両手を振り上げ舞を披露する。
「ほう……」
 バリセラスは思わず息を飲んだ。サナリィという女性は、それほど美しく写ったのだ。
 飛行系のO・Hを使っているらしく、空中を優雅に舞っている。曲と共にドレスを風に靡(なび)かせて舞うその姿は、風に戯れる妖精そのものであった。
 周りにいる観客などは呼吸をも忘れたかのように見つめている。
10分ほど過ぎ、サナリィは舞いを終えたのであろう、空から降りてきた。
『わーーーーーーー』
 再び大地を割るような歓声が響き渡る。その中でサナリィは頭を下げ、ステージから降り、そのままバリセラス達が座っている所へ歩いてくる。
「初めまして、サナリィ・ニルスツと申します」
 サナリィはバリセラスの前へ来ると、挨拶をして頭を下げてから座った。
「どうでしたかな、バリセラスさん。私の自慢の孫娘です。この子は「風に乗って飛ぶ」というO・Hを持っていましてな、このような祝い事の場ではよく舞うのです」
「ああ、確かに綺麗だった」
 バリセラスは素直に感想を述べる。元よりお世辞を言う人間ではないのだが。
「あ、ありがとうございます……」
 村民がこれほどの歓声を浴びせるほどだ、美しいと褒められるのは慣れているだろうに、サナリィは顔を赤らめて俯(うつむ)いてしまった。
「喜んでもらえましたか。それなら急いで準備した甲斐があります」
 孫を褒められて村長は随分ご満悦のようだ。
「俺の為にわざわざ用意してくれたのか。それはすまないな」
「とんでもない。この程度のこと、して当たり前ですよ」
 バリセラスはしばし何かを考える。
「そうか……。では欲しい者が有るのだが、頼めないか?」
「ええ、なんなりと!」
 横に座っているあのおばさんが村長の言葉に対して、「そんな安請け合いを!」と目で訴えていたりするが、村長は気づいていない。
「数週間分の食糧と100セイルほど貰えないだろうか。明日ここを発(た)つ積もりなので、早めに用意してもらえるとありがたい」
「…………」
「駄目か?」
「それだけでいいのですか?」
 村長は信じられなさそうに首をかしげている。
「ああ。他に必要なものはないからな」
「武器や防具なども如何でしょうか?」
「能力上その辺で調達できる。大丈夫だ」
 なんだか納得いかないようで、しかめっ面をさらしている。ちなみにサナリィは未だに顔を赤らめて、バリセラスの方をチラチラ盗み見るようにしている。
「そうです!孫を、孫を嫁に差し出しましょう!」
『ええ!?』
 村長の暴言を聞いて、周りの人間すべてが同じように悲鳴のような声を上げた。まあ当たり前だろう。
「お父さん、そんな勝手に!」
「そうだそうだ、サナリィちゃんの意見も聞かずに勝手に決めるなー!」
「なに考えてんだじじい!」
「サナリィ先生がいなくなったら、誰が子供たちに勉強を教えるんですか!」
 周りの人間、仮にも村長に言いたい放題である。サナリィとはそれほどこの村の人間に好かれているのだろう。ついでに、この村では教職に就いているらしい。
「あのー……私は……」
 そこで本人がようやく口を出す。皆そちらを向いて次の言葉を待った。
「私は……その……構いません……」
『ええ!?』
 サナリィの言葉を聞いて周りの人間が再び悲鳴のような声を上げた。
「サナリィ、ほんとかい?」
「ええ……」
「確かにその気持ち、分からないでもないけど」
 おばさんはチラッとバリセラスの方を覗いてみる。
 目が少し釣り上がっていて怖いイメージがあるのだが、顔立ちがとてもよく整っており、文句なしの美形だ。娘が結婚しても構わないというのが分かる気がする。
「そうかいサナリィ……これから寂しくなるねぇ」
「そうだな……」
 雰囲気が完全にサナリィ嫁ぎモードになっている。
「ちょっと待て、俺の意見は聞かないのか?」
 横で微妙に忘れられていた存在のバリセラスが抗議の声を上げた。
「どうしました。私自慢の孫である、このサナリィを嫁に貰うのが不満なのですか?」
「そうじゃない。だが、別に嫁など必要としていない」
「あの、私じゃ駄目でしょうか……?」
 村長は怒っている眼で、サナリィはすがるような目でバリセラスを見ている。周りの人間は、特に男が恨みがましいような視線を発している。
「この野郎、サナリィちゃんが頼んでるのに断る気か?」
「オレとタイマンで勝負しやがれーー」
「サナリィいいな~。私もお嫁さん候補に立候補したいかも」
 またもや周りの人間言いたい放題だ。バリセラスは「お前らは良いのか悪いのかどっちなんだ」と呟いている。
「じゃあ聞くが、俺はある男を捜して殺すために教会を破壊して回っているんだぞ。そんな危ないところで、この人を連れまわして良いのか?」
「それは……」
「バリセラスさんが守ってくれれば」
 村長は口篭るが、サナリィはまだ諦めて無い様だ。
「正直言って、俺自身の命がどこまで続くか分からない。守る対象が増えればそれだけ死ぬ確立が高くなる。そして俺が死んだら、間違いなく殺されるか、辱(はずかし)めを受けるだろう。それでもいいのか?」
 一同沈黙する。
「ということだ。すまないが、止めてほしい」
「……分かりました」
「気持ちだけは有り難く受け取っておく」
 話はこれで終わっただろうと思い、その場から立ち去り宿に行こうとする。
「では、今晩だけでも夜伽を……」
「くどい!」
 お前はそんなに孫を嫁がせたいのか。そう考えるバリセラスであった。


続きへ
メラウとバリセラス3
「あ~美味しかった。人間たまには贅沢が必要よね~」
 その後メラウは、注文した大量の料理を全部しっかり1人で食べきり、食堂を後にした。メラウが痩躯なのは変わらないが、いったいこの細い体のどこに、その大量の料理が入ったのかは謎である。
「あと1940セイルくらいかな。今日はちゃんとした宿に泊まって、フカフカのベッドに寝るとしよう」
 などと、今後の予定を考えながら歩いていたメラウの表情が、不意に深刻な顔に変わり、動きが止まる。
「囲まれたわね……。何、なんか用?確か、タガルだっけ?」
 メラウがそう言うと、物陰から筋骨隆々とした男が現れる。
「へ~。覚えててくれたか。そいつはうれしいな」
 その男、タガルは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらメラウに近づいてくる。その周りからは、どこに隠れていたのか、ぞろぞろと百人ほど出てくる。
「一応記憶力はいいのよ。しかし、いかにもって感じで出てくるわねぇ。それも、こんなに仲間集めて」
「集めたんじゃねえよ。集まったんだ。なんせ、ほとんど観客だからな」
「観客?ああ、負けた腹いせね。よくあなたがやられなかったわね」
 人は必ずなにか特殊な能力、O・Hを持っている。5千人近い人間がいれば、間違いなくさまざまな能力が飛び交う。そんな中をたった一人で戦える人間はそうはいない。
 負けたのはタガルなので、観客の怒りの矛先が向くのは、普通に考えてタガルだろう。だがタガルは見たところ、ピンピンしている。
「お前が反則技を使って勝ったからだ。じゃなきゃ俺が負ける訳無いからな。そう言ったらあっさり付いてきたぜ」
「反則技~?私が?あなた頭大丈夫?」
 メラウが、一言ごとに首を少しずつ捻りながら言う。
「おいおい、まだ認めない気か?ならはっきり言ってやろう。お前、O・H使っただろ、あの試合の最中に、堂々とな」
 ほとんどの闘技場は、O・Hの使用が禁止されている。戦闘向きなO・Hを持たない人間でも参戦可能にするためと、強すぎるO・Hによって死ぬ人間を出さないためだ。
 闘技場は基本的に誰でも参加可能であるが、攻撃用のO・Hを持たない人間は参加し辛い。それに、下手にO・Hを使われれば簡単に死人が出る場合がある。
 あの闘技場もその例に漏れず、O・Hの使用は禁じられている。
「堂々とって。それじゃあ私がどんな能力だか分かるの?」
 メラウは半ばあきれたように言う。だがタガルは、自信満々に、
「当たり前だ!それは……衝撃波だ!!」
 と声高らかに叫んだが。
「違う」
 メラウに即答される。
「じゃあ空気を操る能力だ!」
「はずれ」
「それじゃあ爆発系の……」
「いいえ」
 などという不毛なやり取りを分十数分ほど続け、メラウは精神的に疲れ果てていた。まわりの観客などはとても暇そうにしている。
「ねえ……これいつまで続けるの……多分当たらないわよ?永遠に」
 メラウが頭を押さえながら言う。
「んだと?」
 メラウの言葉に、タガルが他に何の能力があるか考えるのを中断し、怒鳴る。
「だって、私のO・Hは戦闘用じゃないし。あえて言うなら戦闘補助かな?」
「補助? なら防御力場展開の能力や筋力増加能力か!」
 タガルのこの言葉に、メラウの怒りが爆発した。
「ええい、いい加減にしろ! ぜんぜん、全く、これっぽっちも合ってないわよ!」
 そしてメラウの怒りにつられてタガルも怒りだす。
「じゃあなんだ、言ってみろ!」
「なにそれ!ほとんど逆ギレじゃない、あんた何様のつもりよ!」
「てめえに指図される理由は無ぇ、さっさと答えやがれ!」
「ええ分かったわよ!私のO・Hは『怪我を癒す』O・Hよ!」
「ならさっさとそう言え、もったいぶってんじゃねえ!」
「あんたがいつまでも当てないのが悪いんでしょうが、人のせいにするな!」
「人のせいだぁ?だいたいお前がO・Hなんぞ使ったのが悪いんじゃねぇか!」
「そんなもの使ってないって言ってんでしょうが!ったく頭悪いわねー」
「んだと。誰が頭悪いって?あぁ?」
「あんたよあんた、他に誰がいるのよ。そんなことも分からないから頭悪いのよ!」
「言わせておけばこのアマァ……」
「言わせておけば、ですって?あんたには言われたくないわよ!」
「生意気な小娘が。その口、二度と利けなくしてやる!」
「そのつもりでここに来たんでしょうが、白々しい!来るならさっさと来なさい!」
 まさに売り言葉に買い言葉である。周りの空気はどんどん悪化して行き、メラウとタガルは一触即発の状態だ。両者とも何かのきっかけで飛び掛って行きそうな雰囲気である。
「ちょっと待ってくれ」
 と、そこに観客の一人が二人を止めようと声をかける。が、
「なんだ!」
「なによ!」
 同時に叫ぶ。
 観客の制止によって飛び掛り損ねた、タガルのメラウの気迫に押されてしまう。だがその観客は、弱々しくながらも何とか言葉を続ける。
「えぇー……とですね……タガルさん。たぶん、メラウさんがO・Hを使っていなくとも、タガルさんは負けていたと思います……」
「んな訳ねーだろーが!俺が負けると思うか、あぁ?」
 タガルがその観客に向かっていき、胸ぐらを掴み怒鳴る。その威圧と声に負けて、その観客の声はさらに弱々しくなってしまう。
「す、すいません!で、ですが、メラウさんのO・Hは怪我を直す能力なのでしょう……?でしたら、メラウさんはタガルさんの攻撃を受けていなかったので、結果は変わらなかったと思います……はい……」
 その観客が言い終わると、タガルは怒ってその観客をメラウの方に投げる。だが周りの観客は、その観客の説明を聞き、口々に「ああ、確かに」と納得している。
 元々観客たちは、タガルが負けたことに怒っていたので、あっさりとメラウに対しての怒りが引いていき。再び観客たちの怒りの矛先はタガルへと向き始める。
「な、なんだよ……こ、この女が嘘を言ってるかもしんねーんだぞ!?」
 流石に観客全員に睨まれて、尻込みしながらタガルが言う。
「じゃあ見せましょうか?」
 なにやら勝ち誇った顔でメラウはそう観客たちとタガルに宣言し、ちょうど目の前に飛んできた観客の前に立った。
「あなた怪我は無い?あるなら見せて」
「えぇ?あ、はい……」
 性格はどうあれ、一応美女であるメラウに優しくされ、ドキリとしながらもその観客は、いそいそとタガルに投げられてできた右腕と左足部分の怪我をメラウに見せ始める。
「右腕と右足だけね。分かった」
 メラウはその観客の右腕の怪部分のすぐ上に手をかざす。するとメラウの手から光が放たれる。やがてその光に当てられた右腕の怪我は、跡形もなく消えていた。
「はい、これでおしまい。どう、治ってるでしょ?」
「え、ええ。傷もなくなっていますし、痛くもないです。
 すいません、ありがとうございます」
 その観客は、頬を赤らめながらメラウに礼を言う。
 それを聞くや否やメラウは、
「ほ~ら、嘘は言ってないでしょ?タガルさ~ん」
 イヤミったらしく、タガルに向かって不敵な笑みを浮かべる。なんともいい性格をしているようだ。
「くっ、じ、じゃあ二重能力者(ダブラー)だ!」
 まだ引き下がる気が無いのか、タガルは苦し紛れにそんなことを言う。
「ダブラー?あんたねぇ、そんなのがほいほい町の中を歩いているわけ無いでしょうが。ダブラーがどれだけ珍しいか分かってる?」
 二重能力者(ダブラー)とは、生まれながらにして二つのO・Hをもつ者のことだ。
 通常人は一種類のO・Hしか持たないが、突然変異で稀に二種類のO・Hを持つ者が生まれてくることがある。当然二重能力者と言うぐらいなので、通常の人間より能力ははるかに高い。
 だがその確立は数万人に一人生まれるかどうかと言われるほどに希少で、生まれても、あまり見ることはできない。なぜならほぼ自動的に軍隊のエリートコースを歩き、数年で高い階級を与えられるからだ。
 ダブラーが生まれると、その家族はほぼ間違いなく自分の国の軍隊に連絡する。軍隊はダブラーをとても重宝し、そのダブラーの家族も丁重に扱うからだ。
 ダブラーのいる家族は王都などで裕福な生活を送れる。そのため、王都ならばありえなくもないが、ここのように大した規模ではない普通の町の中を、ほいほい歩いている訳が無いのだ。
 タガルとて、そのくらいは分かっているはずなのだが、悔しいため尚も食い下がる。 
「い、いや。ありえない話じゃ……」
「ありえないありえない。
 だいたい、ダブラーがわざわざ格闘場でお金稼いだりするほど、お金に困ってるわけ無いでしょう」
「ぐっ……」
「タガルさん、もう止めません?多分もう無理ですよ」
「そうだそうだ、完全にあんたの負けだ。諦めろ」
 観客たちは全員つまらなそうしていて、すでにメラウを咎(とが)める気は無いようだ。
「う……くっ…………」
 流石(さすが)のタガルも、これ以上は無理だと悟ったのか、何も言わなくなってしまった。
「すまないなメラウさん、変な因縁つけて」
「ああまったくじゃ。確証も無いことを理由に押しかけてしまって」
 観客たちは、自分たちが悪かったとメラウに詫びを入れる。
 賭けに負けたために起きたメラウへの怒りも、元はただの腹いせだったので、メラウが悪くないのが分かるとあっさりと引いていった。
「いいっていいて、あのタガルの馬鹿が悪いんだから。気にしないで」
 メラウも観客たちに対しての怒りは無かった為、簡単に許している。
「さて、それじゃあ俺たちはまだやることが残ってるから」
「そうそう、まだな……」
 そう観客達が言うや否や、タガルが取り囲まれる。
「さて……これからどうなるか分かってるよな?タガル」
「逃げられねえからな」
「安心して病院送りにしてやるよ」
 百人ほどいるの観客から殺気があふれ出す。どうやら怒り自体は収まっていなかった様子である。
「え?あ、そ、その……」
 タガルもこの人数の殺気に尻込みする。
ところでメラウはどうしたかと言うと。
「んじゃ、後始末がんばってね~」
 などと、右手をヒラヒラと振りながらさっさと歩いて行ってしまった。
「じゃあ、覚悟はいいか?」
「え~と、その~……許しては……」
「もらえると思うか?」
「もういい、殺るぞ!」
『おーう!』
 観客達がタガルに一斉に飛び掛る。
「ま、待て話せば、話せばきっと分かち合えるからって、うぎゃあーーーーーー!!!」
 こうして、夜が更けるで、近隣一帯にタガルの悲鳴と断末魔の叫び声が轟いたという。



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メラウとバリセラス2
 二人の人間が対峙している。
 片方は、飾り気が無い代わりに動きやすそうな服に身を包んだ少女。
 もう片方は、筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)で身長190cm以上もある大男。
「せい!」
 少女が気迫と共に拳を放った。
それをまともに受けた大男は、鈍い音を響かせながら吹き飛んでいく。
「タガル選手ダウン!」
 周りにいる観客が息をのむ中、試合続行可能かどうか確認するために、審判がタガルと言う選手に近寄る。
 だがタガルという選手は完全に沈黙していて、動く気配がない。取り敢えず審判は頬を軽く叩いてみるが、やはり反応がない。
 行動不能と確認した審判は、試合を止めるべく、敗者の名とその理由。そして、勝者の名を告げる。
「タガル選手試合続行不能。よって、勝者メラウ!」
 審判の判定が出ると、周りにいた観客からざわめきが起きる。だがその刹那、
「や……やった…………やったー勝ったーーー!」
「本当に勝っちまった。夢みたいだ!」
 と歓喜する人と、
「なにやってんだテメェ!そのデカイ体は飾りかカスが!」
「んな小娘に一人相手に負けてんじゃねーよ!」
 逆に怒り狂っている人もいる。
 それもそうだろう、ここは『リーア』という町の格闘場。あまり大きい町ではないが、それなりの規模の闘技場である。そのため当然賭け事が起こる。というより、賭け事をするために闘技場を開いているようなものだ。だから勝ち負けが出るのは当然だ。勝つ人がいれば負ける人がいる。それが賭け事なのだから。
 だが比率は怒り狂っている人の方が圧倒的に多い。観客は全員で5千人ほどいる。その中の約9割くらいだろうか。いやもっといる、だいだい95%くらいだろう。
 なにせ歓喜している人は、怒り狂っている人の間にちょこちょこ見られるくらいしかいないのだ。
 ではなぜそんなに怒り狂っている人のほうが圧倒的に多いのか。その理由は当然ながら試合をしていた選手にあった
 まず一人目は、今現在運び出されようとしている選手『タガル・ガッドス』。長身で筋骨隆々なのは先ほど述べた通りだが、この選手は51勝3敗2分で、しかも現在43連勝中というとんでもない成績を持っている選手だ。
 そして。
「イェ~イ。どうもどうも~♪」
 などと言いながらポーズをしていて、どう見ても負けた観客を挑発(ちょうはつ)しているようにしか見えない行為をしている、もう一人の選手『メラウ・クレメーア』。この選手は先に述べた通り少女で、見た目はお世辞でも強そうとは言えない。なぜなら、女性としてはとても好ましい体形ではあるが、どちらかというと華奢(きゃしゃ)な印象の方が強いからだ。身長は168cmと、女性で言えばやや長身ではあるが、相手が190以上もあるような大男だ。どう頑張っても小さく見えてしまう。
 大抵これを見たのなら、普通はタガルの方に賭けるだろう。メラウに賭けるのならば、勝ったときには膨大(ぼうだい)な金額を受け取ることができるが、相当なリスクを伴(ともな)う。そのため、メラウに賭ける人はよほど切羽詰った人間か、もしくは大穴狙いのギャンブル狂、そうでなければただの馬鹿だ。
 だがメラウは勝ってしまった。大半の観客の予想はむなしく、しかも見たところ全くと言っていいほど無傷。これではタガルに向かって観客が怒鳴るのも当然だろう。
 やがてメラウが控え室に戻りタガルが運ばれていくと、観客も興味が無くなったように怒鳴るのを止め、ぞろぞろと闘技場から出始めた。



「いや~儲かった儲かった」
 メラウは闘技場から受け取った賞金入りの袋を抱え、嬉々として道を歩いていた。
喜ぶのも無理はない。なにせその賞金は2000セイル。分かりやすく言えば、日本円で約200万円程度の感覚だ。うれしくない訳がない。
「さて、これからどうしようかな~。お腹もすいてきたし、しばらくは豪華なものでも食べて、怠けてますか。でもそれじゃあ体が鈍(なま)るわね~」
 アハハハハ~と笑いながら、近くの食堂に入っていく。因みにメラウが入った食堂は、お世辞にも高そうな店とは言えない、いかにも庶民的な食堂である。
 店に入ったメラウは、空いている席に座り何を食べようかと、壁に下がっているメニューを眺める。
「う~ん。どれにしようかな~。よし、お金も有るんだしどうせなら……。
 すいませーん。ここのメニューにあるもの全部くださーい!」
「あ、はーいかしこまり……へ?」
 近くにいた女給(じょきゅう)が応対しようとするが、あまりの注文に素(す)っ頓狂(とんきょう)な声を上げて固まってしまう。
 全部?ありえない。メニューなんて20品以上あるのだから、1人で全部食べるなんて無理だ。それに、どれもあまり高くない物だとはいえ、20品も頼めば結構な金額になる。たった一食分でそんなに使うのならば、燃費(ねんぴ)が悪すぎる……。
 だが自分の聞き間違いだと思い、失礼だと思いながらも聞き返してみる。
「申し訳ありませんが、もう一度ご注文よろしいですか?」
「だから、ここのメニューにあるやつ全部」
「……」
 どうやら間違いではないらしい。女給は少しの間、止まった。
 だが注文は注文だ、拒否をする理由は無い。
「かしこまりました。メニュー全品ですね……」
 営業スマイルを浮かべながら復唱し、女給は厨房へと向かっていく。
「おねがいしま~す」
 と、メラウは女給に向かってニコニコしながら、ヒラヒラと手を振っている。
「注文はいりました。メニュー全部、お願いします。」
「あいよ……って、はい?今なんて言った?」
「だから、メニュー全部お願いします」
 やっぱりこうなるよな~と思いながら、女給は説明を始めた。
 さてさて、女給の苦労と作った当のメラウはといえば。
「くおー……くかー……すぴー……」
 椅子に体を預けるようにして寝ていた。
というより完璧に熟睡している。しかもその手には、しっかりと賞金入りの袋を握っている。間違いなく引っ張っても奪えないだろう。
 いくらなんでも注文してから5分もたっていないはずなのに、完璧に寝入っているのはいろいろな意味で凄い。
 なにせ周りにいる者は、ほとんどメラウのことを眺めている。やはりそれだけ物珍しいのだろう。
「すげ~な~あの娘。オレ声掛けようかな」
「おいちょっと待てよ、なんでお前が行くんだよ。オレが行く」
「なに言ってるのよ、きっと何人も彼氏いるわよ。いいわね~きれいな娘は」
 ……どうやら違ったらしい。眺めている人間は皆、珍獣を見るような目ではなく、男性と一部の女性は羨望(せんぼう)の目で。残りの女性は敵対心むき出しの目でメラウのことを眺めている。
 今までのメラウの行動を見ていると、あまり美しいだの綺麗だのといったイメージは無いが、実は相当な美女だったりするのだ。
 手足は細くて長い。体は痩躯だが胸と腰はどちらも申し分なく、武道家なので背筋も伸びている。髪はつややかな黒髪で、腰まで届く長髪を一つにまとめている。そして顔の造型はとてもよく整っており、かわいいというより、美しい寄りの顔だ。そのため、化粧を施しドレスを着せ、どこぞの貴族パーティに出し黙らせておけば、何の違和感も無く通用するだろう。メラウにそれができれば、の話だが。
 だがメラウが美しい女性であることは確かなので、さまざまな人が彼女に見とれるのだ。
 と、ここでメラウに近づく男が現れた。周りの男は、遅れをとったとばかりに立ち上がるが、その男の方が明らかに早い。
 男はメラウの横に立ち、声をかけようとした、刹那。
「そこのお嬢さ……」
「せいやぁ!」
 突然何の前触れも無く起き上がったメラウは、横に立ち声をかけようとした男の顔面に拳をめり込ませていた。
 いや、めり込ませたのは一瞬で、男は数メートルほどテーブルと店の客を巻き込んで吹き飛んで行く。
『…………』
 数秒の間周りが凍りつく。それも何かを決定的に破壊しながら。
 その数秒ほどの時間の後、立って凍りついていた男達が、意気消沈し脅えながら自分の席に戻る。自分の席が吹き飛んでいた物は回収しに行く。吹き飛んでいった男はピクリとも動かない。しかも何故か誰も助けない。そしてメラウは、何事も無かったかのように再び寝息をたてている。
 条件反射なのか、それともただ寝ぼけていただけなのかは分からない。おそらくメラウは殴ったことを全く覚えていないだろう。
 やがて注文したメニューが運ばれてくると、いつの間にか目を覚ましたメラウが、幸せそうにそれらを口に運んだ。



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メラウとバリセラス1
第一話 メラウとバリセラス


 太陽から燦々(さんさん)と光が注がれている。風も微風で心地よく、街道の端では1匹の猫が気持ちよさそうに昼寝をしている。なんとも長閑(のどか)な風景だ。
 ここは『サヌ』という人口数千人程度の田舎町で、野生動物などが攻めてこない限りは平和だ。
 猫は大きく欠伸をする。
少々暑くなってきたのか、徐(おもむろ)に起き上がると、伸びをしようと前足を突き出す。瞬間、猫はまるで漫画のように飛び上がった。
それは。
『うお~~~~~』
 などと街中で雄叫びが轟いたのだ。しかも1人や2人ではなく、周りにいる人間全員から発せられている声で、形成されている。
 猫は一目散に逃げた。それこそ脱兎のごとく。身の危険を感じた訳では無いだろうが、地響きのように鳴り響く声の横で今まで通り寝ることは出来なかった。
 さてさて、その人間たちは何故それほど騒いでいるかと言うと。
「これでこの町は救われた!」
 からである。

 時間は少しさかのぼり、約1時間前のこと。
「あの教会が寄生していた町はここか……」
 腰に剣を差し、軽甲冑に身を包んで肩に中年男を担いだ少年、バリセラス・ガルガートは町の入り口で汗を拭いつつ呟いた。
 バリセラスは男1人を担いで移動していたので、流石に疲れていた。
 取り敢えず適当に叫んで、この男を引き渡す為に町の自警団の場所を聞くことにする。幸い、男一人担いでるだけあって人目が多く集まっている。
「この町に寄生している教会、その大神官リィーキ・シジンを倒し、連れてきた。自警団等の組織団体を呼んでくれ!」
 バリセラスはそう叫び、担いでいた男を目の前に放り投げる。
 人々からざわめきが起こった。
 近くにいたリーダー格らしきおばさんが、バリセラスを睨みながら口を開く。
「あんた、本当に倒してきたのか?うちらを騙して金を取るつもりじゃないだろうね?教会だよ教会。分かってるのかい?」
 教会というのは、竜を神の使いとして崇めている、大宗教「コルド」の末端施設である。コルドとは世界最大の宗教でありとても信者が多い。町からは献金という名目で金をもらい、害を成す野党や野獣などから町を守っている。信者が多い大きい街などから見ればとても助かる宗教だ。
 しかしその内容は、信者がいない小さい村からしてみれば理不尽なものが多い。
 例えば、「竜は殺してならない。殺したのならば、その者に相応の罰を与える」というもの。罰というのは大体が罰金なのだが、その額はやや高い。
 基本的に町を襲う野生動物の5割ほどが竜の類なのだ。しかも竜は普通の動物よりも強く、殺すだけでも被害が出る。それを殺すなといわれるのである。無謀もいいところだ。
 その他にもさまざまな制限が掛けられているため、信者以外は嫌っている。
「その男も、隠蔽系のO・Hで化けた偽者じゃないのかい?」
 他の人間も同じような目でバリセラスを睨んでいる。コルドというのは、世界最大というだけありそれほどまでに強大な組織。「倒した」と言われても、にわかに信じられないのは当たり前なのだ。
「嘘だと思うのなら、手錠(スィール・パルス)でも付けてみるといい。一つくらいはあるだろう」
 人間は必ず何か能力を備えて生まれてくる。その能力は人それぞれ違う。
 人間は普通の赤い心臓こと『赤臓(せきぞう)』の他にもう1つ、白い心臓こと『白臓(はくぞう)』を持っている。その心臓は、特殊能力を使うため体に透明な血液を送り出す心臓。
自分1人だけの特別な能力、自分1人だけの特別な心臓。それ故にO・H(オリジナル・ハート)。
 しかしそれがあるので、通常の拘束具では意味が無い場合がある。手錠(スィール・パルス)と言うのは、逃げ出さないようO・Hを抑制するため特殊な素材で作られた拘束具である。かなり高価なので、小さい町などでは数が少ないのだ。
「……分かった。自警団を呼んでくるよ、少し待ってな」
「頼む」
 そう言い、リーダー格らしきおばさんはこの場を去っていった。
 ひとまず休もうとバリセラスは男をその辺りの人に任せ、この場を離れようとした。すると、
「待て」
 という声に引き止められた。
「お前本当に教会とやりあってきたのか?そうだったらさぞ強いんだろうなぁ」
 声をかけて来たのは、いかにも不良やってますと身で表わしているような若者だ。
「ちょっとオレ達も腕に自信があるんだよ。どうだ、オレ達と勝負してみねぇか?」
 言われてみると、その若者の周りには数人ほど同じような若者が並んでいる。どうやら教会の頭である総司を倒したと聞いて、腕試しをしたいようだ。いや、バリセラスが嘘を言っている雑魚と決め付けて、袋にしようと考えているかもしれない。コルドには散々痛い目を見ているのは、彼らも同じだからだろう。
「断る」
「なんだ、怖いのか?」
「どうせこいつはペテン野郎の弱虫なんだろうぜ。俺らと戦ったら泣いちまうぜ」
「そうだな。ぎゃはははははは」
 よってたかってバリセラスに絡む若者たち。見た通りの驕(おご)りがあるのだろう。
「くだらん」
 バリセラスにとっては心底くだらなかった。元々彼は好戦的な人間ではないし、町の人間と戦う気はまったく無いのだ。しかし、
「んだとコラ?」
 その態度が若者達から見れば気に食わなかった。空気はどんどん険悪になってゆく。若者たちはバリセラスを取り囲み、周りに居た人々は巻き添えを受けぬよう、後ずさりしてゆく。
「くだらん?てめぇみてぇのが教会倒せる訳ねーって言ってんだよ。ほら吹くんならもっとマシなもん吹いてみせろよ!」
「特に嘘をついているつもりは無い。それを調べるために今自警団を呼んでいるんだろう。もう少し待て」
 バリセラスは冷静に正論を言う。しかしその正論が若者達の神経を逆撫でしていく。
「この野郎!」
 とうとう若者の一人がバリセラスに向かって殴りかかる。力任せに拳を突き出しているだけだが、まともに当たればなかなかな威力があるだろう。
 バリセラスは体を半身にすることでその拳をかわし、一歩間合いを詰める。そのまま足を前に出すと、若者は面白いように足を引っ掛け、転倒する。
 周りから見れば、若者が石にでも躓いたようにしか見えない。他の若者達もなにが起こったか分っていないようであった。
 余計に怒らせたのだけは確かだろうが。
「これでも喰らえや!」
 そう叫んだ男の指の間から、バリセラスに向かって何か弾丸のようなものが飛来する。これまた軽く避けるが、そばにあった木に幾つかの小さな穴が穿たれる。
「射出系のO・Hか……」
「当たりだ!そらそら!」
 ―ダンッダンッダンッ―
 先ほどよりも倍の数の弾丸が襲い掛かる。
「……」
 どんな動体視力か、バリセラスは避けつつもその弾丸を掴み取る。その弾丸は、土で出来ていた。
 よく見ると、攻撃してくるのは1人だけであり、他の人間は横でいそいそと何かをしている。
 まず一番左の男が塊を自分の右側にいる男に渡す。渡された男はその塊を小さくして右側にいる男に渡す。次に渡された男は小さくなった塊に何かを施し更に小さくし、一番右端の男に渡す。最後に渡された男が、その塊を指に挟めて打ち出している。
 見た目のわりに地味な作業だ。
「……」
 右端の男が受け取る瞬間を見計らって距離を詰めていき、腹に拳を突き入れる。
 狙った通りに拳が決まり、男は気を失って倒れた。
「……気が済んだか?」
 バリセラスはどこか面倒臭そうに立って他の男達を眺めている。
「あ……」
「マジか……」
「おい嘘だろ?兄ちゃん」
 攻撃役がいなくなって一気に戦意喪失している。とそこへ、
「連れて来たよ。おや?何してんだい?」
 丁度先程のおばさんが帰って来た。辺りの状況を見て首を傾げている。
「俺よりこいつらに聞いた方が良いだろう」
 バリセラスは「ふぅ」と息を吐いた。


 数分ほど経って、おばさんが事情を聞き終えたとき、
「あはははは。ごめんなさいね」
 と笑いながら頭を下げた。
「この子達はこんな身なりでも真面目な子達でね。あんたのことを悪者だと思ったんだよ。許しておくれ」
 聞けばあの若者たちは地元での有名人で、なかなか腕の良い5人兄弟の猟師らしい。
それぞれのO・Hを用いて狩をするのが仕事だそうだ。
 兄弟の末っ子が土を掘って取り出し、四男がそれを一瞬で等間隔に切り、三男がそれらを圧縮して、次男が打ち出すと言うことらしい。ちなみに一番最初に殴りかかってきたのは長男で、役割は探索だそうな。
「別にいい。それよりも宿を探しているのだが」
「ああそうだね。でもちょっと待っておくれ。もうすぐ結果が出るみたいだから」
 そう言って後ろを振り向く。そこには鎧を着た数人の男たちが険しい表情でリィーキを取り囲んでいた。
 それからしばらく待っていると、結果が出たらしく1人の男がこちらに歩いてくる。
「結果が出ました」
「どうだい?」
「はい。サミナルコ王国シルガ半島サヌ村付属教会、その大神官「リィーキ・シジン」に間違いありません。そして教会に確認の為に人を送ったところ、建物がほぼ全壊とのことです」
「え、つまり……」
「教会が滅んだ、というこです!」
 少しの間、村の時間が止まった気がした。気がついたときにはすでに、
『うお~~~~~』
 という雄叫びが轟いていたのだった。


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プロローグ
プロローグ

「報告します!」
 手に細身の剣を持ち、全身鎧で身を固めた男が慌ただしく部屋の扉を開け叫ぶ。
 部屋には30代半ばほどの男が机で書類整理をしている姿があった。男は書類から目を離し、部屋に入ってきた男。自分の部下を不服そうな目で眺めている。
「なんだ騒がしい。剣など抜いて、町で暴動でも起こったか?」
 男はあまり興味がなさそうに言い放つと、再び机の書類に目を移して黙々と作業を続ける。
「侵入者。いえ、突入者です!」
 部下は洒落を利かせたつもりで叫んだ。いまこの場所で起こっている出来事は、まさしくそれなのであったからだ。
 しかし部屋にいた男は、部下の焦りなど本気にしていないため、書類から目を離さない。
「突入者?……お前は俺を笑わせに来たのか?面白くもない冗談を考えている暇があるなら、見回りにでも行ってこい」
 付き合ってられんとばかりに部下に退出を命ずる。だがその瞬間、男は部下の言っていた事が真実だと嫌でも知ることになる。
 自分の横を、何かが鈍い音を響かせながら通り過ぎていき、後で潰れるような物音を聞いた。
 一瞬の間の後、嫌な予感が体を走り抜ける。
 男は恐る恐る首を後ろに曲げると、そこには今まで自分に報告をしていた部下が転がっている。悲鳴が聞こえなかったと言うことは、その一瞬の時間さえ与えられずに吹き飛ばされ為であろう。
 全身から汗が滝のように流れ出す。
 今度は恐る恐る前を向くと、一人の少年が立っていた。今まで部下がいた場所と同じ場所でこちらを睨んでいる。
 適当に切り揃えたような蒼い髪に、なかなか美形な顔つき。体には襷(たすき)の様に鎖が付いている軽甲冑を纏い、右手には反り返った片刃の剣が握られている。
 “怖い”それが少年を見た男が、心の中で始めに浮きでた感情であった。
 少年は殺気を放っているのだ。近付いただけで切り殺されそうなほどに異様な殺気を。
 このままでは殺気に飲み込まれてしまう。俺はこの『教会』で最も強いんだ、こんなガキに負けてたまるか。
 男は恐怖を押し込め、腹に力を入れて少年を見据える。
「貴様は一体何者だ」
 恐怖を押し込め、少年を問う。
「お前がここの『教会』の大神官か?」
 少年は男の誰何など全く聞いていないような様子で、逆に問うてくる。
 男は頭にかなりの量の血を頭に上らせるが、必死に冷静さを保つ。
「そうだ、俺がここの大神官だ。もう一度聞く、お前は何者だ」
 普通の人間ならば、すくみ上がるほどの凄みを込めて言い放つ。
 しかし少年は。
「さあな」
 と、全く効いている様子もなく返す。
「お前が大神官だと分かればそれでいい。後は町に引き渡すだけだ」
「引き渡す?まさかお前、俺を……」
 言い終わる前に少年が動いく。凄まじい速さだ。
「うお!」
 間一髪ではあったが、何とかかわす。
 男は一瞬怯む。しかし一呼吸置き、相手の能力が何かを考え、そして自分との能力の相性を考えると、自分の有利さに笑った。
「ほう、成る程。その動き、どうやら速度上昇系のO・Hのようだな。そんなもので俺は斬れんぞ」
 一瞬にして、少年に対しての恐怖が消え失せる。完全に目の前に立っている少年より自分の方が有利だと決め付けているのだ。
「……そんなもの、やってみなければ分からないだろう」
 少年の言葉に、男は更に声を上げて笑った。
「はっはっは、やってみなければ分からないか。やってみろ、斬れるものならな!」
 男は自らの能力を発動し、少年に襲い掛かる。見たところ、ただ力任せに殴り掛かっているようにしか見えないのだが。
――ズガン――
 少年が今まで立っていた場所に、穴が一つ出来上がる。
 少年は軽々しく避けたが、もし命中していたら、それだけで致命傷になっていただろう。
「肉体強化系か、もしくは対象軟化系か?」
 少年は男の能力を冷静に分析している。恐怖感など欠片も見当たらない。
「教えてやろう、俺のは『身体を鋼に変える』O・Hだ。ただの斬撃など効かない。刃こぼれするだけだぞ。『鉄壁』の二つ名で呼ばれているくらいだからな。それでもやるか?」
 調子に乗って男はいろいろと口走っている。この時点で自分が大変なミスをしているのに気付いてない。
「随分と自分の力に自身があるようだな。斬れるか斬れないか、やってみるか?」
 そう言って少年は一気に間合いを詰め、斬りかかる。男は自分の力を見せ付けるために、避けようなどと考えてはいない。
 そして少年の剣は男の身体に触れ、弾かれることなく振り抜かれる。
「ぐわっ!」
 斬られないことに絶対の自信を持っていた男は、驚愕をその顔に刻み、血を流しながら片膝を付く。
「馬鹿な……まさか本当に、俺の身体を斬るなど……」
「お前のような人間が、よく大神官になれたものだな。普通いくら自信があっても、戦いの中で自分のO・Hを、堂々と人に教える愚かな奴もいないぞ」
 少年は男に背を向けて淡々と告げる。
 そう、O・Hとは人間なら誰しもが持っている力。その能力は人それぞれ違う。そのため、戦いではいかに自分の能力を知られずに倒すかが、問題となるのだ。
 それにもかかわらずこの男は、自分のO・Hを少年に教えた。つまり弱点を叫んだのと同じ事なのだ。
「待て……何故だ、何故俺を斬れた……ただの速度上昇系なら無理な筈だ……」
「誰が速度上昇系だと言った。そう見えるほど速く動けるぐらいに、修練を積んだだけだ」
「じゃあ、何だ……?」
 少年は少し迷った後、答えた。
「俺のO・Hは『金属を自由自在に操る』。お前の持つ『身体を鋼に変える』O・Hからみれば、天敵中の天敵だ」
 男はそれを聞き、自分の愚かさに後悔した。
「成る程……俺の身体すら、金属として操ったと言うわけか……クソッ……」
 そう言い残して倒れようとする。しかしそれを少年に止められる。
「待て、一つ聞きたいことがある。お前らの組織に、透明な剣を使う男を知らないか?」
「透明な剣……?」
「そうだ」
「ふん、宗教内部を簡単に教える訳がないだろう」
 少年は男の手に剣を突き立て、脅す。
「この場で拷問しても構わないぞ?吐くまでな」
「……分かった。俺の知ってる限りでは、ここから……南にある『リーア』という町の……近くにある『教会』に、そんな能力を持った奴が、いる……」
 そこまで言うと、男は気を失った。
 少年は男を抱え上げ。
「『リーア』か……」
 と呟き、この場を後にした。


 少年が『教会』の部屋を出た後、部屋の一角が陽炎のように揺れる。
「……相変わらず随分と無茶をするな」
 その中から、こもった声の黒い髪の男が現れる。目元しか穴の無い仮面を着けているため、声がこもっているのだ。
ただ分かるのは、その穴から見える鋭い眼光と、隙の無い佇まいだ。服も黒一色で統一されているため、闇をまとっている様にさえ見える。
「幻光壊(げんこうかい)」
 ポツリと呟く。刹那、男の周りの空間から眩い光が迸(ほとばし)り、『教会』と言われていた建物の半分以上が崩れていく。建物の中に残っていた人間を巻き込んで。
「これでここも終わりだな」
 またポツリと呟くと、少年が歩いていった方角に向かってゆっくりと歩き出す。
 とそこに、呻きながら助けを求めている者を発見する。先ほどの少年が、吹き飛ばした全身鎧の男だ。下半身が完全に瓦礫の下敷きになっている。
黒髪の男が『教会』を破壊した際に、巻き込まれたのだろう。
「たす……け……」
 この黒髪の男が、自分達の『教会』を破壊したとは気付いてないのだろう。必死に手を伸ばして、男に助けてもらおうとしている。
「……死ね!」
 鎧の男の首が飛ぶ。黒髪の男は何もしていない。ただその場に立っているだけだ。
「お前達が……お前達さえいなければ……」
 過去に何かあったのか、深い憎しみが渦巻いているようだ。
 頭を軽く振り、憎しみを散らすと、またゆっくりと歩き始める。もう周りに生きている人間はいないようだ。
 『教会』の残骸をもう振り返ることは無かった。ただ最後に、
「一体、いつまで」
 とだけ呟いた。




続きへ
Fateアンソロジー小説5
 ひとまず事情を聞くために、寺の中へと入る。廊下を歩くものの、しかしどうしても人気が感じられない。
「なあキャスター。どうしてこんなに人気が無いんだ?いくらなんでも寺に誰もいないってことはないだろう」
「……結界よ。魔力が無い人には効きにくいけれど、なるべく人が近づきたくないようにさせてるの。事情は部屋についてから話すわ」
 おそらくキャスター達の部屋だろう。そこに通されて、腰を下ろす。
「単刀直入に聞きます。キャスター、貴女が冬木市の食料を奪っているのですか?」
 落ち着いている場合ではないとばかりに、セイバーが殺気を立ち上らせながらキャスターに迫る。
「お、落ち着いてくださいセイバーさん。事情はこれから説明しますから!」
「これが落ち着いてなどいられますか。下手をすれば私達の食事が無くなってしまうのかもしれないのですよ!」
 食にはうるさいセイバーだ。いきり立つものも尤もである。
「そうよ。私が運送会社のトラックを襲って、食料を盗んだの」
「やっぱりそうか。でも、なんでそんなことしたんだ?お寺が食糧難って訳でもないだろうし」
 しばし俯くキャスター。顔を少しずつ上げ、やや怯えを含んだ口調で理由を語った。
「だって、料理が一向に上手くならないんですもの……。しかもそれを桜さんに知られてしまって。だったら練習しましょうと、料理を教えてもらえることになったのだけれど……」
「それで、練習の挙句に材料が底をついたって事か?」
「……その通りです、先輩」
 溯(さかのぼ)る事一ヶ月。学校へ葛木先生の弁当を持参したキャスターは、学校内で桜と出会ったらしい。その時の拍子に弁当の中身を見られてしまい、料理下手なのを桜に知られてしまったのだという。
「その時の桜さんは恐ろしかったわ……私が料理下手って知ったら、酷くショックを受けるのだと思っていたのに。逆に詰め寄ってきて『愛する人には美味しい料理を食べてもらいたいですよね。なら練習しましょう、私もお手伝いしますから!』って。
 最初は結構よ、なんて言って断ったのだけれど……そうしたら何故か桜さんの背中から黒々としたオーラが立ち上がってきて、何故だか背筋が凍ったの……」
 ちらっと横目で桜を盗み見るキャスター。そこに居るのは普段の桜だが、なにか見てはいけないモノを見てしまったのか、少しばかり肩を震わせている。
「それは良い心がけだと思います。しかし、だからといって冬木市全ての食料と言う食料を盗まなくとも良いのではありませんか?材料が無いのであれば買いに行けば良いでしょう」
「最初はそうしていたわ。でも、宗一郎様が働いて稼いできたお金を、私が湯水の様に使う訳にはいかないもの」
 一体どれほど失敗してきたのか。普通そこまで金を使うほどにはならない筈である。
「それで食料強奪か。いくらなんでも行動が飛躍しすぎてないか?」
「やるならトコトンやったほうが良いじゃない。そうしたらもう片っ端から襲うしかないと思って」
 聖杯戦争では寺を根城に、人々の生気を奪っていたキャスターだ。この程度の事では罪悪感などないだろう。
「そうか……。桜も桜だ。なんで止めなかったんだよ」
「ええと、私も量は有った方が良いかな~なんて思っちゃいまして。食べるものが家から少なくなれば、ダイエットも出来るかなって……あ、いえ。なんでもありません!」
 そう言って、桜は俯いてしまった。
「シロウ。キャスターが強奪した食料を確認してみてはどうでしょうか」
「それもそうだな。キャスター、その食料って何処にあるんだ?見当たらないって事は、それも結界で隠してるんだろ」
「ええ、そうよ。分かったわ、案内するから付いてきて頂戴」
 キャスターは潔く承諾し、立ち上がる。士郎達もそれを見て立ち上がった。
 部屋の戸を開け、長い廊下を歩く。その間、やはり誰とも会うことは無かった。
「……ここよ」
「ここって、ここは講堂じゃないか!」
 キャスターが連れてきた場所。そこは前に合宿をした講堂であった。
「最も強い結界で囲って周りの人には分からないようにしていますから、誰もここには近づこうとしないんです」
 そういいながら、桜が戸を開ける。そこには、所狭しと並べられ奥の方では山になっている様々な食料が置かれていた。
「うわ……多いとは思っていたけど、こんなに有るんだな……」
「これは……これだけあれば、一体どれほどの料理が……は、いけません。危うく惑わされる所でした」
 士郎は純粋に驚いていたが、セイバーは大量の食料に反応しているらしく、小さくお腹が鳴っている。
「こんなに集めて、本当に全部使う気あったのか?」
「多分、無理です……」
「ちょっと、やりすぎちゃったのよね……」
 深く反省している様子の桜とキャスター。
「全く、何考えているんだか。それでこの材料はどうする気なんだ?返せるなら業者の人たちに返した方が良くないか?」
「でも、そうすると材料が……」
 元々材料不足の為こんな結果になったのだ。それに、大きな講堂を埋め尽くすほどの量があるのだ。元々強奪した物でもあるので、そう簡単に返せるものでもないだろう。
「元は強奪した物だろ。材料の方はまた考えるとして、今は返せるような物だけ取りあえず返してきたらどうだ?」
「そうね……そうするわ。じゃあ、分かる範囲で行ってくるわ。坊やと桜さんは此処で待っていて」
「分かりました。頑張ってくださいお姉様」
 ローブを広げて、キャスターは空を舞った。桜はそんなキャスターに、手を振って送り出している。講堂に山積みされている食料は、まだ転送しないのかそのままだ。
「お姉様?桜の姉は凛ではないのですか?」
「何か桜はキャスターを妄信しちゃってさ。あんまり気にしないでやってくれ」
「そうなのですか……」
 セイバーは桜とキャスターという組み合わせが今一しっくり来ないのだろう。少し難しい顔をして首を傾けている。
「時にシロウ、これだけ大量に食料があるのです。使えるものだけ使うというのはどうでしょうか?」
「セイバー、それ自分が食べたいだけだろ」



 夕方には、柳洞寺での騒動が全て終えて士郎とセイバーは帰宅していた。
「それで、結局どうなったの?」
「ああ、問題なら全部終わったぞ。イリヤと遠坂が言っていた通り、キャスターが犯人だった。まさか桜まで絡んでるなんて思わなかったけどさ」
 凛の問いかけに、士郎は今まで起こった顛末を全て説明した。士郎の横にはイリヤもいて、同時にその話を聞いている。
「やっぱり私の睨んだ通りだったでしょ?」
「ああ、そうみたいだな」
 凛に勝ったのが嬉しいのか、イリヤは妙にご機嫌だ。士郎にじゃれ付こうとしているが、セイバーに制されている。
「それにしても桜とキャスターがねぇ……桜は最近何か忙しそうにしてたけど、こんなことしてたなんて。
それにしても、此処に立派な姉が居るって言うのにキャスターをお姉様とはねぇ。コレは後でお仕置きしなくちゃかしら」
 凛は凛でなかなか物騒な事をにやけ顔で呟いている。
「あんまり桜に変な事するなよ、遠坂」
「変って何よ。ところで、その桜は?一緒に帰って来たと思ったけど」
 きょろきょろと辺りを見回す凛。しかしその姿は見当たらない。
「ああ、今料理を作ってるんだ。迷惑かけたお詫びなんだとさ」
 あの後キャスターは一通りの食料を、どうにか元の運搬業者に返したらしい。しかしそれでも多少は残ってしまい、セイバーの望み通りに使うことにしたのだ。
 キャスターの料理修行は今日から士郎と桜が一緒に教えることに決まり、材料は腐らないようにある程度その場で練習の為に消費した。
「さすがに失敗して食べられないようなものは棄てたから、随分減ったんだけど。まだまだ残ってさ。だからその食料を持って帰ってきて、それを今桜が調理してる」
 言われて見ると、台所から包丁で何かを刻むような小気味良い音が響いているのに凛は気づいた。
 するとセイバーと格闘していたイリヤが、不思議そうな顔をして士郎の顔を覗き込んだ。
「士郎は手伝わないの?いつもなら率先して作ってそうなんだけど」
「俺もそうしようと思ったけど、桜に断られたんだ」
「ふーん」
 そんな会話をしていると、台所の方から桜が現れた。
「お待たせしました。まだ作り終えた訳じゃありませんけど、台所じゃ全部置ききれなくなっちゃったので持ってきますね」
「分かった。それくらいなら手伝うよ。って、この量は……」
 そこには膨大な量の料理が並べられていた。
「桜、いくら材料が余ってるからって言っても、作りすぎじゃないのか?」
「いいえ、今までご迷惑をお掛けしたんです。これくらいは当然ですよ!」
「そうかなぁ……」
 台所に収まりきれないほどの料理を眺めながら、食べきれるだろうかと考える士郎。
「シロウ、料理の事なら問題ありませんよ。それに」
 セイバーが台所まで歩いてくる。そして、玄関辺りを振り返った。
「帰ってきたようです」
「帰ってきた?」
 釣られて玄関を振り向く士郎。すると、玄関からそれは元気の良い声が聞こえてきた。
「しーろーう。たっだいま~~~~!」
 藤ねえだ。学校の仕事を終えて夕飯を食べにやってきたのだろう。
「ああ、確かに。藤ねえの事だ、この量でも全部食っちまうに違いない」
「ええ。しかし私も負けませんよ。うかうかしていると、タイガに全て取られてしまいますから」
 騒がしく音を立てて廊下を走ってくる藤ねえ。居間までたどり着くと勢い良く扉を開けて入って来た。
「お腹空いた~。あれ、何これ。すごいご馳走。わーい、お姉ちゃん嬉しいな~」
「お帰り藤ねえ。今日はこの通り大量にあるから、好きなだけ食って良いぞ」
 こうして、冬木市から食料が消えた事件は幕を閉じた。
 その日の夕食は、セイバーと藤ねえがしっかりと平らげ、綺麗に無くなったのであった。
 

Fateアンソロジー小説4
「……という事なんだ」
 これ以上事情を聞きに行く場所も思い当たらないので、ひとまず自宅に戻ってきた士郎とセイバー。
 詳しい話は知らないまでも、凛なら何か打開策を思いつくのではないだろうかと言う考えもあり、昼過ぎなのでセイバーがお腹を空かしていたという理由もある。
 今はあり物の材料で昼食を済ませた後である。冷蔵庫の食糧残量を見て、どうにかしなければならないと士郎は再確認したのであった。
「何者かに食糧だけ盗まれた、ねぇ……うーん。状況だけ見ると、野党か何かが食糧難で襲ったと考えれば早いけど、規模がそんなレベルじゃないのよね」
「なんせ冬木市一帯全部の食糧だもんな。どう考えても、相当な大人数でもなければ無理じゃないか?」
「そこなのよね。警察なんかにも聞いてみたの?」
「少し話は聞いてきたよ。でも、被害者の業者が襲われたって事以外は口をそろえて何も覚えていないって言うらしいんだ」
 ランサーから話を聞いた後、森に向う途中に少し寄っていたのだ。しかし警察も頭を捻っているとしか分からなかった。被害者全員が詳しいことを何も覚えていないのであれば、警察も捜査のしようが無いらしい。
「何が起こったのかも分からないのに、食糧だけはごっそり無くなってるのね。普通の人間にはそんな芸当は無理。でも、今までの状況を全部飲み込んで考えてみると、とても簡単な答えに辿り着くわけだけど……」
「簡単なのですか?それは、一体どんな手段を用いれば可能なのでしょうか」
 凛の横にはセイバーも座っている。食後のお茶を飲んではいるが、お茶請けが無い事に少々不満があるらしく、寂しそうな顔をしているのであった。たまに無意識の内に、手を伸ばしてお茶請けを取ろうとしている。その度に、赤面して手を引っ込めているのではあるが。
 そんなセイバーの仕草を見て、何とかしなくてはと、更にいたたまれない気持ちが湧き上がってくる士郎であった。
 凛はセイバー達の仕草には全く気がついていない。眼鏡着用で思案顔だ。
「手段自体は簡単よ。魔術を使えば一瞬で遠くに飛べるし、襲った相手の記憶を消し去ればそれで終わりだもの。大量な食糧だって、魔術で一緒に運べば良いでしょ?」
「あ、そうか」
 要は、普通の人間には不可能であるのならば、普通ではない人間が行えば良いのである。
「でも待ってくれよ。冬木市にそんな芸当が出来る魔術士っているのか?」
「いるじゃない、魔術師としては最強なのが。人間じゃないけど」
 人間じゃない最強の魔術士?そう考えて、ふと思い立ってサーヴァントであるセイバーを見る士郎。
「キャスターの事でしょうか」
 キャスター。魔術士の英霊。魔法と呼ばれるほどに卓越した魔術の能力を持ちながらも、対魔力を持つサーヴァントの中では最弱の存在。
 最弱故に、その智謀を活かした頭脳型の英霊。直接的な脅威は低いものの、その策略に嵌れば覆すのは容易ではない。
「そう。でも、あの魔女が食糧奪うなんてマネ、すると思う?」
「そうだなぁ……」
 彼女は今、夫である葛木宗一郎と共に柳洞寺と共に居候をしている。食糧に困っているとも思えないし、もし困っていたとしても冬木市一体の食糧全てを持ち去る必要があるとも思えない。
「キャスターは葛木先生の事しか考えていないだろうし。もし寺の食糧が底をついて困ってたとしても、葛木先生の分さえ確保できればそれで満足しそうだもんな」
「そういう事。だからキャスターって線は薄いでしょうね」
 再び思案顔で俯く凛。
 そんな中、玄関が開く音がする。誰かが来たんだろうか。チャイムの音が無かった事を考えると、桜や知り合い等では無いだろう。
「あー!士郎、やっと帰ってきたのね!」
 そう叫びながら居間を訪れたのは、先ほどまで士郎とセイバー達が居た城の持ち主であるイリヤスフィールだ。両手を振り上げて文句を言っている。
 凛の話によると、イリヤは士郎達が家を出て行った後、少し経ってから訪れたらしい。士郎が居ないと分かると、きびすを返して出て行ったそうなのだが。
「何処行ってたのよー!暇だから大河の家に遊びに行っていたのよー!」
 肩透かしを食らったイリヤは、暇を持て余して藤村家に遊びに行っていたという。藤村の爺さんはイリヤをとても可愛がっているので、爺さんはさぞ喜んだことだろう。
「ごめんイリヤ。俺たちもちょっと用があったから、アインツベルン城に行ってたんだよ。入れ違いになっちゃったみたいでさ」
「そうなの。何処で入れ違ったんだろ?」
 今までの事をイリヤに聞かせる士郎。冬木市に食糧が無くなっていること、ランサーがいる港での出来事。森に行ってリズに事情を聞いたこと。その間、イリヤは大人しく聞いていた。
「ふーん。港なんかに行く必要なかったのに、それなら私の方が詳しいわよ」
「何か知ってるのか?」
「だって、魔術を使って食料盗んでる奴でしょ?知ってるよ」
 なんとイリヤは、自分の世話をしているメイド達ですら知らない情報を握っていると言うのだ。
「どういうこと?そんな事が出来る魔術士なんてこの辺にはいないわよ」
「馬鹿ね凛、分かり易いのがいるじゃない。そんなことにも気づかないなんて、あなたもまだまだね」
 ふと、凛のこめかみに青筋が浮かんだのが見えた。士郎はもちろん、セイバーですら戦慄している。
「じゃあ聞かせてもらおうかしら、その魔術使って食料盗んでる泥棒野郎の名前を」
 顔こそ笑っているが、それこそ凍りつくような寒々しい笑顔だ。その様相を見て二人は震えだした。その笑顔を向けられた当のイリヤは涼しい顔をしている。
「簡単よ。こんな事できる魔術師なんて、キャスターしかいないじゃない」
「そんなのは分かってるわ。でも、キャスターが何で食糧ばっかり大量に必要なのよ。セイバーと藤村先生でもあるまいし、葛木先生がそんなに食べるとも思えないわ」
 先ほどの会話通り、凛もキャスターならばそれが可能だと分かっている。しかしキャスターには食糧を襲う理由が無い。
「理由なんて知らないわ。でも、毎日毎日何らかの魔術が使われた反応があるもの。随分隠蔽されているけど、私には分かるわ」
「それ、どういうこと……?」
 凛は驚きを隠せないようだ。毎日魔術が使われているというなどという事を、凛は知らなかった。
「隠蔽されているとしても、こんな大掛かりな魔術に気づかない筈ないわ。イリヤだって気づいたのに、どうして私が気づかなかったのかしら……」
「……なあ遠坂。お前今まで何処に居たんだっけ?」
 口を挟むのは危険かと思ったが、士郎は思ったことを口にした。
「え?どこって……あ、そうか」
 実は、今まで凛は多忙で衛宮家には居なかったのだ。ロンドンに行っていたという訳ではなく、その処理に追われていたのである。
「数日前から工房に篭もって、次にロンドンに行くための準備してたんだったわ……色んな事考えてたし、気づかなくて当然かも」
 頭に手を当てて「あちゃー」などと呟いている。肝心な時には何かが抜けている遠坂らしいといえば遠坂らしい。
「結局役に立つのは、凛なんかじゃなくて私よね、お兄ちゃ~ん!」
 遠坂に勝ったことが嬉しいのか、少し甘えた声を出して士郎にイリヤは飛びついた。当然のようにセイバーに叩き落されたが。
「それじゃ柳洞寺を調べに行ってみることにするよ。ほらセイバー、行くぞ」
 横で文句を言い始めたイリヤを嗜(たしな)めているセイバーを連れ出し、再び士郎は衛宮家を後にした。遠坂とイリヤは、キャスターに会うのは嫌らしので、今回も2人だ。



 柳洞寺。それはかつての決戦の地。ここでセイバーと士郎は凶悪な敵と対峙した。呪いの塊である聖杯を肯定し、歪んだ信念を貫いた1人の魔術士。言峰綺礼。
二人は己等の持つ全ての力を出し切って言峰を倒し、そして聖杯を破壊した。
「後はこの階段を登るだけですね」
 二人の眼前には、長い階段がある。ここを上りきれば目的の柳洞寺だ。
「もう少しだな。それにしてもキャスターか……行き成り学校に現れたりするけど、食糧奪っていく様なことするとは思えないんだけどな」
 そう言っている内に、もう少しで階段を上り終える所までたどり着く。突然、何処からともなく声が響いた。
「待たれよ。御二方」
 それは、門の上から聞こえてくる。今まで姿は見えなかったが、声と同時に姿が現れた。物干し竿と呼ばれるほど長い太刀を背負っている、青い姿のサーヴァント、アサシンだ。
「アサシンか、どうしたんだ」
「此処から先には通さないよう、キャスターから言い付かっているものでな。なにぶん、マスターの言いつけは守らなければならんのが、サーヴァントというものであろう」
 そう言うと、背中にある太刀を抜くアサシン。
「まさか、本当にキャスターが犯人なのか?」
 アサシンに命令したという事は、この寺には見せたくないものがあるという事だろう。イリヤが言っていた通り、キャスターが黒幕という線は正しい可能性が高い。
「剣を抜け、セイバー。いつまで非武装でいるつもりなのだ。聖杯戦争の時に私はおぬしに負けた。この機会、雪辱戦としようではないか」
「貴方は相変わらずなのですね、アサシン」
 武装姿になり、眼前のアサシンを見据えるセイバー。
「人生などすでに一度終わっておるのだ、生憎と今更この性格など変えられまい」
「……良いでしょう、お相手致します。シロウは先に行ってください、アサシンは私が引き受けますので、貴方はキャスターの方をお願いします」
 そう良いながら、エクスカリバーを構えるセイバー。
「行け、こちらもセイバーだけで手一杯だ。二人を相手に牽制することなどできまい。なに、セイバーを足止めしているのだ、言い訳もつく」
 飽く迄セイバーとのみ戦いたいのか、アサシンは士郎を足止めする気が無いらしい。
「……セイバー、後は頼む。だけど、約束された勝利の剣(エクスカリバー)だけは使わないでくれ。今は聖杯戦争じゃないんだ、殺しあう必要は無い」
「……分かりました」
 士郎はそれだけをセイバーに約束させ、アサシンの横を通り、門を潜(くぐ)る。
「敵に情けをかけるとは、おぬしのマスターは随分他人想いなのだな」
 驚いているのか、あまり顔に変化は無いが、アサシンは少し楽しそうだ。
「今はそんなことを話している時ではないでしょう、私は一刻も早く貴方を倒して、シロウの下に参らねばなりません」
 セイバーのその様子を見て、更に楽しそうにするアサシン。
「そうか、そうであったな。しかし其方が奥の手を使わないとあれば、此方もそれに答えねばならぬであろう。なら拙者も、燕返しを封じようではないか。お互い同等の立場であるからこそ、面白いというもの」
「……ええ、そうですね。感謝します」
セイバーの言葉を最後に会話が途切れる。すると、一瞬の内に空気が張り詰めた。
そこに対峙するのは二人の青いサーヴァント。時代も場所も異なるものの、互いに剣の道を究めた者同士の戦いが、いま再び始まろうとしている。


「なんだ此処、いつもと違って空気が重くないか?」
 門を潜り抜けた士郎は、一瞬にして奇妙な気配に包まれた。昼間なので回りは明るいのだが、生き物が居るような感じが全く無いのだ。
「やっぱり怪しいな。直ぐにキャスターを見つけて、この状況を訊き出したほうが良さそうだ」
 セイバーの事は気になるが、今は此方の方が先だ。上手くすればあの二人の戦いを止められるかもしれない。そう思いながら、境内に向おうとする。
 すると、どこからかシャランと金属同士が触れ合うような音が響いてくる。まるで鎖を振り回しているような。
「うん?……うわ!」
 とっさの判断で横に跳ぶ士郎。彼が今まで居た場所には、鎖に繋がれた楔が刺さっていた。
「これは……ライダーの短剣か?」
「御明察です、士郎」
 前方から実体化しつつ悠然と現れたのは、今では桜と共に衛宮家に居候しているサーヴァント、ライダーであった。その姿は、バイザーを付けた聖杯戦争で見た通りの戦闘衣装だ。
「どうしたんだよライダー。行き成り短剣投げつけたりして」
「桜からの命令です。もし士郎がここにたどり着いたのならば、追い返せと」
「桜が?なんでさ」
「それにはお答えできません。私としても、此処から士郎が立ち去ってくれることを望みます。もしそれが出来ないのであれば」
 地面から短剣を引き抜く。
「力ずくで帰ってもらいます」
 ライダーが士郎に向って跳ぶ。
「くそっ!投影(トレース)、開始(オン)」
 後方に跳びつつ、アーチャー愛用の双剣『干将(かんしょう)・莫耶(ばくや)』を投影する。
 ライダーの短剣と士郎の干将が激しくぶつかり合い、火花を散らした。
「本気か、ライダー!」
「ええ、ですからそのように申した積もりです。死にたくないのであれば、此処から直ぐに立ち去ってください」
 再びライダーの短剣が振り上げられる。士郎は干将(かんしょう)・莫耶(ばくや)を握り直し、ライダーを迎え撃つ構えだ。
「……どうやら引く気は無いようですね。分かりました、では力ずくでお帰りいただきます」
 再びライダーが士郎に向って跳んだ。



「はあぁぁぁ!」
 セイバーが下段から剣を振るう。手加減のない、サーヴァントとして本気の一撃だ。
「ふっ」
 しかしアサシンは刀で受け流し、逆にセイバーの首を確実に狙ってくる。
 セイバーは剣を盾にすることで防ぎ、再びアサシンに切りかかる。
 己らが持つ奥の手を使用しないという事は、どちらも剣の技量だけで相手を倒さなければならない。
 アサシンの刀は長いので、セイバーは自分の剣の間合いに入れば勝ちとなる。間合いに入られれば、長い刀が仇となって振るえなくなるのだ。しかし、逆に言えばセイバーはアサシンの刀の間合いを抜けなければならない。
 刀と違って剣は多少の力押しが出来るものの、アサシンがただの力押しに負けるほど簡単な相手ではない。
 セイバーは幾度となくアサシンに切りかかるものの、その全てを受け流され、1歩も近づくことが出来ない。
(鍔迫り合いにさえ持ち込めれば、勝機はある。しかし、アサシンがそれを許すとも思えない……)
 型は違えど、剣の技量はほぼ互角。どちらかが一瞬でも隙を作ればその場で勝負がつくだろう。
(この様な手は本来好きではないのですが、やむを得ません!)
 今までセイバーが握っていたエクスカリバーか、突如掻き消える。剣を透過させる風の鞘、風王結界を使用したのだ。
「ほう、いつぞやの不可視の鞘か。しかしだなセイバー、その剣の間合いなら分かっておるのだぞ」
 迷うことなく、アサシンはセイバーの首を絶ちに行く。しかしセイバーは、それをエクスカリバーの鞘で受けた。
「何、剣ではない?」
 アサシンは一旦間合いを離そうとする。セイバーの意図が分からないのだ。剣ではなく鞘で受け、そして今まで持っていた筈の剣はセイバーの手には見えない。
見えないのか、持っていないのか。どちらにせよ下手に踏み込んでは危険だ。
「剣なら、此処です!」
 セイバーは、右足を思い切り振り上げた。いや、蹴り上げた。
 蹴り上げられたソレは、アサシンめがけて飛来する。刀で防ごうにも、その長さが災いし、セイバーの鞘に阻まれてしまって戻せない
 アサシンの刀は飛来したモノに弾かれ、近くの木の幹に突き刺さった。
「これで終わりです、アサシン」
 刀を弾かれたアサシンは、見えない剣の切っ先を向けられていた。
「……参った。今回も私の負けだ、諦めよう。よもやおぬしが剣を蹴り上げるなどとは、考えが及ばなかったまでか」
「ええ。最近、サッカーという球技を教わりまして。こんな所で役に立つとは思いませんでした。剣を粗末に扱う行為ですので、もう二度と使いたくはありませんけれど」
 セイバーがアサシンに向って蹴り上げたモノ。それは風王結界を施して不可視にしたエクスカリバーだったのだ。
 見えない剣は本来、剣の長さ等を相手に知られないようにするための物だ。しかし見えないという事は、下に落としたとしても持っている振りさえすれば相手に気づかれない。セイバーは手にエクスカリバーを持っていると思わせ足元に落とし、斬撃を鞘で受けた後の一瞬に、エクスカリバーを蹴り上げる。
 刀を弾かれてひるんだアサシンが体制を立て直す前に、エクスカリバーを空中で掴み、突きつけたのだ。
「負けてしまっては仕方ない、私は此処を守れなかったという事だ。先に行くがよい」
「では、失礼します」
 セイバーが剣を降ろすと、霊体になり姿が消えるアサシン。非武装に戻ることなく、そのままセイバーは階段を駆け上がっていった。



地面を蛇の様に迫ってくるライダーの短剣を受けながら、士郎は少しずつ後退していく。
ライダーが放つ1撃1撃がとても重く、とても攻撃に回ることなど出来ない。士郎の使う干将(かんしょう)・莫耶(ばくや)も、何度も弾かれている。その度に投影で作り直しているが、長くは体が長くもちそうにない。
「いい加減にしてくれライダー。一体桜は何を考えているんだ!」
「それはお教えできないと、先ほども申した筈です。大人しく引き下がっていただきたい」
 桜の命令はライダーにとって絶対だ。一度桜に言われたことなら、ライダーは必ず成し遂げようとするだろう。
 ライダーとてサーヴァント。本来生身の人間相手に勝ち目など無い。しかも今のライダーは、桜という強力な魔術士と繋がっているのだ。慎二がマスターであった頃とは比べものにならないほど強い。
 士郎も何とかしなくてはと考えているが、ライダーの攻撃を捌(さば)くのと投影魔術の使用で精一杯な為、頭が回らない。
(一(いち)か八(ばち)か、試してみるか!)
 ライダーが後ろに大きく跳んだ隙に、士郎は干将(かんしょう)・莫耶(ばくや)をライダーに向けて投げる。2つの剣は弧を描いてライダーに向って飛んでゆく。
「甘いですね士郎。その程度の攻撃では、私に届きませんよ」
 干将・莫耶が飛んでくる前にライダーは上に跳ぶ。しかし、士郎は新たな干将・莫耶を投影して空中にいるライダーに向けて投げた。それも、立て続けに2対。合計4つの剣がライダーを襲った。
「この程度ですか、士郎」
 ライダーは4つの剣を全て空中で叩き落した。そして、その代わりに自分の短剣を士郎に向けて投げる。
 士郎は新たな干将・莫耶で受けるが、力の格が違う。干将・莫耶ごと弾き飛ばされ、士郎は宙を舞った。
「もう終わりにしませんか。貴方はまだ、投影魔術を連続使用するには無理がある筈です」
 ライダーの言うとおり、士郎はそろそろ限界であった。とっさに何度も投影するなど、今の士郎には荷が重いのだ。
「……なあライダー。1つ提案があるんだけど」
 よろよろと立ち上がった士郎は、戦う積もりがなくなったのか、干将・莫耶を投影していない。
「提案ですか?何を言われても、私はここを通しはしませんよ」
「もし此処を通してくれたら、1週間1号自転車を自由に使って良いって言っても駄目か?」
「な、あの1号自転車をですか・・・?し、しかし……」
 1号自転車。それは士郎の隙をつかなければライダーが使うことは許されない、士郎専用の自転車だ。
自分の膂力に耐えうる機動力の高さを持つ1号自転車を、ライダーは士郎に何度も使わせてくれと頼んでいるが、1度も許可してくれていない。
「良いのか?これを逃したら、二度とこんなこと言わないぞ」
「くっ……卑怯です士郎。わ、私に桜の命令を破れと……」
 自分の欲求と、桜の命令のどちらを取るか。ほんの一瞬ばかり葛藤したライダーではあったが、考えを曲げることは無かった。
「やはり桜の命令を破ることは出来ま……」
「投影(トレース)、開始(オン)!」
 ライダーが一瞬考えた隙を狙って、士郎はライダーの楔形の短剣を投影して、鎖部分を使用しライダーの動きを封じた。ライダーにとって桜の命令は絶対。いくらライダーが喜ぶような提案をしたとしても、それに乗るなどとは士郎も思っていない。しかし、少しの隙を作ることには成功したのだ。
「……抜かりました。最初からコレが狙いだった訳ですね」
「そういう事だ。こうでもしなきゃ、ライダーを大人しくなんて出来そうに無いからな」
 ふう、と息を吐いて呼吸を整える士郎。と、そこにセイバーが追いついてきた。
「遅くなりましたシロウ。おや、ライダーと戦っていたのですか?」
「セイバー。アサシンを倒せたんだな」
「ええ、なんとかなりました。士郎もライダーを封じることに成功しているとは、特訓の成果が出たという事ですね」
 セイバーはライダーを眺め、にこやかな顔をして、2度3度頷いた。
「剣の師として、これほど嬉しいことはありません」
「ああ……セイバー、これはちょっと……」
 だまし討ちで勝った。などと言えば、セイバーはどんな顔をするのか、士郎は少し怖かった。
 当のセイバーも似たようなだまし討ちで勝っているのだが、士郎がそれを知る訳がない。
「どうしました?」
「いや……なんでもない。ところでライダー、これ以上戦うのか?」
 追求されても怖いので、士郎はライダーに向きかえる。一方のライダーは、今まで身動きすることもなく、黙って立っていた。
「いいえ。セイバーが追いついてきたとあれば、私が足止めしていることは出来ないでしょう。それに、私は士郎に負けてしまいました。どうぞお通り下さい」
「分かった、ありがとうライダー。それじゃ行くぞ、セイバー。変な結界も張ってあるみたいだし、この様子だと本当にキャスターが怪しい」
「はい、分かりましたシロウ」
 その場にライダーを残し、先を急ぐ二人。
「桜、申し訳ありません」
 独り残されたライダーは、一言桜に謝っていた。



「此処だな、どうも怪しい感じがするのは」
 炊事場の前に付いたとこで足を止める士郎。元々結界には敏感であり、怪しい場所を見つけるのはそう難しいことではなかった。
 恐る恐る扉を開ける。セイバーは身構え、襲ってくるものに備えている。
 扉が開かれ、士郎の目に写ったのは。
「違います!そんなに強く混ぜたら型崩れしちゃいますよ!」
「え、ええ。別ったわ……こ、こうかしら?」
 二人肩を並べてコトコトと何かを煮込んでいる、桜とキャスターの姿であった。
「……一体何やってるんだ?」
 なにやら夢中で、鍋と格闘しているので士郎達に全く気づいていない二人。士郎が声を掛けて始めて驚いたように後ろを振り返った。
「な、ぼ、坊や!どうやって此処に……」
「せせ、先輩?!あれ、ライダー、ライダーは?」
 士郎の姿を確認するや否や、あたふたと慌てている。
「落ち着け桜、キャスター。アサシンならセイバーが倒したし、ライダーなら諦めてくれたよ。
それで、あんなに厳重な守りを二人も置いて、此処で何してたんだ?」
桜とキャスターは、その言葉を聞いてがっくりと肩を落とす。
「とうとう見つかっちゃったのね……」
「はい。みたいです」
 そして二人分のため息が、重々しく吐き出されたのであった。
 

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Fateアンソロジー小説3
 郊外の森に踏み入ろうとする人間は少ない。入れば最後、広大な天然の迷路を抜けなくてはならなくなる。
 森の中は昼間でも暗く不気味で、普通の人なら入ろうとすら思わない場所なのだ。
 士郎達が向っているのは、その森の奥深くに聳え立つ、巨大な城。何も知らない人がそこを訪れてしまったのならば、城にたどり着いた達成感などより、真っ先に見知らぬモノに対しての恐怖感を感じるだろう。
「ふう、やっぱり遠いな」
 もう直ぐ城が見えてきそうな場所までたどり着いた士郎は、一息つきながら独り言を漏らしていた。
「疲れたのですかシロウ。ならば少し休みましょうか?」
 横には、武装姿のセイバーが居る。
 何故セイバーが武装姿かと言うと「ここでは何が起こるか分かりません、万全の体制で臨むべきです」だそうなのである。
「大丈夫だよ。ここに来るのも結構慣れたしさ」
 心配させるのも気が引けるので、そうさせないように再び歩き始める。
 セイバーも、士郎の足取りがしっかりしているのを見て、安心した様だ。
「見えてきたぞ、セイバー。もう少しだ」
 目を凝らすと、木々の間からアインツベルン城が覗いている。本来なら完全に隠れて見えないのだが、士郎は目に魔力を込めることで視力を強化できる。その為見つけることが出来るのだ。
 そこから二人は、無言で歩を進め、アインツベルン城の入り口までたどり着いた。
 セイバーは苦い思い出がある為か、やや警戒している。しかし周りにはバーサーカーの姿なども見当たらない。
 門を開けて、中へ入る。すると、二人のメイドが現れた。
「セラ、リズ。イリヤはいるかな?」
 そう呼ばれた通り、メイドはいつもの二人だ。
「お嬢様は只今お留守にしております」
 対応したのはセラだ。相変わらず堅苦しい口調で、士郎をねめつける様に睨んでいる。
「うん、イリヤ、目を放した隙に、士郎の家に行った」
 セラに続き、リズが説明をする。セラは「余計な事を言わなくても良いのです!」と文句を言っているが、当のリズは無反応だ。
「どうやら入れ違いになってしまったようですね。シロウ、どうしますか?」
「いや、問題ないかな。イリヤに訊くより、管理している二人の方が詳しいだろ」
 訊きに来たのは食糧に関してなのだ。アインツベルン城の食糧等を管理するのも、この二人のメイドだろう。
 イリヤが理由を知っていたとしても、このような問題に関しては、メイドからの情報で知る確率の方が高い。
 士郎はセラとリズに事情を説明し、何か知らないかと尋ねた。
「食糧の件ですか。それならば此方にも被害は出ております」
 アインツベルン城の食糧は、士郎たちの様に商店街から買い物に出かけて購入しているものではなく、ランサーの言っていた通りに直輸入らしい。
 その為、商店街などとは別ルートで搬送されているのだとか。しかしそれでも何かのトラブルに見舞われて搬送されなかったらしい。
「今は蓄えあるから良いけど、あんまり長くもたない」
 リズは相変わらず表情が変わらないものの、セラは憎々しげな表情をしている。
「それで、二人ともそのトラブルとやらが何なのか、知っているのですか?」
 セイバーが前に出る。士郎をかばおうとしているのか、士郎の前に立つ。心なしか表情も固い。
 セラはセイバーに顔を向けると、面白くなさそうに顔を傾けた。
「もし知っていたとして、あなた方に教える理由などありません」
「は?」
 素っ頓狂な声を上げてしまった士郎。元々リズとは仲が良いとは言えないが、ここまで徹底しているとは思わなかった。
「あなた方に事情を説明したとして、私達に利益があるとは思えません」
「なんでさ。俺たちは原因究明をして、食糧を取り戻したいだけだ」
「そうです。私達は原因を突き止めて、現状を打破するためにこうして理由を探っているのです」
「この状況があなた方が仕組んだ罠であり、お嬢様。果てはアインツベルン家に恩を売っておこうという腹積もりであるかもしれません」
 友好的とはいえないセラを説得に掛るセイバーと士郎。対するセラは、頭から信用していないらしく受け入れるつもりもなさそうだ。
「呆れましたセラ、あなたは主人にとって何が有益かすらも理解できない人でしたか」
「私は何においてもお嬢様の為になることを考えております。その過程で疑いすぎるという事はありません」
「それが理解できていないというのです。イリヤスフィールがシロウに懐いているのは確かです。今更恩を売る必要も無いでしょう」
「所詮はアインツベルン家を裏切った魔術士が拾ってきた、どこの馬の骨とも分からない男です。信用できるはずがありません」
 いつの間にやら士郎は置いてきぼりを食らい、何故かセイバーとセラの口論と化していた。
 是が非でも理由を聞き出そうとするセイバー。そして取り付く島も無いセラ。
(この二人、実は似た者同士なのかもしれないな……)
 どちらも口うるさく、敵対する相手には容赦が無い。士郎とアーチャーの反りが合わないように、セイバーとセラは似ているからこそ許容できない何かがあるのだろう。
 しかしこのまま続けても、口論が平行線を辿るのは目に見えている。
 仕方が無いので、士郎は訊く対象を変えることにした。
 口論に夢中で士郎の行動に注意を向けていないセラに気づかれないよう、静かにリズに近寄り、小声で話しかける。
「なあリズ。何か理由知らないかな?」
「詳しくは知らない。でも、何者かに襲われて、明確に食料だけを盗んで行ったって聞いてる。食糧以外に、被害はないって」
「そうか。それで、何時頃に現れるとか、特定の場所とかはあるのか?」
「無い。全部違う場所、違う時間」
「分かった、有難うリズ。セイバー、もう良いよ。一旦帰ろうか」
 セイバーはセラと目線で火花を散らせている真っ最中であった。二人は士郎とリズが会話していることなど全く気づいていなかったらしい。
「どうしたのですか?まだ事情を聞いておりません」
「良いよ、リズから訊いたから」
 それを聞くと、セラは一瞬目を見開いて驚いたような顔し、また次の瞬間にはリズに詰め寄っていた。
「リーゼリット、あなたは何を考えているのです!」
「これもイリヤの為。シロウは良い人、きっと解決してくれる。それに、あんまり詳しい情報も無い」
 今度はセラとリズの口論が始った。尤も、いきり立つセラに、無表情のリズが淡々と答えているだけではあるが。
「行こうか、セイバー」
「ええ……」
 二人の口論に口を挟む必要は無いので、二人はそそくさとアインツベルン城を後にした。

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Fateアンソロジー小説2
 相変わらずランサーは港に居座っていた。ヒュ、と音を立てて竿を振るう。
「・・・ああ、なんだお前か。セイバーまでつれてどうかしたかよ。あいにく今日は当りが薄い、夕食の材料欲しけりゃ他あたってくれ」
 士郎とセイバーが背後から近づくも、しっかり10メートル付近で気配を察知し、前を向いたままそんなことを言ってくる。
「ちょっと用事があってな、ランサーこの前の事なんだけど・・・」
「この前?商店街に商品が届かねえって話か?」
 ようやく士郎達の方を向くランサー。しかしその顔は気怠げだ。
「ええ、そうです。このまま食糧難が続けば、いずれ私達は飢え死にしてしまうかもしれません。知っていることが有るのなら教えてはもらえないでしょうか」
 そんなランサーに事情をセイバーが説明し始めるものの、彼は呆れた顔をし始めた。
「飢え死にって、お前それでもサーヴァントか?んなもん魔力供給さえ受ければ死にゃしねーだろうよ」
「う・・・それはそうですが・・・しかし肝心の士郎が倒れてしまっては、私も現界していられません。やはり食事は必要です!」
「そんなに食いたきゃその辺で狩りでもしてろ。お前の腕なら適当なモン狩ってこれんだろ。後は適当に焼いて食え」
「な・・・!私にまたあのような雑な料理を食べろというのですか!」
 いつの間にか鎧武装に変わっているセイバー。口論しているうちに本気になってきたようだ。
このままでは港が冬木市から消えかねない。焦ってなだめかかる士郎。
「セイバー、落ち着いて。今は戦いに来たんじゃない」
「で、ですがシロウ・・・」
「なんだ、殺りあうってんなら相手になるぞ?」
 ランサーはニヤニヤと笑みを浮かべている。どう見てもセイバーをからかっているだけなのだが、真面目なセイバーは律儀にも反応してしまうのであった。
「止(や)めてくれ、港を壊す気かお前ら!」
 士郎の悲痛な叫び声が当たり一面こだまする。
「だとよセイバー。大人しくしてろや」
 この二人を見るのが楽しいのか、ランサーは一層笑みを深くする。
 セイバーは憤懣やる方ないらしく、今にも暴れだしそうなほど殺気を撒き散らしている。 
「あんまりセイバーをからかわないでやってくれ。それで、何か知らないのか?このまま食糧難だと、バイトだって辛いだろ?」
「分かったよ。だがな、その質問ならオレに聞いても無駄だぜ。原因が分かってりゃ、苦労なんざしてねぇよ」
「やっぱ知らないのか」
 結局振り出しに戻ってしまっただけのようだ。士郎は邪魔をしてすまなかったと、詫びを言い残して去ろうとするが。
「ほう、セイバーではないか。とうとう我(オレ)の伴侶になる気にでもなったか」
 唐突に金ピカの人登場。呼ばれざる客が来たお蔭で、セイバーとランサーは露骨に嫌そうな顔をしている。
「どうしたギルガメッシュ、怖気づきでもしたか?
・・・なんだ、お前達か。こんな所に何の用事だ」
 そして赤い人も登場。その姿は相変わらず、全て投影で作り出した釣り用具で固められている。
 士郎とセイバーは今まであえて関わらないようにと、ランサーのみに話しかけていた。
この二人は今まで、逆方向の場所に陣取って謎の対決を繰り広げていたのだ。下手に関わると面倒になると判断したので避けようとしていたのだった。
流石にあれだけ騒げば、気づいてもおかしくないのだが。
「私は貴方の様な相手と添い遂げるつもりはありません。
ところでアーチャー、ここ数日冬木市で起こっている異常の原因について、何か知っていることはありませんか?」
 取りあえずセイバーは、金ピカことギルガメッシュには用事がないとばかりに、隣にいるアーチャーに話を向ける。
「貴方とてシロウです。この異常にはお気づきでしょう」
 どうして俺だと異常に気がつくんだ?などと考えてしまった士郎ではあるが、面倒になりそうなので言葉を飲み込んだ。
「いや、あいにくと分からないな。そもそも私たちはサーヴァントだ、お前と違って食に対してのこだわりなどは無い。食べることばかり考えているサーヴァントというのも、珍しいものだ」
 そりゃそうだよなー。などと士郎が考えていると。

――カチン――

「って、ちょっとまてセイバーーーーー!」
 何かがひび割れる音と共に聖剣を取り出したセイバーを、飛び掛って止める士郎。
「放してくださいシロウ、ここで決着を決めねば私の沽券に関わります!」
「バカか!そんなもん振り回したらそれこそ食糧どころか冬木市自体消し飛ぶってーーーー!」
 必死にしがみつく士郎と、今にも約束された勝利の剣(エクスカリバー)を開放しかねない形相(ぎょうそう)のセイバー。
「雑種、我(オレ)のモノに勝手に触るなと何度言えば分かる。その薄汚い手を放せ」
 そして空気を読んでいるのかいないのか、相変わらず不遜な態度で士郎を見下しているギルガメッシュ。
「この状況で放せるかーーーーー!」
「ならばこの場で葬り去ってやろう」
 更に王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)まで展開される始末。
ランサーなどは我関せずといった感じで、普通に後ろで釣りをしている。
「待てギルガメッシュ、お前の相手は私であろう。まだ勝負はついていないぞ」
 アーチャーが、ギルガメッシュと士郎たちの間に割って入る。
因みにセイバーは「こうなったら令呪でも使って大人しくさせるぞ!」と士郎が叫んだ所で、やっと落ち着いてくれた。
さて、セイバーと士郎のもみ合いが終わりを告げたのもつかの間、今度は赤と金の対決が始まろうとしている。
「む、そうであったな。貴様との決着など余興に過ぎん、さっさと終わらせる事にしようではないか」
「ほう、随分な自信だな。では今までの対決記録はどう説明するつもりなのか、答えてもらおう」
 互いにニヤニヤと笑みを浮かべながら、目線で火花を散らすアーチャーのクラス二人。
「ゆくぞ!」
「望む所だ!」
 再び展開される王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)。ギルガメッシュはそこへ手を入れ、得物を掴む。
 アーチャーは手から細長い骨子を出現させ、実体化されたソレを掴む。
「今日こそお前の鼻を明かしてやろう。新調したこのリールの力、とくと見るが良い!」
「ふ、何を言うか。そのような投影の贋作で我(オレ)の竿に勝てるとでも思っているのか。所詮は偽物、本物に勝てる道理などないわ!」
 そうして二人は平和にも、釣竿を握って釣り糸をたれ始めたのであった。
「・・・驚きました。あの二人が、こんな平和的な対決方法を選ぶとは。一体どんな心境の変化があったのでしょうか」
 今まで暴れていたのも忘れ、セイバーはそんな二人を心底不思議そうに眺めている。
「さ、さあ・・・きっと海は童心に帰してくれるんだろう。あの二人、色々荒んでそうだしさ・・・・」
 すまないセイバー、むしろ俺のほうが聞きたい。などと思う士郎であった。
「しかし、これからどうしましょうか」
「そうだなー・・・・ランサーもアーチャーも知らないとなると、他に知ってそうな人か・・・・」
 うーん、と考え込む二人。
「アインツベルンの嬢ちゃんなら、何か知ってるんじゃないのか?」
 今まで我関せずだったランサーが、再び口を開いた。
「イリヤが?なんでさ」
「あの嬢ちゃんのこった、食糧は直輸入くらいしてるだろ。その過程で何のトラブルがあったのかくらい、把握しててもおかしくはないんじゃねーのか?」
 釣り針に餌をつけながら、ランサーはアドバイスを贈る。餌を付け終えると、再びヒュッと音を立てて竿を振るう。
「なるほど、確かに有りうる話です。さっそく話を聞きに参りましょうシロウ」
「ああ、そうだな。有難うランサー、助かるよ」
「いいからさっさと行け。ただでさえ変なが2匹も居座ってるんだ、これ以上煩くされると釣れる魚も釣れなくなる」
 後ろでは未だ謎の対決が繰り広げられている港を眺め、こうして二人は郊外の森へ向ったのであった。

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リンク
TYPE-MOONより発売のFate/stay night及びFate/hollow ataraxiaをクリアした人のみ理解できる内容なので、もし読む場合は注意してもらいたい。上記作品のネタバレを大量に含む描写が使われております。

Fateアンソロジー小説『冬木市から食料が消えた日』


リンクへ繋いでいる『こうぐち研究所』の方々が行っていた、テーマを決めてそれぞれ小説を書くという企画を読んで、自分も書いてみたくなり、勢いで書いた作品。
この時のテーマは『雨』で、簡単に読める程度の短編である事が条件だったので、それに習って書いた非常に短い短編になっている。

『あなたの名前は雨の音』


自作小説2作目。
リアル友人が「なんとなく」と言って描いたイラストを元に作った長編小説。
『素顔の仮面』

2010年の元日に、ふと思い描いたネタを、勢いだけで書き上げた作品。
今まで乗せた小説のキャラや、名前だけ出してるベースやメロウが登場し、試合を行うという話。
『2010年お祭り用小説』
Feteアンソロジー小説
 冬木市から食糧が消えた日

「シロウ、最近おかしいとは思いませんか?」
 とある昼下がり、セイバーが唐突にそんなことを口にした。
「おかしいって、なにがさ?」
 お茶を片手に士郎が尋ね返す。テーブルの上には、何故かいつものお茶請けが存在しない。
「あ、そうか。お茶請けが欲しいんだろ、セイバー」
「いえ、それもあるのですが・・・・」
 頬をやや赤く染めてセイバーがうろたえる。そんな姿を微笑ましく眺めながら、士郎は戸棚を開ける。しかし、そこには何も入っていなかった。
「おかしいな。そうか、そういえばここ数日買出しにいってなかったっけ。ごめんなセイバー、後で何か買ってくるよ」
「・・・はやりおかしいとは思いませんか。シロウ、私に何か隠し事をしているのではありませんか?」
 セイバーの言葉に、士郎の顔が若干引きつった。その顔を訝しげに見つめながら、更に追求する。
「ここ数日、どうも料理の量が減っている傾向がみられます。どうなのでしょうかシロウ」
「う・・・・すまないセイバー。あんまり知られたくなかったんだけど・・・・」
 士郎はとても言いづらそうに、理由を告げる。
「な、なんと。ここ数日食料という食料が冬木市から消えている・・・?真ですか!」
「そ、そうなんだ。どうも最近買いだしに行ってもどこの店も閉まっててさ、何も買えないんだ。
 ランサーが魚屋でバイトしてたから理由を聞いてみたんだけど、仕入先から商品が届かないってぼやいてた」
 大所帯を抱える衛宮家の食料減少スピードは凄まじい。藤ねえこと藤村大河を筆頭として、セイバーと桜が原因である。この3人の健啖家を抱えるには、相当な食糧が必要だ。
 2、3日前の事であろうか、ライダーには取られまいと1号自転車を引いて商店街へと買出しに行った。
 しかしそこに存在したのは、どこもかしこもシャッターが下ろされて、閑古鳥が鳴いた商店街であった。
 焦りながらも商店街内を渡り歩き、魚屋からエプロン着用で現れたランサーを見つけ、話を聞いたのだ。
(ああこれか?どうしたもなにも、仕入先から品物が届かねぇんだ。なんでも運送中にトラブったらしくてな、大方他の店も同じだろうさ)
 商売上がったりだ、などと嘆くランサーは、いつもの港へ向った。
「もしや、最近やけにサバが多いのは、ランサーから貰っているからなのですか?」
「そうなんだ。最近じゃ変なのか2匹も居座ってるから、釣りづらいらしいんだけど」
 もちろん、変なのとは何故か子供に大人気の金ピカと、投影で作り上げたバッタモン釣具で波止場を荒らす赤い人だ。
「それは、ランサーには感謝しなければなりませんね・・・」
「そうだな。でもランサーから魚を貰っただけじゃ誤魔化しきれないから、なるべく小出しにしてたんだけ・・・ど・・・・うっ!」
 と、鋭い視線。いや、殺気を感じた士郎はセイバーの方を振り向く。
「ど、どうしたんだセイバー・・・・?」
「シロウ、誤魔化すとはどういう意味なのでしょうか?」
 そこには、朗らかな笑顔を作りながら、悪鬼の如く殺気を放つ少女の姿があった。
 本当の事を言ったら殺される、と一瞬士郎は死を覚悟した。
「いや、それは・・・と、とにかく、そんな訳で今は料理を作るにも材料が無いんだ。悪いけどセイバー、しばらく我慢してもらえないかな」
 なんとか窮地を切り抜けることに成功。だがセイバーは別の事で悩んでいる様子。
「むむむ・・・それは一大事ですね。私は別に構いませんが、タイガはどうするのですか?」
「そうか、藤ねえがまだ残ってた。藤ねえの事だからそう簡単には感づかれないと思うけど、たまに変に鋭いときあるからなぁ」
餓えたトラは何をしでかすか分からない。もし野生の感か何かで食糧がなくなったと分かれば、大暴れするに違いないだろう。
(な、なな、何で夕飯が無いのよーーーーーー!!)
 などとその状況を士郎は想像してしまった。近所迷惑を無視した藤ねえの咆哮が、今にも聞こえてきそうだ。
それに構わないと言ったセイバーも、心の底から不安がっているのが端から見て分かってしまうほど、顔に表情が出ている。
流石にこのまま何の手も打たずに過ごすと、セイバーや桜の落ち込んだ顔を見なくてはならない。それを見るのは忍びない、なんとかしてやりたいとも思うが、自分には何も出来ないと肩を落とす士郎。
「ただいまー。あれ衛宮くん、なに塞ぎ込んでるの?」
 と、自宅の洋館から魔術に使う道具を取りに行っていた凛が、居間に現れた。
「ああ、お帰り。そうだ遠坂、お前最近商店街に商品が届かない理由って、知ってるか?」
「え、そうなの?」
 知らなかった様子である。更にがっくりと肩を落とす士郎。
「ちょっと何よ士郎、そんなに肩落とさなくても良いじゃない。それで、つまり食糧難ってワケ?」
 取りあえずあっさり状況を把握した凛。こういう所は流石だろう。
「そうなんだ、このままだと飢え死にするかもしれない」
「大げさね。って、そうでもないか。なんてったって、大量に食べる人がいるもんね」
 そう言ってニヤーっとセイバーを眺める、「むっ」と口をへの字に曲げるセイバー。
「なにか良い方法無いかな。下手をすると桜まで敵に回しかねない」
 士郎同様、台所に立つことが多い桜も、この異常には気づいている。しかし打開策が無いのか、この件に関してはあまり口を出すことは無かった。
「うーん・・・・なんで商品が届かないか、調べてみたら?」
「そうだな、こうなった原因は必ずあるだろうし。よし、じゃあ行ってくるよ」
 立ち上がり、早速家を出ようとする士郎。そこに、セイバーも立ち上がりついてくる。
「待ってくださいシロウ。我が家の一大事とあれば、じっとしていられません」
「ありがとうセイバー。じゃあ行こうか」
 こうして2人は衛宮邸を後にした。ちなみに凛は乗り気ではないのか、家に残ってお茶を飲んでいる。
「とは言ったものの、どうやって原因を探そうか」
「もう一度ランサーに、詳しい話を聞いてみてはどうでしょうか。もしかしたら何か知っているかもしれません」
「そうだな。じゃあ港に行ってみるか」
 最初の方針も決まり、港へ向う二人。と、前から桜が歩いてきた。今日は衛宮邸で過ごすようだ。
「あ、先輩にセイバーさん。お出かけですか?」
「ちょっとな。ほら、今って食料が買えないだろ?だからその原因を探しに行こうって決まって……どうかしたか桜?」
 士郎の話を聞くと、表情が曇ってしまった桜。何か考え事をしているのか、今では難しい顔をしている。
「桜、体調が優れないのでしょうか。顔色が悪い」
「え?いえ、大丈夫です」
 セイバーも桜の様子に気になったのか、心配そうな顔をしている。しかし桜は何でも無いと言うが、やはり桜の顔色はどう見ても悪い。
「大丈夫ってそんなこと無いだろ、凄い顔が青いぞ。早く帰って休んだ方が良い」
 このまま放っておくのも気が引けるので、士郎は桜を自分の家へ連れて行こうとする。
「大丈夫です、問題ありませんから!それと先輩、今日はこれから用事が出来ましたので夕飯の仕度はよろしくお願いします!」
 突然一気にまくし立てた桜は、失礼しますと最後に言い残してこの場を去っていった。
「どうしたのでしょうか、おかしな桜ですね」
「そうだな、何か心配事でもあったのかもしれないな」
 二人そろって疑問符を頭に浮かべながら、港へと向ったのであった。

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蒼髪の悪魔 4
「クィーミンがやられた?」
 男は座っていた椅子から身を乗り出して部下に問いただした。
「何故クィーミンガ独断で動いているのだ。説明しろ」
「昨日(さくじつ)、サミナルコ王国シルガ半島サヌ村付属教会大神官、リィーキ・シジン様が例の『蒼髪(そうはつ)の悪魔』に倒され、サヌ村自警団に拘束されたとの報告、そしてその『蒼髪の悪魔』がリーアの町に入ったとの報告が届きました。
 それをクィーミン様に報告した所、数人を引き連れて討伐にあたった模様です」
「何故私より先にクィーミンに報告した」
「セグラ様がご不在でしたので、その場合は代理であるクィーミン様へと報告する義務があります」
 セグラと呼ばれた男はイライラとしながら部下を睨みつける。しかしこの部下が間違った行動をした訳ではない。報告するのも仕事の内だ。
「……それで、クィーミンの容体は?」
「全身に渡るほどの大火傷を負い、現在回復系O・Hによる治療中です。回復の見込みはあるようですが、やや障害が残るのは確実との報告が入っています」
 セグラは憤りを隠しきれずに居たが、報告の義務を果たした部下に退出を命じる。その部下は報告書を机に置き、一礼すると部屋から退出した。
「クィーミンは兄を慕っていたから、倒されたと聞いて居ても立ってもいられなかった訳か……」
 立ち上がり、居心地が悪そうに部屋の中を歩き回る。
「独断専行など、本来なら処罰物だ。何故私に報告もせずに行ったのだ、クィーミン……」
 落ち着かない、どうも落ちつかない。
 セグラとリィーキは親友同士であり、リィーキが捕まったと聞いて憤るのはセグラも同じだ。しかしセグラはクィーミンがやられたことに対して最も怒りが強い。
 セグラとクィーミンは結婚こそしていないが、共に愛し合っている仲なのだ。
 許せる筈も無い。行けることなら、今すぐ自分もクィーミンと同じ事をするだろう。しかしそうも言っていられない。自分はシルガ半島大教会の総司なのだ。勝手な行動は許されない。
 取り敢えず先ほどの部下が置いていった報告書を眺める。少しは気も紛れるであろうし、それにこれからの行動を決めなければならない。
「サヌの教会はほぼ全壊か。この村は信者が居ない上に人口も少ないので献金もあまり無い。折角リィーキが、教会を撤去させる手続きを取っていた所なのに……。本部には報告しておく必要があるな。再建設はしなくとも問題無いと……
 リィーキ、皮肉な事にお前の望みは叶えられそうだ。もっと違う形なら、喜べただろうに……」
 自分の机に座ったセグラは、報告書とペンを取り出して、本部へ送らねばならない報告書作りに入る。
「『蒼髪の悪魔』か。神の住む『教会』を襲うので悪魔……。この町に来たのならば、私がその悪魔に引導を渡してやろう」
 セグラは気づくと、右手に持っていたペンを握りつぶしていた。



 バリセラスはカイシと名乗った青年に連れられて、騒ぎを起こした食堂から離れ、人気(ひとけ)の少ない町外れへと移動していた。
 人通りが少ない道を何度も曲がり、人目を避けるように此処まで来たのだ。完全に人の気配は無く、とても静かな場所である。
「ここまでくれば、まあしばらくは大丈夫でしょう」
 カイシが笑みを浮かべながらバリセラスを振り返りながら言う。
「……お前は一体何者だ?」
 バリセラスは未だ、険しい顔つきでカイシを睨んでいる。
「先ほども言いましたよ~?僕はカイシ・クレパイグと申します。と」
「それはいい。何故俺の名前を知っている」
 助けられはしたが、バリセラスはカイシを信用していない。
 答え様によってはこの場で斬り捨てるだろう。それほどの殺気をバリセラスは放っている。
「こう見えても僕は情報屋でしてね。貴方の噂は聞き及んでおりますよ。『蒼髪の悪魔』さん」
「『蒼髪の悪魔』って何?」
 何故か一緒についてきたメラウが、バリセラスの後ろからひょっこりと顔を出してそんな疑問を口にする。バリセラスは「何故お前が着いて来る」と言いたげな目線を送っているが、全く気にしていない。
 カイシは話の腰を折られても気にすることなく、メラウに目を向けた。
「ご存知有りませんか。神聖なる教会に牙を向ける、神を滅ぼさんとする者。でしたっけ?
まあコルドが勝手に付けているので、実際の所僕には分かりません。しかし、教会とは神を崇める場所。そこを壊しているので悪魔という形容詞が付いたのでしょう。最近では結構な有名人ですよ。
 コルド信者からは悪魔、そうでない人からは救世主だ。などとね」
「へ~。教会なんて壊してるんだ、無茶してるわね~」
 メラウはバリセラスをまじまじと眺める。
「ところで、お嬢さんはどなたです?まさかバリセラスさんの恋人でしょうか?」
「まっさか~」
「こいつは関係ない、勝手に着いて来ただけだ」
「うい、そーいうこと。なんか面白そうだしね~。あ、私の名前はメラウよ。メラウ・クレメーア」
 そう言って右拳を前に突き出す。格闘家だというアピールだろう。
「そうですか。お綺麗なお嬢さんですから、お茶にでも誘おうと思っていた所だったんですよ~。どうです、今からでも」
「ん?奢ってくれるなら良いわよ~」
 バリセラスそっちのけで会話を始めるカイシとメラウ。しかもカイシはナンパまで始めた。その姿を睨み続けながらバリセラスは話を戻す。
「それで、俺を助けたということは、お前はコルド信者では無いんだな?」
 カイシはメラウからバリセラスに視線を戻し、答える。
「当たり前ですよ~。身内燃やしてどうするんですか」
「俺の名前も情報屋だから知っている。とでも言うのか?」
「当然です。他に理由も無いでしょう」
 特に意味は無いであろうが、くるくると手に持っている槍を片手で回し始める。この槍はカイシの身長ほどの長さがあるため、かなりの重量があるだろう。それを簡単に片手で回しているのだ、筋力も技術も相当なものだろう。それに、この槍に触れただけでクィーミンは燃え上がったのだ。
「お前は炎関係のO・Hだな」
 その言葉を聞いたカイシは、回していた槍の動きを止める。すると槍の先端部分。つまり刃の部分から炎が噴出し始めた。
「大当たりです。僕のO・Hは「炎を纏わせる」能力です。自らの触れた物にならそれに炎を纏わせることが出来ますよ」
 そう言うと槍の炎は消える。
「消すことも出来ますけどね」
 カイシは相変わらず笑みを浮かべたまま、バリセラスを眺めている。つかみどころが無い人間だとバリセラスは思った。あまりしつこく聞いても無駄だろう。なので用件だけを聞くことにする。
「それで、俺に何か用か」
「ああ、そうでしたね。僕は貴方に忠告をしに来たのですよ」
 声色も顔の表情も変えずにカイシは話を続ける。
「ここの町の教会は止めた方が良いですよ?なにせ、ここにある教会は『大教会』ですから。普通の教会とは規模が違います。下手したら簡単に死ねますね」
「それは知っている。簡単にだが調べた」
 バリセラスは宴会が始まる前のサヌ村で、可能な限り情報を集めていたのだ。
 そこで得たのが、リーアの町の規模と教会の規模、そしてそこの総司の能力の情報だった。詳しく知ることは出来なかったが、水を操る事が出来るO・Hだとバリセラスは聞いていた。
「その程度の事で諦めるつもりは無い」
「もう1つあるんですよね~」
 カイシはバリセラスが言い終わると同時に、勿体ぶるようにして言い始めた。
「ここは大教会がある場所なんですよ、つまりはそれがある事を町ぐるみで望まなければ、まず存在しないものです」
「てーと?」
 そう聞いたのはメラウだ。バリセラスは無言。しかしメラウは構えをとり始め、いつの間にかバリセラスは剣の柄に手をかけている。
 カイシも静かに槍を構え始めた。
「つまり、ここの町は」
 突然、バリセラスたちがいる辺りの地面が隆起する。
「ほぼ全員コルド信者なんですよ!」
 それと同時にカイシが叫んでいた。
 3人は同じ方向へ跳ぶ。あのまま居たら間違いなく隆起した地面に串刺しにされて死んでいただろう。
「逃がしたぞ、追えーー!」
 地面を隆起させたらしき中年の男が叫ぶ。回りには老若男女様々な人間が武器を片手にバリセラスたちを睨んでいた。恐らく地面に関係するO・Hの持ち主なのだろう。
 どうやら食堂の騒動があったお蔭で、バリセラス達がコルドに敵対する人間だと言うことが知れてしまった為だろう。
「どうします?町の中に居る限り逃げ場はありませんよ」
「取りあえずひたすら逃げる。此処は町外れだ、なんとか逃げ切れるだろう」
 走りながらバリセラスは腰の剣を抜く。前方から数人の男が斬りかかって来た。それを難なく受け止め、昏倒させてさらに走る。
「うおっと、危ないわね~。なんか刺さったら痛そーなもんが大量に飛んできたけど。なんか面倒そうよ~?」
 などと気楽にカイシとバリセラスの後を追うメラウ。
「お前は元々関係ないだろう。さっさとどこかへ行け」
「無理。私もすでに仲間って見なされてるっぽいし。こうなったら最後まで手伝うわよ~」
 緊迫している状況にもかかわらず、妙に気の抜けた口調で言いのけるメラウ。
「最近って結構退屈でね~。こういう面白そうなことには首突っ込んでおかないと」
「邪魔だ」
「気にしない気にしない」
 そんな問答をしつつも、襲ってくる町民を次々と昏倒させていく。
 次の瞬間、バリセラスの前に剣を構えた女性が襲い掛かる。見た目からして素人だ。
 しかしバリセラスは攻撃をしようとせず、相手からの攻撃を受け止めることもせずに、無理な体勢から避けている。
「大丈夫です?バリセラスさん」
「あんたなにやってるのよ!」
 メラウがその女性を殴り飛ばす。カイシは、バリセラスが体制を崩した所を狙ってきた町民を持っている槍であしらっている。
「ちょっとおかしいわよ?」
 走りながらではあるが、メラウがバリセラスの顔を覗き込んで疑問符を浮かべる。
「……後で理由を話す。今は逃げることだけ考えろ」
 あまり話したくはなさそうなバリセラスだが、顔を伏せながら答えた。
「しょーがないわね。んじゃ、さっさと行きましょ。んでも、何処に?」
「このまま真っ直ぐ行けばもう少しでリーアから出られます。そこから北に行けば少し離れた場所に小屋がありますので、一旦そこに非難しましょう。このまま行けば袋のねずみですので、バラバラに行動してそこを目指す方が良いですね」
 カイシはこの辺りの地理に詳しいらしく、逃げ場所の正確な位置と、そこにたどり着くまでのルートをバリセラスとメラウにそれぞれ教える。
「分かった。他に手も無い、今回だけは信用しよう」
「うい、りょーかい」
 バリセラスとメラウはそれに承諾する
「では死なないでくださいよ~。今です!」
 カイシの掛け声と共に3人はそれぞれ別方向に跳んだ。


 カイシはバリセラスとメラウの2人と別ルートで、自らが示した小屋に向けて建物の間を縫うように走る。
 此処、リーアの建物の配置が完全に頭に入っているらしく、地元住民しか知りえないような抜け道を次々と抜け、まだ町中ではあるが後を追う町民は一人も居なかった。
「ふう、これで撒きましたでしょう」
 かなりの速度で逃げていたにも関わらず、顔は相変わらずで疲れている様子が無ものの、足を止め周りを見渡す。今彼がいるのは路地裏であり、人気は無い。
「そろそろ姿を見せてもらえませんかねぇ。男に見張られているというのも、あまり心地良い気がしないものですよ?」
 そう口にすると、カイシの背後から少し離れた所より、帯剣している20代後半程であろう男が姿を見せた。
「……流石にお気づきでしたか、カイシ様」
 カイシを様付けで呼んだ男は、歩いて近づいてくる。
「おかしいですねぇ。『様』を付けて呼ばれていますが、あなたと会った事なんか無いと思うのですが。それに男に様と呼ばれてもあまり嬉しい気がしませんし。僕にそちら側の趣味はありませんので」
 片手で無意味に槍を回しながら、軽い口調で皮肉混じりに言ってのける。
「ご冗談はお止めください。私はカイシ様を影からお守りするようにと、仰せ付けられた者です」
「守るのですか。監視などの間違いではありませんか?」
 回していた槍を止めて地面へ付け、相変わらずのにこやかな顔をまっすぐ男へ向ける。しかし、その笑顔の奥に秘められている瞳には、薄ら寒いほどに一切の感情が込められていない。
 カイシの顔を見て、男は薄っすらと脂汗を流す。
「……カイシ様、どうかお戻りください。貴方様は現、りゅ……」
 男が何かを言おうとした瞬間、喉元(のどもと)にカイシが槍の刃先を付きつけていた。今まで鞘に収められていた刃は、いつの間にか引き抜かれて剥き出しになっている。あとほんの少し動くだけで、首元から血飛沫が舞うだろう。
「口は慎みましょう。何処で誰が聞いているのか分らないのですよ? 下手な事を言う様であれば、僕は人殺しになってしまいますからねぇ」
 突きつけた槍は微動だにせず、口調は同じ様な軽さで話すカイシ。顔の表情も変わっていないが、何の感情も込められていなかった瞳には、明らかな殺意が込められている。
「も、申し訳ありませんでした……。以後気をつけます……」
 萎縮しようにも、少しでも動くと槍が刺さってしまうため、男はそのままの体勢で謝罪をしている。
 すると、向けられていた槍が静かに引き戻されていく。身の危険が去った男は、安堵のため息を漏らしている。顔面蒼白で、額にはびっしりと浮かんだ脂汗で前髪が張り付いている。顔だけを見るのならば、水死体に近い。
 そんな男の様子を眺めながら、一層笑みを深くするカイシ。
「もう一つ教えておきましょうか」
 カイシが何かを言おうとしているので、男は改めてカイシを見る。

 ――フォン――

 何か、風を切るような音が聞えたと思うと、いつの間にか体の感覚が無くなっていた。同時に、どんどん目線が地面へと近づいて行き、次第に思考もぼやけてきている。
「僕は見た目より短気なのですよ。ついでに容赦の無い性格をしているものでして」
 カイシが何かを言っている。しかし男が持つ人間としての機能は、既に失われ、地面に頭が転がった時点でようやく、何が起こったのか全て理解して完全に意識を失った。
 赤と無色の鮮血を切断面、つまり首から噴出しながら男の胴体が仰向けに倒れる。
 カイシは数歩後ろへ下がり、自らに男の血液がかからない位置に下がった。ついでに男の首を刎ねた槍を大きく振るい、刃に付いた血を払い落とす。
「さてと、そろそろ行きましょうかねぇ」
 人一人を殺したというのに、何の感情も出さず後ろを向いて歩き出す。と、数歩歩いたところで、足を止めた。
「そうそう、言い忘れていました。隠蔽系のO・Hを持っているのは嬉しい事なのでしょうが、気配がバレバレですよ。それで隠れている積もりなのであれば、もう一度訓練を受けてきたほうが良いかもしれません」
 彼の後ろには首の無い死体しか居ない。だが、そのまま言葉を続ける。
「おそらくこの方は、感覚系のO・Hでしょうね。基本的にはこの人が『目』の役割を果たしているのではありませんか? 近くに居た事から考えて、遠視型ではなく透視型でしょうか。まあ、まだまだ物腰が未熟な事を考えると、最悪誰かに見つかった時の身代わりか逃げる為の囮役でしょうね。姿が見えないあなたの方が、見つかる確立は低いでしょうし」
 此処にはカイシしか話を聞けるような人はいない。しかしカイシが話す内容は、此処に居る視えない誰かに向けられているとしか思えない。
「おやおや、此処まで言っても姿を見せませんか。そうなのであれば仕方ないです。貴方も、こちらの方とご一緒に天国の階段を登ってもらうしかありませんね」
徐に槍を水平に持ち上げ、両足を肩幅に開き、少し腰を落とす。
「申し訳御座いません……命令とは言え、今までの非礼、どうか、お許しください……」
 すると先ほどの男より少し後ろの空間から、別の男が土下座姿で現れた。先ほどの男よりも年配で、30代半ばという所だろう。
「おお、これは。まさか本当に居るとは思いませんでした。口から出まかせも言ってみるもんですねぇ」
「うっ……」
 あまりの事に、うめき声の様な音を口から漏らす男。
「冗談ですよ。まだまだ洞察力が足りてませんねぇ」
 肩を揺らしクスクスと含み笑いを漏らしながら、カイシは後の男の方を振り向いた。その顔は更に深みを増した笑顔であり、今の男の反応が完全に思惑通りだったことが伺える。
 悔しさ故か、男は土下座のまま顔を上げることなく押し黙ってしまっている。
「からかうのもここまでにして、少し真面目な話をしましょう。僕が何故あなたを生かしておくのか、お分かりですか?」
「……余計な混乱を抑えるようにこの死体を処理する事と、二度と監視役を寄越すなという報告の為であると考えられます」
 男は頭を上げず、変わらず土下座のままで答えた。
 この回答に、カイシは『予想通り』という顔をする。
「惜しいです。最初は正解ですが、次は異なります」
 カイシの言葉に、男は思わず頭を上げると、カイシは背を向けて空を見上げていた。
「報告する内容が違うのですよ。『監視を寄越すな』という内容では無く、『次に監視役を送り込んでくる場合は、見目麗しい女性にして欲しい』という内容です。むさい男だと、また殺してしまうかもしれませんから」
 男はポカンと口を開けて、何を言われたのか分らないような顔をしている。
「では頼みましたよ。あまり遅いと余計に疑われてしまいますので、僕はもう先を急ぎます。帰りの道中、お気をつけて」
 未だ男が混乱している最中、言いたい事を言い終えたのか最後まで男の顔をまともに見ること無く、カイシは勢いよく走り出して行ってしまう。
 この男が、言われた意味を完全に飲み込んだ頃には、もう姿は見えなくなっていた。
「……恐ろしいお人だ。何を考えているのか、理解など到底出来そうに無い」
 しばらくカイシが立っていた場所を眺めていた男は、深くため息を吐いた後、手早く仲間であろう男の死体を片付け始めた。


第3話『2人目の悪魔』へ
蒼髪の悪魔 3
 バリセラスがメラウと騒ぎながら去っていった後、一人の青年が自分の身長ほどの杖をつきながら歩いてきた。
 その青年は商人のようであり、また旅芸人にも見えるような風貌だ。170センチ弱の痩躯をゆったりとした旅装束で身を包んでいる。歳は20代前半ほど。髪型は薄い茶色で、髪を立たせ一房だけ前に垂らしている。左耳にのみ、金色のピアスを付けているが、顔には人懐っこそうな笑顔が張り付いているお陰か、とても穏やかな雰囲気を持つ青年だ。
 大きく伸びをして、持っていた杖をくるくると回して再び地面へつく。
「ようやく追いつきましたねぇ。なんとも、さすがバリセラスさん。進むのが早い早い」
 青年は少しの間そこに佇んでいる。すると数人の男達が現れた。
「お疲れ様です。貴方様が此方に訪れたと言うことは、例の男がこの町に現れたということでしょうか?」
「そういう事でしょうね~」
 やれやれとため息混じりに呟くと、再び青年は歩き始める。
 バリセラスがメラウと共に歩いていった道を。
「では我らは報告を済ませます故、失礼致します」
 歩いていく青年の後姿目で追いながらそう言った後、頭を下げて男達は足早に去っていく。
 当の青年はと言うと。
「今日くらいには追いつきたいですね~」
 などと呟きながらゆっくりと歩いていた。


 リーアの町とは、サヌ村と同じサミナルコ王国シルガ半島に位置する、人口約5千人の比較的大きな町である。
 サミナルコ王国とは、元々農業や漁業が盛んな国で、この町は農家が多い。
 闘技場などの娯楽施設は中心街に存在し、畑などはその殆どが町の外側に作られている。そしてシルガ半島で最も大きい面積を誇るリーアは、交流の中心として機能している為、娯楽施設が存在するのだ。
 メラウとバリセラスはというと、リーアの町中心街から少し離れた場所にある食堂にいるのだった。
 あれからしばらく暴れまわっていたメラウは、結局バリセラスが根負けしたことで大人しくなり、こうして二人で食堂を訪れたのだ。
 メラウがバリセラスを座らせ、何かの料理を注文する。その間にメラウは、斬られて破れた服から着替えるとトイレへ姿を消した。一応女性なだけはあるので、この辺は気になるのだろう。注文した料理が運ばれる頃に、彼女は着替え終えて帰って来た。
「……それで、この山は何だ」
 メラウが着替えている間、律儀に待っていたバリセラスの目の前にそびえ立つそれは、まさしく『山』であった。
「そう?こんなもんだと思うけどね~」
 そういいつつ、メラウはその山に右手に持ったフォークを刺して、刺さった物体を自らの口の中に放り込む。
 バリセラスが山と表現した物、それは高さ1メートル強の巨大な肉塊だった。それが向かい合ってテーブルを挟むように座っている二人の目の前に鎮座しているのだ。周りで食事をしている他の客などは目を剥いている。
 一体この肉塊を建造するのには、どれほどの肉が使われているのかなど到底分からないが、食用に飼育されて肥えた豚であったとしても1匹では足りないだろう。これを注文したのはもちろんメラウだが、出す店もどうかしている。
「いくら俺でも半分すら食えないぞ」
 脂汗を流しつつ山を見上げるが、当然量が減ったりはしない。むしろ重量感あふれるこの料理と呼んで良いのかさえ分からない物品は、バリセラスの食欲を減少させていくのだった。
 仕方が無いので取り敢えず食べてみる。意外と美味いなと思ったので、案外食が進んだ。5分の1ほど食べたところで何となく肉の横からメラウを覗いてみる。するとどうだろう、すでに半分以上食べ終えた所だ。
「よく食えるな……。あまり食いすぎると太るんじゃないのか?」
「大丈夫大丈夫。体重なんか増えないわよ。なんかそういう体質らしいから」
 カラカラと笑いながらも食べ続ける。
「…………そうか」
 黙々と再び食べ始めるバリセラス。
「ところでさ、あんたの名前なんていうの?」
 食べながら、メラウは自分の名前を名乗っていないことを思い出し、名乗る事にした。
「私はメラウ・クレメーアよ」
「……バリセラス・ガルガートだ」
「バリセラス?だったらバリスね、そのままじゃちょい長いし」
 その言葉にバリセラスは眉を吊り上げる。
「人の名前を勝手に略するな」
 しかしメラウは悪びれる様子は全くない。
「良いじゃない、別に。呼んで分かれば大丈夫でしょ」
「……ふん」
 メラウの言い分に怒ったのか、満腹になったのか、席から立ち上がるバリセラス。
「1食奢ってもらったことに関しては礼を言う。だがもう合うことも無いだろう、じゃあな」
「うい?どっか行くの?」
 フォークを咥えたまま首をかしげるメラウ。
「お前には関係ない」
「ひっどい言い様ね~。いいじゃない、聞いてるんだし答えても」
 そういいつつまだ食べている。
「断る。それに、人に話を聞きたいなら食うのを止めろ」
「ん~……嫌」
 いつの間にか最後の一切れになっていた肉塊を胃に収め、「ふい~」と息をついて椅子の背もたれに寄り掛かる。
「……だったら聞くな」
 メラウに背を向け歩き出すバリセラス。しかし、ふと足を止める。
「一つ聞く」
「うい、何?」
「お前はコルド関係者か?」
 腰に吊ってある剣を静かに抜く。
「コルドってあの宗教の?目障りとは思うけど、基本的に関わってないわよ」
「なら、逃げろ!」
 バリセラスはそう大声で叫びながら外に飛び出す。そこには6人ほど、鎧を身にまとった男が立っていた。
 バリセラスはその中に1人、最も近くに居た男の足を動く前に切り捨てる。男は足の筋を斬られ、その場に崩れた。
「何の用だ」
 油断無く剣を正眼に構えて男達に問う。
「此方が何も言う前に1人を切り伏せて、その言い様か」
 声は男達の後ろから聞こえた。
 バリセラスはハッとして声の主を見る。そこにいたのは、ヒラヒラが大量に使われたドレスを着ている人間であった。顔にヴェールを掛けてあるので年齢や表情はわからないが、体の線と胸の膨らみと声で女と分かる。
「……コルド関係者なのは間違いなさそうだな」
「私はクィーミン。サミナルコ王国シルガ半島大教会総司補佐、クィーミン・シジンだ」
 女は男達の前へ出る。男達はバリセラスを取り囲むように動き、男の1人は斬られた仲間を治療している。
「シジン……?あの大神官の家族か?」
 バリセラスは昨日、サヌの自警団に引き渡した男を思い出す。名前はリィーキ・シジンと言った筈だ。
「その通りだ。お前は兄さんの仇、此処で死ね!」
 そういうと構えをとる。見たところ武器などは所持していない。O・Hが武器なのだろう。
「はぁ!」
 クィーミンが殴りかかってくる。
「…………っち!」
 バリセラスは受けずにかわす、しかしそこに別の男が斬りかかって来る。
 その男を先に倒そうとするものの、後ろからクィーミンが殴りかかる。だがバリセラスは、剣で受け流すことも出来るだろうに、別の敵が居ると分かっている方向に飛びのく。
「どうした、怖気づいたか!」
 尚も殴りかかってくる。
「クソッ…………」
 後ろからは、また別の男が斬りかかって来る。バリセラスはそれを剣で受け止めるものの、またクィーミンが殴りかかってくると、受けもせずに避ける。
 バリセラスは他の男達の攻撃に対しては対処をするのに、クィーミンの攻撃だけはただ逃げているだけだった。その為ろくな攻撃が出来ないで居る。
(まずいな……正直、さばききれない)
 包囲していた男に、完全に背後を取られる。バリセラスが気づいた時にはもう、剣が振りかぶられていた。
――ドフッ――
 鈍い音が響く。誰かが、バリセラスを斬ろうとしていた男を、殴り飛ばしたのだ。
「バリス大丈夫?なんか見てられないんだけど。手伝おっか?」
 メラウだ。男を殴り飛ばした左拳を握り締め、バリセラスを眺めている。
「……取りあえず礼を言う」
「うい。んじゃ、行くわよ!」
 メラウが疾風の様に動く、何が起こったか分かっていない男達は慌てふためいている。
 6人いる内の、1人は先ほどバリセラスが倒しており、1人はおそらく治療に回っている事からサポート専門。先ほど殴り飛ばされた男は、それほどダメージが無いのかそのまま立ち上がっている。つまりメラウが相手にする残りの敵はクィーミンを除く4人。
 何の武器も所持していない女が、いきなり構えてこちらに闘志を向けてくる。この状況に驚き数人は狼狽している。それを好機と取り、メラウは一番近くに居た男の懐まで入る。男は驚きつつもとっさに反応するが、既に遅い。
「せあぁ!」
 顎を下から打ち上げられ、完全に中へ浮く。顎は一見すると大してダメージの出ない場所に見えるが、顎はこめかみ辺りから繋がっているのだ。ここに大きな衝撃を与えると顎関節(がくかんせつ)から伝わって衝撃が脳まで達する。当然まともに動けなくなるし、記憶が飛ぶことだって珍しくない。
 薄く意識は残っていたのか、後頭部を地面に叩きつけられないように受身は取っていたようだが、1人目の男は完全に沈黙した。
 1人目が倒れたのを見て、残った3人の男がメラウを囲むように動く。
 当然メラウとて、その状況を大人しく見ている訳が無い。
 今倒した男が持っていた予備の剣を、殴るついでに抜いていたメラウ。それを囲まれる前に、適当に選らんだ中の1人に投げる。しかし防御場を作るO・Hを持つ人間なのか、投げられた剣は男の眼前で弾かれた。弾かれたが、その瞬間、男は背中から地面に叩きつけられていた。
 上で防御を貼れば、下の方は無意識の内に無防備になってしまう。どの道あの剣は、単なる目くらましなのだ。1テンポ遅れて逆の方向から攻撃されれば、案外人間など反応できないものである。
 これで2人目。ここでメラウは、2人目の男を盾にするように持ち上げる。残った2人は盾にするのかと身構えて攻撃するのを一瞬だけ止める。止めた所に、今度は剣ではなく男が飛んできた。
 まさかメラウの様な女の細腕で、男一人投げ飛ばせるなど思わないだろう。しかも飛んでくるのは自分の仲間だ。下手に避けるわけにも行かず、3人目の男は2人目ごと地面に転がった。2人目も3人目も、特に3人目はろくに受身も取れないので、まともに衝撃を受けて地面に転がる。鎧をつけているとは言え、押しつぶされるような重い衝撃を全て緩和させてくれる訳でも無い。
 実際には、メラウが行ったのは単に突き飛ばしただけだ。2人目の男を担いだまま、腰を落とし、半身に構え、相手の腹部に手を当てる。そして、身体全体で踏み込むように押し出す。こうすれば遠くに投げ飛ばす事は出来なくとも、間近にいる敵相手にぶつけてやるくらいのことは出来る。
 最後に残った男は、仲間の事は気にせず、メラウのみを狙って攻撃を仕掛けてきた。メラウが2人目を吹き飛ばした型のまま静止している瞬間を狙って、手に持っている剣を勢い良く振り下ろす。
「せいやぁ!」
 メラウは軸足を支点に、逆の足を後ろ回し蹴りの要領で、弧を描くように振り上げる。相手の剣の柄部分と、メラウの足が衝突した。下から柄を押された形になった男の手からは、簡単に剣が抜ける。
 その抜けた剣を、思わず目で追ってしまったのが、この男の敗因となった。
 勢いを殺さず支点まで戻ってきた足は、一歩前の所まで進んで地に降ろされ、今度は逆に支点となった。新たな支点が出来上がり、いままで支点となっていた足が地を離れ、円を描くように男の腹部へ回し蹴りを放つ。今までの回転運動の勢いを全て殺さず放たれた最後の蹴りは、鎧越しでも十分な衝撃を男に与えた。
 これで4人。残りは未だ最初に斬られた男を治療している、おそらくサポート役だけだ。これ以上戦おうとは思うまい。
 この間実に10秒足らず。メラウの相手した男達は、全員完全に戦闘不能へ陥った。
「終わったわよ~。って、まだやってるの?」
 メラウが4人相手に圧勝して、意気揚々とバリセラスの方を向く。だがバリセラスは未だクィーミン相手に苦戦している。何故なら彼は、クィーミンにだけは攻撃しないのだ。
「どうした、何故戦わない。ふざけているのか!」
「ふざけてなど……いない!」
 そうは言うものの、バリセラスは攻撃どころかクィーミンの攻撃を受け止めることすらしていない。全て避けている。
「何やってるのよ!」
 見かねたメラウが、クィーミンに殴りかかる。
「って、痛った~~~~」
 だが、悲鳴を上げたのは逆にメラウの方だった。
「何コレ。ありえなく堅いんだけど」
 目じりに涙を滲ませながら、後ろへ大きく跳ぶ。
 殴ったのはいいが、クィーミンの体が鋼鉄の如く堅いのだ。メラウは篭手の様な物を装備していないので、素手で壁を殴った様な感じだろう。
「硬化系のO・Hだろう、おそらく『身に着けた物を堅くする』能力だ!」
「御明察だ!」
 バリセラスはクィーミンの蹴りをまともに食らって吹き飛んだ。
「良く分かったな」
「っつ……その服、格闘戦に使うなら邪魔になる筈だ。それなのにわざわざ飾りが付いている服を着てくるということは、それが武器になるんだろう。そう考えれば簡単だ……」
 クィーミンがわざわざヒラヒラが付いたドレスを着ている理由、それはその部分すらも硬化させ、武器とするためだ。顔にヴェールをかけてあるのも、この為だろう。
「普通の鎧より堅いのでな!」
 クィーミンが左の拳を振りかぶる。服の一部が突出していて、棘の様になっている。これを受けたら間違いなく刺さり、貫かれる。
 だがバリセラスは先ほどの攻撃で身動きが取れない様子だ。その場から動けない。
 メラウも大きく飛び退いた為、間に合わない。
「終わりだ!」
 拳を振り下ろす。
 その拳がバリセラスに届くといった瞬間、なにか長い棒の様な物がクィーミンの拳を受け止める。長い柄の先に刃が付けられているそれは、槍だった。
 突然、クィーミンが炎に包まれる。
「きゃああああぁぁぁぁぁーーーーーー」
 クィーミンは絶叫を上げて、その場を転がりまわる。
 バリセラスは、自らを貫こうとした拳を受け止めた、槍を握っている人物を見上る。
「女性を痛めつけるのは、僕の趣味ではないのですが。
 しかしあまり戦場などには、行った事が無い様子ですね~。服ならいくら堅くても簡単に燃えるでしょう、その辺りも考慮しないといけませんよ?」
 そこには、にこやかな笑顔が張り付いている顔の男が立っている。
「苦戦していたようですねバリセラスさん。大丈夫ですか?」
 炎に包まれ悶えているクィーミンから目を放し、男はバリセラスに手を差し伸べた。しかしその手を無視し、バリセラスは男の顔を凝視しながら問う。
「誰だ……お前は……?」
「おやおや失敬、僕はカイシ・クレパイグと申します。以後お見知りおきを」
 軽やかに一礼してから、その男カイシは、そのにこやかな笑顔をバリセラスに向けた。


続きへ
蒼髪の悪魔 2
「あんたまだ懲りないの?いい加減しつこいわよ!」
 心地よい陽気の昼下がり、リーアの町からやや離れた街道で、メラウの呆れたような罵声が響いた。
 散々コクロウをこき使い、しっかり朝ごはんも食べた後、民宿を後にし、町を出たメラウであったが、またもや数人の男にからまれたのであった。何を隠そう、タガル・ガッドスと言う名の見るも無残なボコられ男が率いる、数十人単位の男たちに。
「てめぇのおかげでひでぇ目にあったからな、そのお返しだ!」
 タガルは未だにメラウに負けたことを自分の責任と認めたくはないようだった。
 まあ確かに、今までほとんど負けたことが無く何十連勝もし、向かうところ敵なしとまで言われていたタガルなのだ。メラウのような小娘に一矢報いることすら出来ずに敗北したとなれば、自身の矜持(きょうじ)に壮絶なヒビがはいったことだろう。その上、観客たちには腹いせとして散々ストレス発散の的(サンドバッグ)にされたのだ、無理もない。
 もっとも、タガルがメラウに対して行ったことや、観客たちがタガルに対して行った行為が正しかったかと問われたら、『否』としか言わざるを得ないが。
「あんたの自業自得じゃない。で、こんどは何を連れてきたのよ?昨日よりも数は少ないけど、ただの観客よりはずいぶん骨がありそうな連中ね」
 メラウは自分を取り囲んでいる男たちに目を向ける。全員完全武装で、何度も実戦経験を体験しているような物腰。抜刀している者も少なくない。
「ふふふ……聞いて驚くなよ?リーアの町の傭兵集団だ!この俺でも勝てないほどの人数を集めた。これでお前は一巻の終わりなんだよ」
「……」
「どうした、あまりの凄さに声も出ないか?」
「いや……もうあまりの馬鹿らしさに声も出ないわよ……あー頭痛い」
 頭に右手を当てながらぼやくメラウ。
「しょうがないから話を進めるけど、よくまあわざわざ大金払って傭兵集団なんて雇ったわね」
「この怒りを静めるためなら何でもする!」
「あんた……よっぽど暇人ね」
「なんだと!」
「……いやごめん、なんでもない」
 再び頭に右手を当てるメラウ。
(こんなことやってて恥ずかしくないのかな……まあいいや。取り敢えず、この状況をどうするかよね)
 メラウはタガルのことは無視し、周りにいる傭兵集団を眺める。
 見た目には出してはいないが、今メラウの置かれている状況はかなり深刻だ。
 傭兵の人数はおよそ30人強、周りを完全に囲まれ、逃げ道は無い。その上どの傭兵もそれなりに鍛錬を積んでいるようで、強行突破など出来そうにない。
 しかし女の傭兵もいただろうに、わざわざ男の傭兵のみを連れて来たところを見ると、メラウのような小娘に負けたのがよほど悔しかったと見える。
(うーん。ちょっとつらいかな……なんとか口論だけで済ませたいんだけど……今回は無理かな)
 前回の観客たちはあっさり簡単に引き下がってくれたが、今回はタガルに金で雇われた傭兵だ。タガルを丸め込まない限り引き下がってはくれないだろう。だがそのタガルは、口で言ったところで耳を貸すような人間でないことは確かだ。
(どうしようかな……)
「もう覚悟はいいか?殺れ!」
『おぉう!』
 メラウがまだ考えている最中に、タガルは傭兵たちに命令を下す。当然、この状況でメラウに勝ち目がある訳がない。
 傭兵たちは1人残らず臨戦態勢に入る。
「くっ!こうなったら、やるしかないわね」
 メラウは覚悟を決め『はあぁぁぁ』と息を吐き、構える。
「かかってきなさい!」
 そう言うと同時に目の前にいた男が地を蹴り肉迫(にくはく)してきた。
「せあ!」
 その男の太刀筋を読み、みぞおちに拳を叩き込む。
 鈍い音を立てて吹き飛び、後ろにいた数人を巻き込んで沈黙する。だがそうしている間にもまた後ろにいた男が切りかかってくる。
「くっ!」
 体の転換をすると同時に、軸足でない左足で剣を持った男の手を剣ごと蹴り上げ、その左足で顔面を蹴るつける……が。
「うい?」
 これ以上蹴れない。いや、衝撃が伝わってないのだ。
(衝撃吸収のO・H?……相性最悪だわ)
 取り敢えず、こいつの相手は後回しにすることにしたメラウは、後ろに大きく跳躍する。しかし当然後ろにも敵はいる。それに少しずつ包囲も狭まってきている気がする。
 何とか後ろにいた敵は降(くだ)したが、このままではメラウの負けは決まったのも同然だ。
「はあぁぁぁぁっ!!」
 その後も数人を片付けるが、なかなか敵は減っていってはくれない。
 やがて背中を後ろから斬り付けられて体制を崩し、敵の連撃を受けてしまう。致命傷までは受けていないものの、とうとうメラウは倒れこんでしまった。
 後ろから斬り付けられた背中の傷は深く、左腕と右脚にも深い傷を負ってしまったメラウは、自らのO・Hを使って回復させるしかない状態になっている。
 回復系というメラウ自身の所持能力の関係上、命に関わるほど深刻なものではないが、このままでは立つことすら出来ないほどの重傷なのには変わりない。
「っつつ……はぁ……はぁ…………」
「どうしたメラウさんよう。もう終わりか?」
 タガルが横柄(おうへい)な態度でメラウの目の前に現れる。いつものメラウなら「あんたには言われたくないわよ」と言い返すことだろうが、斬り付けられた背中の傷が、メラウの能力でも治すのにはかなりの時間を要するほど深いので、今は声を出せないでいる。
「どうやらそのようだな。へへっ、じゃあこれで最後だ!」
「…………」
 メラウはタガルを睨みつける。しかしタガルはそんなことで臆しはしない。
 タガルは余裕をもって右腕を大きく見せ付けるように振りかぶり、メラウの顔に向かって振り落とそうとする、そして……
「うわぁぁぁーーーー」
 メラウの悲鳴が響き、そのタガルを睨んでいる美しい顔に拳が突き刺さって……いない。
「!?」
「どうした!?」
 あまりのタイミングの良さに、たとえ男声だとしても誰もが一瞬メラウの悲鳴と聞き違えた悲鳴であったが、数秒の間に状況を理解した傭兵達がどよめく。
 悲鳴の発生源は、タガルの後ろにいた傭兵達の最後尾に居た、1人の傭兵が発したものであった。
 タガルを含む全員がそちらを振り向き、身構える。
 そこ立っていたのは、襷の様に鎖が付いた軽甲冑を身にまとい、鈍く輝く一振りの剣を携えた少年だった。
 適当に切ったような不揃(ふぞろ)いで短い蒼い髪。175cm前後の身長。美男子と言っても良いほど整った顔立ち。そして何より目を引くのが、見るもの全てを射殺しそうな鋭い目つき。美しくあり神々しくも、荒々しい印象を与える少年だ。
 その荘厳(そうごん)たる佇まいを見た傭兵たちは皆、同じ事を想像した。『美しい捕らわれの姫を救出するために現れた騎士(ナイト)』と。
 想像されただけで、少年はそんな大層な人間ではなかった。
「お前ら……人が寝てればギャーギャー騒ぎやがって。耳障りだ」
 そう言いながら手近な傭兵を切り捨てる。別にメラウを助けに来た訳ではないらしい。
「だ、誰だお前?!」
「お前らに名前を教える、義理などない」
 誰何した傭兵をいとも簡単に切り裂く。その様子を見て、一瞬傭兵たちの顔には恐怖の色がよぎるが、すぐさまその少年を敵と判断し、構える。
「貴様何者だ、答えよ!」
「……仕方ないな。俺はバリセラスだ、これで満足か?」
 その少年――バリセラスは、不遜な態度……というよりは気だるそうな態度で傭兵に答える。どうやら自分で言った通り、今まで寝ていたよぅだ。
「満足か、だと?貴様ふざけるな。人を3人も殺しておいてその態度は何だ!」
「殺した?馬鹿かお前。しばらく動かないように軽く斬っただけだ、死ぬわけ無いだろう」
 そう言って、斬られて倒れた傭兵を軽く蹴りつける。それなりに出血しているが、うめき声を出したことから、本当に死んではいないようだ。
「だが貴様が私たち仲間を斬ったのは、紛れも無い事実。ここまでの仕打ちをしておきながら、今更逃げようなどと思っておるまいな?」
「逃げる?誰がそんなこと言った。俺はお前らを斬るために降りてきたんだ、今更逃げ気などさらさらない」
 バリセラスが無表情のまま剣を構える。その無表情さが異様なほど冷酷に写り、傭兵たちは一瞬寒気を覚えた。
「く、おのれ、この餓鬼(がき)が!」
 この男の声を合図に、気を持ち直した傭兵たちが一斉にバリセラスへ群がる。それほど怒っていたのか、タガルとメラウは何故か完全に忘れられていた。
 最初に斬りかかってきた男を、剣ごと斬りながら間合いをつめる。間合いをつめられた男はバリセラスに吹き飛ばされ、数人を巻き込みながら転がっていく。次に後ろから地上を滑るように迫ってきた男の足を鎧ごと斬り、同様に間合いをつめ、吹き飛ばす。その動きは闘っているのではなく、舞っているようにさえ見える戦いぶりであった。
「何故だ、何故こんなにたやすく剣や鎧が斬れる。鉄を斬るO・Hか?」
「教えてやろうか」
 バリセラスが鍔迫(つばぜり)り合いをしながら迫ってくる。
「俺の能力は、この世に存在する全ての金属を、自由自在に操る能力だ」
 言い終わるや否や、バリセラスは鍔迫り合いをしていた相手の剣を斬り、その相手までも斬りつける。
「っち。だがどうした。自分の弱点を叫んでいるのと同じだぞ!」
 その通り、バリセラスの行為は自らの弱点を叫んでいるのと同じなのだ。
 するとバリセラスは立ち止まると、自分の持っている剣の形を変え始めた。その剣は、液体のように形を変えながら2つに別れ、半分の大きさの剣となる。
 2つに分かれた剣を、それぞれ片手で握り、構える。
「さて、そろそろ本気で行くぞ。見切れるものなら見切ってみせろ、速真骸(そくしんがい)!」
 その瞬間、バリセラスが消えた。
 いや傭兵たちの目から見ればその通りかもしれないが、バリセラスは消えたのではなく、そう見えてもおかしくないほどのスピードで動いているのだ。その証拠に、次々と傭兵たちが血を撒き散らしながら倒れていく。
 倒されていった傭兵たちの殆どは、バリセラスの姿を目で追うことすら適わず、追えたとしても、攻撃を加えられるほど余裕のある傭兵は居なかった。
 数秒後、バリセラスは山のように重なった傭兵達の上に立っていた。その光景は、死屍累々の上に立つ鬼神そのものにしか見えない。
「鉄を操る能力を持つ前に、俺は体術が一番得意なんだよ。わざわざ教えたのは、混乱させる為だ」
 鉄を操ると言った側から、それとは関係無い素早い体術を見せて敵を翻弄させたのだろう。確かに周りの傭兵達はあっさりとそれにはまって、なす術も無く倒されていった。
「しかしどいつもこいつも、雑魚ばかりだな。あとは元凶か……。そこのデカイやつ、お前だろう?」
 メラウ達の方を振り向き、タガルに向けて、一本に戻した剣を突き出す。
「あ?お、俺?」
 タガルがきょとんとした顔で立っている。
 実を言うとタガルは、メラウに怒りをぶつけるのを完璧に忘れるほどに、バリセラスの闘いに見入ってしまっていたのだ。メラウはその隙に傷を治していたので、背中の傷などは消えている。
「そうだ。お前らのおかげで安眠妨害されたんだ。まったく……なかなか寝付けなくて朝方やっと寝れたと思ったら、お前らが騒ぎ始めたからな」
 殺気を放ちながらタガルに迫るバリセラス。どう見ても斬る気満々だ。
「ま、まて。この女がどうなってもいいのか」
 その殺気を受け縮み上がってしまい、あまりの恐怖にメラウを盾にするタガル。自分でも勝てないと言った傭兵集団を、いともたやすく全滅させたのだ、恐れおののいても仕方がないのだが、メラウを盾にするのは間違いと言うものだ。
「その女がどうかしたか?まさか俺がその女を助けに来たとでも思ったか、馬鹿らしい。そんなことするなら、最初から降りてきたりしない。盾にするというなら、そのまま斬るだけだ」
 バリセラスは、気持ちよく寝ているところを騒音で妨害されたから怒って出てきただけであって、わざわざリンチされている少女を助けるような寛大(かんだい)な人間ではない。それにその少女を盾にされたからと言って、攻撃を躊躇(ちゅうちょ)するような心優しい人間でもないのだ。
「ちょっとあんた!か弱い乙女がむっさいおっさんに捕まって、あまつさえ盾にされてるのよ?助けてくれたっていいじゃない!」
「あれだけ戦っててか弱い乙女?寝言は寝てからほざけ。それに、助かりたかったらそれ1匹ぐらい、自分で何とかできるだろう。その後に俺が始末する」
 れっきとした人間相手に1匹はひどいような気もするが、バリセラスの言うようにメラウがまじめに闘えば、タガルなど雑魚に過ぎない。
「いいから助けなさい!話の流れとして、ここで助けなきゃどこで助けるのよ!」
「助けなければいいだろうが」
「なにそれ、ちょっと聞いた?おっさん。この人ここまでやっておいて、助けないつもりよ。人間としてどうよ?」
「うむ、最低だな」
「どう、聞いた?ここで助けなければあんたは人間として最低よ!それはもうギャンブルにはまった挙句に全財産放り出した大馬鹿者よりも劣った人間なのよ!」
「そうだそうだ。人のあり方として間違った道を歩みたくなければ、ここで助けるべきだろう!」
 なぜか息がぴったりなメラウとタガル。これで助けたとして、はたして真の意味で助けたことになるのだろうか?
「正しい道を歩きたいと思ったことなどない。それより、お前ら本当の馬鹿だろう。しっかり自分の立場を考えてからものを言え」
 自分たちの立場を忘れて、バリセラスの説得よろしくただの漫才芸人になっている2人のことを指摘したつもりだった。
「俺が捕まえてる悪人で」
「私が捕まってるか弱い少女よ、なんか文句ある?」
 だが帰ってきたのは全く見当違いな答えだった。
「お前ら冗談抜きで馬鹿だろう」
「なによ、さっきから馬鹿馬鹿言うな!」
「んだと、さっきから馬鹿馬鹿言うな!」
 さらにはハモる2人。
「……もういい、まとめて斬る」
「わ~まて、まって。お願いだから助けて」
「いい加減煩(うるさ)いなお前は、しょうがないから助けてやる。一瞬だけそいつから放れろ。体が触れてなければいい」
 根気負けしたのか、いかにも不承不承といった感じではあるが、取り敢えず助けるようだ。
「それだけでいいの?わかった」
 メラウはそう言ってタガルから数cmだけ離れる。
「やるぞ」
 バリセラスがそういった瞬間、タガルの足元から幾本もの線が延びる。それは鉄の紐だった。
「ぬお!」
「鉄紙靭(てっしじん)」
 その紐はタガルに絡みつくと、完全に動きを封じてしまう。
 バリセラスは自らの持っている剣を紐状にして地面に突き刺し、タガルの居場所まで伸ばしたのだ。
「普通ならここで切り殺すが、それは勘弁してやる。後は寝ていろ!」
 一気に間合いを詰め、タガルの腹部にバリセラスの拳が突き刺さる。タガルは悲鳴を上げることなく沈んでいった。
 かなり間が抜けているような気もするが、それを気にする人間は此処に居なかった。
「これで良いな。後の処理は自分でしろ、俺は寝直す」
 騒がしい人間を片付けて満足したのか、はたまた眠気が限界に達したのか、バリセラスは剣を腰に収めた後、メラウを置いて再び木に登って行く。
「うい?って、待ってよ」
「なんだ?」
「ん~と、とりあえず助かったわ。ありがと」
「……ふん」
 木に登ったバリセラスはそのまま目を閉じた。
 ようやく静かになった。これでゆっくり寝られる。そう考えていたバリセラスの腹の真上に人が落ちてきた。何を隠そう、メラウだ。
「ぐぁ!」
 完全に虚を突かれたバリセラスは鈍い悲鳴を上げる。
 しかしバリセラスに気づかれぬよう素早く音も立てずに木に登ったのは、ある意味流石だろう。
「あんた、人がお礼言ってるんだから、もう少しまともな返事しなさいよ!」
「まだ……何か用か……」
 あれだけの大立ち回りを演じても全く息を荒げなかったバリセラスと言えど、かなり苦しそうだ。
「ところで、一体何しに出てきたの?」
「言っただろう……お前らが騒がしくて寝られないからだ……」
「にしても何でわざわざ出てきたの?騒がしいなら別のとこに行けば良いだけじゃない。まあ助かったから良いけどね」
「……」
 そう言われると反論出来なかった。確かに煩くて頭にきたのは本当だが、たかだかそれだけでケンカを売りに出てくるのは少々不自然だろう。
 いくら自分の方が強いと言う確信があったとしても、あの人数を相手にするには動機が少ない。下手に囲まれればバリセラス自身も殺されていたかもしれないのだ。
(……あの夢を見た所為(せい)だな……)
 自分はあの時、大切な人を助けることが出来なかった。
大雨の中で、自分は何も出来ずに大切な人をただ殺される瞬間を見ているしか出来なかった。
 そして殺した人間を殺そうと立ち向かい、あっさりと返り討ちにされたこと。
 あの夢のあの場面。それが幾人もの傭兵にメラウが取り囲まれている姿と重なって見えたのかもしれない。
 結局お前は見ていることしか出来ないほど脆弱な人間だ、と。そう言われている様な気がして。余計に頭にきたのだろう。
「……虚しいだけだな」
 とだけ自分の行動に対して評価を下す。しかしメラウは意味を取り違いたらしく。
「どういう意味よ。それとも何、お礼でも欲しいの?」
「……別にそういう意味じゃない。用が済んだらさっさと行け」
「なんかムカつくわね。良いわよ、何か奢ってあげる。付いてきて」
 そう言うや否や、メラウはバリセラスの腕を掴んで引っ張った。
 当然バリセラスは落ちそうになるが、そこはしっかり操った鉄で体を支えている。
「離せ。奢られる云われは無い!」
 捕まれた腕を振り解き、強い口調で言い放つ。奢る云われは無いというのならまだ分かるが、奢られる云われは無いという言葉も珍しい。
「いいから来なさいって」
 だがメラウも諦めた様子は無い。むしろ半ば実力行使で連れて行こうとしている。バリセラスの態度がよほど癪に障ったのだろうか。
 数分程言い争うと、いつの間にか打撃戦と発展し(といっても攻撃しているのはメラウで、バリセラスは全て避けているだけだが)周りに倒れている傭兵達を踏み潰しながらも、リーアの町へと進んで行った2人なのであった。


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蒼髪の悪魔 1
 うっすらと開けた目で少年が見た世界は、まるで終わりを告げるかの様に、真っ赤に染まっていた。
 世界を赤く染めているもの、それは本来の人の体を流れている筈の血であった。
 幾人も、幾人も、その場に倒れ伏している。その中の誰一人として例外なく、全身から赤い血を流し、辺りを侵食している。
 唯一立っている人はたった二人。
 どんな人が立っているかは分からない。ただ分かることがあるのは、片方が片方を、今世界を赤く染めている人間の一部にしようとしている。それだけのこと。
 目に見えない透明な刃を握り、幾度も幾度も斬り付けている。
 少しずつその光景が良く見えるようになってきた。相変わらず姿ははっきりとはわからないのだが。ただ違和感がある。
 少年はその違和感を片隅に置きながら、今斬られている人物を、出来る限り目を凝らして確認しようとする。
 
少年は、己がその目を疑った。
 
 なぜなら今まさに斬り付けられている人間は、少年の大切な人であったからだ。それは、はっきりと見えない目でも確信できた。
 思わず手を伸ばし、その人の名を呼ぼうとする。

――…………―― 
 
 声が出ない。体も全く動かない。
 ようやく少年は、自分も地面にうつ伏せに転がっていることに気が付いた。
 痛みは無い。ただ、体が動かない。声も出せない。耳も……音を拾ってはくれていない。
 ただぼんやりと、見えているだけ。
 少年は自分が何をしていたのかを、記憶の中から探る。
 そして得たのは、とてつもない高熱を出して、体が動かないという答えだけ。
 それ以上の事は何一つ分からない。何故こんなにも人が倒れているのか。何故大事な人が斬られているのか。今最も知りたい問題の答えは、いくら記憶の中を探っても、得ることが出来なかった。
 
――(動け、動け、動け!動けーーーー!!!)――
 
 動いてくれない体を、口を、必死に動かそうとしてみる。今なら、まだ助けることが出来るかもしれない。その程度の希望なら持てる。
 目の前の少年の大切な人は、血を流して冷たくなっていこうとしているのだ。
 少年は動かない自らの体を呪った。
 いくら呪っても、体は動かない。
 悔しい、悔しい。こんな状況でも、自分の体が動かないこと、目の前の人間を助けることが出来ないことが、何より悔しい。
 動かないのならば、こんな体、朽ちてしまっても良い。

――ズシュリー―

 何の音も聞こえない中、そんな音を聞いたような気がした。
 見ると、唯一立っている二人が重なって見えた。〕
 そして、大切な人の胸に、透明な剣が生えている。
 剣の先には、滴っている赤い血。生えている場所は、心臓があるべき場所。
 その光景は、一体どれほど続いていたのか。
 絶望する事さえ忘れ、少年は時間が止まったかのように見入っていた。
 時が動き出したと感じた瞬間には、少年の大切な人は、周りに倒れ伏している人の一部となるかの様に、より世界を赤く染めながら倒れていった。

――…………――

 少年は、我に返ると、声にならない悲鳴を上げた。
 信じられなかった。信じたくなかった。だが、大切な人は二度と動いてはくれない。
 少年の目から、無意識に涙が流れた。悲しみの涙か、それとも悔し涙か……それとも両方なのか。拭う腕も動かぬ今、せき止めるものも無く、ただただそれは流れ落ちる。
 少年は睨んだ。涙が流れているその目で、自分の大切なものを奪った人間を。何故、何のために殺した?そう心の中で問いながら。
 するとその人間はこちらを向いた。まさか少年の心の声を聞いたわけではないだろうが、少しずつこちらに向かって歩いてくる。
今までは分からなかったが、男のようだ。
 男は少年のすぐ隣まで来ると、手に持っていた透明な剣を消滅させ、徐に腰を下ろした。何か言っているらしいが、耳は相変わらずだ。
 少年は横目で男を見ていると、男は懐から何かを取り出した。少年は男が取り出した物が何なのか確かめようとするが、そんな間も無く、いきなり少年の口の中にそれを押し込んだ。
 とっさの事で混乱したものの、必死に吐き出そうとする。だが男は、何かの液体も口の中に入れ、強引に飲み込ませた。
「げほ、げほ……」
 思わず咳き込む。するとなぜか体が軽くなった気がした。
 体がに力が入り、動く様になっていく。咳が出たということは、声も出るようになったと言うことだろうか。
 何を飲まされたのか、何が起こったのか、毒ではないのか、毒ならば何故斬り殺すことを選らばないのか。
 さまざまな疑問が頭の中を巡る。しかし、そんなことは些細な問題だった。
 少年は好機とばかりに、男を振り払い、自分の腰に手を掛ける。記憶が正しければ、そこには剣が挿してある筈だ。
 男は後ろに跳ぶ。表情はよく分からない。ただ、これ以上戦う気がないのか、「やめろ」と叫んでいるように聞こえた。
 声が聞こえたということは、耳も正常に戻ったらしい。少しずつ視界も晴れていき、あれほど不自由だった先ほどが、今では嘘だと思えてくるほど。
 いっそ全てが嘘であれば、どれほど嬉しいことか。実は全て嘘で、周りの人々や大切な人が、笑いながら起き上がってきてくれるのではないか。
 一瞬だけ、そんなありえない希望を抱いたが、腰の剣を抜くと共に切り捨てた。
 少年は渾身の力を持って剣を振るう。自分の大切なものを奪った男を、許してやるつもりは全くなかった。
 男は最初こそかわしていたが、直ぐに先ほど消滅させた剣を出現させ、少年に斬りかかってくる。
 少年は負ける訳にはいかなかった。必ずこの男の息の根を止める。それだけを考えて剣を振るった。
 しかし残念なことだが、少年の剣は男にはじかれ宙を舞い、遠くの地面に突き刺さる。
 少年の目には、突き刺さった剣が、赤い世界の中心に立てられた墓標に見えた。そして呆然と、剣を握っていた両手を見つめる。同時に全身の力がぬけ、その場にへたり込んでしまう。
 男は少年のその姿を見ると、意味ありげな視線を残しながら、この場から走り去っていった。
「う……う、うおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー」
 後には、顔を涙でぐしゃぐしゃした少年の、怒りと絶望にまみれた叫び声だけが、赤い世界の中で、こだますのだった。


「…………くっ!……」
 バリセラスは木の上で目を覚ました。
「また、この夢か……」
 前髪をかき上げながら言う。かなり寝汗を掻いているらしく、髪も服もびっしょりと濡れている。
 ふぅ、と息をつく。
 一体何度この夢を見れば気がすむんだ、三日に一度は必ず見ている。はっきり言って二度と見たくないと思っているのに、なぜこうも嫌な事を思い出させる。
「……取り敢えず着替えるか。このままじゃ気持ち悪いな」
 少年は荷物を持って木の枝から飛び降り、着地。そのままの体制で荷物の中に入っている着替えを取り出して、着替える。
 ところで何故バリセラスは木の上で寝ているかと言うと、結局サヌの宿屋で床に就くのは許されなかったのである。
 あの後、あの手この手でバリセラスとサナリィを結婚させんと、村人全員で襲い掛かってきたのだ。何とか報酬を受け取ることは出来たのだか、宿で休もうものなら何故かサナリィが夜這いに現れた。
 流石に堪忍袋の緒が切れたバリセラスは、後ろで手を引いていた村長ら数人の男どもを制圧して、サヌを早々に立ち去った。
 本来リーアとサヌは、徒歩で丸一日かかるほど距離がある。まだ到着していないとは言え、肉眼でリーアが確認できるほどの場所まで数時間で踏破したのだ、疲労が溜まってもおかしくはない。
 バリセラスは休憩を取るため、近くにあった巨木によじ登り睡眠をとることを決めた。木に登ったのは用心のためだ。まさかとは思うが、村長たちが追いかけてくるかもしれない。
 着替えが終わり、再び木に登って睡眠をとろうと横になるが、どうも目が覚めてしまった。
「……」
 バリセラスは徐(おもむろ)に右手を開くと、そこからかすかに光が漏れる。だが2、3回ほど弾けた後、消滅してしまった。
「まだ、無理か」
 開いた右手を強く握り締め、己の心臓に当て、
「もう少しだけ、待っていてくれ……」
 と、まるで祈るかのように頭を下げ、目を閉じた。
 そのまま静止していたバリセラスは、数分後にようやく右手を下げた。
 息を吐き、軽く頭を振るうとバリセラスは再び木に身を預けた。しかし眠ることが出来たのは、夜が明けてからであった。


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2010年お祭り用小説 2
幕間

「のう」
「何でしょうかベース」
「何故にわしは此処から動いては駄目なんじゃ?」
「ラスボスだからでしょうね。オオトリはおとなしく座っていてください」
「いやのう、せめて他の試合くらい見たいんじゃが……」
「メロウが劣勢のときに、飛び出してきたら困るでしょう」
「んな事する訳なかろうに……」
「ええ、でしょうね。単にそれっぽくしておいた方が面白そうだから、引っ込めさせてるだけです。というか、訊かなくても分かるでしょう。考えることは同じなんですから」
「そうなんじゃがな……流石に暇じゃ」
「我慢してください。何事も気合です」
「自分相手がこれほど面倒くさい手合いだとはのう……」
「今更何を。取り敢えずコレから中間発表を行いますので、もう少ししたら集まってくださいね」
「ふむ……了解」


「それでは初戦お疲れ様でした。皆さんとても良い試合でしたよ」
 再びゲストを除いたメンバーを除き、会場の真ん中へ集められる。
「オレ、殆ど記憶ねーんだけどさ」
「まあ下手すりゃ死んでるくらいの状況だからな……治療は受けてるから大丈夫だろうが。大体お前は此処に呼ばれるには、全然技量が足りねぇんだよ」
「ねえメロウさん。さっきの紅茶美味しかったから、また飲みたい」
「お前紅茶の良し悪しなんか分かるのか?」
「本当に美味しい紅茶は、誰にでも分かるものですよ」
「その意見にはわしも同意するな」
「ええ、大会が終わったら皆で飲みましょう」
 全員聞いてない。各々勝手に会話している。それを見たベルカナは、敢えて何も言わずに新しい試合表が書かれた紙を掲げた。
「この通りに始めます。では、撤収」
 それだけを言い残すと、さっさと紙を畳んで会場から引っ込んだ。
「え? ちょっと待ってくれよ。オレまだ見てねーよ!」
「私も! 負けたから名前無いのは分かるけど、せめて組み合わせは見たいわよ!」
 見逃したゲインとメラウは、消えたベルカナに抗議の声を上げた。
「まあ……わしがやりそうな事じゃな……」
「聞けば答えるけど、話し聞かない人は自業自得だって放るものね……ベースって」
「僕は確認しましたから、皆さんにお教えしますよ」
 カイシが地面に、対戦表を書き出した。

 五戦目 カイシ 対 メロウ
 六戦目 バリセラス 対 コルセス
 七戦目 五戦目の勝者 対 六戦目の勝者
 八戦目 七戦目の勝者 対 ベース

「女性との戦いですか。これはやりづらいですね」
「そうは見えないけど?」
「コルセス……か。宜しく頼む」
「ああ、俺もお前には期待してるからな」
 対戦相手同士、戦意を確かめ合う。全員戦う意気込みは十分のようだ。互いに視線を合わせてから、会場を後にした。
「んじゃ、私たちは客席に行こっか?」
「そーだなー」
「わしはまたあの場所か……暇なんじゃよな……」
 メラウとゲインは客席へ、ベースは特別待機室へと移動していくのであった。


 第五戦目 カイシ 対 メロウ
「ふむふむ、この組合せば中々面白いですね。メロウの回復術使用を禁止する以外は、特に制限がありません。大いに暴れてください」
 カイシはメロウとは違い、『炎を纏わせる』というO・Hを持つ。これは十分に異能な攻撃方法だ。メロウが扱う術関係と戦わせるのも、面白いという判断である。
「言い忘れていましたが、メロウに粗相を働いた場合、カイシは二度と生き返れないと思ってくださいだそうです」
 暴れろと言われたからだろう。メロウとカイシは武器を構え始めたところだったが、両者ともなんと表現したほうが良いか悩むような表情をする。
「一応聞いておきましょう、ベースさんからですよね?」
「その通りです。本人は試合を見ていませんが、ベースとメロウは魂が繋がっているので隠すことは不可能です」
 つまりは、戦闘中の不可抗力を除き、セクハラをしたら首が飛ぶと思えという事だ。
「極端な感情の揺れは、相手にも伝わっちゃうのよ。そうじゃなくても、集中すれば相手の表層意識くらいは感じられるから。普段はやらないけどね」
「恐ろしく説明が長くなるので、此処では割愛します。では気を取り直してください、始めますよ」
 メロウもカイシも、軽く身体を動かしてからもう一度構える。それを確認したベルカナは、第五回戦の開始を告げた。
「では、始め!」
 そうしてゴングが鳴らされた。

「お祭り企画で本気を出すのも嫌なので、ほどほどで行きますよ」
「そうね、私もそこまで本気を出すのはちょっと」
 メロウのレイピアに薄緑色の光が噴出し、カイシの槍には炎が纏う。
「それでも、それなりには行くんでしょう?」
「ええ、勿論!」
 赤々と燃える炎を振り回すかのように、炎を纏った槍を大きく振り回すカイシ。
メロウも当然まともには受けず、大きく下がる。
 カイシは大きく踏み込み、右手を穂先へ移動させ、石突きで打ち込む。
 突き出された石突きを、メロウは左手の盾で流すように受け、そして盾の突起部分で絡めるように引っ掛けたまま間合いを詰め、レイピアを突き出す。カイシはその突きに、僅かに身体を傾けるだけで避けると、槍から離した左手でメロウの手首を打つ。その衝撃で彼女のレイピアは地面に落ちた。
「展開」
 これで勝負が付いたと思いきや、地面に落ちたレイピアから大きな光が発せられ、そこを中心とした術式が展開する。
「風鎖 縛!」
 術式から伸びる風で編まれた鎖が、カイシを襲う。
 それを見たカイシは、槍を無理矢理メロウごと持ち上げて盾にしながら、その鎖から逃れる。
 さすがに身体ごと持ち上げられるとは思わなかったメロウだが、鎖は彼女自身が操るものである。盾にはならない。しかしその反動か、盾で引っ掛けていた槍が外れる。
 それを見たカイシは大きく間合いを離し、襲ってくる鎖を炎が纏った槍で悉く切り落とした。
「ベース直伝」
 間合いが離れたカイシに向かって、いつの間にか手に戻っているレイピアを構えたメロウは、大きく振りかぶった。
「隆破(りゅうは)!」
 大きく横薙ぎに振るうと、レイピアから緑色の球体が発射された。一直線にカイシへ飛来するが、彼はまだ着地したばかりで動けない。
「一か八かですけどね!」
 苦肉の策としてその球体へ向かって、カイシは炎を纏った槍を振り下ろす。すると、綺麗に真っ二つに両断された。両断された球体はカイシの両側を過ぎ去り、やや後方で着弾し、爆裂する。
「いやはや、恐ろしいですねぇ……肝を冷やしましたよ」
「ありがとう。私もまさか持ち上げられるとは思わなかったわ」
「メロウさんはとてもお軽いですから。スタイルも良いですしね」
「メラウさんほどじゃないと思うけど?」
「それでも十分すぎると、僕は思いますよ。ベースさんがメロウさん以外眼中に無いのが、よく分かります」
 ふう、と息を吐き出し、再び槍を構えるカイシ。
「メロウさんの使う能力は、僕の槍で切り落とせることが分かりました。そろそろ勝ちに行きますよ」
「やっぱり炎には弱いのよね、私の属性」
 盾を前に出す左半身で構えるメロウ。
「先手必勝です!」
 槍を構えて突っ込むカイシ。全身が炎に包まれ、まるで火玉になったかのようだ。
「紅蓮走 突破!」
「……熱っ!」
 カイシの炎は見た目だけのものではない。纏っている本人には熱が伝わりにくくなっているものの、その外側はあらゆるものを燃やし尽くすかの様な高熱だ。たまらずメロウは飛びのく。
 飛びのいたメロウに向かって、カイシは身体を一回転させながら遠心力を乗せられるだけ乗せた槍を振るう。槍のリーチは長く、メロウが飛びのいた着地点まで到達した。
 盾でなんとか受けるが、衝撃が重い。動きが止まってしまう。
「ふう……これで終わりです」
 気が付いたときには、首元に槍の穂先が向けられていた。
「そこまで。勝者、カイシ」
 ベルカナがカイシの勝利を告げると、カイシは武器を下ろす。
「やっぱり強いわね、カイシさん」
「どうでしょうか。貴女もまだ他にも隠し持っているように思えますけど」
「それは内緒かな」
 レイピアと盾を腕輪に戻しながら、メロウは微笑んで見せた。


 第六戦目 バリセラス 対 コルセス
「バリセラスのO・H使用を禁じます。それ以外の制限は特にありません」
「ようは普通に戦えば良いんだな」
 腰の剣を引き抜き、バリセラスは正眼に構えた。
「やっと俺も武器が使えるんだな」
 コルセスも腰に吊ってある鞭を掴み、ばらけないようにまとめて掴んだまま構える。
「苦労人対決というところでしょうか。普段お守りをしてる分、その鬱憤を晴らす時ですね。では、開始!」
 ベルカナの言葉に気を散らせてしまう双方であったが、ゴングは待たずに鳴らされた。

「あー……ったくやりづれぇ事言ってから始めんなつーの」
「同感だ……」
 バリセラスもコルセスも、苦虫を噛み潰したような顔で棒立ちしている。
「……やるか。立ってても仕方ねぇし」
「そうだな……」
 もう一度気を取り直し、腕に力を入れる。
「ふっ!」
 先にバリセラスが仕掛ける。体勢を低くして接近し、下段から剣を振り上げた。
 剣の軌道を見切ったコルセスは、とっさに屈み、下から打ち上げるように鞭を振るった。
 弧を描かず一直線に飛んでくる鞭の先を、辛うじて剣の腹を使い弾こうとする。しかし鞭は剣に巻き付いてしまう。
「まだだ!」
 引かれて動きを封じられる前に、バリセラスは敢えて剣を前に出して踏み込んだ。受けきれないと察したコルセスは身体を捻ってやり過ごそうとするが、それでも剣はコルセスの頬を浅く切り裂いた。
 体勢を立て直そうとするコルセスだが、バリセラスはあっさりと剣を離し、腰に挿してある鞘を引き抜くと、コルセスの腹に突き入れた。もしO・Hが使えていたら、この時点でコルセスは突き殺されているだろう。
「っ……い……ってーな!」
 だがO・Hが使えない以上、所詮は単なる打撃である。コルセスは痛みを無視し、未だ鞭に絡まっているバリセラスが離した剣を引き寄せるが、バリセラスはそれを妨害するように回し蹴りを放つ。
 バリセラスの蹴りを左腕でガードするが、ダメージが大きく、痺れが走る。だが体勢は崩さない。
「返すぜ!」
 引き寄せた剣を右手で掴み、バリセラスに向かって振るう。しかしそれをバリセラスは鞘で受けた。
「……主人公ってのは、やっぱこうじゃねぇとな。こっちのクソガキにも見習って欲しいところだ!」
 バリセラスを突き飛ばすように押し出し、剣の柄ではなく鞭を掴み直し、剣を絡んだままバリセラスに向かって振るう。
 これでは下手に受けられないので、バリセラスは横へ跳んだ。だが鞭は軌道を変えて尚も追いすがってくる。
 巻きついている剣を鞘で弾いたのまでは良かったが、鞭の部分がまだ先に残っており、まだ動いている。避けきれず、腕を強かに打ちつけられた。
「くっ!」
「もういっちょ行くぜ!」
 一度鞭を手元に引き戻すと、今度は剣だけを左手で掴んで投げる。一直線に飛んでくる剣など、バリセラスにとっては怖くなど無いが、受けようと鞘を出した途端、剣が軌道を変えた。
 コルセスが右手で鞭を振るい、まだ飛んでいる剣に絡めたのだ。変則的な動きをする剣について行けず、バリセラスは右肩をざっくりと切り裂かれた。
 だが痛みを気にしている暇は無い。まだ剣は宙に浮いている。バリセラスは無理に鞭へ鞘を当てる。巻きついている剣は怖いが、気にしている場合ではない。鞘に鞭を絡みつかせ、封じようとする。
 しかし甘かった。絡めとろうとする動きを読んだコルセスは、鞭を引き寄せる軌道を変えてやり過ごすと同時に、バリセラスの死角から鞭の先の剣が襲い掛からせた。
「ぐあぁ!」
 反応が遅れたバリセラスは、自らの剣に切り付けられ、大量の鮮血を撒き散らす。
「もう良いでしょう、そこまで。勝者、コルセス」
 この傷での戦闘は無理だと判断したベルカナは、試合終了を告げた。

「……さすがに現役大佐だな…………それに、あんな変則的な動きが、何の能力もなしに出来るとは、思わなかった……」
「逆に考えろ。何の能力も無いからこそ、出来る範囲で腕を磨くんだよ。そうすっとな、いつか限界だって思ってたところも、突破できるようになってくるもんだ」
 治療を受けているバリセラスの横に、コルセスも付き添っている。心配無いとはいえ、気にはなるのだろう。
「なるほど……」
「さてコルセス。あなたは続けざまに試合ですよ。こちらで体力を回復させますので、一緒に来てください」
 そんな所に、ベルカナがやってくる。第七回戦はカイシとコルセスの戦いだ。バリセラスとの戦いで負った怪我もあるので、体力を回復するに越したことは無い。
「ああ、そうだな。良い戦いだったぜ、バリセラス」
「ああ、俺もそう思う。次も頑張ってくれ」
 互いに労うバリセラスとコルセス。ちょっとした友情が生まれてしまったらしい。
「……やはり苦労人同士、属性が似てる分気が合うんですね」
「お前はそこに拘るのな……」
 思ったことを口にしたベルカナに、げんなりとした顔を向けるコルセスであった。


 第七戦目 カイシ 対 コルセス
「そろそろマンネリ化してきましたので、志向を変えましょう」
 向かい合ったコルセスとカイシに向かって、ベルカナはそんなことを言い出した。
「行き成りだな。マンネリって……何するつもりだよ」
 げんなりとした顔をして、ベルカナを半眼を向けるコルセス。
「差し詰め、得意な武器を取り上げて、違う武器でも使えという事でしょうかね?」
「良いですねそれ、そうしましょう。武器はちょっと漁って来ます。ご安心ください、刃物の類は大量に用意してありますから」
 そういうと嬉々として会場の奥へ引っ込んでいくベルカナ。
「あー、さすが中身はベオースってトコだな。刃物で喜ぶ辺り……」
「ですねぇ」
 そんな事を言っている内に、ベルカナは戻ってきた。随分と行動が早い。
「コルセスはこちらの武器を、カイシはこちらですね」
 それぞれ扱う武器を手渡すベルカナ。コルセスには長柄の刃物、カイシにはいくつもの短剣が収められたベルトだ。
「因みに、コルセスカと言う槍と、テレクと言うナイフです」
「コルセスカって……よりによって駄洒落かよおい……」
 刃先の根元に、三日月の形をした刃が付けられた槍がコルセスカだ。れっきとした武器だが、どう考えても名前で選らんだ感が大きい。
「柄が十字ですか。刺突用のナイフなんですねぇ。量もありますし、投げナイフとしても使える訳ですか。上着は少し邪魔ですね」
 細かい動きを必要とするナイフなので、普段カイシが羽織っている上着を脱いで地面に置いた。ゆったりとしている分動きを察されにくいが、細かく動くには邪魔にはなる。
 そして渡された武器テレクは少々特殊な形をしており、使い方も握るのではなく、人差し指と中指で挟んで持つのだ。使う場合はそのまま拳を真っ直ぐ突き出すことで、相手を刺す武器なのである。慣れないと辛い武器ではあるが、カイシなら使えるだろう。
「ああ、言い忘れていましたが」
「O・Hは使うな、ですよね。分かっていますよ」
「なら良いです。では構えてください……始め!」
 コルセスとカイシが構えたのを確認したベルカナは、試合開始の合図を出し、ゴングが鳴り響いた。

「槍は専門外なんだがな」
 軽くコルセスカを振り回して、感じを掴もうとするコルセス。
「僕もナイフを主装備とするのは初めてですよ」
 握った感触を確かめつつ、カイシも軽く腕を振るっている。
「この武器じゃ、後手は辛いな。こっちから行くぞ!」
 改めてコルセスカを構え直し、カイシに向かって間合いを詰めるコルセス。
「遠慮なくどうぞ」
 テレクを両手で構えながら、腰を低くしてコルセスを向かい打つカイシ。
 真っ直ぐに突き出されたコルセスカを、左手のテレクの刃で受けつつ間合いをさらに詰める。このまま接近されたら、コルセスに勝ち目は無い。
 後ろに下がってもあまり意味がないと判断したコルセスは、敢えて右側へ大きく跳ぶ。コルセスカは穂先の両側から出ている刃があるので、上手くいけば多少の手傷を負わせるくらいは出来るからだろう。
「おっと。このナイフは受けるようには出来てないのが、辛いところですね」
 テレクは鍔にあたる部分が無いわけではないが、小さいのだ。受け流すのは出来ても、受け止めるのには難がある。そのためカイシは、体勢を低くしてコルセスカをやり過ごした。
 しかしカイシは避けるだけではなかった。体勢を低くする動作と同時に、右手のテレクをコルセスへ向けて投げている。
 それに気付いたコルセスは、慌ててコルセスカの柄で弾く。
「まだ行きますよ!」
 防御の動作に入っているコルセスはまだ動けない。そんな隙に、カイシは更に畳みかけようと新たなテレクを引き抜き、一気に間合いを詰める。
「そう易々と、入れらせねぇよ」
 コルセスは一歩後ろへ下がり、コルセスカを短く持ってなるべく小回りが利くように振るう。
 だがカイシは、再びテレクをコルセスに向かって投げた。しかも続けざまに二本。
 ぎりぎりで受けきるものの、眼前にはもうカイシが迫ってきている。
「っ! こっちはミドルレンジ限定だが、そっちはクロスとアウトか。やっぱり俺が不利なんじゃねーかよ」
 カイシの攻撃をコルセスカの柄で受けながら後退する。このままではジリ貧だ。
「中途半端に離れたら、僕が不利ですけどね!」
 左右の手に持つテレクを、踊るように繰り出すカイシ。本来テレクは刺突専門と言って良いが、薙いだり振り上げたりと、自由自在に操っている。
 だがコルセスとて手が出せないわけではない。受け続ければ負けるのは確実なので、無理にコルセスカの石突きを跳ね上げ、動きを妨害する。ダメージ覚悟の攻撃だったが、幸い無傷だ。
「大胆ですねぇ。思い切りが素晴らしいです」
 石突きを食らわないように後退するカイシ。その顔には、汗の一つも見えない。
「何やっても涼しい顔してやがんのな。お前みてぇのが一番やりづれーよ」
 言い終わるや否や、コルセスカを構えて突っ込むコルセス。このままカイシのペースに巻き込まれたら、そのまま押し切られると思ったのだろう。攻められたら弱いのは、カイシも同じなのだ。
 カイシはテレクをコルセスの顔に向けて投げるが、首を横に振るうだけで避ける。浅く頬が切れたのだが、気にしていられない。
「はぁ!」
 コルセスカをカイシに向かって突き入れた。その刃先は、カイシの右胸に深々突き刺さる。
「くっ!」
 その形状から、コルセスカに貫かれるとその場から動けなくなる。手を伸ばしてもカイシからコルセスには届かない。
「これで……決め手です」
 だが限界まで腕を伸ばし、手首のスナップだけでテレクを投げる。そのテレクは……武器が動かせないコルセスの首元へ向かい、喉元へ突き刺さった。
「もう良いでしょう。勝者、カイシ」
 双方とも、まともに動けるような状況ではなさそうだが、より致命傷なのはコルセスで間違いなかった。
「ようやく最終戦が決まりましたか。さてそれでは、ラスボスでも呼んできますか」
 救護班にコルセスとカイシが運ばれていく中、ベルカナも会場の奥へと下がっていった。


「待ちに待った出番ですよベース」
 特別待機室という名の椅子以外何も無い場所に座らせているベースを、ベルカナは呼びに行った。すると、そこにはメロウの姿もあった。椅子は一つしか無い筈だったが、その横に同じような椅子が並んでいる。どうやらベースが作ったのだろう。
「あ、ベルカナ。試合終わった?」
「メロウも来ていたのですか」
 ベルカナが近づいていくと、微笑んでみせるメロウ。
「試合を見てれば良いじゃろうとは言ったんじゃがな」
「ベースがあまりにも暇そうだから、こっちに来てたの」
「そうですか。試合相手はカイシに決まりました。今怪我の治療中ですが、まあこちらの医療班で完治させられるレベルですのでご安心を」
 それを聞くとベースは立ち上がり、軽く身体をほぐす。
「さて、やっと試合か。待ちくたびれたのう」
「大丈夫だとは思うけど、頑張ってねベース」
 その後へ続き、メロウも立ち上がる。観客席から見るのだろう。
「では会場に行って先に待っていてください。すぐにカイシの方も用意させますので」
「分かった。んではのう、メロウ」
「うん、期待してるからねー」
 そう言ってベースとメロウは別れ、それぞれの場所へと歩いていく。
「さてさて、ベースにかける制限はどこまでが良いでしょうか」


 第八回戦 カイシ 対 ベース
「カイシのO・H使用は認めますが、ベースは残破系、辣破系、瞬華系の技を禁止し、術も使用不可とします」
「また制限多いな……」
 そう言って手を口元へ当てて考え込むベース。使っても良い技の範囲を考えているのだろう。
「いえ、やはり訂正します。術も特殊な技も一切使用不可にします。さらに武器の投擲は認めず、使える武器も白狼だけで、左手のみで扱ってください」
 それを見たベルカナは、ベースの制限を跳ね上げた。
「ちょっと待て! なんじゃその制限は。しかも左手で右手用の刀使えというのかお主は!」
「使えなくは無いでしょう。右手用とは言ってますが、言ってるだけなんですから。隻腕の戦士とかも強かったりするんですから、やれるだけやってください。武器使わなければ右手も使って良いですから」
「無茶苦茶じゃな……」
 取り敢えず左手で、左の腰に挿してある刀の『切残刀 白狼』を逆手で引き抜く。手元で一回転させて順手に持ち替え、構えて見せた。
「なんだかベースさんも大変ですねぇ」
 先ほどの試合で使ったテレクではなく、自前の槍を構えながら、カイシも同情している。
「しかも自分が相手みたいなもんじゃからな……頭が痛い」
「それはさておき、行きますよ。では、始め」
 ゴングが鳴らされ、最終戦が開始された。

「では遠慮なく!」
 炎を纏った槍を、一直線にベースへと伸ばす。
 それを左手の白狼で受け流すと思いきや、側面に当てたままむしろ間合いを詰める。
「一点掌」
 完全に拳の間合いに入られてしまったカイシは、避けることも出来ずにベースの掌底を腹部へまともに受けてしまう。その衝撃で二メートルは押し出された。
「……さ、さすがに……お強いですね……敢えて武器を使わないとは……」
「まあのう。徒手空拳でもそこそこ行けるしな」
 受けたダメージを散らしながら、息を整えるカイシ。ベースは白狼を肩に乗せ、相手が回復するのを待っている。
「本気の貴方と殺り合うのだけは、本当に勘弁して欲しいと思いますよ」
「本気の度合いにもよるがな……出すとこまで出したら、正しく終焉じゃよ」
 もう一度構え直したカイシを迎え撃つため、ベースも白狼を相手の喉下に向けて構える。
「はぁ!」
 もう一度槍を突き出すカイシ。しかし今度は踏み込みが少し浅い。ベースもそれに気付いたのか、前に出ない。
 するとカイシは、小刻みに槍を突き出す。牽制をするかのように一つ一つの動きは小さいが、その穂先は炎が纏っている。炎に揺れて感覚が狂うし、空間が熱を帯びてくる。
「こういう場合は、残破で諸共ぶっ飛ばしたりするんじゃがな」
 しかし禁止されていて使えない。
「ちと無理でもするか!」
 受けた槍を白狼で絡めるように当て、そのまま槍を滑るように接近する。槍は炎を纏っているので、ベースにもダメージはあるだろう。
それでもベースの動きは早い。カイシが距離をとる前に肉薄し、白狼を跳ね上げた。
カイシの前髪をいくつか切り裂いたが、すんでの所で避けるのに成功して距離を取る。
「旋転刻」
 だがベースはまだ踏み入って横なぎに白狼を振るう。もう一度距離を取ろうと後ろへ下がったカイシだったが。
「……走覇!」
 二段構えの技だ。一回目の攻撃途中に気付かれないよう足を寄せ、もう一度踏み込むのである。まだまともに着地していないカイシは、槍の柄で受けるしか出来なかった。
「っく!」
 するとカイシは、懐から先ほどの戦いで使ったテレクを取り出し、ベース目掛けて投げ付ける。これ以上接近されると、体勢が立て直せないため、せめてもの時間稼ぎだ。
 何の苦も無くそのテレクを受け止めたベースは、体勢を立て直そうとしているカイシに向かって、そのテレクを投げ付けたのだった。カイシは空中で打ち落とすべく、もう一つのテレクを投げ、空中で打ち落とした。
「はいそこまで。勝者、カイシ」
 そんな中、突然ベルカナが宣言した。まだ臨戦態勢の二人は、狐に摘まれた様な顔をしている。
「言いましたよね、ベース。武器の投擲は認めないと。使いましたよね? テレク。しかも右手で。ルール違反で反則負けとします」
 ベルカナの説明に、ポカーンとするベースとカイシ。
 抗議しようかとも考えたベースだったが、どうせ無駄だと思い至り、その場で肩を落としているのであった。


「はいはい皆さんお疲れ様でした。長い間ご苦労様です」
 始めと中間時の用に、全員を会場に集めはベルカナは、台の上に上がり頭を下げた。
「あのさー、あの終わり方は無いんじゃないのー?」
「あれは不可抗力だろうしな……制限も厳しすぎだ」
 などと最後の試合について、不満の声も出ている。
「ルールはルールです。決めてあることは守りましょう」
 そう言われてしまっては、誰も言い返せないのであった。
「では優勝者のカイシ、台の上に来て下さい」
 呼ばれて上がってきたカイシは、いつもの微笑を浮かべている。何はともあれ勝ちは勝ちだと切り替えいるのだろう。
「おめでとうございます。今の感想はどうですか?」
「中々楽しい催しでした。僕が戦わせて頂いた方は3人だけでしたが、また別の機会に他の方ともお手合わせをお願いしたいですね」
 と、手に持っている槍を片手で回して見せた。
「はい、ありがとうございます。では、商品の授与を」
 ベルカナの言葉が終わると、裏方作業を行っていたと思われる人物が現れ、布のかぶせられたトレイを持って台へ上がる。
 そのトレイを受け取ったベルカナは、カイシに向かって差し出した。
「ありがとうございます」
 受け取ったカイシは、かぶせられている布を取り払って見る。そこにあったのは。
「……請求書?」
「此処の会場もタダではないので。どの道商品なんか用意していませんでしたから、一番お金を持っているであろうカイシが優勝したことで好都合と思いまして。盛り上げるために商品として出すことにしました」
 さすがのカイシも絶句している。
「……わし、あそこまで鬼か?」
「多分……やってる内に新しいキャラとして、性格が固定されちゃったんじゃないかなーと……」
 そんなカイシとベルカナを見ながら、ベースとメロウがげんなりとした顔をしているのであった。
「色々災難だったな、あの兄ちゃん」
「いや、普段が普段だから別に良いだろう」
「良いんじゃない? 後で何かあるわけじゃないだろうし。あ、これ終わったらメロウさんの紅茶が飲めるんだっけ、メロウさーん」
「俺も、そっちに行くか」
 こうして、メンバーはぞろぞろと会場を後にした。
「私もメロウの紅茶が飲みたいので、これにて失礼します。それでは」
 その後にベルカナも続き、会場にはカイシが一人、ぽつんと残されて終わるのであった。

 2010年 お祭り用小説 了
2010年お祭り用小説 1
 誰もが浮かれる年明けのこの日。閑散とした会場に複数の人影があった。
 各々が皆武器を手にし、会場の中央付近に集まっている。
「んで、結局何しろって話?」
「俺に聞くな」
「まあ主催者が来るまで待ちましょうか」
「武器を持参しろっては言われたんだったら、まあ大体予想は付くが」
「え? なんなんだ?」
「しかもこのメンバーじゃしのう」
「みたいね、これは腕の見せ所ってところなのかな」
 そこに居る人影は7人。
 反りの入った剣と、プレートメイルを装備したバリセラス。
 バリセラスから受け取った、鉄の手甲(ガントレット)を腕に装備しているメラウ。
 ゆったりとした旅装束を身にまとい、身長より長い槍を手にしたカイシ。
 軍服をラフに着こなし、腰に鞭を吊っているコルセス。
 バスタードソードを手に、辺りを見渡しているゲイン。
 全身刃物と言っても良いほど、大量の剣を身につけているベース。
 見た目は何の武器も所持していない、青を基調とした服を着ているメロウ。
 それぞれが近しい人同士で集まり、談笑を交わす。
「明けましておめでとうございます」
 すると、そこへ一人の女性が現れた。腰に届きそうな程に長い黒髪を揺らし、やや気怠るげに歩いてきた。どうやら主催者らしい。
「それと、有る意味では始めまして。私はベルカナと申します。今大会の司会を勤めさせていただきます」
 そうして、頭を下げた。
「司会? この面子だと、大体ベオースが来るんじゃないの?」
 とメラウが発言した。普段なら、まとめる役割を担うはずのベオースが、全く姿を見せないのである。
「……お祭り企画の番外編だからと言って、あいつは気軽に呼び出して良い存在じゃないと思うが……」
 バリセラスはメラウの発言に難色を示す。
「とはいえ、この様に綺麗なお嬢さんが司会なのですから、僕としては嬉しいですよ」
 などと、ベルカナに向かって手を差し出すカイシ。しかし、ベルカナはそれに眉をひそめてから、無視する。
「カイシ、あまり調子に乗らないように。ベルカナとは名乗っていますが、中身は殆どベオースと思って下さい。今回、ベースも此処に出る以上、同じ姿で同じ口調のベオースが混ざると、多少ややこしい場面が出るために、急遽ベルカナというキャラクターを作り、ここへ立てているだけに過ぎませんので」
 淡々と語るベルカナ。確かに彼女の姿は、確かにベオースの面影がある。姉か妹だと言われれば、信じられそうな程似ている。
「ああそっか。ねえベース、ベルカナさんの横に並んでよ」
「……言うと思ったがな」
 メロウに言われたベースは、ベルカナの横に並んでみせた。ベースより身長が20センチほど小さいが、殆どそっくりだ。
「それはそうでしょう。外見のイメージはほぼベオースの姉の流用です。つまりベースの姉、もしくは妹として設定させても問題ありません。実際流れている血はベオースと同じなので、つまりはベースから見ても同じです」
 そうしてベルカナは、ベースの頬を摘んでみせた。その姿は、兄と妹と言うような姿に見える。
「なあ、今一わからねーんだけど。結局ベオースとどう違うんだ?」
 ゲインが近寄って、そんなことを言う。元々彼は理解力が少ないのだ。
「そうですね、分かりやすく言うなら……ベオースが新しく作ったネットゲームのキャラクターとでも言いますか。中身はベオースですが、表示されているのは女キャラという解釈で構いません」
「でも、ベオースと口調が随分違うんじゃねーのか?」
「女キャラで表示されているのに、今までのような口調では嫌でしょう。口調は丁寧語版のベオースとして考えてください。……さて、ゲインには説明するだけ徒労ですので、さっさと先に進めます」
 ベルカナはスタスタと歩き始め、近くにあった台の上に上る。
「それでは今大会の趣旨を説明します。まず、こちらでランダムに決めた組み合わせ順に対戦してもらいます。対戦の内容は、自らの得物で相手を倒すこと。殺傷も認めます。要するに、殺しても良いから相手を屈服させろと覚えてください」
 それを聞いて、ゲインとメラウが驚いたような顔をする。
「死ぬって! いきなり呼ばれて死ぬとかねーだろ!」
「そーよ! 何考えてんのよ!」
 という抗議は尤もであるが、対してベルカナはごく涼しい顔をしている。
「死ぬとは言っても、その時だけです。すぐに生き返らせますよ」
「ベースも居るしね。今日みたいな日くらいは、神の力使っても良いわよね?」
「まあ、そうじゃのう……」
 ベルカナに合わせる様に、メロウとベースが発言する。すると、今度は二人とも嬉々とした顔をする。
「よーし、頑張るぜーー!」
「ういうい~」
 そんな二人の姿を、あきれた様子で眺めるバリセラスとコルセスであった。
「ただこのままだと組み合わせに難が出ますので、こちらでもう2人用意します。主役級でないためこの場には居ませんが、対戦のときは呼ばれて出てきます。それと、どう考えてもそのまま対戦した場合、ベースが圧勝するので、ベースは能力にかなりの制限を付け、決勝で残った相手と戦ってもらいます。
それでは、対戦表はこちらになりますので、各自確認してください」
 ベルカナはどこからか大きな紙を取り出すと、目の前に掲げて見せた。

 一回戦 ゲイン 対 カイシ
 二回戦 メラウ 対 メロウ
 三回戦 バリセラス 対 タガル
 四回戦 コルセス 対 クィーミン

「僕はゲイン君ですね、分かりました」
「この兄ちゃんか。楽しみだぜ!」
「宜しくね、メラウさん」
「よろろ~。んでもメロウさんとやるなんて、ちょっと新鮮」
「タガル……ああ、あいつか……」
「クィーミン? 誰だそりゃ」
「因みに対戦順は、実際にあみだくじで決めましたので、本当にランダムです。後は成り行きを見守ってください。以上です」
 


 第一回戦 ゲイン 対 カイシ
「この組汗の場合、ハンデとしてカイシのO・H使用を禁止します」
「承知いたしました」
 お祭りとはいえ、それなりに同条件で戦わなければ面白くないので、相手が特に何の能力も無い場合は、このように制限されることになるのだろう。
 だがカイシは、気にもしていないように、ずっと浮かべている微笑のままだ。
「それではお手並み拝見と行きましょう、ゲイン君」
「ああ! オレだってコルセスに今まで訓練受けてきたんだ、そうそう負けねーぜ!」
 ゲインは手に持ったバスタードソードを、まっすぐ構える。カイシは表情を変えぬまま肩の力を抜き、リラックスした様子で槍を構えた。
「では、始めてください」
 ベルカナが発した開始の声とともに、ゴングが鳴らされる。

「てりゃぁぁぁ!」
 ゲインは剣を振り上げながらカイシに肉薄し、懇親の力で振り下ろした。
 だがカイシはその場から動かずに、その剣を槍の穂先で合わせる様に受け、そのまま槍を一回転させるようにまわして見せた。
「おわっ!」
 カイシの槍に絡め取られるままに、ゲインは中を舞う。そのまま後方の地面に転がった。
「いてててて……こ、今度こそ!」
 今度は下段に構えて、もう一度カイシに向かって走るゲイン。
「そうですねぇ。ゲイン君は猪突猛進過ぎますかねぇ」
 と微笑のままボヤいたカイシは、近づいてくるゲインの剣に槍を引っ掛けるように当て、身体を横にずらし。
「それでは行きますよ~」
 軽い口調で言いながら、ゲインの走ってくる威力をそのまま利用し、自分の後ろへ放り投げた。
 訳が分からないまま空へ飛ばされたゲインは、そのまままっすぐ飛んで行き……壁に激突して気を失った。当人からすれば、悲鳴を上げる余裕など無かったのだろう。
「はい、お疲れ様でした」
 ゲインを放り投げたカイシは、槍を下ろして、微笑を浮かべたま優雅に一礼する。
「勝負あり。勝者、カイシ」
 ベルカナが勝利者の名前を告げ、第一回戦はこれで終了した。

「……まあ、予想はしてたが、ものの見事に遊ばれてたな」
 ギャラリーで煙草を吸っているコルセスが、呆れた顔を晒している。
「とはいえ、一応主人公として呼ばない訳にもいきませんので」
 その横に、ベルカナと救護班の数人がゲインを抱えて訪れる。
「ゲインはここに寝かせておきます。怪我は治したので、問題は無いでしょう」
「ああ、そうしてくれ……って、そうか。悪りぃ」
 そういうと、コルセスは吸っていた煙草を消す。
「ベオースそのものって事なら、同じように煙草嫌いなんだろ?」
「ええ……お気遣いありがとうございます。ですが、こちらから近寄ったので、御気にせずに。では、失礼します」
 ベルカナは軽く頭を下げると、救護班を引き連れて、来た道を戻っていった。
「さて、次はメロウとメラウか……なんか紛らわしいな……」


 第二回戦 メラウ 対 メロウ
「この場合、どちらも回復系の力を使えるということで、互いにその力の使用を禁止します。メロウの場合、その他の能力も使用禁止にします。つまり完全に肉弾戦となりますので、ご注意を」
 回復系の力が使えない場合、メラウは単なる格闘家にしかならないための考慮だろう。ややメロウの方が多く制限が付くが、合わせる為には仕方ない。
「宜しくね~」
「負けないわよ~」
 メロウの左手に付けられている腕輪から薄く光が発し、少し大きめの盾が現れた。さらにそこから、美しく輝くレイピアを取り出す。
 メラウはバリセラスから付けられた手甲(ガントレット)を前に出すように構え、腰を落とす。
「では、始めてください」
 そしてゴングが鳴った。

「うりゃぁぁぁ!」
 体勢を低くしながら、一気に間合いをつめるメラウ。その威力を殺さず、下から打ち上げるように右の拳を打ち出した。
 メロウはその拳を、左手の盾で受け流すようにしながら、やや右に移動しつつ、レイピアを突き出した。
「一点 刻」
 さらに踏み込むことでその突きを避けたメラウは、畳み掛けようとするが。
「……月牙!」
 メロウのレイピアが、メラウの後を追うように閃いた。慌てて距離をとるメラウ。
「びっくりしたー。下がるかと思ったら、二段構えとか。もしかしてそういう技?」
「うん。『一点刻 月牙』って技。当てられるなら殆ど初見の相手くらいだけど、動きの幅が出るから後の牽制にもなるって、ベースから教えられたのよ。というより、もうそのままベースの技だけどね」
 どの道レイピアでは、横薙ぎの攻撃は深手になりにくい。とはいえ当たれば当たった分だけダメージはあるので、受けるほうも下手には手が出せないのだ。
「今度はこっちから!」
 右半身に構え直したメロウは、メラウに向かって鋭い突きを繰り出した。
 レイピアの突きというのは、出が非常に速い。それでいて当たる場所が細い上に鋭いので、下手な防具なら貫通するし、堅牢な防具でも僅かな間から刃が進入する。なるべく逸らすか避けるしかないのだが、その速度からどちらも厳しい上に、頻度がとにかく多い。完全にインファイト専門のメラウからすれば、かなり苦手な相手だろう。
 しかしメラウも素人ではない。上手く距離をとりつつ、何とか全て避けている。腕に付けている手甲(ガントレット)で、上手く相手の剣の腹に当て、逸らしているようだ。
「はぁ!」
 いくら速くとも、一本の腕で繰り出す以上、一瞬の隙はどうしても出る。避けながらメロウの動きを見ていたメラウは、そんなほんの一瞬の隙を見て、間合いをつめた。
 それでもメロウの攻撃がメラウの右肩に入る。しかし浅い。ダメージ覚悟でメラウは踏み入ったのだ。
 メラウ右手は、完全に無防備なメロウの腹部へ……入らなかった。よく見るとメロウは、始めから上半身ごと右に傾けていたのだ。それなら、当たったとしても掠る程度だろう。実は、メラウに攻撃する隙を与えるため、メロウはわざと少しずつ攻撃の速度を落としていたのだ。そのためメラウは、攻撃できる隙が出来たと錯覚したのである。
「ヴァイオレントディフェンド!」
 メラウが身体を引く前に、メロウは相手の右腕を左脇で抱え、そのまま左手の盾を、メラウの脇腹にめり込ませた。
「そこまで。勝者、メロウ」
 その瞬間、ベルカナは勝負の終了を告げた。
「え? なんで。今の攻撃、痛かったけど、まだ私動けるんだけど」
 しかしその判定に、メラウは抗議する。まだ自分は殆どダメージが無いと言う主張だ。
「残念ですが、恐らく今の攻撃でメラウは死んでいます。流石メロウですね、慈悲深い」
「あはは……流血沙汰にするのは、やっぱりちょっと抵抗が……」
「お化け屋敷を微塵も怖がらないどころか、笑いながら入っていく貴女が流血を嫌がるというのも、どこかちぐはぐな気もしますが」
「あれは作り物だもん。それに、相手は友達だもの」
「……どういうこと?」
 なんとなく忘れ去られているようなメラウは、きょとんとしながら首を捻っていた。
「ああ、すみません。説明しますと、あの盾にはベースの入れ知恵で、突出する刃が仕込まれています。今メロウが使った技、『ヴァイオレントディフェンド』ですが。要するに攻撃は最大の防御という技で、その盾に仕込んだ刃で相手を貫くものです」
 つまりメロウは、技名を叫んだだけで、実際には使わなかったと言う事だ。ベルカナなら叫ぶだけで内容を察せるため、意図を汲んでくれると踏んだのだろう。
「そういうこと。ごめんね、メラウさん」
 レイピアと盾を腕輪にしまうと、申し訳なさそうな顔をするメロウ。
「あ、ううん。こっちこそ、ごめんね。ありがとー」
 そう言ってメロウに抱きつくメラウ。メロウが流血沙汰にしたくないというのが、よく分かるような光景だ。
「まあ、メロウにはメラウと似たタイプの親友が一人居ますから、動きが分かりやすかったとも言えますかね。さて、此処からは女同士の会話ですから、私はお暇(いとま)します」
 ベルカナは一礼すると、何かを散らすように手を振り、二人から離れていった。
「女同士って、ベルカナも女じゃないの?」
「中身は殆どベオース、って言うことだから、本当に見た目だけなんじゃないかな?」


 第三回戦 バリセラス 対 タガル
「どこかで見たこと有るような組み合わせですね。あの時と同じ状況にしても面白くないので、双方ともO・Hの使用を禁じます」
 ベルカナが言い終わると、会場の奥から筋骨隆々とした身長190センチ以上の大男が姿を現した。
「待ってたぜー! 今度こそ、あの時の借りを返すときだ!」
 両腕を振り上げ、雄々しく吼えるこの人物こそ、タガルである。しかし、タガルに送る声援などは、特に無いのであった。そもそも観客はいないのである。
「……なんか、あいつの扱い軽く酷くないか?」
「完全無欠にサブキャラですから仕方ありません。表舞台には出られない人ですから」
 そんな姿を不憫に思うバリセラスであったが、ベルカナは横で「むしろ出して貰えただけ、有り難いと思って欲しいくらいです」などと小さく漏らしていた。
「おいバリセラス! あの時と一緒と思うなよ……あの時の恨み、俺は忘れたことは無いぜ!」
 既にダガルはやる気満々で臨戦態勢だ。武器として、腕には鉤爪が付けてある。
「……後の展開でまたやるだろうに。番外編でネタを使ってどうするんだろうな」
 何となくやる気がなさそうだが、バリセラスも剣を引き抜き、正眼に構える。
「お遊びですから気にしません。それにそれを言うなら、貴方も本編以外の所で弄られ過ぎて、ますます苦労人属性が定着していますよ。本編ではもっと棘があるキャラなんですから、気をつけてくださいね」
「……勘弁してくれ」
 さらにげんなりと肩を落とすバリセラスであった。
「それでは行きます、試合開始」
 そんなバリセラスを無視し、ベルカナの合図と同時にゴングが鳴った。

 バリセラスが肩を落としているのを好機と見たのだろう、タガルは早速接近する。
 小賢しくも足音を立てないよう慎重に進み、声も潜めている。
 巻き込まれないように後ろへ下がったベルカナは、「図体の割にはやる事がセコイですね」と呟いているのだった。
 言わずもがな、バリセラスにこの程度の小細工が通用する訳が無く、タガルが拳を突き出すと同時に後ろへ大きく跳んだ。
「気は乗らないが、負けるのは嫌だな」
 気を引き締め、相手を見据える。剣を構え直し、深く息を吐く。
「速真骸(そくしんがい)!」
 強く地面を踏みしめ、一気にタガルへと迫る。そのまま真っ直ぐと進むのではなく、やや位置を逸らしながら進み、タガルがこちらを見失った瞬間、間合いをつめて袈裟に切り捨てる。
 タガルはか細い悲鳴を上げながら沈んでいった。なんともあっけないものである。
「勝負あり。勝者、バリセラス。……それにしても、悲鳴を除けば二言だけでしたか」
 ベルカナの宣言と同時に、担架を担いだ救護班がタガルへ集まり、テキパキと運んでいった。


第四回戦 コルセス 対 クィーミン
「ここは悩みどころですね……O・Hを許可すると、肉弾戦対異能になりますし……かと言って禁止すると、クィーミンには武器が無くなりますし」
 コルセスは飽く迄人間の能力から逸脱した力は無いが、クィーミンの武器はO・Hで硬化させた自らの衣服だ。
「こうなったら面倒です。クィーミンのO・H使用は禁止し、双方とも徒手空拳で戦ってください」
 タガルの時と同様に、ベルカナが言い終わると、会場の奥から人影が現れる。しかし、出てきたと思ったら再び姿を消した。
「なんだ?」
「ある意味ドレスアップでしょうか。まあ、どちらかといえばドレスダウンと言う様な気もしますが」
「あー……すまねぇが意味が分かんねぇ」
「気にしないでください」
 コルセスの質問に適当な答えを返すベルカナ。そんなことをしている間に、再び会場の奥から人影が現れた。
「折角戦闘準備してきたって言うのに、いきなり着替えさせられるとは思わなかった……」
 その人影は勿論の事クィーミンだ。武器として使う為のヒラヒラが多く付いたドレスではなく、訓練用に使われるような運動着姿である。
「それはともかく、早く構えてください。始めますよ」
「お前……本当にゲストキャラの扱いひでぇのな」
 文句を言いつつも、構えるコルセスとクィーミン。
「それでは、始め」
 ベルカナの合図で、ゴングが鳴らされた。

「取り敢えず小手調べだ!」
 踏み込みつつ、軽く左手で当身を入れるコルセス。それを軽いフットワークで避けつつ、右フックを当てに行くクィーミン。
 クィーミンの右拳をステップで後ろに下がりながら逃げ、コルセスは改めて相手を見た。
「格闘専門の相手かよ……圧倒的に俺が不利じゃねぇか」
「……女だからと侮りはしないのだな」
「見りゃあ手練かどうかくらい判断付くからな。んな余裕なんかねぇよ」
 コルセスは邪魔だと判断したサングラスを外し、地面に置く。
「行くぞ!」
 外したサングラスを踏まないように、クィーミン相手に肉薄する。クィーミンもそれを察した様で、敢えて後ろに下がった。
「がぁ!」
 コルセスのほうが高い身長を利用し、上から叩き潰すように右手で掌底を放つ。クィーミンはさらに後ろへ下がるが、下がり切らず、攻めようと前へ踏み出そうとする。
「ぬっ?!」
 最初から当てる気が無かったのだろう。勢いこそあったが、コルセスの手は攻撃ではなく、上半身を下にする動作をするためのフェイントだ。
 片手で逆立ちをする様に身体を起こし、その勢いを使い左足でクィーミンの頭を狙う。
 クィーミンは避けきれず、なんとか両腕でガードをして受けるものの、かなりの衝撃で少し身体が泳ぐ。
 さらにコルセスは腕をバネにして横へ跳び、クィーミンの足元へ滑り込みながら回転し地面と向き合い、起き上がりつつ再び左足で蹴り上げた。
 最初の攻撃で身体が泳いでいたクィーミンだったが、ぎりぎりのところで防御する。ダメージはあるが、何とか踏みとどまった。しかし痛みで直ぐには動けない。
 振り上げた左足の勢いでそのまま縦に一回転したコルセスは、着地して身体に付いた砂埃を落としながら立ち上がる。
「あー、割と無理矢理な動きで試して見たが……まあ大体今ので分かったな。あんた、変則的な動きに弱いだろ。構えが綺麗過ぎるからまさかとは思ったが、どうやら当たりだな」
 コルセスの言う通り、クィーミンは実践という実践を今までまともに経験したことがないのであった。唯一の実践がメラウとの対決くらいだったりするのだ。
「……どうやらそちらは、実践経験が豊富なようだな」
「まあ、あんたより10歳くらい年上だろうしな。こっちも色々有ったんだよ」
 砂埃を払い終え、悠然と構え直すコルセス。手は握り締めず、受ける構えのように手を眼前に出す。
「攻められっぱなしでは、こちらも立つ瀬が無い!」
 ステップを踏み、身体を交互に揺らしながらクィーミンが果敢に攻め始める。左右の拳を巧みに打ち込み、コルセスに手を出させない積もりなのだろう。
 コルセスはそれぞれの拳を正確に避け、無理そうなものはダメージが少ないように受けつつ好機を探る。
そしてクィーミンの腕が引かれるのと同時に右腕を伸ばし、相手の襟首を掴んだ。
「なっ!」
「せあぁ!」
 掴んだ襟首を引き寄せ、腕を掴み、腰を相手の腰に当てながら身体ごと下から持ち上げ、勢いを殺さず地面へと叩きつけた。つまり払腰という柔術である。
 頭だけは打たないように受身を取ったらしいが、その上にコルセスが跨り、首元へ拳を突きつける。
「だいぶ無茶な動きだなこりゃ。まあ、こっちも制限多い中だから、仕方ねぇんだよ」
「勝負あり。勝者、コルセス」
 そうしてベルカナが宣言し、勝者が決まった。

「見事ですね。まさか投げ技で決めるとは思いませんでした」
 サングラスを拾い、試合会場から出て行こうとするコルセスに向かって、ベルカナは声をかけた。
「普通の打ち合い専門っぽかったからな。さっきお前が言ってたが、あっちはO・Hって能力と併用して戦うんだろ? だったらインファイトで投げるなんて芸当する必要があるとは思えねぇしな。だから敢えて投げて見たんだよ」
 サングラスを掛けながら、懐から新しい煙草を取り出して咥えるコルセス。そのまま会場から出て行ってしまった。煙草が吸いたくて仕方ないのだろう。
「……それにしても、あの人は一体何が出来て何が出来ないのでしょうか。ベースほど変則的なのは無理だとしても、大体のことは平均的以上にやってのけそうですね」



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あなたの名前は雨の音


 我輩は猫である。名前はまだ無い。

 ……訳ではない。しっかり主人から『ラン』という名前を貰っているし、我輩という一人称でもない。そもそも私は猫ではなく、犬だ。因みに雌である。
 何故冒頭からこんな問答を一人で行っているのかと言うと、この間主人が見ているTVという箱から、そんな言葉が流れてきたのを聞いたから、思いつきで出してみたに過ぎない。
 その後箱からは、確かナツメなんたらという人が、死ぬから水がどうこうしたとか何だとか言っていた気がする。話を聞いていても、人間の話なので分からないから、どの道面白くなかったのだが。結局そのナツメなんとやらは死んだらしいが、どうでも良いことである。
 こんなくだらない話を出しているには理由がある。何しろ今日は大雨が降っており、外を駆けずり回って遊ぶ事が出来ないのだ。気温も低いので、濡れながら走る訳には行かないだろう。だからちょっとした暇つぶしでもしないと、あまりに退屈すぎるのだ。
 私の名前『ラン』とは、どうやら人間の言葉で『走る』という意味を持つらしい。確かに昔から外を走るのが好きで、散歩に連れて行ってもらう時は、大きな広場で思いのままに走り回る。
 そんな姿を見て、主人はこの名前を付けたのだという。実を言うと、結構お気に入りの名前だ。
 しかしいくら外を走り回るのが好きとはいえ、この天気だ。
 あ~……暇だ。それにこんな雨を見ていると、少しばかり昔の話を思い出す。あの日も、今日の様に気温が低くて、大雨が降っていたな。
 

 私は自分の小屋から、外を眺めている。もう何時間も降り続いている雨は、全く止みそうに無い。主人も先ほど、私の食事を雨が当たらない場所に用意してから、どこかへ出かけてしまった。他の家族も、それぞれ出かけてしまい、この家には私しかいない。
 どうやら人間達は、ほぼ毎日“仕事”というものが有るらしい。私たちの行う、散歩や縄張りの巡回みたいなものだろうか。大変なものだ。
 雨は嫌いだ。走るのが好きな私からしてみれば、楽しみを奪う天気でしかない。この天気だと、主人は散歩に連れて行ってくれないからだ。それでは走れない。
 しかしこのまま小屋の中でただ寝ているのも面白く無いので、取り合えず食事を済ませようと体を起こす。
 用意されている食事は、いつもの乾燥したものである。たまには違うものも食べてみたいところだが、不思議とこの味に慣れてしまって他のだと物足りない気がするので、やはりこれで良いのかもしれない。
 8割くらい食べただろうか。一度に全て食べても良いが、今日は気分的に少し残してみた。後に気が向いたら食べる事にして、隣に用意してある水に口を付ける。
 ご馳走様と。これで朝食は済んだのだが、さてこれから何をしていようか。
そんな事を考えて小屋の中に戻ろうとすると、雨で視界が悪いものの小さな物陰が、こちらに向かって近づいてきているように見えた。
 ここは私の縄張りだ。よそ者は入らないで貰おうと、威嚇の体勢に入ろうとするが、その物陰がずぶ濡れの小さな子犬の物だと分かり、中断する事にした。
 子犬は弱弱しく私の所まで歩いてくると、震えた声で「お腹空いた……」と言う。
 はて、誰の子だろうか。この辺りに住んでいる犬は、私くらいしか居ない筈なので、かなり遠くから来たのだろうか。見た目からして、生まれてからそれほど時間は経っていない様だ。大体見たところ、生まれて30日経ったかどうかだろう。
 一先ずそれは後にして、この子犬に私の余っている食事を食べさせてみた。さすがにこれほどまでに弱弱しく歩いてこられては、追い返すわけにもいくまい。
 子犬は嬉しそうに、私の食事を食べている。全て平らげてしまうかと思ったが、食欲が無いのか半分程度しか減っていない。
 食べ終えたのを見計らって、どこから来たのか、親はどこに居るのかなどを聞いてみることにする。しかし、「あの辺り」や「分からない」という答えしか返ってこない。
 まあ相手が子犬なのだ、詳しく聞いても覚えていないのだろう。それにしても、子供をこんな雨の中一人で放り出すとは許せない親だ。すると子犬は「お母さん達を待ってるの」と言う。だからまた今まで居た場所に戻るのだと。今はお腹が空いてどうしようもなくなったので、食べ物を探して歩いてきたらしい。
 いや何か引っかかるな。待っている? お腹を空かせながらこんな雨の中を? 少し待て、いつからお前は親を待っているんだ? そう聞くと、昨日の夕方から近くの川原で待っているのだという。
 それからいくつか質問をして、私の出した答え。この子は、飼い主から親と引き離されて“捨てられた”子犬らしい。
 それが理解できていないのか、この子はいつか親や主人が戻ってくるのを待っているのだ。
可愛そうに……。私は雌であるが、子は居ない。その所為か、この子犬が愛おしく見えてしまう。
 私も出来れば子供を産みたいと思うのだが、相手がいない事にはな。主人たちが居るとは言え、子も持たずにただ一人で過ごすというのも寂しいものがあるのだ。この子がどんな親から生まれてきたのかは分からないが、きっと親も可愛がっていたのだろう。出切るなら一緒に居たいとも思ってしまった。
 この子もこの子で寂しかったのか、しばらく話し相手になってくれるようだ。「おばちゃんは此処で何をしているの?」と、今度は此方に質問をしてきた。
 おばちゃんか……確かに私が生まれて、季節が六つは巡った。かなりの歳になっているのは否めないが、直にそう呼ばれるのは抵抗があるな。とはいえ、お姉ちゃんという歳でもないから困ったものだ。
 私は苦笑いをしながら、ここが私の家なのだと説明してやった。その他にも色々と質問攻めだ。いやはや、参ったものだ。
 そんな事を思っていると、子犬は「お母さんが戻ってきたかもしれないから」と、背を向け始めた。
最後に「ありがとうおばちゃん」と言い残して、再び雨の中ずぶ濡れになりながら戻って行こうとする。
 止めようとしたが、何と言えば良いか迷った。直接、捨てられたのだから行っても無駄だと言うのは、この小さい子には余りにも酷だ。だからと言って、そのまま放ってもおけない。主人達も受け入れてくれるかも分からない。
 どうしようかと悩みながら前を見ると、そこには雨に打たれて力尽き、横たわっているあの子の姿があった。

 ……!?

 これには心底驚いた。食べ物を探して此処まで歩き、さらに会話をする体力があるのだから、もう少し大丈夫だと勝手に想像していたが、どうやら限界に近かったらしい。
 ……話し相手が出来て、少しでも喜んでいた自分が馬鹿みたいだ。こんなに弱っている子供を、そのままにしておいたなんて。
 急いで子犬の元に駆け寄ろうとするが、私の動ける範囲は少ない。首に紐を付けられているので、あまり長い距離は動けない。
 そして何の嫌がらせか、子犬の倒れている場所は私の移動範囲より若干外で、文字通り目と鼻の先だった。どうにか届けと全体重をかけて紐を引くが、当然の様にびくともしないし、伸びることも無い。
 これほどこの紐と首輪が恨めしいと思ったことは、未だかつて無かっただろう。目の前には、ただ雨に打たれて倒れているしかできない子犬がいるというのに。
 こうなったら、私に出切ることと言えば助けを呼ぶことしかない。私の声は人間に届いたとして、何を言っているか分からないだろうが、ひたすら叫び続ければ声に気付いてくれる人が居るかもしれない。もしかしたらこの子を助けてくれるかもしれない。
 誰か、誰か来てくれ。子供が、私の目の前で子供が倒れている。誰か。
 何度も、何度も、何度も、何度も……ただただ叫んだ。私はあまり吠えたりしないのだが、今はそんなのはどうでもいい。この子を……
 それでも、誰一人として気付いてはもらえなかった。
 きっとこの雨が悪いのだ。人間の耳は、私たち犬より劣っている。強く振り続ける雨音に、私の声は掻き消されているのだろう。そしてその雨は、今も容赦無く子犬の体力を奪っていく。
 やはり雨は嫌いだ。こんなにも必死に助けを求めているのに、その望みの全てを消して行く。私に、一体どうしろと言うのだ。
 お願いだから、止んでくれ。この子を助けてくれ。そう叫んでも、ただ雨が降り続けるだけだった。
 もう、駄目か……。ごめん、助けてやれそうにない……。無力なおばちゃんを、許してくれ……

「雨の中どうしたんだラン、こんなに吠えるなんて珍しい。って、おい何だこの子犬」

 そんな時、奇跡が起きた。
 傘をさしながら主人の一人が、この雨の中戻って来ていたのだ。何と言うことだろうか。だが、助かった。どうかこの子を助けてくれと、私は必死に訴えかけた。


 あれから大体、季節が一つ巡っただろう。過ぎてみれば、懐かしいものだ。
 あの時戻ってきた主人の一人なのだが、どうやら普段乗る乗り物が大雨で動かなくなった、とかで“学校”という所に行けなくなってしまったらしいのだ。仕方なく家に戻って来た所、私がずっと吠え続けているので気になって見に来たらしい。
 何はともあれ、主人には感謝している。あのまま誰も帰ってきてくれなかったのであれば、今頃あの子は私の目の前で、息絶えていた事だろう。それでは目覚めが悪すぎる。
 それにしても、この雨というのはどこまでも気まぐれなものだな。私の希望を全て絶ったのにも関わらず、こうやって助けを差し伸べてきたのだ。
 全く、これでは完全に嫌いだとも言えないではないか。諦めて雨を眺めているしか無いな。
 すると、私の隣の“小屋”から、物音がした。もそもそと動きながら、大欠伸をしている音がする。
寝ぼすけめ、今更起きるとは。その寝ぼすけは「おはよう~おばちゃん~」などと気の抜けた声を出して、小屋から這い出て来たのだった。未だに私のことをおばちゃんと言うのは、そろそろ止めて欲しいのだが。
 この子は、勿論あの時の子犬だ。あの後主人の家の中で、暖かく保護されたのだ。
数日もすると体力も回復して、食欲も戻ったのか私と同じ食事をモリモリと食べ始めた。
 主人たちは私がいるので、住ませるかどうか悩んでいたらしいのだが、子犬が私にじゃれ付いている姿を見て、此処に置いてくれることを決めてくれたらしい。その時は、私も子供の様に喜んだものだった。
 最初の内は、まだ自分が捨てられている事に気付かず、暇があれば戻ろうとしていたが、今では理解したらしくそんな事はしなくなった。
 時間が過ぎたこともあって随分大人の体つきになってきたが、まだまだ私から見れば子供だ。今もこうして、私にじゃれ付いてきているのだから。
 だがまあ、この子がいるなら、雨の日も退屈しないで済むな。この子と出会えたのも、雨が降っていたからなのだし、雨の中に居たこの子には調度良いのかもしれない。
 さて、この子も起き出して来た事だし、そろそろ私の昔話も終わりにしようか。
 そうだ、最後にこうやって締めるのが良いかもしれないな。
 
 この子も犬である。名前は、そう『アマネ』と言う。